第14話 嵐の前も騒がしい

1

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

『お……おはよナタリー。今日はまた一段と、顔恐いね』

『何がどうして義勇兵コースなどに転属したのですか? マリスタ』

『え? う、うんあの、えーとね。話聞いて?』

『聞いてますが』

『聞こえてないよねそれたぶんね』

『あなたの差し金ですか? 隣からねばついた視線をくれやがるジゴロ男さん?』



 ……あまり聞き取れないが、九割九分きゅうわりくぶ嫌味いやみを言われているのだろう。

 会うたびに息をするように悪口をれるとは、見下げ果てた人間もいたものだ。こいつのように、外面だけは良くて中身は極悪というタイプにだけは、生まれ変わってもなりたくない。



「あれ、ケイくしゃみ。風邪?」

「特に風邪はひいてない。邪魔なら俺は消えるが?」

「あいや、別に邪魔ってわけじゃないんだけどさ。なんかこう……ナタリーもね? 悪いじゃないんだよ?」

「変にフォローしなくてもいいぞ。どんな子だろうと嫌いだ」

「え?!」

「あららケイさん、堂々と嫌いだなんて言ってくれますねぇ。悲しいじゃありませんか、うっうっ」

「ウソ泣きが下手だな、それで数々のスクープをモノにしてきた報道部か。笑わせるな」

「あやん、冗談も通じないとは見下げ果てた能無しですね貴方あなたはっ☆ 眼球を取り出して洗浄せんじょうしてはいかがですか。あとトイレが長くていらっしゃるんですねぇ長便ながべんの男とは私口もきたくありませぇん☆」

「どこまでプライベート調べ尽くしてんのナタリー?!?!??」



 ……マジでウザい、こいつ。



「人のトイレをのぞいて楽しんでいるとは。普通に犯罪だな」

「あややや? カマかけただけだったんですがマジなんですかぁ? うわぁドン引きです、ありがとうございます。おかげで明日のプレジア報道新聞のネタが増えましたよ」

「公衆トイレの落書き以上に価値のない情報誌だな。そこまでしないとスペースが余るほどネタが拾えていないのか。いっそ風紀委員会の次は報道委員会を潰しても面白いかもしれないな」

「いやぁああぁぁマリスタ、私今この長便マンにおどされてしまいましたぁ」

「み、水で流してあげようか?……便だけに」

『………………………………』

「いやとりあえずでもノツてあげたのに二人してその無言やめてくれる?!?!?!」



 …………水属性の所有属性エトスともかかってるのは無意識なのか、狙ってるのか。狙ってないだろうな。

 存外ぞんがいに上手くて止まってしまった。



 閑話休題かんわきゅうだい。便の話などしている暇はない。ただでさえ――



「もうっ、邪魔しないでよね。私にしてはめずらしく勉強してんだから」



 ――マリスタの試験勉強に付き合って、時間をがれているというのに。



「はぁ。面白くもない冗談じょうだんはさておいて。マリスタ、どうして貴女あなたは義勇兵コースなどになったのですか」

「別にいいでしょ。そうしたいと思ったからよ」

「この男絡がらみで、ですか」

「言い方キツいなぁ……まぁでも、半分はね」

「半分?」

「そ。もう半分は私の為。私ももう最上級生だし、将来見据みすえて頑張ってかないとなーって思って……そんで、戦う力は、私にとって必要じゃないかなと思ったの。ケイのことはあくまできっかけで、ついでのこと」

「『ついでのこと』はあなたの半分を占めたりしないと思うのですが」

「こ、言葉のあやってやつよ! もーげ足ばっか取ってナタリーったら、今は邪魔しないで!」

「ぐ、ぬっ…………!」



 ……なんと珍しいことか、ナタリーはその油ののった舌をおさめ、素直に黙りこくってしまったではないか。

 わかってはいたが……こいつにとってマリスタという少女は、何か特別な影響力を持つ友人であるらしい。静かで大変よろしい。

 こうしてマリスタが上手く扱っていてくれれば、俺も無用むような被害に悩まされずに済むのだが。



「お、どしたのめずらしい。この三人が一緒にいるなんて」

「あ、おはよシスティ」

「勘違いしないでいただきたいですねシスティーナ。私が一緒に居るのはマリスタと貴方だけです、ケイさんはただここに存在してるだけですから」

「そ、そうなのね。まあナタリーに関してはそんなところかなと思ってたけど。アマセ君はどういう風の吹き回し?」

「何の風も吹いてないよ。ただマリスタと、今度の試験勉強をしてるだけ」

「その猫被ねこかぶり、もはや何も隠せてないので止めた方がいいと思いますよ? あやぁ気持ち悪いっっ」



 …………そうなのか。



 システィーナ、次いでマリスタに視線を飛ばす。二人が神妙しんみょうな顔でうなずいた…………まぁよく顔を合わせる面子めんつではあるし、こいつらの前ではもう外面そとづらも何もないのかもしれない。

 ひとつ溜息ためいきをつき、改めてナタリーに向き直る。



「お前の猫被りの方がよほど何も隠せてないように思うんだがな。参考までに聞くが、一体それで何を隠してるつもりなんだ。性格の悪さか?」

「それは貴方でしょう性悪しょうわる鬼畜きちくくされジゴロさん?」

「ほらほら、ケンカしない」



 システィーナが間に入り、不快なピンクニットを視界から消してくれる。

 そのまま小声で「そっちの方が素敵だよ」などと抜かしてきた。余計なお世話だ。

 


「えっちょ、今なんて言ったのシスティ」

「いえ何も。お、試験勉強かー、殊勝しゅしょうだねー」

「さっき言ったでしょそれは! ごまかさないで話しなさいよーっ」

「うふふ、なんのことかなー」

「…………雑談になるなら帰るが」

「ああっやります、やりますってば。魔法薬学やくがく、私はちーっともわかりませんハイ」



 マリスタが大袈裟おおげさにウソ泣きをしながら机に伏し、渋々しぶしぶと言った様子で羽ペンをインクにつける…………一つ一つの動作が遅い。

 プレジア魔法まほう魔術学校まじゅつがっこう第五そう、教室区画くかくにある談話だんわスペース。ここで勉強を始めて二時間ほどになるが、マリスタの集中力やペースが上がってくる様子は微塵みじんも見られない。

 知識の吸収力は悪くない。

 応用問題も数をこなせばある程度出来ていた。

 勉強に何か大きな障害があるようには思われない。

 だからこそ、こいつのこうした伸びしろを見るにつけ……これまでどれだけ日々をなまけて生きてきたのか、想像するだに恐ろしいのだ。



「それで、勉強の調子はどうなの? マリスタ」

「うう。ひ、必死でやっては……いますけれども」

「試験一週間前に勉強してる姿なんて、これまで見たことありませんでしたからね。そういう意味では、だいぶ進歩しましたねぇマリスタ」

「ね。五年生の時の試験なんて『前日にやらないと忘れる』って言ってたよね」

「うぅう、うっさい!!! 私だってやれば出来るんですゥ、やってなかっただけですゥ」



 やれよ。



「ううー、この問題分かんない~」

「用語を答えるだけの知識問題だろう、それは……迷う要素は無い。解らなければ解答を見て覚えろ」

「ぬべー」

「へぇ。アマセ君、薬学得意なの?」

別段べつだん得意というわけじゃない。勉強したところを知ってるだけだ」

「ベツダントクイトイウワケジャナイ。っはー、芝居がかった口調ですねぇー」

五月蠅うるさいぞパパラッチ邪魔をするなら消えろ」

「これだからガリ勉は。あっ、マリスタそこ間違えてます。それも知識なのでササッと覚えるといいですよ」

「げっ、これも?」

「………………」

「あー……じゃあアマセ君、逆に苦手な教科とかはあるの?」

「特には」

「あ、そうなの……勉強自体、得意な感じ?」

「言ったろう、得意って訳じゃないよ。やったところは出来る、それだけだ」

「会話のキャッチボールってものを学んだ方がいいですねジゴロンっ☆」

「お前のように与太話よたばなしばかりする力なんぞ欲しくもない。変な渾名あだなを付けるな」

「『異端いたん転校生ケイ・アマセ、コミュしょうであることが発覚!!』システィーナどうです、この見出し」

「え、え。私?……ひ、品性が低劣ていれつかな」

「相変わらずの歯に衣着きぬきせぬ意見! あなたのそれは長所なので伸ばした方がいいですよぉ」

「……………………」



 キャッチボールをしてないのはお前もだろ。



「ま、百歩ゆずって転属てんぞくの件はこれ以上追求しないこととしますよ。――次はケイさん。貴方にとってもわるゥいお知らせです。お勉強の邪魔をして申し訳ありませんが、伝えておこうと思いまして☆」

「……何?」



 ナタリーが空いた椅子いすに腰かける。システィーナもそれにならった。



「最近、風紀委員の方々とはいかがですか? よろしくドンパチやられてらっしゃいますか?」

「早く要件を言え」

「そうでしょうそうでしょう。一切干渉かんしょうがないでしょう」

「聞け」

「そして、あなたはそれが気になっている。そうですよねっ☆」



 …………それはその通りだ。

 どの道、ろくな思惑おもわくでないのは確かだろうが。



「その理由がわかったのか?」

「あやや? 理由はとっくに想像付いているのでは? 不本意ですが私も同じ見解けんかいですよ。どうあれ貴方は、いずれ風紀委員会につぶされる。これは時間の問題、確定的未来なのでさして気にしてないです」

「そうか」

「私がお持ちしたのは、いよいよ一ヶ月と少し後に迫った実技試験のトーナメント表についてです」

「トーナメント表!?」



 マリスタが机に前のめり、俺の視界から再度ナタリーが消える。

 そういえば、こいつにとっても実技試験の参加は初になるんだ。気になるのも当然か。



 しかし、トーナメントの組み合わせは当日にくじでランダムに決まると聞いていたが。……まさか、少し前にマリスタから聞いた「アマセの相手は全員風紀委員になるらしい」とかいうどうでもいい情報を、今更手に入れたとかほざくわけじゃなかろうな。



「はい。マリスタも知っていると思いますが、実技試験は受験する学生の数に合わせて、四つのブロックに分かれて行われます。ブロックごとにトーナメント戦が行われ、選手たちは監督官かんとくかんとなる教師、現役のアルクス義勇兵達によってそれぞれ評価される。そして、優勝を飾った者の中から一組、あるいは何組かが選ばれ、プレジアの威信いしんを背負って模範試合エキシビションを行う」

「えきしびしょん?」

「学校を代表して戦うってことね。見本になる戦いを見せて、後に続く義勇兵コースの学生たちに『先輩すごーい』って言わせるための試合よ」

「えっ、評価対象にはならないの?」

「ならないな」

「ウッソ、なにそれ。誰が出たがるのさそんなの~」

「まあ、これは流れを説明したまでです。私が握った情報は、とある人物のブロックについてです」

「俺のことだろう。一々いちいち勿体もったいぶるな鬱陶うっとうしい」

「他人のペースに合わせることを知りやがってくださいまし自己中サマ――……ケイさん。貴方の配置されるブロックには、ナイセスト・ティアルバーも配置されることになったようです」

「えっっっ!!!」

「あら……」



 ………………。



「ま、待って待ってナタリー! じゃ、ケイは」

「ええ。もしかすると第一回戦で、万一上手く勝ち上がっても、決勝で必ずティアルバーさんが待っている訳です」

「それは……ええと。どういうことになるのかしら」

「どういうことって、ヤバいことだよシスティ!! もうケイったら! あんなケンカ売るから――」

「それが何だ」

『……へ?』



 マリスタとシスティーナがポカンとした顔で見つめてくる。



「……そんなに可笑おかしいことを言ったか、俺は。ナイセスト・ティアルバーと闘うことになるかもしれないなんて、十分想像出来るだろ」

「え、えいや、だって、……ティアルバー君だよ? ホワイトローブだよ???」

おびえてたって始まらないだろ。そもそもこの情報が本当かどうかも解らないんだ。憶測で足をすくませるなんて最も悪手あくしゅだよ」

「そりゃ……そうだけどさ」

「……落ち着いてるね。アマセ君」

おびえてもひるんでも時間の無駄だ。俺に出来ることは、とにかくひたすらに自分をきたえ上げていくことだけ――――」

「解っていませんねぇ。ケイさん。流石さすがですっ☆」



 ナタリーが俺の言葉を遮り、珍しく目を真っ直ぐに見据みすえてきた。



「私は貴方に、対戦相手を教えに来たのではありません。まぁ、対戦相手が最強の男と知って絶望する貴方あなたの顔も、だかになると言えばなるのですが」

「撮るなよ」

「私が撮りに来たのは――実技試験じつぎしけんへの参加を断念するケイさんです」



 にこり、とナタリーが笑う。

 細められた目がまったく笑っていないその顔で、ナタリーは続けた。



「確かに貴方は、グレーローブのヴィエルナ・キースといい勝負をしたかもしれません。でもその強さの延長線えんちょうせん上に、ナイセスト・ティアルバーを考えてはいけません。あれ・・は本当に別格べっかく――――『本物』に最も近い存在なんですから」

「……本物・・?」

「あら、博識なケイさんでもご存じないことがあるんですねぇっ☆」

「システィーナ。『本物』とはどういう意味だ?」

「えっと――」

生半可なまはんかなことでは到底及とうていおよばない――――いいえ。多くの人にとっては、一生かかってもかなわない程に、高い実力を備えるに至った者達の総称そうしょうです」



 口を開きかけたシスティーナを制し、ナタリーが口を開く。

 言いたいなら勿体もったいぶるなというのに……他の奴はともかくお前のペースにだけは合わせんぞ。



「二十年前の『無限むげん内乱ないらん』の時は、その『本物』達が多数現れました。たった二、三人規模きぼの戦いでしかないのに――――彼ら『本物』は、リシディア全土に未曽有みぞう戦禍せんかをもたらしました」

「……全土?」

「ええ、全土です。彼ら『本物』が一度ひとたび本気で戦おうものなら、その余波よはによる周囲への破壊の規模きぼ常人じょうじんのそれではありません。山一つ、村一つ――――ともすれば国一つでさえ、修復しゅうふくのしようがない程に破壊されてしまう危険がありました。事実、『無限の内乱』で『本物』による被害ひがいこうむった地域一帯ちいきいったいは、のちに地図上の地形をほぼすべて書き換えるハメになったそうです」

「えぇ!?」

「『本物』ねぇ……噂には聞いてたけど、それって確かなの? ナタリー」

「………………」

「私の『家』が集めた情報ですから。安くないネタなので、これ以上はお話出来ませんけど。――というわけで。リシディア全土を見渡しても、ナイセスト・ティアルバーは、そんな『本物』に最も近いと言われている人間なんです。彼がその気になれば、発する魔波まはあつだけで貴方の精神をバラバラにするくらい、訳は無いかもしれないってことですよ」



 …………魔波の圧だけで・・・・・・・

 そんな状況に、俺は身に覚えがあるような気がした。



 そう、俺達を襲った赤髪せきはつの男――――人魔アウローラの放っていた殺気。

 姿を目にしただけで体が萎縮いしゅくし、心臓が早鐘はやがねを打ち、全身から毛穴をすような汗がき出たあの男の……あつ、としか言いようがない気配。



 そんな領域りょういきに……ナイセスト・ティアルバーは至っていると?



「……そんなに強いのか。ナイセスト・ティアルバーは」

「待った。かんちがいしないでいただきたいですね。私は貴方あなたに試合を降りて戴く為にティアルバーさんの情報をお渡ししたのです。強さに執着しゅうちゃくされても困ります。貴方の興味に付き合うつもりは一切ありませんので悪しからず」

「マリスタ、システィーナ。ナイセストはそんなに強いのか」

「う、うーん。私も、あんまりくわしいわけじゃないし」

「でもさ、ティアルバー君が負ける姿って、そういえば一回も見たことないよね……今考えるとスゴいな。試合に出てても、勝つのが当たり前だーって、友達もみんな言ってたもん」

「奴の所有属性エトスは?」

「確か……闇、だったかな」



 ……やみ



〝本当に珍しいことなのよ。応用おうよう五属性ごぞくせい所有属性エトスとしてあらわれたなんて、私は聞いたことさえないもの〟



 応用五属性の一つ。水、火、かみなりの三つの基本属性きほんぞくせいから構成される、十属性じゅうぞくせいの中でも最も稀有けうだと言われる属性ぞくせい……



「戦い方は? 武器を使うのか?」

「えーと。使ってるとこは……見たことないかな。それは、義勇兵コースのアマセ君の方が詳しいんじゃないの?」

「これまでも実技試験じつぎしけんに出ていたんだろ。非公式だが、実技試験はすべての学生が観戦出来ると聞いたぞ。それも見たことがないのか?」

「いいえ。試合を見たことはあるんだけど……ティアルバー君、ほとんどは不戦勝・・・圧勝あっしょうだから」

「……不戦勝ふせんしょう?」

「ええ。実技試験はトーナメント戦だから、どうしても彼と戦う人は出てくるでしょう? でもティアルバー君の力をよく分かってる人達は、対戦相手が彼だとわかった時点で試合を棄権きけん――降参こうさんしてしまうの。特にベージュローブ以下の人達は、まず彼と戦おうとはしないわ」

「げぇっ、そんなにも??」

「グレーローブ以上は戦うのか?」

「一応、たまにね。ある程度、腕に覚えがある人達が集まっているのがグレーローブの集団だから……でも、それでもまともな勝負になったことはこれまで……なかったんじゃないかな」



 システィーナが小首をかしげ、明後日あさっての方向を見て続ける。



「すごい魔法は使ってた気がするけど、あんまり覚えてない。闇属性やみぞくせいの魔法なんて、私はよく分からないし……でも、そうやっていつも圧勝してた。五分とかかってなかったと思う」

「え、でもさシスティ。いつだっけか、居たくない? ベージュローブで、ナイセスト君に挑んでた人」

「いたのか?」

「……ああ、思い出したわ。でも、確か試合開始前しか見てないんだよね、マリスタは」

「あー。たぶんそう。めっちゃカゼひいてた記憶あるもん」

「確かに、ベージュローブでティアルバー君にいどんだ子はいたわ。一年前の、冬――――悠遠ゆうえんつきの頃の実技試験ね。……でもね。その試合、ティアルバー君は一歩も動かずに勝っちゃったのよ」

「いっぽも??!」

「……何か大きな魔法を使ったのか?」

「ううん。むしろその逆かな。ティアルバー君は、魔波まは――――気迫とあつだけで、ベージュローブの子を気絶させちゃったの」

「な…………なにさそれ。そんなこと出来るんですか、人間って」

「すごかったらしいよ。全身から玉のような汗が吹き出して、あわいて倒れちゃったって……結局その子、ティアルバー君恐怖症きょうふしょうみたいになっちゃって、退学たいがくしたらしいって話だし」

「当時の報道委員会ほうどういいんかいにぎわいましたよ。『ベージュローブの勇者、壮絶そうぜつなる結末』!!! ってな大見出しを付けて報道しましたからね」

「た、退学まで……!」



 ……魔波だけで意識を混濁こんだくさせる程の力。

 満更まんざら在り得ない話でもない。魔力は魔力回路ゼーレという、人間の精神と密接みっせつに結びついた器官きかんで作られるものだ。

 人間の体が毒ガスにおかされてしまうように、魔波にあてられて精神を圧しつぶされてしまうかもしれない、なんてことは十分考えられる。



「ちょっ……ねえケイ。今回はさ、さすがにナタリーの言う通りにしておいた方がいいんじゃない?」



 マリスタが引きった笑みでそううったえ、ローブのそでを小さな力で握ってくる。

 ナタリーが鼻から小さく息を吐いた。



「……ケイさんは報道委員にとっていいネタなもので。ここでつぶれてもらうのも惜しいなーという、委員長いいんちょう命令で私は忠告ちゅうこくしたまでです。くれぐれも、邪推じゃすいはしないようにお願いしますね」

「忠告痛みるよ。だが、俺は下りないぞ」

「ケイってば、今はそんなやって意地を張る場面、じゃ……」



 ――――この上ないことじゃないか。

 鼓動こどうがゆっくりと高鳴っているのが分かる。

 あの時、ヴィエルナをあおぎ見ていた時と同じ感覚だ。



 俺も、このまま力を付けていけば……やつと同等の力を手に入れられる。



「ケ、ケイ?」

「……時間だな。テスト勉強はまた今度だ」

「えぇっ? ちょ、ねぇ、まったまった、私他にもまだ聞きたいことがたっくさん――」



 手早く荷物をまとめ、談話室を後にする。



 学びたい、強くなりたいと、体がうずいている。



 ああ、時間が惜しい。

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