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◆     ◆




「ったくもー……勝手なんだから」

「いやいや……マリスタあなた、アマセ君に時間を割いてもらってたんでしょう? だったらここはお礼を言う場面だと思うけど」

「う……そっか。うん。そうね」

「……再三さいさん聞きますけど。本当にどうして、あんなこと・・・・・があった後でも彼に執着するのですか、マリスタ」

「しゅーちゃくだなんて人聞き悪いなぁ……だからずっと言ってるでしょ。ヒミツだって」

「……………………」

「そ、そんな目で見ないでよ! 別に大した……アレじゃないったら!」

(言いよどんだわね今)

血反吐ちへどと共に絶縁状ぜつえんじょうを叩き付けられたも同然の状態で、よくぞまぁそこまで執心しゅうしん出来るなぁとしか思えないんですけどね……ま、その点に関してはケイさんの方が大概たいがいですが。あれだけ突き放しておいて、一緒いっしょにしれっとテスト勉強なんてしてるんですからね」

「いいのもうそこは突っ込まなくても!……んでもそうやって、私から目だけは離さないでよね、ナタリー。システィも」

「は、はい……?」



 ナタリーが、マリスタにしか見せないほうけた顔で声をらす。

 マリスタがにこりと笑った。



「私、必ずあいつと並び立つくらいに強くなってみせるから。約束する。……だから実技試験じつぎしけん、楽しみにしててよね」

『………………………………………………………………』

「いやいやいや、長いよ! 沈黙長い! 意外な言葉だったとしても長すぎ!」

「だって……ねぇ。ナタリー」

「ええ。落ちてたパンでも食べたんじゃなかろうかと思う程ですが、いかがですシスティーナ」

「落ちてるパンは食べるかもしれないけど……この変わりようにはびっくり」

「食べませんけど?!」

「冗談だってば。でも、そうね。少なくとも、努力に前向きになれたのは、いいことだと私は思うかな。素敵すてきよ、マリスタ」

「でっしょう!? ぬふふ、私だってやれば出来るってこと、証明してやるんだからっ!」

「その意気! 期待はしてないけど!」

「して?!?! そこはわずかながらでもして?!!?」



 小さく盛り上がる二人。

 しかしナタリーは難しい顔をくずすにいたらず、騒ぐ二人を冷めた目でながめる形となった。

 彼女は大きく息を吸い、モヤモヤとした気持ちをリセット――



「…………ああして人を置いてきぼりにするから、」



 ――もとい、若干じゃっかんの復讐をもっ解消かいしょうしようと試みた。



「パールゥもケイさんを追いかけてしまっているのですかね。まんまと乗せられて、不憫ふびんなものです」

「……ん? 今、パールゥって言った?」



 それまでシスティーナとの話に夢中だったマリスタが、不意に首を曲げて反応する。

 ナタリーは目をわずかに細め、続きを口にする。



「ネタでも何でもなく、ただの私見しけん、お茶け程度に聞いて欲しいのですけど。パールゥは、完全にあの男にお熱ですよね」

「あ、あの男って……ケイに?」

「……随分ずいぶん意外そうね、マリスタ。あんなに分かりやすいのに、パールゥの態度たいど

「え、え、え。そ、そうだった……?」



 藍色あいいろの長髪、ピンクのニットぼうの間でオロオロと視線をさ迷わせるマリスタ。

 理解してはいたものの、改めてその鈍感どんかんさに辟易へきえきとしながら、ナタリーは言葉を続ける。



「どうせ与太話よたばなしなので、気付いてなかったならついでにお教えしましょうか。ケイさんは機械のように一日の行動パターンが正確なので、図書室に行く時間も限定されているんですけど」

「その話がそもそも初耳なんですけど……」

(というか、どうしてあなたはそんなことまで知ってるのかしらねナタリー……報道委員、ホントにすえ恐ろしい組織)

「最近、パールゥはその時間を狙い撃ちして、図書室の仕事に入ってるようです」

「そ、そんなこと……ある?」

「へぇ……私もそこまでは知らなかったな。あの子、大人しいけど攻めはするのね」

「ちょっと攻めが奥床おくゆかしいというか、じれった過ぎるのではないかと思うんですがね、個人的には。ま、他人の色恋沙汰いろこいざたなどどうでもいいのですけど」

「い、いろこい……?」

「……どしたの、マリスタ。なんか、すごい顔してるけど」

「えっ? そ……そんなこと、ないよ」

「…………マリスタ。まさかとは思いますが、あなた」

「や、私はそんなこと……考えたことも」



 ――それは嘘ではなかった。

 ケイを「イケメンだ」だの何だのとはやし立てることが出来たのは、マリスタがケイに対し「そんなこと」を考えたことがなかったからだ。

 マリスタはケイに憧れている。

 それはダメな自分と対照的たいしょうてきなケイをまぶしく感じているから。

 マリスタはケイと共に在りたいと思っている。

 それは他人を一切かえりみみず、そのままだと人間として道をみ外していしまいかねない彼を、友達として本気で止めたいと考えたから。



 ゆえに、マリスタは。



(……なに、これ)



 仲良く話す、ケイとパールゥの姿を想像したとき、自分の中にふと生まれた――――例えようのない衝動しょうどうに、名前を付けることが出来なかった。



 ガタリ、とマリスタが立ち上がる。

 システィーナとナタリーがポカンと見つめる前でいそいそと教本類きょうほんるいをかき集めて、向きも乱雑にかばんに押し込み、バッと二人を見る。

 その顔は、誰の目にも明らかなほど、この場を去る――――いな、ケイの後を追いかける口実こうじつを探していて。



「と――としょしつ。図書室で勉強するから!」



 それだけ告げ、少女はドタバタと談話室を去っていった。



 ――――小さな嘆息たんそくが場に落ちる。



「どうしたの、ナタリー。元はと言えば、あなたが話題にしたのが最初じゃない」

「ええ。ですから大いに猛省もうせいしている所ですよ。感情に任せてことこと話すべきではないと」

「あなたとマリスタって、幼馴染だったんだっけ?」

「ええ。家が近かったので」

「……巣立すだちの時、か。ずっとあなたが守ってきた雛鳥ひなどりちゃんだもの、悪い虫がつかないか、心配よね」

「何をわかった風に。私貴女あなたのそうした常に第三者視点だいさんしゃしてんな所、良かれ悪かれだと思ってますからね」

報道委員会ほうどういいんかいの恐ろしさに比べたら小さいものだわ。それに、少し解るわよナタリーの気持ち。親友が急に自分の手を離れていくようで、焦ってるんでしょ?」

「スリーサイズ全校にバラしますよ。バストサイズも大概たいがいですが、してちょっとおしりが大きすぎではないですかっ☆」

「?!?」

「これから安産型あんざんがたとお呼びしましょうかねっ☆」

「…………参りました」




◆     ◆




 筆記試験ひっきしけんを目前にひかえた図書室は、以前俺がいた学校以上の盛況せいきょうを見せている。



 様々な色のローブが通路にひしめきれ違い、一人ひとりはささやき声でも大人数では騒音そうおんだ。そしてその騒音は、後から続いて図書室へやってくる者にとって、「多少の音は許される」という免罪符めんざいふになる――――おおむねそのような経緯けいいもって、図書室は目にも耳にも騒がしい、勉強にはまったく向かないいこいの場と成り果てていた。



 早々そうそうに必要な書籍しょせきを借り、自室に引きこもるに限る。



 複数人で自習したところで、学習の能率のうりつは一人での学習に遠く及ばない。結局の所、「一緒に勉強しよう」などとほざくやからは大半が、勉強のからかぶったコミュニケーションを取りたいだけに過ぎない。

 マリスタに「通訳魔法つうやくまほうを教えた時の貸りを返せ」、と試験勉強に誘われた時点で嫌な予感はしていたが、やはりあいつもそのたぐいの……



〝あーもーナタリー今は邪魔しないで!〟



 ……いや。少なくともあいつは、真面目に勉強をしようとしていたか。

 無用な闖入者ちんにゅうしゃのせいで集中力をがれてはいたが、あいつもあいつなりに頑張っているのかもしれない。



 …………などと多少の信用を置くくらいには、マリスタという人間を買っているらしい自分を認識し、気のない溜息ためいきが口を突く。マリスタとの模擬戦もぎせん以来、俺は執拗しつように絡んでくるあいつを無視出来ないようになってしまったのだ。



 俺は復讐者ふくしゅうしゃだ。



 なんて言葉も、今では若干の空虚くうきょを伴って聞こえるほど、現実味に欠けてしまっている。さしずめ「俺は復讐者だぞー」くらいが今の俺にふさわしい表現ではなかろうか。どうにも緊張感きんちょうかんというやつがない。

 よろしくないぞ、天瀬圭あませけい。心がけている。



 大体、お前はいつも意志薄弱いしはくじゃくなのだ。

 常に目標を世界の中心に置き、他事たじから懸命に目を背けていないと努力が継続けいぞくしない。

 努力の日々に身を置いて一ヶ月。

 雑念ざつねんは捨て、目標にのみ向かう意気を忘れてはならない。

 


 大きく息を吸い、一気に吐き出す。

 気持ちを切り替え、大量の本を浮かせて・・・・受付の――パールゥの元へと辿たどり着く。パールゥはピッグテールにった桃色の髪を揺らして、小さく微笑ほほえんだ。



「こんにちは、アマセ君。……その、上手くなったね。運搬の名手ラバテイン

「ありがとう。情けない話、やっと力場りきばが安定してきてね。積んだ本が落ちなくなったのも最近だよ。パールゥのアドバイスのおかげだ、感謝してる」

「そ、そそ――そんなっ私はここでちょ、ちょっとコツを教えてあげただけだしっ。わ、私も小さい頃、運搬の名手ラバテインには苦労した、から……発音が難しくって」

「へえ……確かに、初級魔法しょきゅうまほう呪文集じゅもんしゅうってた魔法まほうだけど、そんなに早くに習うんだ」

「あっ?!あのっそ、そのっ。べ、別に馬鹿にしているわけじゃ」

「大丈夫。パールゥがそんなことを考えないのは知ってるから」

「は――はあ。あぅぁ」



 わかっているんだかいないんだか、体を固くして小さくうなずき、パールゥは声をらす。…………低く見積もっても、この子には好かれてるのだろうな、俺。丁度ちょうど、こんな顔をする奴が高校にも居たから。

 俺に好意を持っているが一線をえては来ず、良きクラスメイトとして会って話す程度ていどには仲がいい。

 よく言えば理想的りそうてきな、悪く言えば利用しやすい少女だ。――マリスタが聞いたら激怒げきどするだろうな。



 ではなく。



「じゃあ、いつものように。返却処理へんきゃくしょり、お願い出来るかな」

「はいっ、ただいま。……あ、あの、アマセ君。最近、借りてる本に教科の参考書さんこうしょとか、増えてきたよね。勉強、順調なの?」

「まあ、それなりにね。パールゥはどう?」



 筆記試験まで一週間。あと勉強に不足を感じる教科は……世界史の記述・論述ろんじゅつ問題。

 リシディアこの国の言語にれていないこともあり、言語学習を前提ぜんていとした上での専門用語せんもんようごの記述を求められる世界史は特に大きなかべ。言語学習に時間を割いた分、記述・論述での回答を求められる問題への対策がギリギリになってしまっているのだ。



「わ、私もそれなり……かな。前回のテストがあんまり良くなかったから、今回は頑張がんばろうって思ってて。もしかしたら、ローブの色がグリーンに戻っちゃうかもしれないし」

「最近までグリーンだったの?」

「う、うん。本読むのは好きなんだけど、勉強は苦手で。マリスタのこと言えないんだよね」

「はは。例えば何が苦手なの?」



 それにしても……魔法のある世界であるにも関わらず、俺のた世界と同じ国語や数学が存在する状況には少し笑ってしまう。単位系たんいけいこそ若干じゃっかん違っているが。



「と、特に苦手なのは算術さんじゅつかな…………だ、だからさ、アマセ君。こっ、今度、よかったら私に算術を――」



 どす、と。



 俺が返却へんきゃくしている本など比較ひかくにならない程、うずたかくく積まれた書籍がカウンターに置かれる。

 これではパールゥからは、この本の山を自力で抱えていた・・・・・・・・人物の顔など、見えてはいまい。



「こんにちは」



 とんでもない量の本を抱えていながら汗一つかいていない、いつもの能面のうめんで――――ヴィエルナ・キースは、俺の方を見ずに話しかけてきた。

 相変わらず、登場から「こんにちは」までの流れが唐突とうとつ過ぎる。



「え、ええと……キース、さん?」

「こんにちは」

「こ、こんにちは……い、今こちらの方の処理しょりをしてるから、もう少し待っててくれる?」

「大丈夫。借りないから」

「か、借りないならそんないっぱい持って歩くの、やめて欲しいんだけど……」

「・・・・・・借りるよ?」



 …………それは無理があるだろう。

 十秒足らずで前言を撤回てっかいするなよ。



「パールゥー。委員長が呼んでるよー、手伝ってほしいってさ」

「え。委員長が……ごめん、アマセ君。途中とちゅうだけど、私仕事があって。他の子と代わるね」

「ああ、分かった。忙しいね、お疲れ様」

「う、うん。ありがとう。それじゃあ……ま、またねっ」



 委員長とやらに呼ばれ、代わりに入ってきた女子が返却処理を続ける。

 カウンターには、俺とヴィエルナの二人だけとなった。

 


「…………ヴィエルナ。お前、よくナイセスト・ティアルバーと一緒にいたよな。どうしてだ」

「…………側近そっきん、的な。感じ、みたい」

「お前にしてはえ切らない言葉だな。そう言われてるから、一緒にいるのか」

「私、風紀委員会の中でも、ちょっと強いから。だからよくセットにされるの。私と、ロハザーと、ナイセスト」

「……黄門様こうもんさまそばにはすけさんかくさん、ってとこか」

「スケサンカクサン?」

「何でもない、気にするな。ということは、ナイセストが本気で戦う所も見たことがあるのか? 授業中に何度か見たんだが、あいつはいつも基礎的きそてきな訓練ばかりで、」

「ないよ」

「ろくに実力の片鱗へんりんさえ見せたことが…………ないのか? あれだけいつも近くにいて?」



 この一ヶ月、実技の授業のたびにナイセストの訓練風景を見学していたが、どうも奴は真剣に訓練に取り組んでいるようには見えなかった。

 授業内容を無難ぶなんにこなし、応じる風紀委員ふうきいいんの連中も、当たりさわりのない範囲はんいでそれに対応しているだけに思える――――ナイセストが風紀以外の学生と模擬戦をしているのを、一度たりとも見たことがない――――。



 真剣勝負をした訓練でなく、まるでただの飯事ままごと予定調和よていちょうわな動きのよう。

 それほどに、ナイセストの訓練の様子は意気いきや向上心、緊張感きんちょうかんに欠けているようだった。



「……ナイセスト、基本的に、学校で、訓練。しないから。……家にある、専用の施設しせつ、使って。訓練してる、みたい」

「……流石さすがは大貴族ティアルバー家の嫡男ちゃくなん、といった所か」

「家では、すごい訓練、してるって。聞いた。……一日もサボらなかった、マリスタ。だと思えば、正解。かも」

「そりゃ最強だ」



 才能による突出とっしゅつした能力でなく、純粋じゅんすいに努力と経験を重ね続けた強者つわもの

 奴の十数年に及ぶかもしれない積み上げに、二ヶ月の焼刃やきばだけで勝てる道理どうりは無いだろう。

 となれば――――



「戦うつもり、なの? ナイセストと」

「……お前も俺を止めるか?」

「私、も?」

「マリスタの奴にも止められたよ。今回ばかりはが悪いとな。馬鹿なことを言う、格上かくうえ相手に分が良い時なんて無いだろうに」

「マリスタ、きっとそういう気持ちで止めたんじゃ、ないと思うけど」

「? どういう意味だ」



 ヴィエルナが、俺を見た。



「言ったでしょう。君、自分をかえりみないで、前に進もうとするから……危なっかしいんだ、って。マリスタはケイ、君を心配してるの」

「……また言わせるのか。俺はそんなものを必要としてはいない」

「……また、それ? ……」



 ヴィエルナが、じっと俺を見た。――妙に、せつな感情をその目にたたえて。

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