3



 能面のうめんなだけの無表情な無愛想ぶあいそうかと思っていたが……こいつはこいつなりに、精一杯せいいっぱい感情を表出ひょうしゅつしている。

 存外、表情豊かな奴なのだろうか。



 ではなく。

 こいつは、何だって俺にそんな見詰みつめ返しにくい目を向けて――



「…………すべてを一人でかかえて、背負って。君とナイセストは、まるで同じ人みたい」

「――ナイセストと?」



 ヴィエルナが俺から視線を外し、顔を少しせた。

 少女の表情は、その黒髪で隠れて読み取れない。



「誰かにおぎなってもらわなくても、一人だけで足りてる。誰かと並び立たなくても、一人だけですべてそろってる。まるで、月や太陽。みたいに」

「……それは買いかぶり過ぎだ」

「え」

「俺はここにきて、自分が足りているなんて思ったことは一度もない。いつも足りなくて、欲しくて追いかけて……その繰り返しだ。というか、お前は良くわかってるだろ、ヴィエルナ。あれだけ俺を袋叩ふくろだたきにしたんだから」

「……そういえば、私。ケイから一撃も、もらわなかった、ね?……手加減? おこった」

「今になって急におこるな。それに、あれが手加減てかげんに見えたというなら、お前の目はとんだ節穴ふしあなだな」

「ふふ。冗談じょうだん、だよ」

「だろうな。お前程の戦闘能力せんとうのうりょくを持っていて、俺程度ていどの実力を見紛みまがはずがない」

「買いかぶりすぎ、だよ」



 軽快けいかいになった会話に、ヴィエルナがわずかに笑顔になった……ように思えた。

 返却へんきゃくを終え、目当ての本がある本棚ほんだなへと移動する。

 やはりというか、ヴィエルナは付いてきた……本の山をかかえたまま。

 置いて来いよ。



「……俺は常に足りていないし、ほっしている。だからすべて足りている人間のことなんて解らないよ」

「そう……私も、解らない。ずっとそばに居ても、ナイセストって人のこと、解ったことは一度もない。…………そっか。だからかも、しれない」

「何がだ?」

「……ううん。なんでも、ない」

「……?」

「……実技試験。ケイとナイセスト、同じブロックに。なるかも、しれない。……ついでに、私も」

「お前も?」

志願しがんしたの。同じブロックが、いいって。……そしたら、なんか。『二度と歯向かえなくしろ』、って。みんな、喜んでた。ばか」

「…………というか、実技試験の組み合わせにそこまで風紀委員会を介入かいにゅうさせてる学校が馬鹿なんじゃないのか?」

「風紀は介入してないよ。出来るのは……ナイセストの家、だけ」

「それで実質じっしつ、風紀委員会も……か。だがそうなると、実際に指示しているのは」

「ナイセストの、お父さん。……ディルス・ティアルバー、理事長りじちょう

「……光栄こうえいだな。理事長まで俺を目のかたきか」

「……私、やっぱり君はナイセストに、勝てないと思う。ナイセスト、もうアルクスの正規メンバーにも勝てるくらいの、力。持ってるから。……それでも、戦うの?」

「当然」

「ナイセストが、にくいから?」

「言わなくても解ってるんじゃないかと思ったがな。俺はナイセストにも、風紀委員にも憎しみなんてない。勝敗にも興味きょうみはない」

「……ただ、力をばしたいから」

「そうだ。力を試し、また引き上げるため……本で読んだが、どうやらお前たち強者つわものにとって、真剣勝負での一分一秒は、数時間や数日、数カ月の鍛錬たんれん匹敵ひってきするらしいじゃないか? だったらのぞまない手はない」

「……義勇兵ぎゆうへい、だね」

「知らないな。義勇ぎゆうなんぞ知ったことか。俺の歩みは俺だけのものだ。他の誰のものでも、何のためでもない」

「…………そうだね」



 ヴィエルナが、俺の目を見上げる。



「じゃあ、私は無茶するあなた……また、止めるね。今度は本気の本気で。私がそうしたいんだから、止められないでしょ?」

「好きにすればいい。だが望むところだ。今の俺にとっては、お前が一番の強い相手なんだからな」

「…………ライ、バル?」

「かもな」

「調子乗り」

「お前が言ったんだろ」

謙虚けんきょさも持って」

「過ぎた謙虚はうそと同じだ。俺は好かないな」

しょうに、合わない?」

「そうとも言う」

「ふふふっ」



 これまで聞いたことのない、可憐かれんまとった笑い声をらすヴィエルナ。

 この無駄話むだばなしの何がそんなに面白いのだか。



〝一人で立ちたいならせめて心配されないようにしたらどうなのッ!〟



 まあ、今は仕方ない。

 なにせ俺は、こいつらを突き放すだけの力を持たないんだから。

 力を付けるまでの辛抱しんぼう。それまでは、こうして……こいつらとの良くわからない関係も、甘んじて受け入れるべきだ。それが一番、筋が通っている。

 まったく、難儀なんぎなことだ――――



『おいおいおいヴィエルナ。なんなんだよその楽しそうな笑い声は。コラ』



 ――――本当に、難儀なんぎなことだ。



 人をき分けるようにして現れた、ソフトモヒカンの男――――ロハザーとか言ったはずの男は、何かを言いながらヴィエルナにめ寄り、俺を小さく突き飛ばした。――どうやら、共にナイセストの両脇りょうわきかためる存在として、気に食わない事でもあったらしい。



『なんでテメーはこんな「異端いたん」ヤローと楽しそうに笑ってんだええ? コラ』

「『異端』は差別語さべつご

たんっっ?!?』



 ……ロハザーが爪先つまさきを踏み抜かれた。あれは痛い。

 というか前々から思っていたが、ヴィエルナの奴……



「……その男にだけは容赦ようしゃないよな。ヴィエルナお前」

「だぁっ! テメーもなんでヴィエルナを気安く呼び捨てでしかもお前なんて呼んでんだよッ! れ馴れしンだよこのいた」

「じろり」

「…ァマセくん」



 …………夫婦漫才ふうふまんざいか何かか。

 そしてこのソフトモヒカン、今一瞬で壁の崩壊アンテルプ・トラークを……見かけはこうだが、やはり魔法に関しては手練てだれだな。グレーローブなだけはある。



「ごめんね、ケイ。ロハザー、昔から血の気、多くて」

「お前もなんでそいつを呼び捨てなんだよ?! お前らどういう関係?!」

「小さい頃から知ってるのか」

「うん。ロハザーと私、幼馴染おさななじみ、だから」

「ペラペラと余計なことを……アマセテメェ、ヴィエルナに魅惑チャームの魔法でもかけたんじゃねぇだろうな。調べればすぐ分かるんだぞ」

「そんなことをして俺に何のメリットがある。意味がないことはしない主義でな」

「んなことしなくても女の子は寄ってきますってか?! ハッ、いいご身分だなケイ・アマセ!」

曲解きょっかいが過ぎるだろ。誰がそんなことを言った」

「はン、どうだかな! 周りを見てみやがれッ」

「……?」



 うながされ、周りを見る。



 人の多さで気付かなかったが改めて見てみると、本棚ほんだなの一角、カウンターの向こう、二階の吹き抜け……色々な所から、こちらに好奇こうきの視線――男女入り混じってはいるが、ロハザーという男には、野郎の視線など見えてはいないんだろう――を向ける者達の姿。

 俺と目が合うと、そそくさと視線をらしてしまう。

 いつかもあったな。こんなこと。



「……見られてるみたいだな。気付かなかった」

「なかった」

「お前もかよ! ってか前にならうな! アマセの真似すんな! 仲良しか!」

「だが気にしないぞ。見られるのには馴れてる」

「おーおォ、またモテ自慢かよ! いい気になりやがって!」

ひがみの権化ごんげかお前は。別にモテてるのは否定しないが」

「否定しろよ?!?!?! 謙虚けんきょさん息してる?!?!」

「まあ、でも。ロハザーよりは、顔立かおだち。いいよね」

「オメーもたまにはちょっとくらい微粒子びりゅうしほどには味方してくれませんかねーーー?!?!」

やかましい奴だ。視線を集めてるのはお前なんじゃないのか?」

正論せいろん

「ぬぐッ……お前ら二人して、この……!」

「ここは図書室だ。さわぐのは感心しないぞ」

「てンめェこの……!!」



 …………いかん。ついあおってしまった。



「クソっ……実技で当たったら見てろよテメェ。ソッコーで負かして腹抱えて笑ってやっからよ! ヴィエルナに負けるテメーは、俺にも勝てねぇってことなんだからな」



 ロハザーが親指でグレーローブを指し、ニヤリと笑う。

 確かに。忘れそうになってしまうが、こいつはヴィエルナと同じグレーローブだった。それを忘れてはいけないな。



「この間言ったと思うんだけど。私、負けたんだよ。ロハザー」

「お前はこいつと違って謙虚けんきょだからなヴィエルナ。勝ち方がズルかったり相手との力量差りきりょうさが開きすぎてっと勝った気にならないんだろ。あぁわかるぜその気持ちは俺も、うん」

「ううん。本当に負けたんだよ、私。こう、ガシッって捕まって、」

「つ……捕まって?」

「うん。捕まって、動けなくされて」

「動けなくされて?!?!?! おまっ……テメアマセオイコラァ!! ヴィエルナに何しやがったん――」

「うるさい。詰め寄らない。何もされて、ないったら」

「ぐぇゲ?! ひっ、ひっぱるなフードを!!」



 …………だから、夫婦漫才ふうふまんざいか。

 いや、幼馴染おさななじみだという話だったな。



「ヴィエルナ。お前も誤解ごかいまねく言い方をするな」

「アマセ、お前まさかそうやって次から次へと女生徒を……」

「もうきたぞその話。方法がないし、そんなことをして何のメリットがあるのかとさっきも言ったろう」

「方法とメリットがあったらやるってか? お前マジフザけた奴だなッ」



 ……人は人生で、二割くらいの人には何をしてもきらわれてしまうという。

 きっとこいつは俺の人生において、生涯しょうがいそういう立ち位置にいる人間なのだろう。筆頭ひっとうはこいつではなく、あのパパラッチ娘だが。



「あっ!! アマセお前、『ウィザードビーツ』のリリスちゃんにだけは手ェ出すんじゃねぇぞ? あの子けがしてみろ、プレジア中のファンがテメーを殺しに行くからな」

「ころすダメ。わるいくち」

「いふぇふぇふぇ?!? 口ひっぱるなくひひっふぁうあ!!」

「ゴメンね、ケイ。ロハザー、悪い奴じゃ、ないんだけど……たまにこう、ポンなの」

「誰がポンか!! ッ……まあいいさ。せいぜいあと少しあがいとけよ、アマセ。俺が直々じきじきにぶっ飛ばしてやるからよ。俺のところまで勝ち上がってこれればの話だけどなァ!」

「勝手に言ってろ。別にお前に執着しゅうちゃくはない。相手は誰でもいい」

「ははァン、そうやって逃げてろ逃げてろ。自分を正当化するしか能のない――」

「アンタ……何またケイに突っかかってんのよっ!」



 ――――火元ひもとに油が飛び込んできやがった。



 しばらくはシスティーナ達とたわむれているだろうと思っていたのに、何故なぜか現れたマリスタが俺とロハザーの間に飛び込んでくる。

 マリスタはすでに怒り顔で、ロハザーはそんな彼女を見てみるみる表情をけわしくさせた。



「あんた……アルテアス! ンで入ってくんだよ、アンタ今関係ねぇだろッ」

「友達がイヤな奴に突っかかられてイヤなこと言われてたら止めに入るに決まってんでしょーがっ。あんた達さぁ、そうやってケイにケンカふっかけるのいい加減やめなさいよ! 迷惑めいわくしてんのよこっちはっ!」

「友達……あんだけ忠告ちゅうこくしてやったのに、ほんっと分かんねぇ人だなアンタもっ。義勇兵ぎゆうへいコースに転属てんぞくしたのもそのオトモダチと四六時中しろくじちゅう一緒にいるためですってか? もう少し頭使って身の振り方考えろよ大貴族だいきぞくサマ!」

「まぁーたそういう難しいこと言う! 貴族だろうが何だろうが友達はひとしく友達なのよ! そんなことも分からないで何が風紀委員会ふうきいいんかいよッ」

「……俺、本を探しに行きたいんだが。任せていいか、ヴィエルナ」

「ちゃんとたずねただけ、ケイにしてはえらいけど。もうちょっと、待ってあげるのが人情、じゃない?」

「………………」

「ああ言えばこう言いやがって、これだから自覚のねぇ貴族は……あ? 待てよ?…………はっ。なぁアルテアス。そういえばあんたは、今度の実技試験じつぎしけん、出るつもりなのか?」

「え、」



 マリスタがピタリと固まり、――まもなく、何故かこちらに視線を向けてきた。

 ロハザーが笑う。



「ハッ。ま、出ようなんて思うワケねぇか。こいつとるためだけに義勇兵コースに入った無自覚道楽どうらくお嬢サマなんだからよ!」

「ッ!……そこまで言うなら――っ」



 …………それ・・はよろしくないな。



「マリスタ」

「なによケイ、今はちょっと黙って――」

「そんな奴にたぶらかされて決めるのか? 命がかっているかもしれない選択せんたくを」

「っ――」

「ん――ンだと?」



 ロハザーがきょを突かれた様子で俺を見る。マリスタは目を丸くして黙り込み、同じく俺を見ていた。



 ……というか、図書室静まり返ってないか、いつの間にか。

 無駄に空気を読んで黙り込んだ野次馬やじうま達のおかげで、俺の声が随分ずいぶんよく通って聞こえる。

 余程ロハザーの、そしてマリスタの声が五月蠅うるさかったに違いない。そう注目されてもやりにくいんだが。



 まあ、いいか。羞恥そんなものより、優先すべきことがある。



「感情的になっているときに、大事な決断をするな。よく考えてもいない選択を、その場の勢いで口にするな。お前の人生だ、お前以外の誰も責任を取ってやれない」

「…………」

「な、何イキナリ語り始めてんだよアマセお前……み、みんな見てんぞ?」

「大事なのはお前の気持ちだけだ。下らん挑発ちょうはつに乗るな、面倒めんどうくさい」

「………………」



 マリスタが自分のこぶしを見つめ、やがて目を閉じて息を吐き出して――再び俺を見て、小さく笑顔を見せた。



「うん。分かった……うん。ありがと。ケイ」

「礼を言われるようなことか。勢いで参加すると言って、その後で俺に頼られても面倒だから言っただけだ」

「はいはい。そういうことにしとくからお礼は受け取って」

「勝手にしろ」

「うん、勝手にする。って、なんでこんな周り静まり返ってんのさ! うわずっ」

「…………こっずかしいったらありゃしねぇ。どうなってんだテメーらはホントに」

「あんた!」

「ンだよ。あんたじゃねぇ、俺にはロハザー・ハイエイトって名前が――」

「ロハザー・ハイエイト。私、出るよ。実技試験」

「……何?」



 マリスタがロハザーに笑いかける。

 いい笑顔だと、思った。



「いつかは私も、アルテアス家を背負って立つ人になるんだからね。ケイと一緒にいるためだけじゃない。そりゃあ、どこまで勝てるかなんて分かんないけど……私は私のために、試験を受ける。誰にもバカにさせない」

「………………」



 たじろいでいたロハザーが再び顔を険しくし、マリスタを、俺をにらみつける。



「…………いいや、馬鹿だな。なんにも分かっちゃねぇ。どこまで勝てるか分かんねぇだと? 初戦しょせん十秒敗退はいたいだよ、わかり切ってんだろ。勝つとか負けるとか、そういう次元じげんじゃねぇんだお前らレッドローブは。実技試験を、命けた戦いをナメんじゃねぇ」

「っ、私達はなめてなんか」

「言い返すな。啖呵たんかに返しても不毛ふもうだぞ」

「そうさ、言い返したところでテメーらは俺らに勝てねぇ、結果は見えてる。はじかれ者同士が、そうやって精々せいぜいめ合ってろ気持ち悪りィ。ギタギタにしてやる」

「ッ!」

「マリスタ、言い返すなと言――」

「ケイ」

「って……?」

「勝とう。絶対。頑張ろう!」



 ――勝ち負けに興味はない。

 勝っても負けても、それが俺のかてとなるなら、何でも良い。

 そう思ってたんだがな。



 悪くないじゃないか。この高揚こうようは。



「……ああ。お前なら、ロハザーの鼻っぱしらを折ることくらい、出来るさ」

「なッ……!!」



 ロハザーの眉間みけんヒビ割れる・・・・・



 怒り顔。決意。意志。



 戦いへの起爆カンフルざいには、十分過ぎるだろう。



 張り詰めた空間。萎縮いしゅくしてしまいそうな緊張感。



 笑ってしまいそうだ。

 たかが試験が――俺の世界で言う定期考査ていきこうさが、これほど真剣味しんけんみを帯びたものになろうとは。



 だが面白い。

 本番が楽しみだ。



「あらあら、ふふふ。若い子たちはお盛んねぇ」

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