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 ――そんな所に響く、パチパチという気の無い拍手はくしゅ



 図書室に居た面々めんめんが音の発生源、入り口へと目を向ける。そこにいたのは、白衣を着た薄色うすいろの髪を持つ、胡散臭うさんくさい魔女リセル――もとい、校医こういパーチェ・リコリス。

 白衣の下には縦縞たてじまのセーターを着ている……相変わらず、体のシルエットをやたら強調する服装だ。

 趣味しゅみだとしたらなんと過激かげきな。



「ぱ……パーチェ先生。どうしてここへ。もしかしてし、指導……」

「だったらちゃんと指導担当の先生が来てるわよ。私は医務室に置いてる、初等部しょとうぶ年少ねんしょうクラス向けの絵本を交換しに来ただけ」

「あ……そ。そうですか」

「ええ。まさかこんな面白いことになってるなんて、想像だにしなかったわ」



 ド嘘吐うそつきが。

 俺を通してほとんど知っているだろうに。



 大方おおかた俺の様子から騒ぎを察知してやって来たんだろう、暇人ひまじんめが。



「でもハイエイト君、君はちょっと挑発し過ぎ。もうちょっと人に優しくなさいな、廊下ろうかまで聞こえていたわよ」

「あ、は、はい。すんません」



 ドギマギと返事をするロハザー。目線が完全に胸である。……悲しいかな、気持ちは少しわかってしまうが。

 ではなく。



「……早く用事をおませになっては? パーチェ先生」

「あら、アマセ君。また君なのね。まったく、風紀委員ふうきいいんとくればいつも君じゃない。暴れんぼう大概たいがいにしなきゃ」

目障めざわりはお互い・・・・なようなので……僕達など無視して、早く用事をお済ませに向かわれては、と言っているのですが」

あら、厳しいわね。ほほう?じゃあ最後に一つだけおこったぞ圭――――」



 耳と頭に同時に言葉を投げつけて、魔女は不意に近づき、



「暴れん坊はベッドの中だけにしなさい。昨日のように」

「――――――――?!?!?」



 ――――なんて、大嘘八百おおうそはっぴゃくを、大きな大きな声で、耳打ちしやがった。



『――――――ハァ?!!?!??!』



 ロハザーとマリスタの声が重なる。



 ヴィエルナだけは何のことやら解っていない様子で首をかしげていたが、そう見て取れたのは、ヴィエルナ以外の奴等が――勿論もちろん、図書室にいる全ての学生達を、含む――、皆一様いちよういろめきっていたからである。



「ちょ――ちょちょちょ、ちょっっっっっとケイ!!!!!! ああああん、あんたねぇ!!!! 散々鈍感どんかん気取っといて結局?!?! このフケツ! 色ボケ! ジゴロ! タラシ!!!!!」

「たらし……?」

「テメェアマセテメェ!!!! ぱぱぱっぱ、パーチェ先生っていやぁ一部界隈かいわいからカルト的人気をほこる――――お前ェ!!!! 即刻魅惑チャームの検査だ生徒指導室しどうしつに来いコラ!! ヴィエルナっ、そいつから離れろ! ろろ、ローラクされるぞ!!」

「じごろ……?」



「おい聞いたかよ、やっぱりアマセの奴そういうことしてんだってよ!!」「い、今パーチェ先生、何て言ったの……?」「つ、つまり、ケイ君とリコリス先生は、その……そういうことよ!」「うっそだろ、パーチェ先生のあのカラダがあんな顔が良いだけの転校生のモンに……?!?!」「おいしっかりしろ! 意識を保て!」「許せねぇあの野郎、俺達のパーチェ先生を!」「あぁ、ぜってぇブチのめしてやる俺達リコリスFC《ファンクラブ》の怒りを思い知らせてくれる!!!」「そんなことしたってリコリス先生はあんたたちのものにはならないでしょうに……」「ていうか、生徒と教師がってヤバくない? ウケるんだけど」「でもリコリス先生とケイ君、なんかお似合いじゃない? 美男美女、映えるわ~」「いーえ絶対認めない! ケイ君は私達のアイドルなんだからっ」「はいはい落ち着いて」「『異端』の奴、やっぱり魅惑チャームを使ってやがるんだ――風紀委員出動、奴を取り押さえろ!!!」「この機を逃すな、何としても二人が一緒の写真を撮るんだ!! 行け貴様等、報道委員会ほうどういいんかいの誇りと明日の大スクープにかけて!!!」



 ――フラッシュと腕章わんしょうと、色とりどりのローブと。



 ライブ会場もかくやと言わんばかりに、急激に沸騰ふっとうし、騒がしくなる図書室。



 息もぴったりに詰め寄ってくるロハザーとマリスタ。

 どこから現れたのか、カメラを構えてこちらにしこたまフラッシュの雨を降らせる恐らく報道委員の面々。これまたどこに居たのかこちらに向けて怒鳴りながら、人みをき分けてやってくる風紀委員。はやし立てる、騒ぎ立てる、怒鳴り散らす、泣き喚く、どさくさでやたら触ってくる――――人の波、波、波。

 そして気が付けば、リセルの姿はどこにも見えなくなっていた。



 …………マジで氷けにしてたたき割るぞ。あの悪女あくじょめが。



 もう辛抱たまらない。

 俺は文字通りの人海じんかいの中にもぐり込み、とにかく図書室の出口を目指した。頭上で入り乱れる声、熱気、体。

 ……ホント、たった一瞬で何が起きたんだ。

 あの魔女、何か変な魔法まほうでも使ったんじゃあるまいな。



「!! ケイ・アマセがいないぞっ!」「探せッまだ近くにいるはずだ!」「逃がさないわよケイぃっ」「私見ました! わ、私のお尻を触っていきましたっ! きゃっ☆」「なにぃ?!?!」「あの色情魔しきじょうまが!!!」「どういうつもりよケイのやつ問い詰めてやるぅ!!」「出口付近だ! 『異端いたん』を逃がすな追えっ!」「いや、この人込みじゃ触っちゃうの仕方ないのでは……」



 群衆の足元をもがくようにして進み(信じられない。なぜ俺は図書室でおぼれかけてるんだ!?)出口を探すも、人が密集みっしゅうし過ぎて方向感覚さえ失ってしまいそうだ。



 呼吸さえ覚束おぼつかない中揉みくちゃにされ、本当に命の危険さえ感じ始めた時……冷たく細い手が、俺の手をつかんだ。



「こ――こっち!」



 声の主に引っ張られるままに、人海にまれ――受付カウンターの内側に隠れるようにして移動し、関係者以外立入禁止たちいりきんしと書かれた部屋へと、身を投げ出すようにして転がり込む。

 仰向あおむけになり、冷たい空気を吸い込み、吐き出す。――そこでようやく、俺を助け出してくれた手の主を認識した。



「だ……大丈夫? アマセ君」

「……助かったよ。パールゥ」



 床に両膝りょうひざを付き、俺の顔をのぞんでくるパールゥ。

 仰向あおむけの視界の中で他には誰もいないことを確認し、俺は安堵あんどに目を閉じた。



「ど、どこか痛いところはある? 少しなら――」

「大丈夫。特にケガは……」



 指に、染み入るような痛みを感じた。

 見ると、大した怪我ではないが指をいている。揉みくちゃにされた時、どこかでこすったのだろう。

 ……むしろ、これで済んだのは幸いだったのかもしれない。



「あ……血、にじんでるね。やってあげる」

「いや、これくらいなら自分でも」

「やってあげるっ」



 パールゥに手を取られる。

 少女は怪我をした指に手をかざすと、目を閉じた。

 桃色ももいろ前髪まえがみがふわりと舞い上がり、やがて――緑色の光が、俺の人差し指を包んだ。水属性みずぞくせいではない治癒魔法ちゆまほう――初歩の初歩として習う初級魔法しょきゅうまほうだ。



 短い時間で光は消え。

 指には、傷のあとさえ見当たらない。



「……上手いね。俺がやってもこうはならないよ」

「た、たまたまだよ。私ネクラだから、細かい作業とかしか出来なくて」

「ネクラとは関係ないじゃないか、それ。ここまで丁寧ていねいに出来るのは努力の証だよ」

「そ。そ、そうかな……?」

「そうだよ。――ふう。大分だいぶ落ち着いてきた」



 上半身を起こし、パールゥに向き直る。



「改めて有難ありがとう、パールゥ。……にしても一体……」



 いまがた、自分が抜けてきた方角に耳をます。

 いま狂乱きょうらんは続いているようだった。



「……あの地獄じごくみたいな騒ぎは一体何だったんだ。ホントに死ぬかと思ったよ」

「み、みんな扇動せんどうされやすいというか……ああいうノリが好きな人、多いから。でも今回はたぶん、色々原因があるの。リコリス先生のファンクラブの人とか、風紀の人とか報道委員ほうどういいんの人とか。入り乱れてたし」

「ファンクラブって何………………何にせよ、傍迷惑はためいわくな話だよね。ごめんパールゥ、図書室なのに教室より五月蠅うるさいことになっちゃって」

「ううん、大丈夫。……けど、これからはもう、勘弁かんべんしてほしい、かな。へへ…………あ。め、迷惑めいわくじゃなかった? こんなところ、連れてきちゃって」

「助かったって言ったじゃないか。感謝してる」

「ぁぅ」

「ん?」

「ぁいや、ううん、なんでも! ごめん」

「どうしてあやまるんだよ」

「な、何でも……あはは、私、ついくせで、謝っちゃうの。おかしいよね、あはは――」

「自分で言わないんだよ、そういうことは。言ってるとホントになるから」

「あ、うん……ご、じゃなくて。えと……」

「ありがとう」

「あ……ありが、とぅ」

「うん」

「……ぁ…………」

「さてと。外が落ち着くまでは……ここにても大丈夫? 外のがいなくなったら、そのまま帰るから――」



 きゅ、と、床にれたローブのそでを握られる。



「――パールゥ?」

「『礼なんて必要ない』……って言わないの? マリスタに、言ったみたいに」

「! 、……?」

「アマセ君、使い分けてるんだね。その……自分に親しい人と、……し、親しくない、人とで。言葉、というか。口調を?」

「い――いや。あれは別に、親しいとか」

「ち。違うの?! あぃ、ゃ、違ってたならごめ――――」



 ばばば、と両手を振りながらごめん、と言いかけたパールゥが、言葉を飲み込むように口を閉じ、大きく息を吸い込む。



 再びこちらを見た目に宿るのは、良くわからない決意の色。



「わ、私っ…………アマセ君と、友達になりたいのっ」

「え――」

「ぁ……なりたく、って。えと」

「――――」

「っ、だからそのっ!…………もし、な、何か悩みとか、あるんだったら……ちゃんと話して欲しい、というか。わ――私には言葉、使い分けたり、しなくてもいい、よ、というか……」

「……………………、」



 パールゥは、ヴィエルナとはまた違った意味での口下手くちべただ。それは解っていた。

 顔を赤らめて、少し汗ばんで、あたふたとしながら。

 そうまでして何を躍起やっきになって話そうとしているのか、まったく解らなかったが…………そういうことか。



「っ、あはは、何言ってんだろ私、えへへ……ごめん、変なはなししちゃって――――えっとつまりね、私が言いたいのは」

「別に、この口調は友情の証でも何でもない。気にするだけ徒労とろうだぞ」

「――ぁ、」

「……何だ。気に入らないなら戻すぞ」

「う、ううん! そっち、そっちがいい、ですっ!」

何故なぜ敬語けいごだ……まったく。意外と盗み聞きしてるんだな、人の会話を」

「ごっ、ごめんなさい…………」



 どこか嬉しそうに謝り、パールゥが力なく笑う。しかしその顔を突然くもらせ、彼女は俺を見上げてきた。



「あの……。やっぱり、出るの? 実技の……試合」



 ひざのスカートを握り締めながらパールゥ。



「……ああ。そう心配しなくていいよ」

「し、心配だよっ。だって……アマセ君はまだ入学したてで、レッドローブなんだよ? なのに、」

「レッドローブだとか、グリーンローブだとか。自分はネクラだとかおかしいとか。そういう言葉で自分をくくるなって、さっき言ったばかりだろう」

「で、でも実際に、キースさんにだってボコボコに……」

「俺も引き際はわきまえてるさ。試験ごときで死んでたまるか。勝ち負けにも興味はないし」

「じゃあ、どうして」

「力を試したい、それだけだ。ロクに知りもしない地の学校に入学した身だ、今自分がどの程度ていどこのプレジアで通用する力を持っているか、早い段階で把握はあくしておきたいだろう」

「……どうしてそこまで頑張るの?」



 ……このままズルズル質問されても面倒だな。



「別に。特にそこまで目標があるわけじゃない――大分だいぶ静かになってきた、そろそろ行くよ。かくまってくれて有難ありがとう」

「あ――」



 パールゥの声に構わず立ち上がり、入ってきたとびらへ向かう。



「アマセ君。そっちじゃなくて、こっちがいいよ。図書委員としょいいん用の出入り口」

「……そうか、そんな所があったか。普通ふつうに通れるのか?」

「うん。鍵とかは特に何もいらないよ」

わかった。ありがとう、それじゃあ――」

「私、応援してるから!」

「!」



 反射的に、振り返ってしまう。

 その行動が予想外だったのか。パールゥは次の言葉を思い付かない様子で口だけを小さく動かし、



「――――ずっと、見てるから」



 そう言って、顔を赤らめた。



「――――ありがとう」



 使い古された言葉だけを返して背を向け、司書室を出た。



 ――よく解らないイレギュラーはあったが、ひとまず意識の外へ置く。



 実技試験まで、あと一ヶ月と少し。

 詰められることは、まだまだある。



 備えよう。出来ることは全てやって。



『いたぞっ!!! ケイ・アマセだッ!!!』



 ――――三十六計さんじゅうろっけい逃げるにかず。

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