第15話 芽生えの日
1
「助かったわぁ、ありがとねアマセ君。お礼しちゃうから、今度、夜中に医務室へおいで?」
「
「
「
「つれないんだから……」
「……………………」
まる。まる。ばつ。ばつ。まる。
シャノリアは自分のデスクで、受け持ちの教科である
筆記試験が終わり、一週間。
モヤモヤのはじまりは、二週間前の図書室で
プレジア
書籍整理の為に
「………………」
当然シャノリアは、その「囁き合う者」の一人であった。
彼女の心を占めるのは、「本当に何もなかったのか」という
果たして、こうして目の前で親し気に会話をする二人を見るにつけ、シャノリアの疑問は
とはいえ、
そして圭の態度も、一部の親しい者に対する
それらの点もあり、シャノリアは己の「あの二人には何かあるはずだ」という疑いに確信を持てずにいた。
(でも、だって。八百人はいるプレジアの学生の中から、仕事の手伝いのためにわざわざケイを呼びつけたりする? 何かなきゃおかしいじゃない)
……逆に言えば呼びつけられない理由もないのだが、テストの採点の仕事もたまってしまっているシャノリアの頭に、そのようなことを考える余裕はない。
そしてそんな疑問を当人たちにぶつける
やがて仕事と
ひらひらと手を振って見送っていたリセルはそのまま、まるで初めから気付いていたかのようにシャノリアの方を向き、意味ありげな笑みを浮かべて同じく手を振ってみせた。
ぎょっとしてデスクに視線を戻すシャノリア。
(………………ほら。やっぱり何か、オカシイ)
何かがある。
でも何もない。
シャノリアのモヤモヤは、こうして
「
「っ!?!」
「うおっ。そ、そんなに驚くことないだろ」
急に話しかけてきた男性。
茶色を
大きく息を吸い込んで、シャノリアが
「あ。あの二人って……なんのことですか」
「いや、あれだけガン見しててそれはねえだろ」
「うっ。や、やっぱりガン見してましたか、私」
「穴でも開きそうなほどにな。まさかとは思うが、先生あいつにおネツなんじゃ――」
「お、お熱だなんて! 私は、彼の身を
「あぁ、そうだったな。身持ちの
「ケネディ先生。それはセクハラ」
「う゛、」
ファレンガスに声をかけた
「ありがとうございます、マーズホーン先生」
「ったく、相変わらずおカタいハゲジジイめ……」
「ケネディ先生。暴言です。
「わァりましたよ、悪かったですよ」
「よろしい。――まあ、僕もアマセ君の顔立ちに関しては、完全に同意しますがね。もう
「むしろ、俺ァ整いすぎてて恐ろしいと感じることもあるくらいですよ。あんな見てくれなもんで、授業中だって女子連中の視線の集め方がスゴいのなんの。やー、あやかりたいもんです」
「ふふふ、僕の授業でも似たような風景ですね。なんでも図書室の騒ぎも、彼の交友関係についてのものだったと言うじゃないですか」
「そうだ、その話をしていたんだった。もう騒ぎ自体は
「ちょ、ケネディ先生、本人に直接
己の心の
「さあ、どうでしょう? どう思います? シャノリア先生?」
「へぇっ?! ど、どうしてそんなわ、私に訊くんですか!」
「えぇ? うーん。なんとなく?」
「やめてくださいます?! 私はただの――」
「そう、シャノリア先生って、アマセ君の保護者みたいなものなんでしょう? だったらきっと、アマセ君の一番の理解者はシャノリア先生なんだろうなぁっって。今回は私が
「な――――っ!?」
「パーチェ先生。それは
「あら。アドリー先生に言われては引き下がるしかありませんわ」
口元に手を当て、にこりと笑うパーチェ。シャノリアは大きな
なんだか顔が熱かった。
「それとも、アマセ君じゃなくて……私が取られるのがイヤだったんですか? シャノリア先生は」
「引き下がってないじゃないですかふみっ?!」
いつの間にか近くにいたパーチェに、顔を手でむにゅりと
なすがままのシャノリア。
「ひぃ、ふにぇろ、
「あぁ、シャノリア先生たらほんと可愛い。アマセ君とどっちにするか、悩むわぁ」
「?!?」
「冗談よ。ホラ」
「っは――っ! はぁ、はぁ。っ――もうっ、パーチェ先生!?」
「ごめんて。ごめんて。ほら、よしよししたげる」
「子どもみたいに扱わないでくださいってば!」
「混ざりてぇ……」
「ケネディ先生、声
「ッ……あのですね、パーチェ先生! この際ですからハッキリさせておきたいんですけど!」
「わお」
思い余ったシャノリアがパーチェに迫り、にわかに緊張が走る職員室。
パーチェがわずかにのけ
「パーチェ先生は、その、ケイ君とどんな関係なんですかっ。ほ――ホントに何もないんですか!!!」
「どんな関係と言われてもねぇ。――シャノリア先生だから言いますけど、『一夜を共にした関係』としか答えられないわ」
「いィっ???!?!」
「一夜ァ?!」
シャノリアとファレンガスの声。と同時に、
パーチェはひとり、カラカラと笑った。
「どっ……どういう意味ですか。先生まさか、先生まさかっ!」
「ええ、それはもう大変でした。ベッドに血もついてしまいましたし」
「チィ?!?」
「?! パーチェ先生、まさかのしょ」
「ケネディ先生」
「はい」
「強くされると、ああも深く裂けてしまうのですね」
「へ、ぇ、え、えぇぇ?!?!」
パーチェによって語られる言葉に付いていけているのかいないのか、目を白黒とさせるシャノリア。パーチェはその顔を見てたっぷりと笑った後、
「ホントに
と、「ケイと一夜を共にした話」話を
シャノリアは数秒ボーっとしたのち、顔を真っ赤に染め上げる。
「――――
「あらあ、誤解だなんて。私は真実しか話してないわあ?」
「うるさいです! もう!」
このパーチェ、もといリセルの言葉に、半分ほど真実が含まれていることなど、職員室の誰一人、想像するべくも無かった話である。
「ははは。お若い方はいいですねぇ。楽しそうで」
「おや、校長」
職員室へとひょこりと入ってきた、カーキのタートルネックがよく似合う少し背の低い眼鏡の老人。
校長クリクター・オースは、シャノリアたちを見てにこやかに笑った。
「一体、何の話をしていたので?」
「別に! 取るに足らないお話ですのでどうか! お気
「は、はぁ。ディノバーツ先生がそう
「例のアマセ君がモテすぎて、保護者
「ちがーーーーーう!!!でしょ!!!!」
「ははは、まあまあ、ディノバーツ先生。リコリス先生が言葉
「言葉巧みっつぅか、言葉
「しかし、例の彼がモテすぎて……ですか。懐かしいですねぇ。私も
「校長。今は
「おぉ、そうでした。や、年をとると
「あら校長先生、それでしたら連絡をいただければ持っていきましたのに」
「このくらい自分でしますよ。
「まったくですよ」
職員室に、明るい
落ちくぼんだ黒の目に、肩まで届く
トルトは自分の席に近寄ると、椅子にかけてあったブラックローブを取って
「校長アンタ、プレジアの今の状況
「…………」
「ザードチップ先生、それは学校の
「いいんですよ、マーズホーン先生。ザードチップ先生の言葉も、最もじゃありませんか」
やがて笑顔の
「ですが、意外ですね。ザードチップ先生は、自分に関することにしか興味を見せないと思っていたのに」
「自分に影響が及んでるからこうして言ってんですよ。やれあなたには後ろ盾がないだの、何の地位も持っていないだのと、やかましくてかなわねぇ。わたしらみたいな『平民』に対しては、教師だろうと何だろうとお構いなしになってきてますぜ、あいつら。ところがあんた含めたお
……トルトの言葉に、真っ向から反論する声はあがらなかった。
しかし、それも当然と言える。
ケイ・アマセの転入を機にその
しかし、学校全体としての対応策は一切打っておらず、現状は
崩れた力の
現在では、学校側の責任を問う声も――いち教師たちの耳に届くほどに――決して少ない数ではなくなっていた。
しかし、誰も口には出せなかった。
均衡を
それはそのまま、大貴族ティアルバー家との敵対を意味するからである。
『…………』
トルトの視線に
「……私は」
だが校長は、あくまでその視線を受け止め、
「私は、大いに期待をしているのです。次の世代を
「……聞き違いですかね?」
トルトの声が
「今、『私らに解決は出来ないからガキ共に丸投げする』って言いました?」
「はは。ある意味、そうなのかもしれません。ですが、そう後ろ暗くはないですよ」
そんなトルトの
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