2



「今このプレジアに、差別さべつ偏見へんけんが多く生まれていることは分かっています。ですが差別や偏見といったものは、完全に消えるものでも、二度と生まれなくなるものでもない。人間は生涯しょうがい、何かしらの差別におびえ、自分自身もまた、差別をしているかもしれないことを、絶えず自覚しておかねばならないのです」

「……だから若いうちに、彼らに苦難を……経験させておこうと?」



 シャノリアが言う。その言葉がはらむのは、どちらかと言えば非難ひなんめいた色。

 クリクターは静かに、首を横に振った。



「苦しませたいのではない。乗り越えて欲しいのです。大切なのは差別を根絶こんぜつすることではなく、差別や偏見に負けず、それらを打ちつ手段を持つことです。それにはまず、誰しも必ず対峙たいじすることになる差別や偏見を、それに翻弄ほんろうされる人間のおろかしさを、受ける傷の痛みを知っておかなければならない。――――そして誰に教えられるでもなく、彼等かれら自身の心で感じ、考え、探り、解決方法を見つけることをしておかなければ。――そう、私は思うのです」

「でも、そりゃあまりにこくじゃないですか、校長。あなたの言ってるこたァつまり、大人俺らでさえ完全にゃ出来ない問題の解決を、子どもらに押し付けようってことで――ザードチップ先生の言ってることそのまんまだ。もしそうなら、悪いが俺はあなたの言ってることに――」



 ファレンガスが口をはさむ。クリクターが彼を見た。



「そう。彼らは大人ではなく、まだ未熟みじゅくな子どもです。だからこそ――そこに宿る意志は、我々とは比べ物にならないほど純粋じゅんすいだ。そんな彼らだからこそ、たどり着ける解決法があるかもしれない。しかし幼い彼らは、意志より感情に支配されてしまいがちです。……であれば感情そこにこそ、我々教師が教え、また学ぶべきことがある。彼らの姿やことばから、我々もまた考え、探るのです――――あの内乱・・・・を止められなかった我々大人が、このプレジアの中でもう一度、あの時と同じ負の感情・・・・・・・・・・に向かい合い、どうすべきだったのか、どうするのかを再び選択するのです」



 クリクターがファレンガス、次いでアドリーを見る。ファレンガスが息と共にうなりをらした。



「………………」



 他の教師の中にも、どこか表情に影を落とす者が散見さんけんされる。

 彼らは一様いちように、差別と偏見が引き起こした未曽有みぞう戦禍せんかに思いをせていた。



 ――――二十年前の戦争。

 魔女と人間の全面戦争ぜんめんせんそうとなった、「無限むげん内乱ないらん」である。



「……ダメだ。俺にゃあやっぱり、年寄りの自己満じこまんのためにガキどもを利用してるようにしか聞こえねぇです、校長」

「利用で結構ですとも。利用し利用され、共に大いに学び、成長しましょう。ここプレジアは学校なのですから。それに、責任を問うことはいつでも出来る。求められれば、もちろん私はすぐにも学校を去りましょう。けれどそれは、今この場で、教師この席いている、みなさんが、今真っ先にやるべきことでしょうか。権力ちからで騒ぎをしずめる……くさいものにとりあえずふたをし、見たくないものを眼前から遠ざけ、聞こえのいい音、歯切はぎれのいい言葉で見える世界を虚飾きょしょくするのは簡単です。でもその先、子どもたちがこれから向かう未来に、彼らがほこれる国の姿があるんでしょうか。……『プレジアの現状を解っているのか』、と聞きましたね。答えはイエスです。黙認もくにんでも、容認ようにんでもない。これは私の、このプレジアの方針なのですよ。ザードチップ先生」

「……はあ……」

「それに、」

「、?」



 不意に向けられたクリクターの視線を、きょとんとした顔で受け止めるシャノリア。



開催かいさいまで一ヶ月を切った実技試験じつぎしけん。それにいど幾人いくにんかの『渦中かちゅう』の人物が、良かれ悪かれ、プレジアの現状を大きく変えるのではないかと、私は見立てています」

「……渦中の……」



 シャノリアの脳裏のうりに、ケイの姿が浮かぶ。

 クリクターが笑った。



「それまでに彼らが、そしてあなた達がどう考え、どう動くのか……私は、大いなる期待を持って見守り、支え、そして私自身も考えていくつもりです」



 職員室を包む、先ほどまでの沈黙ちんもくの空間とは異なる静寂せいじゃく

 クリクターは急にくさそうに笑うと、「ああ、私はコーヒーを飲みにきたのだった」と足早に給湯室へ向かおうとする。直前まで満ち満ちていた威厳いげんをまったく感じられないその小さな背中に、最初に笑顔を見せ、緊張をいたのはアドリーだった。



「……とはいえ、理事会りじかいでの校長先生には、もう少しシャンとしていただきたかったですが。大貴族とはいえ、対等な立場の者に対してああいうヘコヘコした態度では、相手側もつけあがるというものではないかと」

「は、はは……耳が痛い事です。格好かっこうつけていますが、私なんぞ二流三流、四流ですからね。一流の道を歩いてこられた方には滅法めっぽう弱い。存在のまぶしさにちぢみ上がってしまう気持ちです」

「だ、ダメじゃないですか、校長先生……」



 先ほどまでの威厳はどこへやら、とシャノリアが思わずたしなめる。

 校長はヘラヘラと苦笑するばかりであった。



「……楽観的らっかんてきすぎやしませんかねぇ。学生同士の対立がここまで明確になったプレジアが、実技試験一つ程度でどう変わるってんです」

「いやぁまあでもよ、ザードチップ。今回は案外、何か起こるかもしれねぇぜ? 特に、シャノリア先生ンとこのケイ・アマセ。あいつはまだまだ、何かとんでもねぇことをやらかしやがる気がしてんだ、俺ぁ」



 淡々たんたんとしたトルトの言葉に、ファレンガスがニヤリと笑って応える。

 トルトは胡散臭うさんくさそうな目で彼を見た。



「何を起こすってんです、あんな無能むのうで変わりモン小僧こぞうが」

「そうか、まだ実技の方じゃ、大した成果せいかは上がってないのか……実技試験はこれからだしな。だが筆記ひっきの方は、あいつ――えー、どこにやったんだったか…………ああ、あった。ほれ。こいつを見ろ。目ン玉飛び出るぞ」



 興奮した調子でファレンガスが取り出したのは、一枚の紙。

 それは彼が担当する教科である、国史こくしのテストの解答用紙である。



「目ん玉って……赤点あかてん回避かいひでもしてたんです? そりゃあヤマかなんかって当たったんでしょうよ。編入へんにゅうからだいぶ経ったんだ、それなら多少は――――」



 トルトが面倒くさそうに近寄り、ファレンガスから受け取った紙に目を通して。



「…………なん、」



 そのまま、固まった。



「……ですか、これ」



 めずらしく目を見開いているトルトを見て、ファレンガスがこの上なく楽しそうにニヤつく。

 すぐにはトルトの驚きの理由が解らなかったシャノリアも、やがてその驚愕きょうがくの正体に――見当がついた。



(でも、嘘。そんなことって……ある?)



「…………ディノバーツ先生。あんた、アマセに虹の眼鏡インテルト・ラト魔術加工まじゅつかこうほどこされた眼鏡、貸してましたよね。筆記ン時、使わせたんですか」

「い、いいえ。提案したんですけど、アマセ君本人が『要らない』って……ちょっと。私も見せてもらっていいですか」



シャノリアがどたどたと席を立ち、トルトの持つ解答用紙を受け取る。



 けいの努力を、シャノリアはよく心得ているつもりだった。

 故に、もしかしたら好成績を収めるかもしれない、という程度ていどには十分想定していた。

 あれだけ努力しているケイのことだ。字が読めないなりに、きっといくつかの教科で高得点を叩き出すのではないか、と。



 故に。



 シャノリアは、トルトと同じように、そのテストを見て絶句ぜっくすることになる。



「ま……」



 高得点どころではない。



 ケイ・アマセは満点を取っていたのである。



「今回は記述式きじゅつしき――歴史の流れを概説がいせつし、更に事象じしょうを多角的な方面から検討けんとうした上で、当時の国策こくさく是非ぜひについて言及げんきゅうさせる論述ろんじゅつ問題まで出してた。アマセのことは知ってたから、論述くらいは多少甘めに採点さいてんしてやるか、なんて思ってたんだがよ……とんでもねぇ。こいつの論述、文句の付け所さえなかったぜ。ぶったまげたよ」

「じゃあ、どういうこと……あの子、もうこの国の言葉を完璧かんぺきに……」

「あいつ……とことん変わった野郎だな」

「確かに、授業中の様子といい休み時間の様子といい、どこを切り取って見ても変わり者にはちげぇねぇだろうがな。アマセの奴は……こと学ぶことへのモチベーションにかけちゃ、このプレジアの中で……いや、ひょっとすると大学府だいがくふを含めても、これほど熱心に勉強してやがる学生はねぇかもしれねぇよ」

「ほう……そうでしたか。私の教科だけでは・・・・・・・・なかった・・・・んですね」

「え……」



 振り返るシャノリア。声を発したのは魔法生物まほうせいぶつ担当のアドリーだ。

 アドリーは自分の机に戻ると、机上きじょうに積まれていた紙のたばをパラパラとめくり、よどみない動作で一枚の紙を取り出す。

 ファレンガスと同じく、それはテストの解答用紙。

 シャノリアが引きつった笑顔を浮かべた。



「ま……まさか」

「そのまさかですよ。魔法生物学さん――彼、ケイ・アマセ君は満点を取っています」

「…………バケモンか、あのガキは。この短い期間にどんだけ――――」



 たまらずトルトがそうらす。しかし彼の横にいるシャノリアの頭は、すでに別の教師へと移っていた。その教師は彼女の目線に気付き、小さくうなずくと――机上から圭の解答用紙を取り出し、かかげてみせた。シャノリアの予想は的中する。

 そのテストも満点だ。



 ――シャノリアは、視線を職員室内にめぐらせる。

 教師たちは次々にケイの解答用紙を取り出し、それを全員に見えるように持つ。



 魔術学まじゅつがくさん

 応用属性おうようぞくせい魔法学まほうがく

 現代国語げんだいこくご

 算術さんじゅつ

 魔法理学Ⅲまほうりがくさん

 魔素学Ⅱまそがくに

 魔法学Ⅲまほうがくさん

 水属性みずぞくせい風属性かぜぞくせい魔法学まほうがく



 そのすべてが、満点。



 シャノリアが動く。

 自席へと戻り、採点さいてん待ちの解答用紙の中から圭のものを引っ張り出し、全教師の目が注がれる中、無言で採点を開始する。



「――――――――、」



 やがてシャノリアの手が止まる。

 全員が固唾かたずを飲んで見守る中、彼女は興奮気味に解答用紙を掲げ――震え声で、告げる。



「…………全教科、満点です」




◆     ◆




「……全教科、満点?」



 つぶやいたのはマリスタである。



 翌日の放課後。教室区画くかくの廊下に張り出された筆記試験の結果を見にきたマリスタとパールゥ、システィーナは、ただあんぐりと口を開けて、成績表の一位のらんにある圭の名前を見つめていた。



 無論、その結果にさわいでいるのは彼女達三人だけではない。

 自分の成績を見にきた一般生徒も、ついでに「異端いたん」の成績をわら|うためにやってきた貴族も。皆が皆、成績表の前でどよめきを起こしていた。



「あらあら。どうしたのですか、マリスタ。めずらしく成績表の前で固まったりなんかしてっ」

「あ、ナタリー」

「気を落とすことないですよ。頑張って勉強したといっても、試験で結果を出せるようになるまでにはやはり時間がかかります。今回駄目だめでもまだ試験は三回ほど残っているわけですから、めげずに次また頑張れば――」

「ナタリー、そうじゃなくて」

「えぇえぇ、大丈夫ですよ。勿論もちろん私はいつもの通り一位か二位でしょうから、そこを見にきたわけではありません。あのいけ好かない金髪大根役者だいこんやくしゃさんが、あれだけ頑張るフリ的パフォーマンスをしておいて果たして一体何位なのかをこの記録石ディーチェでバッチリ記録、明日にでも、努力の様子を編集したダイジェスト映像と共に全校に放送――――――――あゃ?」



 よどみなくしゃべっていたナタリーがけいの順位を確認し、頓狂とんきょうな声を出して硬直こうちょくする。



 圭の下には二位でナイセスト・ティアルバー、その下に三位でナタリー・コーミレイの名前。――三位などという低い順位に甘んじたのは、ナタリーにとって初めてのことである。



「す……すごい、よね。アマセ君。ティアルバー君に、十点以上も差をつけて一位なんて」

「……………………、なるホど、ナるほど。やけにいけ好かない風紀の連中が成績表にたむろしていると思いましたが、はァ。そういうことですか、ほぉォ」

「落ち着こうね、ナタリー。……でも、ホントにすごいよねこれは。努力するだけで、全教科満点なんてとれるものなのかしら」

「ホントにすごいよ、アマセ君……私なんて、また五十四位に落ちちゃったのに」

「五十四位も十分すごいじゃないの」

「に、二十六位さんに言われてもイヤミだよっ」

「素直に受け取ってよ、もー」

「あいつ……ちゃんとリシディアの言葉、読み書きできるようになってるってことだよね。魔術まじゅつも使わずに」



 マリスタが、成績表から視線を離さずに言った。



「そうねぇ……でも昨日話した時は彼、通訳魔法つうやくまほうを使ってたでしょう?」

「読み書きは出来るけど、自由にしゃべるのはまだ……ってこと、かな」

「……………………」

「いいですねぇ。二度と口がけないようにしてあげないといけません」

「何の話ナタリーそれ」

「やっぱすごいよ。ケイは」



 会話をさえぎ語気ごきで、マリスタが言う。

 興奮に見開いた目を光らせ、赤毛の少女はグッとこぶしを握り締めた。

 そして、視線を下げる。その目に映るのは、三百二十一位のらんに記されている自分の名前。

 握った拳に更に力が込もる。



頑張がんばんなきゃ。頑張んなきゃ、私も……!」

「でも、マリスタもすごいわよ。三百二十一位なんて、これまでで最高の順位じゃない」

「え? そ、そうかなぁ。でへへ」

「そうだね。こないだの――前年度の期末試験では、確かビリから二番目だったし」

「う……あれはさすがに、実家に帰ったとき母さんに怒られたわ」

「今度は自慢じまんしておいで。私の下に二十人もいるって」

「上には三百二十人もいるけどね……」

「フフフ! あーもうホント、嫌な気分ですねぇっ。ケイさんのプライベート映像を売りさばいてさ晴らしするとしましょう」

「ナタリーあんたね、いい加減ケイの部屋の隠し記録石ディーチェ取り除きなさいよっ」

「パールゥにはお友達価格でご提供しますねっ☆」

「え、ええっ?! そ、そんな、私は……っ」

(欲しそうな顔してるなぁ……)

「おうおう。また今回は一段と盛り上がってんじゃねーか。順位に番狂ばんくるわせでも出たのか?」

「!」



 その声に、マリスタはいの一番に反応して顔をしかめた。

 ロハザーはそんなマリスタを見て、ニヤリと小さく笑う。

 その後ろにはヴィエルナの姿。小さく手をあげて挨拶あいさつしてきたヴィエルナにマリスタは微笑ほほえみ、すぐにロハザーへギッと視線を戻した。



「ようアルテアス。どうだよ、順位は。ひとつくらい上がったのか」

「っ……あがったよ。二十くらい!」

「ほお、二十もか。あんたにしちゃよく頑張ったじゃねーの。こないだはビリツーだったもんな」

「くっ……でも、見てなさいよ。あんたみたいなやつ、すぐに追い抜いてやるんだから」

「おーはいはい、勝手にやんなよ、俺は別に止めねーから。さて、そんな俺の順位は、っと……あー。前回と変わらず十七位……んで、ヴィエルナ、オメーは十八位。また俺の勝ちだな!」

「むぅ。実技では勝つから、いいもん」

「そう、オメーは実技試験の成績はいいんだよな。だが今や俺もグレーローブだ、次の実技楽しみにしとけよ。俺は今とっておきの隠し玉を…………ん?」



 成績表を見ていたロハザーが、下位の表に目をらす。誰を探しているのかが分かったマリスタは、ニヤニヤとした笑みを顔に貼り付け、ロハザーの横へとにじり寄った。



「あれあれぇ?? アマセのヤロォはどこいったんでしょうかねぇ」

「っ!? て――てめぇ、俺の思考を読むんじゃねぇ!」

「おっかしいなぁ。俺のらんから下は全部見たのに出てこねぇなぁ。ひょっとすると……ひょっとすると、こりゃあまさかぁ、上なのかぁ?」

「だからやめろって言ってんだろうがバカ女! ンなわけねーだろ、魔法も言葉もわからない奴が、入学から一ヶ月かそこらで最上級生の教科で俺よりけぇ点数取るなんざ、そんなアホみてーなことが起こるワケ」

「――――――ロハザー」



 ヴィエルナが目を見開き、無言で手を上げ、圭の順位が書かれた欄に指で触れる。

 ヴィエルナのその仕草しぐさにロハザーも成績表へと視線を移し、順位を認め――顔をみるみる驚愕きょうがくに染めた。



「しょ…………職員室行ってくる俺っ!! 嘘だ嘘だ、何かの間違いだこんなモン!!!」

「迷惑」

「ゲルググ?! フードを引っ張んなばか!」

「事実。受け入れ。なさい」

「のぐ……!!!」

「抜かれちゃったねぇ、お互いにぃ?」

「黙れ三百以上いじょうしたッ!!――……幻覚じゃねぇ。うっそだろ……マジなのかこれ……あいつ頭どうなってんだよ……」



 何度も目をこすり、まじまじと一位の欄を見るロハザー。しかし見れども見れども結果は変わらない。

 ケイ・アマセは一位で、ナイセスト・ティアルバーは二位なのだ。



「……マリスタも」

「おぉっ!?」



 いつの間にかとなりにいたヴィエルナにギョッとするマリスタ。



「いつもは、何位なの?」

「い……いつもは、あはは、恥ずかしながら底辺ていへん辺り、かなぁ。なはは……」

「じゃあ、二十位以上。上がったんだね。頑張った。ね」

「――――」

「ケイも、きっと。そう言うんじゃ、ない?」



 小さく微笑ほほえんでヴィエルナ。マリスタは笑顔でうなずいた。



「……もっと、頑張ろう。ね。私も、がんばる」

「……もちろん!」

「……いいなぁ、なんか。ほろりとしちゃう、私」

「システィーナ?」

「いやね。これまで、私やパールゥがどれだけ頑張ろうって言ってものらりくらりだったマリスタが、一生懸命努力してるじゃない? なんかうれしくって。ほろほろ」

「も、もう。大げさに泣くんだから……でも、ホントにそうかも。アマセ君の影響で、色んなことが変わってるよね」

「あはは。それ、ケイに言ったら絶対『俺じゃない、お前自身の力だ』とかなんとか言うわよ」



 マリスタが苦笑してパールゥに言う。システィーナは肩をすくめて「ありそうね」と笑った。



「それに今回の試験の結果で……見て。周り」

『?』



 システィーナにうながされ、周囲を見るマリスタとパールゥ。

 依然いぜん廊下ろうかには大勢の生徒達がたむろしているが、自身の成績を確認するのに、そう長い時間を要することはない。

 気付けば周囲のほとんどの人々が、圭の成績を見世物みせものにしてざわめいている状態になっていた。



 だが、それはこれまでと変わらない。ケイはこれまでも、こうして笑いものにされてきたはずだ、とパールゥは思う。



「まわり……別に、変わらないと思うけど?」

「………………チッ。くそ面白くもないですねぇ」

「せ、台詞がただの性格悪い人だよ、ナタリー……何か変わってる? 私は全然――」

「『学校を悪い意味でかき乱す、顔はいいが浮いてる変な奴』――それが大勢たいせいだったケイさんへの認識が、少しずつ良くなっている気がする。どうせそのようなことを言いたいのでしょう、システィーナ」

「さすがはプレジア三位の頭脳。その通りよ」

「さすがはプレジア二位の巨乳。脳の栄養が乳にいっている分考えがけて見えるようです」

「?!?!」

(い、一位誰なのかな……)

「ま、ケイさんにとっていい方に転がりつつあるのは認めざるを得ませんけれど。こうして目に見える形で実力を示されると、少なくとも表立って彼を悪く言う者たちは鳴りをひそめますからね。巨大なクジラは誰にも攻撃されないのと同じです――――ま、彼程度の小さな鯨ではサメに食われるのがオチですけどねっ☆」

「そうね。確かに、これでアマセ君が変な人たちにからまれなくなるかと言えば、そうとも言えない」

「ハッ。むしろ結果・・によりゃあ、今以上に爪弾つまはじき者――いや。それどころか、本当にプレジアからいなくなっちまう可能性だってあるな」

「ど、どういうことよそれっ」



 マリスタがロハザーにめ寄る。

 ロハザーは「分かんねぇのかよ?」と笑い、自身の短いかみの毛をかき上げた。



「今度の実技試験じつぎしけんの結果で、やつの今後も大きく変わるってことさ」

「何言ってんの? たかが試験で、あいつが学校に来れなくなるほど参っちゃうわけが――」

「マジでわかってねぇなアンタは。気分はまだ魔術師まじゅつしコースかよ?――精神的なことを言ってんじゃねぇ。こいつは義勇兵ぎゆうへいコースの試験だぞ? つまりあいつが不幸な事故で・・・・・・死んだとしても・・・・・・・、それは特に問題にはならねぇってことさ。……まさかあんた、そんなことも忘れてやがったワケじゃぇだろうな?」



 ――ロハザーの目が、マリスタをするどくとらえる。

 かすかに怒気さえにじむその目に気圧けおされ、マリスタがわずかに後ずさった。



「わ、忘れてなんか――――、っ」

「?」



 反射はんしゃ的に何かを言い返そうとしたマリスタが、ゆっくりと口を閉じる。

 言葉をふうじ込めるように飲み込み、今度はしっかりとロハザーを見た。



「――ごめん。私忘れてた」

「……あ?」

「忘れてたよ。実技試験が命がけなこと。だから謝る。ごめん」

「な、何だと?」

「もう忘れないから。私の命がかかってることも、アンタやヴィエルナちゃんが命をかけてたたかってることも。ホントにごめん」



 ごまかしのない、真っ直ぐな言葉が、ロハザーに真正面からぶつかる。

 彼を見据みすえるマリスタのひとみに、その意気に。人知れず笑みをこぼしていたのは、きっとヴィエルナだけではなかっただろう。



「あ……当たり前のことをエラそうにほざくんじゃねぇっ! その場しのぎに謝ったところで、アンタの覚悟の無さはとっくに透けて見えてんだよっ。気合を入れ直したって変わりゃしねぇ……俺はアンタみたいな道楽どうらく貴族が一番嫌いだよ。何の苦労も知らねぇ奴が」

「大人しく聞いていれば調子に乗らないでいただけますかねぇロハザー・ハイエイト。仮にも大貴族であるマリスタに、あなたのような没落ぼつらく寸前のじゃく――」

「!? テメ――」

「ナタリーごめん、今は黙ってて。これはコイツと私の問題――ううん。『闘い』だから」

「た……タタカイ? ハッ――笑わせんなよおじょうサマ! グレーレッドアンタで勝負になるわけ無ぇだろ、思い上がりも大概たいがいにしろよ!」

「勝負になるかどうかなんて、それこそ試験当日まで分かんないじゃん。そっちこそ、わたし・・・を勝手に決めつけないでよね」

「お前……ッ!」

「はい、二人とも」

「そこまで。だよ」



 システィーナとヴィエルナが仲裁に入る。ロハザーとマリスタは数瞬すうしゅんにらみ合い、やがてどちらからともなく視線を外す。

 ロハザーが大きく舌打ちした。



「つか、肝心かんじんのアマセの野郎はどこ行ったんだよ! あいつに一番言ってやりてぇことがあるっつーのに!」

「今の時間。なら……たぶん、本。借り終えて……訓練、施設」

「あぁ? なんでテメーがそんなくわしいんだよヴィエルナ」

「放課後、たまに。訓練の相手、してる。から」

「あぁ!!? てっ――てめ、なんでそんなあいつに」

「誘われる、から?」

「いよォしたった今アマセの死因しいんは感電死だと決まった!! 一瞬でケリつけてやる!」

「だからあんたがケイと当たるかどうかなんて分かんないでしょーに」

「うるせえな。いちいち人の話に水を差しやがらないでくださいますか大貴族サマ!」

「ほーら、マリスタ。もう」

「やめなさい。ってば」

「ぬー!!」

「あででっ?!? ヴィエルナてめ、叩くこたねーだろ叩くこと!」

「二発目?」

「ごめん」

「よし」

(ヴィエルナちゃんつよい)

「と、というかアマセ君……自分の順位にすら、興味ないんだね。ローブの色にも成績が反映はんえいされるし、見たくなるはずなのになぁ」

「うーん。HRホームルームで連絡あったし、知らない訳じゃないだろうからね……」

「単純に興味が無いんでしょ。あいつらしいじゃん」

「ちがうと、思う」



 笑いながらそう言ったマリスタの言葉に、ヴィエルナが小さく首を振った。



「実技試験も、近いし。追い込み、かけてるの」

「追い込み……?」

「自分の評価が地に落ちるかもしれない実技試験ですからね。いかなケイさんと言えど、必死にもなりますよねっ☆」

「せ、成績表を見にも来ない人がそんなこと気にするかな……?」

「案外あるのかもしれませんよ。マリスタも言った通り、なにせ筆記ひっきと違って命がかかっているのですからね」

「…………わ、」



 マリスタはにわかにあせりにられる。

 先ほどロハザーに向けて放った言葉が頭をよぎり、ここにいる自分が何だか恥ずかしくなってきたのだ。



「私、訓練施設行ってくるね!!」

「ハイハイ、行ってらっしゃい」



 見透かしたような顔のシスティーナに見送られ、マリスタは足早にその場を後にする。



 その後ろ姿を、ナタリーとロハザーは面白くなさそうに見送った。

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