2
「今このプレジアに、
「……だから若いうちに、彼らに苦難を……経験させておこうと?」
シャノリアが言う。その言葉が
クリクターは静かに、首を横に振った。
「苦しませたいのではない。乗り越えて欲しいのです。大切なのは差別を
「でも、そりゃあまりに
ファレンガスが口を
「そう。彼らは大人ではなく、まだ
クリクターがファレンガス、次いでアドリーを見る。ファレンガスが息と共に
「………………」
他の教師の中にも、どこか表情に影を落とす者が
彼らは
――――二十年前の戦争。
魔女と人間の
「……ダメだ。俺にゃあやっぱり、年寄りの
「利用で結構ですとも。利用し利用され、共に大いに学び、成長しましょう。ここプレジアは学校なのですから。それに、責任を問うことはいつでも出来る。求められれば、もちろん私はすぐにも学校を去りましょう。けれどそれは、今この場で、
「……はあ……」
「それに、」
「、?」
不意に向けられたクリクターの視線を、きょとんとした顔で受け止めるシャノリア。
「
「……渦中の……」
シャノリアの
クリクターが笑った。
「それまでに彼らが、そしてあなた達がどう考え、どう動くのか……私は、大いなる期待を持って見守り、支え、そして私自身も考えていくつもりです」
職員室を包む、先ほどまでの
クリクターは急に
「……とはいえ、
「は、はは……耳が痛い事です。
「だ、ダメじゃないですか、校長先生……」
先ほどまでの威厳はどこへやら、とシャノリアが思わずたしなめる。
校長はヘラヘラと苦笑するばかりであった。
「……
「いやぁまあでもよ、ザードチップ。今回は案外、何か起こるかもしれねぇぜ? 特に、シャノリア先生ンとこのケイ・アマセ。あいつはまだまだ、何かとんでもねぇことをやらかしやがる気がしてんだ、俺ぁ」
トルトは
「何を起こすってんです、あんな
「そうか、まだ実技の方じゃ、大した
興奮した調子でファレンガスが取り出したのは、一枚の紙。
それは彼が担当する教科である、
「目ん玉って……
トルトが面倒くさそうに近寄り、ファレンガスから受け取った紙に目を通して。
「…………なん、」
そのまま、固まった。
「……ですか、これ」
すぐにはトルトの驚きの理由が解らなかったシャノリアも、やがてその
(でも、嘘。そんなことって……ある?)
「…………ディノバーツ先生。あんた、アマセに
「い、いいえ。提案したんですけど、アマセ君本人が『要らない』って……ちょっと。私も見せてもらっていいですか」
シャノリアがどたどたと席を立ち、トルトの持つ解答用紙を受け取る。
故に、もしかしたら好成績を収めるかもしれない、という
あれだけ努力しているケイのことだ。字が読めないなりに、きっといくつかの教科で高得点を叩き出すのではないか、と。
故に。
シャノリアは、トルトと同じように、そのテストを見て
「ま……」
高得点どころではない。
ケイ・アマセは満点を取っていたのである。
「今回は
「じゃあ、どういうこと……あの子、もうこの国の言葉を
「あいつ……とことん変わった野郎だな」
「確かに、授業中の様子といい休み時間の様子といい、どこを切り取って見ても変わり者にはちげぇねぇだろうがな。アマセの奴は……こと学ぶことへのモチベーションにかけちゃ、このプレジアの中で……いや、ひょっとすると
「ほう……そうでしたか。
「え……」
振り返るシャノリア。声を発したのは
アドリーは自分の机に戻ると、
ファレンガスと同じく、それはテストの解答用紙。
シャノリアが引きつった笑顔を浮かべた。
「ま……まさか」
「そのまさかですよ。魔法生物学
「…………バケモンか、あのガキは。この短い期間にどんだけ――――」
たまらずトルトがそう
そのテストも満点だ。
――シャノリアは、視線を職員室内に
教師たちは次々にケイの解答用紙を取り出し、それを全員に見えるように持つ。
そのすべてが、満点。
シャノリアが動く。
自席へと戻り、
「――――――――、」
やがてシャノリアの手が止まる。
全員が
「…………全教科、満点です」
◆ ◆
「……全教科、満点?」
つぶやいたのはマリスタである。
翌日の放課後。教室
無論、その結果に
自分の成績を見にきた一般生徒も、ついでに「
「あらあら。どうしたのですか、マリスタ。
「あ、ナタリー」
「気を落とすことないですよ。頑張って勉強したといっても、試験で結果を出せるようになるまでにはやはり時間がかかります。今回
「ナタリー、そうじゃなくて」
「えぇえぇ、大丈夫ですよ。
よどみなくしゃべっていたナタリーが
圭の下には二位でナイセスト・ティアルバー、その下に三位でナタリー・コーミレイの名前。――三位などという低い順位に甘んじたのは、ナタリーにとって初めてのことである。
「す……すごい、よね。アマセ君。ティアルバー君に、十点以上も差をつけて一位なんて」
「……………………、なるホど、ナるほど。やけにいけ好かない風紀の連中が成績表に
「落ち着こうね、ナタリー。……でも、ホントに
「ホントにすごいよ、アマセ君……私なんて、また五十四位に落ちちゃったのに」
「五十四位も十分すごいじゃないの」
「に、二十六位さんに言われてもイヤミだよっ」
「素直に受け取ってよ、もー」
「あいつ……ちゃんとリシディアの言葉、読み書きできるようになってるってことだよね。
マリスタが、成績表から視線を離さずに言った。
「そうねぇ……でも昨日話した時は彼、
「読み書きは出来るけど、自由にしゃべるのはまだ……ってこと、かな」
「……………………」
「いいですねぇ。二度と口が
「何の話ナタリーそれ」
「やっぱすごいよ。ケイは」
会話を
興奮に見開いた目を光らせ、赤毛の少女はグッと
そして、視線を下げる。その目に映るのは、三百二十一位の
握った拳に更に力が込もる。
「
「でも、マリスタもすごいわよ。三百二十一位なんて、これまでで最高の順位じゃない」
「え? そ、そうかなぁ。でへへ」
「そうだね。こないだの――前年度の期末試験では、確かビリから二番目だったし」
「う……あれはさすがに、実家に帰ったとき母さんに怒られたわ」
「今度は
「上には三百二十人もいるけどね……」
「フフフ! あーもうホント、嫌な気分ですねぇっ。ケイさんのプライベート映像を売りさばいて
「ナタリーあんたね、いい加減ケイの部屋の隠し
「パールゥにはお友達価格でご提供しますねっ☆」
「え、ええっ?! そ、そんな、私は……っ」
(欲しそうな顔してるなぁ……)
「おうおう。また今回は一段と盛り上がってんじゃねーか。順位に
「!」
その声に、マリスタはいの一番に反応して顔をしかめた。
ロハザーはそんなマリスタを見て、ニヤリと小さく笑う。
その後ろにはヴィエルナの姿。小さく手をあげて
「ようアルテアス。どうだよ、順位は。ひとつくらい上がったのか」
「っ……あがったよ。二十くらい!」
「ほお、二十もか。あんたにしちゃよく頑張ったじゃねーの。こないだはビリツーだったもんな」
「くっ……でも、見てなさいよ。あんたみたいなやつ、すぐに追い抜いてやるんだから」
「おーはいはい、勝手にやんなよ、俺は別に止めねーから。さて、そんな俺の順位は、っと……あー。前回と変わらず十七位……んで、ヴィエルナ、オメーは十八位。また俺の勝ちだな!」
「むぅ。実技では勝つから、いいもん」
「そう、オメーは実技試験の成績はいいんだよな。だが今や俺もグレーローブだ、次の実技楽しみにしとけよ。俺は今とっておきの隠し玉を…………ん?」
成績表を見ていたロハザーが、下位の表に目を
「あれあれぇ?? アマセのヤロォはどこいったんでしょうかねぇ」
「っ!? て――てめぇ、俺の思考を読むんじゃねぇ!」
「おっかしいなぁ。俺の
「だからやめろって言ってんだろうがバカ女! ンなわけねーだろ、魔法も言葉も
「――――――ロハザー」
ヴィエルナが目を見開き、無言で手を上げ、圭の順位が書かれた欄に指で触れる。
ヴィエルナのその
「しょ…………職員室行ってくる俺っ!! 嘘だ嘘だ、何かの間違いだこんなモン!!!」
「迷惑」
「ゲルググ?! フードを引っ張んなばか!」
「事実。受け入れ。なさい」
「のぐ……!!!」
「抜かれちゃったねぇ、お互いにぃ?」
「黙れ三百
何度も目をこすり、まじまじと一位の欄を見るロハザー。しかし見れども見れども結果は変わらない。
ケイ・アマセは一位で、ナイセスト・ティアルバーは二位なのだ。
「……マリスタも」
「おぉっ!?」
いつの間にか
「いつもは、何位なの?」
「い……いつもは、あはは、恥ずかしながら
「じゃあ、二十位以上。上がったんだね。頑張った。ね」
「――――」
「ケイも、きっと。そう言うんじゃ、ない?」
小さく
「……もっと、頑張ろう。ね。私も、がんばる」
「……もちろん!」
「……いいなぁ、なんか。ほろりとしちゃう、私」
「システィーナ?」
「いやね。これまで、私やパールゥがどれだけ頑張ろうって言ってものらりくらりだったマリスタが、一生懸命努力してるじゃない? なんか
「も、もう。大げさに泣くんだから……でも、ホントにそうかも。アマセ君の影響で、色んなことが変わってるよね」
「あはは。それ、ケイに言ったら絶対『俺じゃない、お前自身の力だ』とかなんとか言うわよ」
マリスタが苦笑してパールゥに言う。システィーナは肩をすくめて「ありそうね」と笑った。
「それに今回の試験の結果で……見て。周り」
『?』
システィーナに
気付けば周囲のほとんどの人々が、圭の成績を
だが、それはこれまでと変わらない。ケイはこれまでも、こうして笑いものにされてきたはずだ、とパールゥは思う。
「まわり……別に、変わらないと思うけど?」
「………………チッ。
「せ、台詞がただの性格悪い人だよ、ナタリー……何か変わってる? 私は全然――」
「『学校を悪い意味でかき乱す、顔はいいが浮いてる変な奴』――それが
「さすがはプレジア三位の頭脳。その通りよ」
「さすがはプレジア二位の巨乳。脳の栄養が乳にいっている分考えが
「?!?!」
(い、一位誰なのかな……)
「ま、ケイさんにとっていい方に転がりつつあるのは認めざるを得ませんけれど。こうして目に見える形で実力を示されると、少なくとも表立って彼を悪く言う者たちは鳴りを
「そうね。確かに、これでアマセ君が変な人たちに
「ハッ。むしろ
「ど、どういうことよそれっ」
マリスタがロハザーに
ロハザーは「分かんねぇのかよ?」と笑い、自身の短い
「今度の
「何言ってんの? たかが試験で、あいつが学校に来れなくなるほど参っちゃうわけが――」
「マジでわかってねぇなアンタは。気分はまだ
――ロハザーの目が、マリスタを
かすかに怒気さえにじむその目に
「わ、忘れてなんか――――、っ」
「?」
言葉を
「――ごめん。私忘れてた」
「……あ?」
「忘れてたよ。実技試験が命がけなこと。だから謝る。ごめん」
「な、何だと?」
「もう忘れないから。私の命がかかってることも、アンタやヴィエルナちゃんが命をかけて
ごまかしのない、真っ直ぐな言葉が、ロハザーに真正面からぶつかる。
彼を
「あ……当たり前のことをエラそうにほざくんじゃねぇっ! その場しのぎに謝ったところで、アンタの覚悟の無さはとっくに透けて見えてんだよっ。気合を入れ直したって変わりゃしねぇ……俺はアンタみたいな
「大人しく聞いていれば調子に乗らないでいただけますかねぇロハザー・ハイエイト。仮にも大貴族であるマリスタに、あなたのような
「!? テメ――」
「ナタリーごめん、今は黙ってて。これはコイツと私の問題――ううん。『闘い』だから」
「た……タタカイ? ハッ――笑わせんなよお
「勝負になるかどうかなんて、それこそ試験当日まで分かんないじゃん。そっちこそ、
「お前……ッ!」
「はい、二人とも」
「そこまで。だよ」
システィーナとヴィエルナが仲裁に入る。ロハザーとマリスタは
ロハザーが大きく舌打ちした。
「つか、
「今の時間。なら……たぶん、本。借り終えて……訓練、施設」
「あぁ? なんでテメーがそんな
「放課後、たまに。訓練の相手、してる。から」
「あぁ!!? てっ――てめ、なんでそんなあいつに」
「誘われる、から?」
「いよォしたった今アマセの
「だからあんたがケイと当たるかどうかなんて分かんないでしょーに」
「うるせえな。いちいち人の話に水を差しやがらないでくださいますか大貴族サマ!」
「ほーら、マリスタ。もう」
「やめなさい。ってば」
「ぬー!!」
「あ
「二発目?」
「ごめん」
「よし」
(ヴィエルナちゃんつよい)
「と、というかアマセ君……自分の順位にすら、興味ないんだね。ローブの色にも成績が
「うーん。
「単純に興味が無いんでしょ。あいつらしいじゃん」
「ちがうと、思う」
笑いながらそう言ったマリスタの言葉に、ヴィエルナが小さく首を振った。
「実技試験も、近いし。追い込み、かけてるの」
「追い込み……?」
「自分の評価が地に落ちるかもしれない実技試験ですからね。いかなケイさんと言えど、必死にもなりますよねっ☆」
「せ、成績表を見にも来ない人がそんなこと気にするかな……?」
「案外あるのかもしれませんよ。マリスタも言った通り、なにせ
「…………わ、」
マリスタはにわかに
先ほどロハザーに向けて放った言葉が頭をよぎり、ここにいる自分が何だか恥ずかしくなってきたのだ。
「私、訓練施設行ってくるね!!」
「ハイハイ、行ってらっしゃい」
見透かしたような顔のシスティーナに見送られ、マリスタは足早にその場を後にする。
その後ろ姿を、ナタリーとロハザーは面白くなさそうに見送った。
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