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◆     ◆




 義勇兵コースに転属てんぞくしてそう経っていないマリスタは、自分の訓練に振り回されてばかりな日々を送っていた。

 無論むろん、彼女はシャノリアとの訓練やケイとの訓練施設での一戦以外、まともな戦闘を経験したことはない。れない所有属性武器エトス・ディミにぎり、ほぼ初対面の人間と向かい合い、ともすれば大ケガにつながるかもしれない訓練をたどたどしく繰り返している。

 同時に、これまでは「ついで」に出来ればよかった呪文ロゴス詠唱破棄えいしょうはき無詠唱むえいしょうも、義勇兵コースではほぼ必須ひっすの技能――よほどの集中力がなければ、交戦中に呪文ロゴスを間違えずに唱えることなど不可能だから――だ。

 まずは基本となる魔弾の砲手バレット兵装の盾アルメス・クードから。これも、目下もっか健闘中である。



 なじみのない世界に忙殺ぼうさつされる日々。

 加えて、その日の訓練を適切に振り返るスキルも身に付いておらず、全てが「かけだし」、発展途上はってんとじょう

 マリスタは、疎外感そがいかん劣等感れっとうかんがごちゃまぜになった重苦しい気持ちで、日々訓練施設を訪れていた。



(……い。勢いで、来てみたはいいけど)



 筆記試験前の図書室がそうであったように、実技試験前の訓練施設は義勇兵コースの人間でごった返していた。

 第二十三そう演習えんしゅうスペース。

 ここには演習の規模に合わせ、三つの広さに分かれた演習スペースが存在する。とはいえ、通常は一人が演習場を借りた場合、そこが十人を収容できる広いスペースであったとしても、事実上、借りた人物・共に訓練する者よって独占されるのが常だ。レストラン等で全く知らない人物と相席あいせきすることが滅多にないのと同じである。

 しかし、実技試験が間近に迫ったこの期間となると話は別。

 この期間に限り、スペースが埋まっている状態で新規しんきに訓練に訪れた者がいた場合、訓練施設の管理者が認めた限りにおいて、スペースの「相席」が強制となる。




(うぅ……やっぱんでるなぁ。知らない人と同室で一人訓練とか、ほんと気まずいんですけど)



 とはいえ来てしまった手前、引き返す勇気もそう簡単には出ない。マリスタはとぼとぼと受付への列に並ぶ。

 比較的ひかくてき数は多くないものの、マリスタの前には十人程度が受付を待っていた。当然、マリスタにとっては見知った顔も多い。マリスタは肩をすくめるようにして身をちぢめた。



(……どこも人いっぱいだなぁ)



 特にすることもなく、マリスタは漫然まんぜんと訓練にいそしむ義勇兵コースの級友きゅうゆうながめる。

 演習スペースの中では、義勇兵候補生達が色とりどりのローブをはためかせて己の得物えものを振るい、魔法まほうを放ち、魔波まはをぶつけあっている。

 試験前ということもあってか、その気迫きはく普段ふだんより数段増しているように、マリスタは感じた。



(……どうせ訓練するなら…………あ。いた)



 直径二十メートルほどの、魔法障壁まほうしょうへきによって球形に囲まれた大演習スペース。

 比較的遠くにあるその場所で、赤いローブをまとった金髪の魔法使いは、グリーンローブの生徒を相手に、水色に輝く光をはしらせている。



「あなたも義勇兵コース?」

「へっ?! あっ、はいっ! あの――あっち。あっちの大演習スペースの人と待ち合わせしてて!」

「待ち合わせ?……んー、まあいいわ」



 いつの間にか受付の前まで来ていたマリスタはあたふたと受付を済ませ、大演習スペースへ――圭が訓練をしているスペースへとすべり込む。



「おっ、っとっと……」



 広い場所とはいえ、注意しておかなければ魔法の流れ弾に当たってしまう場合がある。

 付近で魔法を放っている人達に最大限注意しながら、マリスタは圭へと近づく。

 圭は、グリーンローブの少年との模擬戦もぎせんり広げているところだった。



 ――筆記試験の結果しか話題になってはいなかったものの。

 実技の面においても、圭の成長には目覚ましいものがある。

 事実今、圭と交戦していたグリーンローブの少年は、ローブのすそに凍結の残滓ざんしを光らせながら地に片膝かたひざを付き、うつむいて荒い呼吸を繰り返している。

 少年の真正面に降り立つ圭の後ろ姿を見て、マリスタは静かに目を輝かせ、どこか誇らしかった。



「ケイってば、ホントすごいねぇ」



 話しかける。圭は答えなかったが、マリスタにとってそれは最早もはやいつものことだ。

「勝手に共に歩む」と宣言せんげんした以上、負けん気の強い赤毛の少女は根気よく話しかけていくのみである。



「私なんかと違って、もうグリーンローブの人にだって勝――――」



 ――――いくのみ、なはずだった。



 マリスタの声に、圭が振り返る。

 その顔を見て、マリスタは言葉を失わざるを得なかった。



「………………………………………………」



 綺麗きれい輪郭りんかくから汗がしたたる。

 足は立っているだけで震え、誰が見ても筋肉の疲労が限界に達している。

 体は重心を安定させられず、常にフラフラと小さく揺れている。

 しみ込んだ汗で、ローブはずっしりと濃い赤色に染まっている。

 攻撃を受けたのか、右のほおと額には青痣あおあざがある。



 圭は――――過呼吸かこきゅうかと見紛みまがう程に困憊こんぱいし、息を切らしていたのである。



 声が届かなかった訳ではない。声を無視した訳でもない。

 今の圭にはただただ、マリスタに言葉を返す余力がないだけなのだ。



 ――脳裏のうりをよぎるのは、血と共にたましいを吐き出していた圭の姿。



〝この一歩が、確実に俺だけのものになって、俺を前へと進めてくれる。努力した分だけ、むくわれる可能性がある。こんなに……こんなに喜ばしいことが他にあるか?〟



(……あるはずが、ないじゃない)



 今のマリスタに、圭へかける言葉などあろうはずもない。



 「ケイと一緒に練習を」。



 そんなことを意識している時点で、彼女は彼と並び立ててなどいないのだから。



「………………………………………………」



 立ち尽くすマリスタから、圭はおもむろに視線を外す。

 とっくに回復し小康しょうこうを迎えているグリーンローブの少年へ息も絶え絶えに礼をつぶやくと、圭はマリスタの横を通り過ぎ、一人で訓練をしていたベージュローブの少年に近寄り、更に手合わせを頼み込んでいるようだった。



 今にも血を吐いて倒れそうな圭に模擬戦もぎせんを申し込まれ、当惑とうわくした様子で応対するベージュローブの少年。

 マリスタは彼に現在の自分を映し見たような気がして、目を閉じると大きく息を吸い込み、吐き出した。



「ねえ、君ッ!」

「っ!? あ……あ。アルテアスさん」

「今度は、私と戦ってくれない?」

「……え! あ、あなたとですか!?」

「うん! お願いしますッ!」

「あぁぁ、頭なんて下げないでっ……ぼ、僕は無理ですよ。今ホラ、疲れてるし……連戦には危険ですし。それに、もう帰りますし」



 うそだと、マリスタはすぐに見抜いた。

 時々こういう事態じたいが、彼女を襲う。大貴族の令嬢れいじょうであるマリスタを傷つけることで、自分や自分の家・親しい者達への報復ほうふくが行われるのではないか……とマリスタを恐れ、れ物を扱うかのように接する者が少なからずいるのである。

 しかし、ナイセスト・ティアルバーが委員長として率いている風紀委員会ふうきいいんかいが「平民」を弾圧し続けている現状を考えれば、無理からぬことでもあった。

 それが、代々積み上げてきた家柄を持つ、穏健派おんけんはの貴族であれば尚更なおさらだ。



 「空気を読め」。そんな視線を最後に残し、マリスタの元を離れていく少年。

 マリスタは奥歯おくばを静かにみ締めたが、すぐに気を取り直し、別の人物へと積極的に話しかけていく。

 マリスタは不思議と、気負いや焦りを感じてはいなかった。

 諦めや、自棄やけではない。

 どれだけ覚悟し意気込んでも、ケイ・アマセは自分の先を歩いている――その理由に、マリスタが思い至ったからである。



(環境でも、才能でもない……カンタンなことだわ。追いつくとすぐ安心して止まっちゃう私と違って、あいつは――ぜったい止まらずに、どこまでも強く在ろう・・・としてるんだから)



 ――どこまでもいくのよ、マリスタ・アルテアス。気力が、魔力が、体力が続く限り。



 相手が構える。所有属性武器エトス・ディミ錬成れんせいし、マリスタは小さく笑った。



(私は弱い。だからって、「私は弱い」と口にすることはない。――――胸を張っていよう。いつだって今この時の私は、過去のどんな瞬間の誰よりも強い。そして、これからももっと強くなっていく――!)



 そう思えばこそ。

 マリスタに、圭を羨望せんぼうしている時間など、ありはしなかった。




◆     ◆




 土塊どかいの剣が、ようやく砕ける。

 グリーンローブの少年が、自身の壊れた所有属性武器エトス・ディミに目を奪われている一瞬を付き肉薄にくはく胴体どうたいに手を当て凍の舞踏ペクエシスを放つ。

 少年は体をこおらされたことでバランスを保てなくなり、それまでの疲労も相俟あいまって――やっと、ひざを地に付けた。

 体感では、戦い始めて十分程度。

 グリーンローブの奴と真正面から戦って勝てたのは、これで二回目だ。

 通算二勝、六十敗――――実技試験目前にして、なんとか、グリーンローブと真正面からやりあっても接戦せっせんに持ち込めるようになってきた。



 だが、課題は山積さんせきだ。

 この戦闘ひとつかえりみみても、誰の目にも明らかである。

 細々こまごまと分析すれば枚挙まいきょいとまが無いが、そもそもグリーンローブを相手に接戦という時点で、実技試験において真っ向勝負での勝利は望むべくもない。

 トーナメントは、各ブロックとも第二回戦――準決勝戦までは一日で行われる。決勝とエキシビションは翌日よくじつだ。

 つまり勝ち上がれば、両日とも二回は確実に戦うことになる、ということ。



 ある程度の体力の温存が必要になってくる。ついでだが、そうした危機きき管理は試験の評価対象にもなっている。――今の俺の実力で真っ向勝負を挑めば、到底とうてい二回戦などには辿たどり着けまい。



 次に大きな壁になっているのは、接近戦での弱さだろう。



 ヴィエルナとの一戦からわかってはいたが、俺は接近戦になるとてんでダメだ。

 体の動きはにぶり、動きは常に半歩はんぽ一歩と遅れ、結局は痛手いたでこうむる前に障壁しょうへきを張り、敵と距離きょりを取るより方法がない。

 遠くから敵をたたけばいいと思っていたが、トルトからは「典型的てんけいてきな魔法使いタイプ。接近せっきんされたら終わりなんて傭兵ようへいとしては致命的ちめいてき」だと指摘してきされた。

 上手く立ち回れなければ、接近を許した瞬間に敗北してしまうのだから、当然といえば当然。



 障壁ですべてを防げばいい、とも考えたが、障壁魔法しょうへきまほう防御力ぼうぎょりょくは術者の魔力量に依存いぞんする上、壊されなくても十秒程度で消失してしまう。

 魔力を考えれば、そう何度も張り直すわけにもいかない。



「――――、――――――。――――――――、――――――――――――」



 声に振り返る。

 そこにはマリスタが立っていた。



 何かを話しているようだが、疲れからか声は遠く、あまり内容が頭に入っていない。



 ……せめて、俺にも武器があれば。



 マリスタの、そして先程戦った少年の所有属性武器エトス・ディミを思い出す。

 ああした武器を持てば、障壁以外の防御手段になる。武器よりもまず肉体をきたえることに重点を置いていたせいで、これまでまったく手を付けていないが……試してみる価値はある。



 頭のすみに置いておこう。

 ひとまずは、調整中ちょうせいちゅうの魔法を使った戦闘の訓練だ。



 少年に礼を述べてマリスタの横を通り、目に付いたベージュローブの奴の元へと進む。

 グリーンローブには二連勝した。ならばひとつ、相手の等級グレードを上げてみるのもいいだろう。



 体術たいじゅつ属性魔法ぞくせいまほう、そして……調整中の魔法。

 鍛錬たんれんはまだまだ、無限に必要。



 手も足もまだ動く。魔力も底をついてはいない。

 ならば、限界はまだ先だ。

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