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◆ ◆
「はぁ~~っ、もー体動かないっ!」
更衣室に入るなり、用意されていたカゴにぽんぽんと衣服を投げ入れ、マリスタはシャワー室の引き戸を開け放った。
時間も遅いせいか中は無人。
体を動かした後の疲労と
バルブをひねると、
顔をのんびりと振りながら、シャワーを受け止めるマリスタ。
汗ばんでいた体から不快なベタつきが流れ落ちていくのが、どこまでも心地よかった。
彼女が住んでいる
訓練を終えた彼女の姿は、一人の
主に汗や、
(とか言って、着替えとか持ってきてないんだけどさ……せめて髪くらい整えてこ……)
どの道、髪や体を洗うための
日頃から
薬液はなくとも、丁寧に髪を
心地よさに身を
(あいつも今頃、シャワーとか浴びてるのかな。そりゃ浴びるか。……シャノリア先生の所で気絶したあいつを
――いや、違うかもしれない。と、マリスタは思い直す。
もうあれから一ヶ月以上経とうとしているのだ。「もやし」という言葉が似合うほどに
――そう考えると、なんだか妄想が止まらなくなった。
(
「のぼせてる?」
「ひょぴィっ?!?、!、??、、、!?!」
突然の声に、シャワーブースの中でズルリと
仕切りに張り付きなんとか体勢を立て直すと――マリスタの
「び……びえるな、ちゃん?」
「顔。赤いけど。大丈夫?」
「だぁ、は……ぁあ、大丈夫ですよ?!」
「そう」
ヴィエルナは声のトーンだけでマリスタへの
ややあってシャワーの音が聞こえ始め、シャワー室はマリスタより一足先に現実へと戻っていった。
(…………
やがてマリスタも平静を取り戻し、両手で
「そう言えばヴィエルナちゃん、なんでわざわざ訓練施設のシャワーに来たの?」
「私、二十二
「あー、なるほどね。どーりで会わなかったわけだ。うん、私二十三層にいた。ケイと一緒だったの」
「よく、一緒。なれたね。
「へへー。でも、一緒の場所だったってだけだよ。一緒に訓練はしなかった――あいつ、実技試験に向けた仕上げで
「……それ、見て。どう思った?」
「…………んー?」
(……さすがだなぁ、ヴィエルナちゃんは。私のこと、お見通しって感じ)
マリスタには、ヴィエルナの笑みが透けて見えるようだった。
「……もちろん、私も
「ふふふ、その意気。
「がんばろー!……ん~っ!」
――その視界に入ってきたのは自分の
マリスタはおもむろに、自分の
(…………戸のせいで、全部は見えなかったけど。ヴィエルナちゃん、めっちゃ鎖骨浮き出てたなぁ。スリムでうらやましい。こうやってかがむと、ちょっとぷよっとしてるんだよなぁ、にくたらしい……)
マリスタの思考は、先ほど圭の身体を
以前見た、ケイとヴィエルナとの戦い。
自分と同じくらいの身長で、自分よりもずっと
――あれだけの技なんだ。きっと相当な訓練をして、ものすごく、こう、しなやかな体を持ってるに違いないわ――
「………………ねぇ、ヴィエルナちゃん。ヴィエルナちゃんって、体
「うん。がんばってるよ。マリスタは?」
「あー……私? 私は……」
再び、自分の体を見下ろす。
兵隊として鍛え上げられたヴィエルナの肉体に比べると、マリスタの身体は「ただの女の子」じみている、というだけの話である。
だがその事実こそ――晴れて兵隊となったマリスタにとっては、自分がとんでもない
(……ちょっとムダなお肉……付きすぎてる、よなぁ。このむにむにがにくたらしいぃ)
「マリスタ?」
「あ、ごめん。あはは……いやぁ、ヴィエルナちゃんには負けるよ。今日みたいな訓練を毎日やってれば、私もやせてくるかなぁ、なんちゃって~へへへ」
「……重さの管理」
「え?」
言葉と同時に、ヴィエルナのシャワーが止まる。
「重さの、管理。運動、よりも、食事。大事だよ」
ぴちょん、と水が床を打った。
「……ぁ、ええと…………食事、ってことよね? 食事かぁ。確かにそうだよね、私いっつもたらふく食べちゃうからさぁ。ありがと、ヴィエルナちゃん。ごはんも気を付けてみるね」
「…………」
ヴィエルナからの返事はない。きっと聞こえなかったのだろうとさして気にも留めず、マリスタもシャワーを止め、軽く髪の
(ごはん食べれないのはちょっときついけど、明日から少しずつ頑張ってみますか。一気に色々頑張りすぎると疲れダレちゃいそうだけど、私も義勇兵としての自覚を持ってかなくっちゃね。――考えてみれば、ケイも小食だったなぁ。そりゃあれだけ細い体になるわけだ。今でも長袖のシャツに黒い長ズボン、
ギッ、と。
シャワーブースの仕切り戸が開く音が、やけに近くで聞こえた気がした。
「!? ちょ――――?!?!」
果たせるかな、マリスタのシャワーブースの仕切り戸は完全に開かれていて――――目の前には、透き通った白い肌の体を隠すこともなく、戸に手を置いて立つヴィエルナの姿があった。
前髪が水分を含んで重く
つまり恥ずかしがっている様子は
それに、マリスタの目が彼女の顔を
「――――――」
「………………」
ヴィエルナもまた同様。
少女たちは
「………………なんでその体で、そんなあんの…………」
「?」
固まったまま一点を見つめるマリスタに少しだけ
「別に、ぷにぷに。では、ないと思う。スリムでも、ないけど」
何が起こったのかあまり理解していないマリスタにそれだけつぶやき、ヴィエルナは先にシャワー室を出ていった。
一人になったシャワー室で
思い出されるのは、直前に見た――小ぶりながらもしっかりと
思わずにはいられない。
「ああ、神様」と。
「………………私も神、
自分に二物を与えてくれなかった神様をそっと呪い、少女は決意を新たにするのだった。
◆ ◆
シャワールームの扉を閉め、勉強スペースに設置されている椅子に腰
「『
……
「〝鎧の乙女、純潔の戦士よ。其の鬨の声と共に、今舞い上がる戦威を我が手に〟――
水色の光が
「…………チッ」
――剣とはとても言えない、細長く
手に冷たい水が伝うのを感じる。
「……いいとこ、
はっきりとは
思えば、これまで武器の
……と同時に、マリスタが操っていた
あれも
だが、俺の
棒を振り、反対の手に軽く打ち付けてみる。
まるで水たまりに張った氷のように中身がスカスカだった俺の
……少なくともマリスタの得物は、武器としてちゃんと機能していた。
きっと実戦で使えることを優先し、シャノリアが最優先で教えたに違いない。
打ち付けても壊れない
ちゃんと剣の形になるように、具体的なイメージを持つこと。
その上で更に、今まで使ったこともない武器を使いこなす
……これから三週間あれば、なんとか形には出来るか。
しかし、不安要素は大きい。魔法の扱いに関しては、体感で
せめて、剣での戦い方を教えてくれる
そもそも剣を使う奴自体、そう見たことがない。その辺の生徒を捕まえても効果は薄いだろう。
……魔法を主体にした戦闘だって、まだまだ突き詰める
剣
◆ ◆
中は
後ろで扉を閉めた
重い音が鳴るが、返事がない。だがそれもいつものことだ。
ノブに手をかけ、回す。廊下と同じく
部屋の主は、
「ただいま帰りました、父上」
「……ナイセストか」
帰宅を告げる息子――ナイセスト・ティアルバーに、
日々何千回と繰り返されたやり取り。
続かぬ言葉に会話の終わりを
「ケイ・アマセ」
――
「聞いたことがない名だ。何者なんだ」
……何故、貴方がそんなことを。
「……一ヶ月ほど前に
――その通りだった。
全学生の情報を
――だからこそ、ケイ・アマセに関する情報が
ケイ・アマセに関する情報で彼ら風紀委員の手元に集まったのは、彼がプレジアに入学して以降のものばかり。
プレジアに来るまでに何をしていたのか、どういう
「……その素性の知れぬ者が、学校一位の成績を取ったと?」
「……そうです」
――これまではよかった。
ケイ・アマセが何者であろうと、学内でどんなトラブルを起こそうと、ナイセストにとっては取るに足らないものであり、何の問題にもなり得ないはずだったからだ。
貴族と『平民』、ホワイトローブとレッドローブ。本来、そこにはどんな交わりも起きないはずであった。
――
ディルスは小さく、
「面白いではないか。どこの馬の骨とも知れん
「……そうですか」
「それで?」
「は?」
「お前はどうする? 馬の
「俺に
「お前は興が乗らんのか?」
ディルスが振り返る。ナイセスト以上に鋭く、クマの強い目をした
「我々のような、全てに関し非の打ちどころのない一族になると、どうも『敵』に欠けるのだ、ナイセスト。
「…………」
「
「――ご
ナイセストは、それを断る理由も自由も持ちあわせない。
ナイセストの言葉に、初老の男は
「
「では失礼します」
リビングを出る。
待っていた
芽生えたのは、ただ――
「……あいつは何者だ?」
この時初めて、確かに――ナイセスト・ティアルバーは、ケイ・アマセという人間に興味を示した。
自分の目の前に、初めて立ち
「ケイ――アマセ」
敵と
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