第16話 実技試験、開始
1
「ひゃぁぁぁぁあああぉぉぁぁあああッッ?!??!?!」
突如頭上から降り注いだ冷水に、マリスタはたまらず悲鳴を上げて身を縮ませた。
急に動いたもので床のタイルでズルリとすべり、
緊張で張りつめていた心が、幸か不幸かわずかに
マリスタは大きくため息を吐いた。
改めて、温水のバルブをひねる。
寝起きだというのに呼吸は浅く、起きているのに現実感はない。
夢の中にいるようで、それでいてひねったバルブの感触・形など、どうでもいい細部の記憶はやたら鮮明で。
そんな不思議で不快な感覚の正体が「緊張」であることなど、今日初めての実戦を
「……あーもー! なんでこんな落ち着かないんだ私!」
早々にシャワーを切り上げて水分をふき取り、服を着て、ローブに
その顔は気迫に満ちている――ように、マリスタには思えた。
(……
今日は実技試験当日。
これまで
「よしッ!」
意気込みも十分に、マリスタは
現れた景色は当然見慣れた
一歩を
ちょうど反対側の通路から歩いてきたところのようである。
「おはよ、パールゥ!」
「あ、おはようマリスタ。ふふ、気合十分みた、い――――――――?!?!」
にこやかにあいさつを返そうとしたパールゥが眼鏡をずり落としながら目をむく。
久しく見たことのない物静かな友人の見開かれた目に、マリスタはぎょっとして立ち止まった。
「うわ?! ちょ……何さ人を見るなりその顔は」
「ま、まままま――マリスタ! 気付かなかったのソレッ!?」
「へ? 気付かなかったって、何に――――」
顔を赤らめて
友人の
「な――――――」
ローブの下。マリスタはシャツこそ着ていたものの、下半身にはパンツ一枚しか
「にゃああああッ?!?!!」
「そ――そんな叫んだら人来ちゃうからっ!!」
今度は
パールゥは申し訳程度に下半身を手で隠してゆでだこのようになって固まっているマリスタの背中を押し、とりあえず部屋の前まで連れていく。
パールゥは
「ほ、ほんとに気付いてなかったんだね……マリスタ」
「や、な、なんというか……ホント、ここでアンタに会えてよかったわ、パールゥ……ありがとね。パンイチでエントランスに
「お、面白すぎるね……違う意味で学校に来れなくなるところだよ」
「アハハハーァ。笑えないわ。…………うん。これでよし、っと」
「うん。今度は大丈夫――というかマリスタ、ナタリーはどこに?」
「ルームメイト様は朝お早いので。特に今日からはホラ、実技試験の日だし」
「あ……そっか、
「……でも、はぁ……私、自分で思ってる以上に緊張してるみたい。いくら試験とはいえ、命がかかってるって思うとね」
「そうだよね。……死なないでね、マリスタ」
「え、
「そんな……ことも、ある、のかな? 義勇兵コースのことは、よく分からないし。でも、応援してるからね」
「ありがと。それじゃあ、集合早いから先に行くね!」
光に包まれ消えていく友人を少しだけ笑いながら見送り――パールゥは、きゅ、とスカートの
「……ほんとに、気を付けてね。マリスタ……アマセ君」
◆ ◆
「あ。パールゥ! こっちこっち! 席取ってるよっ」
「あ。……んしょ、んん……っと。ありがとう、システィーナ。早くから来てくれてたの?」
「早くから来てたのはあたし。感謝ならあたしにしなよねー」
人込みを抜けてきたパールゥへ向け自慢気にヒラヒラと手を動かすのは、いつかマリスタといがみ合いを繰り広げていた、くせっ毛の金髪を持つグリーンローブの少女。
「エリダちゃんだったの。ありがとう」
「どってことないわよ。あたしは実技試験の観戦となったらいっつも、このテーブルって決めてんだから」
「食堂の
「ダマッッッッッッてなさいよシータあんた!! 秘密って言ったでしょそれは!」
「じ、事実を言っただけじゃないのよっ!」
「ほらエリダ。イジメないの」
シータと呼ばれた、小柄な少女の茶髪をがしがしと押さえつけるエリダを、システィーナがたしなめる。
エリダは「ふんっ!」と鼻を鳴らし、最後にぐわしっとシータの髪を
「んはは~、ま、とくとーせきだからな、ここは!」
「そうねぇ。なんだかんだいつも席取ってもらってるし、とやかく言えないわね」
「さすがシスティーナにパフィラ! 相変わらず懐が深いわねー人生楽しく生きなくっちゃ」
エリダに抱き寄せられ苦笑いするシスティーナと、
そんな三人のやり取りを、小さいが良く通る声が
「私は……楽しい気持ちにはなれない。あんまり」
「う、うん……それは私も、同じかな」
大人しい顔付きの少女が、肩の高さでそろえた黒髪を揺らしながらつぶやいた言葉に、パールゥも
エリダが顔をしかめた。
「パールゥとリアも相変わらずよねぇ。たまのお祭りだってのに」
「人が死ぬかもしれない、ね。私は乗り気にはなれない」
「うん……」
「……ま、そう言われりゃあたしも強要はしないけどっ」
「でも確か、プレジア開校当時の一回だけだって話だったわよね、殺しがあったのは」
「シータ、もう少しオブラートに包もうよ……」
「だから事実でしょ、聞きたくないなら耳
ツンとした顔でシータ。
パールゥは言い返せず、シュンと黙り込んでしまう。
システィーナがパールゥの頭を
「試験の
「うわ、ホントだ。いよいよ祭り染みてきたってカンジね……開会式まであとどのくらいだったかしら」
「あと二十分くらいじゃなかったっけかな~? あっ!! ねエリダ、シータ、みんなも!
『!!』
食堂に
巨大な壁に
マリスタの姿は、すぐに彼女らの目に
エリダが叫ぶ。
「いたいたっー! ねえみんな、あれマリスタ――」
「…………マリスタ、だけど」
「んん?? なんか様子ヘンくね?」
パフィラが広い額の下で、大きな目をぱちくりさせる。
リアも同じく映像に映るマリスタを見上げ、
皆が
マリスタは、彼女たちの目にすぐに飛び込んできた。
というのも、マリスタだけが映像の中を――
視界の中で動いているものに視線が生きやすいのは、人間の
歩き回ってはどこか一方に視線を飛ばす、そんなことを何度も続けているマリスタが、食堂内で――恐らくは、大演習場内でも――
システィーナが苦笑する。
「あの子、たぶん……メチャクチャ緊張してるわね……」
「
リアが
「これだけの人が見てるんだもん、そりゃ緊張もするわよね」
「こんなに人に注目されるの、たぶん初めてだろうし……うう。私がマリスタの立場だったら倒れちゃうかもしれない」
「……こう言うとアレだけれど。一回戦で消える顔してるわよね」
「シータあんたね!!!!」
「うーん。でも実際、その可能性は高いでしょうね」
「システィーナコラっ!!」
「うおー。あいてが弱っちなことをいのるだけだなー」
「ま、まぁでもっ。勝つことばっかりが、この試験の
「えー? そうなんだっけ?」
パフィラがポカンとした顔でパールゥを見る。
「あ……」と一瞬
「えっとね……
「んー?? 負けちゃった人がいいひょうかになんの?」
「パフィラあんた……毎回一緒に見てたのに、そんなのも分かってなかったの?」
「んははー! 私勝ち負けしか見てなかったから!」
「なんじゃそりゃ……」
「ふふ。まぁ、見方は人それぞれよね」
「つ、続けるよ?……
「
「そう、白兵」
パールゥの言葉をリアが
シータが首を
「白兵?」
「
「はえー……でもさぁ、ただ戦うだけなのにそんなはんだんとかぶんせきとか、いんの?」
「バカね、パフィラってば。プレジアが育ててる
「エリダの言う通りね。義勇兵は戦闘のための少数
「……詳しいのね、システィーナ」
リアが言う。システィーナは「多少はね」と言い、再び映像を見上げた。
「義勇兵コースには、マリスタ以外の友達もいるから。どんなことを
「…………」
「…………ああ、そっか。もしかしたら私、理由が欲しかったのかもしれない」
「理由?」
「うん。たくさんの人がいる中で、どうして私の友達が、自ら進んで、命を落とすかもしれないコースに
再び、映像にマリスタが映し出される。システィーナは目を細めた。
「もし、戦わずに済むんだったら……争いなんかせずに、安全に暮らしていける方が、絶対にいいじゃない?」
その言葉に、パールゥの視線は映像からシスティーナへと移った。
(……本当はずっと、マリスタを止めたかったんだろうな)
「お、アマセ君映った!!」
「くー相変わらずカッコいいわねアマセ君ってば! なんでこう映りがいいんだか!」
(……考えたことなかったな、私は。ただただ困惑するばっかりで)
皆に次いで、パールゥもゆっくりと視線を上げる。
映っていたのは、いつもの赤ローブに黒いシャツとズボン、そして
(…………自分の気持ち、ばっかりで)
「――、
――
パールゥは、手元でぐっと
私の声は、あの人の心に少しでも届いているだろうか、と。
「んお? そいえばさー。
パフィラが目を
「そーよ。あたしらは危ないから近寄らないの」
「危ないの? だって、演習場はしょーへきで守られてんでしょ? 近くで見れるならわたし行きたい! あんなにガラガラなんだし!」
パフィラが観客席を指して言う。
「はー……知らないの? それとも忘れてるのかしら。パフィラってたまにボケボケよね」
大きなため息をつきながらシータ。
パールゥが苦笑した。
(い、いつもな気もするけどなぁ……)
「いい、パフィラ。大切なのはその、『観戦席がガラガラ』ってことよ」
「ん??」
「この広い食堂でも、こんなに人がごった返してるのよ? それなのに、大演習場に一番近い観戦席がガラガラ……そんなの不自然よねぇ?」
「うん、だから行かないのはオカシイって言ってんじゃんかー、わたしー」
「~~、だから、その『あんまり人がいない』理由を考えてみなさいよって言ってるのだけど」
「ほら怒んない怒んない。ゆっくり説明してやんなさいよ、シータ」
「なんでそんなことを私がっ」
「
「ぅえ? リア」
「演習場の周りに
「ええ!??! びびった!!」
「忘れてただけでしょうよ、あなたは……」
「どーどー、よしよし落ち着きなさーい」
「あのね……その子どもあやすみたいなのやめてくれるかしら、ヤンキーさん?」
「だーれがヤンキーか!」
「ほーら。ミイラ取り」
「その時、魔法の
「うわ……わたし行くのやめた!! あんぜんだいいち!!」
「それがいいわね。
システィーナが目線を下げる。
「今回ばかりは、確かに
「え――」
ドシン、という
『!?』
少女達が音のした方向を見る。
人だかりの中央には、
「け――ケネディ先生!?」
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