2



「くそっ――はなしてください、先生……!」

「どういうつもりだ、ケネディ先生……あんた程度ていど家柄いえがらでこの俺にッ」

「残念、俺にゃ守るモンは財布の金くらいしかないんでね、痛くもかゆくもねーよ。――おい、風紀ふうき! いんだろその辺に!」



 騒然そうぜんとする群衆ぐんしゅうをかき分け、ファレンガスの声に応じて風紀ふうき委員いいんのメンバーが現れる。押さえつけられた二人はそのまま彼らに引き渡され、食堂の外へと連れていかれた。



「改めて忠告ちゅうこくしとくぞ。いくら祭りの中だろうとここは学内施設しせつだ。許可なく攻撃こうげき魔法まほうを使うことは許されねぇ――――この食堂の中で貴族だのなんだのというモメごとは一切許さん、きもめいじとけ!」



 けんのある声で食堂を一喝いっかつし、ファレンガスはようやく少女たちに気付く。ばつが悪そうに歩いてくるファレンガスに道をゆずるようにして動いた聴衆ちょうしゅうは、そのままさわがしい群衆ぐんしゅうへとしていく。

 ボリボリと頭をかきながら、ファレンガスはため息をついた。



「シラけさせちまってりィな。これも仕事なんだわ」

「分かってるって。いちいち謝んないでよ、先生」



 エリダがニカリと苦笑する。られるように笑ったファレンガスだったが、咳払せきばらいと共に再び眉根まゆねを寄せる。



「んなことよりだ。おめーら、ここで観戦するつもりか?――さっきの見たろ。シラけさせといてナンだが、あんまりおススメしねぇぜ」

「あの、ケネディ先生……さっきは一体、何があったんですか?」



 パールゥの問いに、ファレンガスは即座に答える。



「聞いてりゃ分かっただろ。貴族きぞくと『平民へいみん』の小競こぜり合いだよ。学校も警戒けいかいしてたから、今回ここにゃ俺が付いてたんだが。やっぱ起きやがったな。時間の問題だった」

「時間の問題?」

「たまたまあいつらだっただけだぜ、今のは。――周り見てみろ。すぐわかる」

「さりげなくよ、みんな。下手に目があったりすると、因縁いんねんを付けられちゃうかも」

「そ、そんなこと……」



 システィーナの言葉に半信はんしん半疑はんぎなまま、エリダが視線を周囲に向ける。

 他の者もならうが――すぐに視線を戻し、それぞれに顔を見合わせた。



 食堂に集まる学生達。それは雑多ざったに集まっているわけでなく、恐らく学生たち自身も無意識のうちに――二つのグループに分かれるようにして、食堂の席を取っているようだった。



 無論むろんそれは――――貴族と『平民』の二派にはである。



「……私、あんまよく分かんなかったんだけどさ。どうして二つに分かれてんだろ」

「分かりなよあんたも……明らかに貴族と『平民』の線引きでしょ」

「で、でもちょっとこわいくらい、だったね。にらみ合ってる人までいたから……」

「誰がいつ暴れ出しても不思議ふしぎじゃねぇくらいには、事態は紛糾ふんきゅうしてる。校長も一月ひとつき前までは楽観してたが、この一ヶ月で小競り合いも各所で相次あいついだ。学校の責任を問う声も高まってきてる。だが一番面倒なのは――この馬鹿な争いが、学校だけの問題じゃなくなり始めてるってことだ」

「――プレジアの、外にもですか……?」



 リアが静かに目を見開く。

 ファレンガスは大きく息を吐いてうなずいた。



「生徒を通じて、問題が外部にまでおよんでるらしくてな。プレジアおれら校則の及ばねぇ所まで問題が広がっちまったら、もうおさえがきかねぇ。――下手すりゃマジの死人しにんが出る」

「死人!?」

「……………………」



 エリダが目をいて叫ぶ。

 シータが服のすそを握り締めたのに気付いたのは、リアだけだった。



「そ……そんなにデカくなってるってんですか。この話」

「だから観戦はすすめねぇ。何かあったとき、百パーセント助ける保証が出来ねーからだ。別に観戦しねぇからって死にゃしねぇだろ」

「それはそうですけど……」

「私は帰りませんから。ホントアホらしい」



 シータが誰に言うでもなく、かたい表情で言う。

 リアが彼女に歩み寄った。



「シータ」

「お高くとまった貴族に、卑屈ひくつさがにじみでた『平民』。お互いの自業自得じごうじとくだわ、そう思わない? なんでそんな奴らに、普通に暮らしてる私達が気をつかわなきゃいけないのか、理解が出来ないわ。関係ない人まで巻き込むんじゃ――――」



 肩をつかまれ、シータが乱暴に振り向かされる。



「な……った――――」

「言わせておけばっ。あんただって加害者の一人じゃない、メルディネス・・・・・・!!」



 後ろでった灰色の髪の少女に、シータは全く見覚えがない。

 しかし少女は烈火れっかごとき怒りと憎しみをその目にたたえ、今にも飛びかからん気勢きせいでシータの前に立っている。

 ――シータ・メルディネスの目にも、ゆっくりと怒りの火がともる。



「……誰アンタ。よくも知らない人にまで食ってかかれるわね。信ッじられない」

「シータ、ねぇ、やめなさいって」

「知らなくなんてないわ。貴族は貴族だもの! 弱小じゃくしょう貴族きぞくに落ちぶれたからって、あんた達メルディネス家の責任せきにんが消えるわけじゃないわ!」

「ちょっと待ちなさいよ……なんて言った今?――――どうしてやったこともない責任を背負わなくちゃいけないのさ。どうして赤の他人に弱小だなんて罵倒ばとうされなくちゃいけないのさっ!? 私が何したっていうの? 迷惑してんのはこっちなのよ! ほんと狂人きょうじんだわ、これだから『平民』はクズめだって――――」

「!!! この――――」

「やめて」



 口を開こうとしていたファレンガスが止まる。

 つかみかからんばかりにヒートアップし続ける二人の間に入ったのは――――リア・テイルハートだった。



「り……リア」

「……どうして止めるのリア。どうしてメルディネスなんかと一緒に居られるの!? あんただって、貴族の連中にあんなに、あんなにひどい目に――!」

「友達よ」

「――ぇ?」



 困惑こんわくする、少し背の高い友人の手をにぎり、リアはその目を見る。



「友達なの。この子も、リフィリィ、あなたも。だからどっちにも、これ以上傷付いて欲しくない」

「そんなの――!」

「お願いだから」

「…………っ、」

「ちょっと待ちなさいリア。勝手に解決した雰囲気ふんいきにするのやめてもらっていいかしら? 突然いわれのない難癖なんくせ付けられた私の気持ちはどう」

「スカートちらーーーー!!!」

「ふぎゃぁっ?!?!?!!」



 突如とつじょ現れたパフィラにぴらりとスカートをめくられ、羞恥しゅうち動転どうてんするシータ。

 パフィラはそんな彼女の手をぐいぐいとひっぱり、手招てまねきするエリダ達の元へと連れていく。



「今はおさえるのだシータちゃん! もどろーもどろー!!!」

「な、なにすんのよ離しなさ――――」



 リアの肩越かたごしにそれを見たリフィリィは、安堵あんど不満ふまんの入りじった顔でリアを見た。



「……怒りがおさまったわけじゃないから。解決なんてしてないから」

「怒っていい。シータも悪かったし、リフィリィも悪いところはあった」

「どうして私が……どうして……っ」

「解決できないのが、当たり前だと思う」

「え……?」

「この差別さべつ根深ねぶかい。きっと解決は永遠に出来ない。……だからこそ、ずっと向き合っていかなくちゃいけない、問題だから」

「……お説教なら他所よそでしてよ。私達・・はとっくに、そんな段階は通り越してる。そうじゃないの?」

「………………」



 答えられずうつむくリアに、リフィリィは背を向ける。



「あのアマセ君が壊してくれればいいのにね、全部。風紀ふうき委員いいんを潰すとか小さい事じゃなくて、全部全部。何もかもをさ」



 声をふるわせ、歩き去るリフィリィ。

 顔を手でぬぐい、リアはシータ達の元へと戻った。

 シータがリアをにらむ。



「謝らないから。私」

「ちょっとシータ。戻って一番の相手にそんなこと言うこたないでしょ」

「みんなだってオカシイって思ってるんでしょ? それとも私が貴族だから、そんな気持ちは分かんないっていうの? 馬鹿みたい、私もう――――」

わかるよっ」



 パフィラが背後からシータに抱き着く。シータは再び目を見開いて身を縮めた。



「わっ!?……っ、パフィラ、あんたねっ」

「わたしわかったよ、貴族だし――ケネディ先生! あれがプレジアの色んなとこで起こってるモンダイなんだな??」

「……そういうこった。何が難儀なんぎかって、原因そのものを取り除くことがほぼ不可能だってことだよな。クソめんどくせぇ」

「…………ごめんね、みんな」

「システィーナ?」

「私、『もしかしたらこうなるかもしれない』って少しだけ思ってたのに、言わなかったから」

「んなの、どうなるかなんて誰にも分かんないじゃん、誰も気にしてないって。……んでも、もし観戦はやめとくって人が多いなら、あたしはみんなと一緒に行くけど?」

「……いいの? 毎回見てるんでしょ?」



 面食らった様子でシスティーナ。エリダはニカリと笑った。



「いーのいーの。一人で見てるよりはみんなとさわいだりダベる方が性に合ってるし、どちらにせよ結果はいずれ出る――――」

「わ、私は見るっ!」

「うぉおぅ!?」

「あっ……ご、ごめん」



 パールゥが恥ずかしそうに眼鏡を持ち上げる。システィーナがくすくすと笑った。



「ありがとう。それじゃあ、私も残ろうかな」

「私も」

「わ、私は……」



 シータがちら、とエリダ、パフィラを見る。二人が笑うと、シータも小さく息を吸い込み、うなずいた。ファレンガスが静かに口角こうかくを持ち上げた。



「よっし! それじゃ、気合入れて応援しますかね!」

「だれをー??」

「アマセに決まってんじゃん! ぶちかませぇアマセッ!!」

「へ、下手に誰応援するかとか、言わない方がいいんじゃ……?」

「言えてる」

「うるさいなー。次妙なのが来たらあたしが守ったげるから。ていうか、全身からアマセLOVEオーラを出してるパールゥちゃんに言われたかないんですけどー?」

「ちょ――ちょっとエリダっ!!」

「なはは! まぁでも、気にしててもキリがないしねー」

「…………終わるのかな。この『争い』」

「ん?」



 シータの言葉に、システィーナがちら、と視線を投げる。



「実技試験が終われば、昔みたいに穏やかなプレジアに戻るのかな、って」

「昔のプレジアに差別がなかったわけじゃないわ。さっきのあなたがそうだったみたいにね」

「…………、」

「これまで以上に悪化してみぞが決定的になれば、プレジアがなくなっちゃう、なんてことだって考えられないではないし。正直、希望的観測に過ぎるわね。そういう考えは。…………でも、きっと戻るわ」

「え、、?」

「ふふ。でも、個人的には――――『平民』が勝つとか、貴族が勝つとか。それ以外の結末があればいいなって、私はそう思ってるよ」

「それ以外の、結末……?」

「うん。しっかり言葉には出来ないけど」

「さて、戻るとするか。……しかし、言っても仕方ねぇことだが。こんな時にまで生徒会長が不在とはねぇ。そろそろ『公務こうむ』にもケリがつかねぇもんか……」



 去っていくファレンガスの後ろ姿を、システィーナは横目に見送る。



 事態の行く末は、最早もはや誰にも予想はつかない。




◆     ◆




「試合時間は十五分、評価は魔法全部に回避かいひ・判断・分析・白兵はくへい、勝敗の決定はギブアップ・気絶・監督かんとくの先生たちの判断・…………と、」



 死。



「~~~~~~~~~~っっっ!!」



 マリスタは頭を抱え、自身の浅い呼吸をどうしようもなく意識する。



(試験が終わる頃、私はもうこの世にいないかもしれない)

(この世にいても、この腕はもう私の体についていないかもしれない)

(二度と歩けなくなっているかもしれない。目が見えなくなっているかもしれない)

(かもしれない、かもしれない、かもしれない――――――)



 どれだけ覚悟を口にしても、心は正直だ。



 死。



 全ての終わりを意味するその言葉が、マリスタには恐ろしくて仕方ない。



「け、け、け。ケイケイケケイ!」

「人の名前をテンポ良く呼ぶな。何だ」

「きょ、きょうはいい天気かなぁ?!?!」

「不安を俺でまぎらせるな」

「一瞬でそこまで察したなら一言で会話を終わらせないで??! こう共に! つなごう会話! 紛らそう不安!」

かべ馬鹿ばか

「ついに拒絶きょぜつ罵倒ばとうも一言で一秒で終わらせた!!! 悪魔!!! あんたねぇ、ちょっと自分が不安を感じない性質タチだからって冷たすぎですよ! 私はねぇ、」

「あって当然だろ。不安なんて」

「……え、」

勿論もちろん俺も不安だ。誰も歩いたことのない、舗装ほそうされてない道を歩けば不安なんて常に付きまとう。だからこそ自分で地固じがためしていくしかないだろ」

「分かってんだよそんなことー!!! あー!!!」

「だったら少し黙って静かにしてろ馬鹿。無駄に体力を使うだけだぞ馬鹿」

「うるさい正論バカバカバカ、バカ! 機械人間!」

「はぁ……かくここまで来たら、積み上げたものを余さず発揮はっきする以外、何もやれることはない。同調して欲しいなら他所よそに行け」

「つ、積み上げてきたもの……って言ってもさーぁ!」



 マリスタは圭のローブに視線を移す。

 たった二カ月前に渡されたはずのそれは、当時の面影など欠片も残さないほど色褪いろあせ、ボロボロになっていた。



(比べて、私のは――あぅっ!?」



 マリスタの背を、ドスリと重い衝撃が打つ。



 圭がわずかに目を見張る。

 数歩よろけて振り向いたマリスタの目に映ったのは、――五才以下の証である、黄色いイエローローブを着た幼い男の子だった。



「な――年少クラスの子!?」



 マリスタにぶつかって転び、つんいになっていた少年は即座そくざに起き上がり、マリスタと圭の顔を確認する。その目は切迫せっぱくたたえていて、その迫力はくりょくに一瞬気圧けおされたマリスタがぽかんと口を開けた時には、少年は――――彼女の洗い立てのレッドローブにつかみかかってきていた。



「っ!? な、」

「ぼくをたすけてっ……おねえちゃん、おにいちゃん!」

「……!?」

「…………」

「いた! マーズホーン先生!」

「え、シャノリアせんせ――――え、な、え!?」



 少年が体をビクッとさせ、マリスタの後ろに隠れる。

 マリスタは目を白黒させながら、けてきたシャノリアとアドリーをむかえることとなった。



「ごめんねマリスタ。その子、勝手に演習えんしゅうじょうに入ってきて」

「あ、いえ、私はいいんですけど」

「ホラ、ボク? ここは危ないんだ、先生達と一緒に出よう」

「おねえちゃん、たすけて。たすけて、おねがい」

「ぼ――――ボク? えっと、助けてっていうのは何の――――」

「どっちのみかたでもないんだよね?」

「みかた――え、味方?」



 身をよじり、腰にしがみつく少年を見下ろしたマリスタ。

 飛び込んできたのは、はたはたと涙を流し彼女を見上げる子どもの姿。

 シャノリアもアドリーも二の足をみ、少年をマリスタから引きがそうとは出来ないでいる。

 周囲の人間が少年に気付き、視線を向け始めた。

 圭の目が細められる。



「…………………………」

「きぞくのおとなから、たたかれたの。きぞくのともだちが、もうあそばないっていったの。なにもしてないのに、ぜっこうされたの。ぱぱとまま、が…………そのともだちとは、もう、はなしちゃだめって、いうの」

「あ……あの。あのね? お姉ちゃんたちは、」

「おねえちゃんは、だいじょうぶだって、おかあさんがいってたの。ねえおねえちゃん、なんでたたかれるの? あそべないの? ぼくいやだ、いやだよ……たすけておねえちゃん、たすけてぇ……もうぃやだ……たすけて……!」

「……お姉ちゃんたち、は……」

「…………………………」

「ああ、分かった。分かったよ。君の言いたいことは先生たちと、このお姉ちゃんとお兄ちゃんで、しっかり聞いたからね。だからもう安心して」

「うんうん。よく一人でここまで来れたね、頑張ったね。さ、行こう。お母さんたち、きっと心配してるよ?」

「おにいちゃん、も、おねがい」



 少年が嗚咽おえつをあげながら圭を見る。



「みんなであそびたいから……だから、たすけて」

「……………………」



 圭が背を向ける。



「ちょ――――ちょっとケイ!?――あっ、だ、大丈夫だからねボク! 分かったわ、きっとお姉ちゃんとお兄ちゃんが、ね! 貴族も平民も仲良くできるようにしてあげるから! だからもう泣かないで! 危なくないところで見ててね!」



 顔をくしゃくしゃにしている少年をなだめ、マリスタはケイを追う――吸い込んだ空気で、胸と苛立いらだちをふくらませながら。



「――――あんたねぇ!」



 一喝いっかつにも圭は応えず、少年の姿が見えなくなる壁際まで移動し、壁に背を落ち着けた。マリスタは怒り顔のまま彼の真正面に立つ。



「小さい子どもに優しくする余裕もないってわけ!?」

「……さっきまで不安で一杯だったお前が余裕を語るのか。相変わらずうつの激しいことだ」

「まさか、あんな小さな子にまで自己じこ責任せきにんろんなんて語らないでしょうね。――どうしてあの子に応えてあげなかったの」

「……簡単かんたんだ。俺は人の思いを背負って戦えるほど強くない」

「あんた変なとこで全然頭回らないよね。――学校中が貴族だ『平民へいみん』だってピリピリしてる中で、どうしてあの子が大人じゃなくて私達のとこに来たのか、イメージしてみなさいよ少しは。……風紀ふうき委員いいんとやりあってる私達のうわさとか映像は、もう学校中に広まってる。あの子は、どちら側でもない私達のことを見たり聞いたりして、やっとの思いでここまでやって来たんだよ? ……あんたや私の実力だけを頼って来たワケじゃない。あの子は自分の言葉を聞いて欲しかった。私達の言葉が欲しかった。安心したかっただけじゃない。どうして分からないの?」

「あの子が望んでいたのは気休めで現状げんじょう打破だはではないと?」

「どっちも必要だったって言ってるのよ!」

気休め片方しか与えられない分際ぶんざいで何を」

「だからって冷たく突き放していいことにはならない!!」



 圭の胸ぐらをつかみ上げるマリスタ。圭はまゆ一つ動かさない。



痛いところ事実を突かれて激昂げきこうするくらいなら応じるなよ、最初から」

「だからそうじゃ……あんたって冷たい人間よね。氷の所有属性エトス、お似合いだわ」

「言いたいことはそれだけか?」

「いいえまだある。私の伸びしろとか可能性とか散々語ってたあんたがさ、何今になって『私には気休めしか与えられない』なんて決めつけるワケ? 言ってることが違うんじゃないの」

「長い目で見た場合だ。短く見れば俺やお前の実力なんてたかが知れてる」

「じゃああの子にそう言えばよかった! 私達は強くないって、約束は出来ないって、でも頑張るからねって、それだけだったんじゃないの、違う!? 無言で背ェ向けて去るって、ナニソレ? カッコいいつもり?」

「力のない俺が、あの子にどんな言葉をかけたところで誤りだ。自分の周囲しゅういの環境を他人にゆだねる時点で甘えでしかない。だとしたら俺は背」

「だからあんな小さな子に自己責任語んなッつってんでしょうがッ!!」

「じゃあ背負うといい」

「……は?」



 圭がマリスタの手首を取り、胸ぐらから引きはがす。



「あっ」

「厳しさよりも優しさが必要な時もある、それを否定はしない。言っただろう、俺は『人の思いを背負えるほど強くない』って。――お前は背負うといいさ。あの子の思いを……きっともっと沢山いるであろう、あの子と願いを同じくする人達の思いを」

「…………ええ。言われなくてもそうするわ。たとえ勝てなくても、一回戦で負けることがあっても、私はしょい込む。あの子のためにも、プレジアのためにも頑張ってみせるわよ!」

「アルクスの方々がみえます! 実技じつぎ試験しけん受験者は、一度魔法まほうじん前に集合しなさい!」



 ざわめきが広がる。二人に集まっていた視線が散り散りになる。

 無言で見つめ合う二人。

 やがて目を閉じたのは圭だった。



「――――時間だ。健闘を祈るぞ、マリスタ」



 マリスタの横を通り過ぎ、圭が魔法陣へ向かう。



「……………………私は、」



 ――並び立つのが嫌で。



「そんな異世界・・・で戦わないよ」



 マリスタは、速足で圭に追いついて、並び立って・・・・・魔法陣へ歩いた。




◆     ◆




 転移てんい魔法陣まほうじんが、光の柱を放つ。



 魔力まりょくの光に包まれ現れたのは、藍色あいいろに金の刺繍ししゅうが施されたローブを身にまとう、四人の――――プレジア魔法まほう魔術まじゅつ学校が抱える義勇兵ぎゆうへい集団、アルクスの面々。

 「たて」の名をかんする彼らアルクスは、様々な団体からの要請ようせいを受け、全国各地で「義勇活動」を行っている。――各地の戦場で今まさに戦う、現役の戦闘のプロフェッショナルである。



 義勇兵コース実技試験では、彼らが各ブロックに一人ずつ付き、プレジアの教師と共に試験の監督官かんとくかんを務める。

 当然、彼らの所見しょけんも評価の一部となるのだ。



『…………!』



 息をむ者が少なからずいた理由は、監督官としてやってきたアルクスメンバーの顔ぶれにある。



 やってきた四人。

 その中に、アルクスの「兵士へいしちょう」が二人、存在したからである。



 一人は巨躯きょくの男。

 筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうとした体格に短く整えられた黒い坊主頭を持つその男は、一目見ただけで「質実剛健しつじつごうけん」という言葉を彷彿ほうふつとさせるに足る雰囲気ふんいきを備えている。

 もう一人は対照的に、一見華奢きゃしゃにも見える垢抜あかぬけた印象の女性だ。

 堂々とした足取りでかろやかにを進める女性義勇兵。彼女はその顔に微笑ほほえみさえ浮かべ、銀色の髪と青い瞳を光に輝かせて巨躯きょくの男に並び立つ。



 ガイツ・バルトビア。ペトラ・ボルテール。



 プレジアが誇る「盾の義勇兵」アルクスの、最大戦力と目される二人である。



 それに付き従うようにして歩く義勇兵二名にしても、その威光いこうとでも言うべきたたずまいは、いち学生では及ぶべくもない。



 その歩みは、凱旋がいせんごとく。



 無数に切られる、報道ほうどう委員いいんによる記録石ディーチェのシャッター。彼らに歩み寄ったプレジア校長のクリクターがガイツと二、三言葉を交わし――――やがてガイツが義勇兵コースの学生に目を向けて歩み寄ると自然、場は水を打ったような静けさに包まれた。



「……戦う理由は問わない。この時世じせいにひとつの理念で動く組織など、所詮しょせん表面的な団結しか持てん。きっとそのようなものは、我々には必要のないものだ」



 ガイツの言葉が、ただ場に響き、浸透しんとうしていく。



「いち義勇兵となる君達に強制することがあるとすればただ一つ。それは『自分の命を自分で左右する』ことだ。……人に己の運命を決めさせるな。死さえも己の意志で選択しろ。そのための能力を測るのが、この実技試験だ。様々な観点から、君たちがアルクス足り得るかどうかをはからせてもらう。引き際を知り、自分を守ることさえ出来ぬ者に、人の命を救える確率は低い。自分を守り、他人さえ守る――――それが傭兵ようへいでもなければ騎士きしでもない、義勇兵という集団なのだと私は考える。戦うならば確実に撃破しろ。敵わないなら全力で撤退てったいし、策を練れ。その力で、義勇の意思で、救えるだけの者を精一杯救え。これはそんな道に続く戦いだと理解しろ。私から語れることは以上だ」



 ガイツが下がる。会場が万雷ばんらいの拍手に包まれたのは、それからややあってのことである。

 クリクターもニコリと笑い、ならって拍手をおくった後に右手を広げる。白い煙と共に現れた巨大な巻物スクロールひも解かれ、受験者の前に白紙の羊皮紙ようひしが広がった。



「それでは、さっそくトーナメント表を公開します。試験はこの後すぐに始まりますから、皆さん各々、準備を万端ばんたんにして待機しておいてくださいね――――皆さんの健闘を祈ります。これよりプレジア魔法魔術学校、義勇兵コース実技試験を開始します!」



 クリクターの高らかな宣言に呼応し、羊皮紙ににじみ出るように青白い文字が浮かび上がる。

 印字いんじされたインクの色は次第に黒へと変化し――――対戦の組み合わせを、ハッキリと映し出した。



『!!!』



 まばたきさえ忘れ、羊皮紙ようひしに自分の名前を探すマリスタ。ほどなく自身の名前を見つけ、すぐさま一回戦で戦う相手の名を視認しにんする。



「――――――――――」



 グレーローブ、ロハザー・ハイエイトの名前を。

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