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「くそっ――はなしてください、先生……!」
「どういうつもりだ、ケネディ先生……あんた
「残念、俺にゃ守るモンは財布の金くらいしかないんでね、痛くもかゆくもねーよ。――おい、
「改めて
ボリボリと頭をかきながら、ファレンガスはため息をついた。
「シラけさせちまって
「分かってるって。いちいち謝んないでよ、先生」
エリダがニカリと苦笑する。
「んなことよりだ。おめーら、ここで観戦するつもりか?――さっきの見たろ。シラけさせといてナンだが、あんまりおススメしねぇぜ」
「あの、ケネディ先生……さっきは一体、何があったんですか?」
パールゥの問いに、ファレンガスは即座に答える。
「聞いてりゃ分かっただろ。
「時間の問題?」
「たまたまあいつらだっただけだぜ、今のは。――周り見てみろ。すぐわかる」
「さりげなくよ、みんな。下手に目があったりすると、
「そ、そんなこと……」
システィーナの言葉に
他の者も
食堂に集まる学生達。それは
「……私、あんまよく分かんなかったんだけどさ。どうして二つに分かれてんだろ」
「分かりなよあんたも……明らかに貴族と『平民』の線引きでしょ」
「で、でもちょっと
「誰がいつ暴れ出しても
「――プレジアの、外にもですか……?」
リアが静かに目を見開く。
ファレンガスは大きく息を吐いて
「生徒を通じて、問題が外部にまで
「死人!?」
「……………………」
エリダが目を
シータが服の
「そ……そんなにデカくなってるってんですか。この話」
「だから観戦は
「それはそうですけど……」
「私は帰りませんから。ホントアホらしい」
シータが誰に言うでもなく、
リアが彼女に歩み寄った。
「シータ」
「お高くとまった貴族に、
肩を
「な……
「言わせておけばっ。あんただって加害者の一人じゃない、
後ろで
しかし少女は
――シータ・メルディネスの目にも、ゆっくりと怒りの火が
「……誰アンタ。よくも知らない人にまで食ってかかれるわね。信ッじられない」
「シータ、ねぇ、やめなさいって」
「知らなくなんてないわ。貴族は貴族だもの!
「ちょっと待ちなさいよ……なんて言った今?――――どうしてやったこともない責任を背負わなくちゃいけないのさ。どうして赤の他人に弱小だなんて
「!!! この――――」
「やめて」
口を開こうとしていたファレンガスが止まる。
「り……リア」
「……どうして止めるのリア。どうしてメルディネスなんかと一緒に居られるの!? あんただって、貴族の連中にあんなに、あんなに
「友達よ」
「――ぇ?」
「友達なの。この子も、リフィリィ、あなたも。だからどっちにも、これ以上傷付いて欲しくない」
「そんなの――!」
「お願いだから」
「…………っ、」
「ちょっと待ちなさいリア。勝手に解決した
「スカートちらーーーー!!!」
「ふぎゃぁっ?!?!?!!」
パフィラはそんな彼女の手をぐいぐいとひっぱり、
「今はおさえるのだシータちゃん! もどろーもどろー!!!」
「な、なにすんのよ離しなさ――――」
リアの
「……怒りがおさまったわけじゃないから。解決なんてしてないから」
「怒っていい。シータも悪かったし、リフィリィも悪いところはあった」
「どうして私が……どうして……っ」
「解決できないのが、当たり前だと思う」
「え……?」
「この
「……お説教なら
「………………」
答えられず
「あのアマセ君が壊してくれればいいのにね、全部。
声を
顔を手で
シータがリアを
「謝らないから。私」
「ちょっとシータ。戻って一番の相手にそんなこと言うこたないでしょ」
「みんなだってオカシイって思ってるんでしょ? それとも私が貴族だから、そんな気持ちは分かんないっていうの? 馬鹿みたい、私もう――――」
「
パフィラが背後からシータに抱き着く。シータは再び目を見開いて身を縮めた。
「わっ!?……っ、パフィラ、あんたねっ」
「わたしわかったよ、貴族だし――ケネディ先生! あれがプレジアの色んなとこで起こってるモンダイなんだな??」
「……そういうこった。何が
「…………ごめんね、みんな」
「システィーナ?」
「私、『もしかしたらこうなるかもしれない』って少しだけ思ってたのに、言わなかったから」
「んなの、どうなるかなんて誰にも分かんないじゃん、誰も気にしてないって。……んでも、もし観戦はやめとくって人が多いなら、あたしはみんなと一緒に行くけど?」
「……いいの? 毎回見てるんでしょ?」
面食らった様子でシスティーナ。エリダはニカリと笑った。
「いーのいーの。一人で見てるよりはみんなと
「わ、私は見るっ!」
「うぉおぅ!?」
「あっ……ご、ごめん」
パールゥが恥ずかしそうに眼鏡を持ち上げる。システィーナがくすくすと笑った。
「ありがとう。それじゃあ、私も残ろうかな」
「私も」
「わ、私は……」
シータがちら、とエリダ、パフィラを見る。二人が笑うと、シータも小さく息を吸い込み、
「よっし! それじゃ、気合入れて応援しますかね!」
「だれをー??」
「アマセに決まってんじゃん! ぶちかませぇアマセッ!!」
「へ、下手に誰応援するかとか、言わない方がいいんじゃ……?」
「言えてる」
「うるさいなー。次妙なのが来たらあたしが守ったげるから。ていうか、全身からアマセLOVEオーラを出してるパールゥちゃんに言われたかないんですけどー?」
「ちょ――ちょっとエリダっ!!」
「なはは! まぁでも、気にしててもキリがないしねー」
「…………終わるのかな。この『争い』」
「ん?」
シータの言葉に、システィーナがちら、と視線を投げる。
「実技試験が終われば、昔みたいに穏やかなプレジアに戻るのかな、って」
「昔のプレジアに差別がなかったわけじゃないわ。さっきのあなたがそうだったみたいにね」
「…………、」
「これまで以上に悪化して
「え、、?」
「ふふ。でも、個人的には――――『平民』が勝つとか、貴族が勝つとか。それ以外の結末があればいいなって、私はそう思ってるよ」
「それ以外の、結末……?」
「うん。しっかり言葉には出来ないけど」
「さて、戻るとするか。……しかし、言っても仕方ねぇことだが。こんな時にまで生徒会長が不在とはねぇ。そろそろ『
去っていくファレンガスの後ろ姿を、システィーナは横目に見送る。
事態の行く末は、
◆ ◆
「試合時間は十五分、評価は魔法全部に
死。
「~~~~~~~~~~っっっ!!」
マリスタは頭を抱え、自身の浅い呼吸をどうしようもなく意識する。
(試験が終わる頃、私はもうこの世にいないかもしれない)
(この世にいても、この腕はもう私の体についていないかもしれない)
(二度と歩けなくなっているかもしれない。目が見えなくなっているかもしれない)
(かもしれない、かもしれない、かもしれない――――――)
どれだけ覚悟を口にしても、心は正直だ。
死。
全ての終わりを意味するその言葉が、マリスタには恐ろしくて仕方ない。
「け、け、け。ケイケイケケイ!」
「人の名前をテンポ良く呼ぶな。何だ」
「きょ、きょうはいい天気かなぁ?!?!」
「不安を俺で
「一瞬でそこまで察したなら一言で会話を終わらせないで??!
「
「ついに
「あって当然だろ。不安なんて」
「……え、」
「
「分かってんだよそんなことー!!! あー!!!」
「だったら少し黙って静かにしてろ馬鹿。無駄に体力を使うだけだぞ馬鹿」
「うるさい正論バカバカバカ、バカ! 機械人間!」
「はぁ……
「つ、積み上げてきたもの……って言ってもさーぁ!」
マリスタは圭のローブに視線を移す。
たった二カ月前に渡されたはずのそれは、当時の面影など欠片も残さないほど
(比べて、私のは――あぅっ!?」
マリスタの背を、ドスリと重い衝撃が打つ。
圭がわずかに目を見張る。
数歩よろけて振り向いたマリスタの目に映ったのは、――五才以下の証である、
「な――年少クラスの子!?」
マリスタにぶつかって転び、
「っ!? な、」
「ぼくをたすけてっ……おねえちゃん、おにいちゃん!」
「……!?」
「…………」
「いた! マーズホーン先生!」
「え、シャノリアせんせ――――え、な、え!?」
少年が体をビクッとさせ、マリスタの後ろに隠れる。
マリスタは目を白黒させながら、
「ごめんねマリスタ。その子、勝手に
「あ、いえ、私はいいんですけど」
「ホラ、ボク? ここは危ないんだ、先生達と一緒に出よう」
「おねえちゃん、たすけて。たすけて、おねがい」
「ぼ――――ボク? えっと、助けてっていうのは何の――――」
「どっちのみかたでもないんだよね?」
「みかた――え、味方?」
身をよじり、腰にしがみつく少年を見下ろしたマリスタ。
飛び込んできたのは、はたはたと涙を流し彼女を見上げる子どもの姿。
シャノリアもアドリーも二の足を
周囲の人間が少年に気付き、視線を向け始めた。
圭の目が細められる。
「…………………………」
「きぞくのおとなから、たたかれたの。きぞくのともだちが、もうあそばないっていったの。なにもしてないのに、ぜっこうされたの。ぱぱとまま、が…………そのともだちとは、もう、はなしちゃだめって、いうの」
「あ……あの。あのね? お姉ちゃんたちは、」
「おねえちゃんは、だいじょうぶだって、おかあさんがいってたの。ねえおねえちゃん、なんでたたかれるの? あそべないの? ぼくいやだ、いやだよ……たすけておねえちゃん、たすけてぇ……もうぃやだ……たすけて……!」
「……お姉ちゃんたち、は……」
「…………………………」
「ああ、分かった。分かったよ。君の言いたいことは先生たちと、このお姉ちゃんとお兄ちゃんで、しっかり聞いたからね。だからもう安心して」
「うんうん。よく一人でここまで来れたね、頑張ったね。さ、行こう。お母さんたち、きっと心配してるよ?」
「おにいちゃん、も、おねがい」
少年が
「みんなであそびたいから……だから、たすけて」
「……………………」
圭が背を向ける。
「ちょ――――ちょっとケイ!?――あっ、だ、大丈夫だからねボク! 分かったわ、きっとお姉ちゃんとお兄ちゃんが、ね! 貴族も平民も仲良くできるようにしてあげるから! だからもう泣かないで! 危なくないところで見ててね!」
顔をくしゃくしゃにしている少年をなだめ、マリスタはケイを追う――吸い込んだ空気で、胸と
「――――あんたねぇ!」
「小さい子どもに優しくする余裕もないってわけ!?」
「……さっきまで不安で一杯だったお前が余裕を語るのか。相変わらず
「まさか、あんな小さな子にまで
「……
「あんた変なとこで全然頭回らないよね。――学校中が貴族だ『
「あの子が望んでいたのは気休めで
「どっちも必要だったって言ってるのよ!」
「
「だからって冷たく突き放していいことにはならない!!」
圭の胸ぐらを
「
「だからそうじゃ……あんたって冷たい人間よね。氷の
「言いたいことはそれだけか?」
「いいえまだある。私の伸びしろとか可能性とか散々語ってたあんたがさ、何今になって『私には気休めしか与えられない』なんて決めつけるワケ? 言ってることが違うんじゃないの」
「長い目で見た場合だ。短く見れば俺やお前の実力なんてたかが知れてる」
「じゃああの子にそう言えばよかった! 私達は強くないって、約束は出来ないって、でも頑張るからねって、それだけだったんじゃないの、違う!? 無言で背ェ向けて去るって、ナニソレ? カッコいいつもり?」
「力のない俺が、あの子にどんな言葉をかけたところで誤りだ。自分の
「だからあんな小さな子に自己責任語んなッつってんでしょうがッ!!」
「じゃあ背負うといい」
「……は?」
圭がマリスタの手首を取り、胸ぐらから引きはがす。
「あっ」
「厳しさよりも優しさが必要な時もある、それを否定はしない。言っただろう、俺は『人の思いを背負えるほど強くない』って。――お前は背負うといいさ。あの子の思いを……きっともっと沢山いるであろう、あの子と願いを同じくする人達の思いを」
「…………ええ。言われなくてもそうするわ。たとえ勝てなくても、一回戦で負けることがあっても、私はしょい込む。あの子のためにも、プレジアのためにも頑張ってみせるわよ!」
「アルクスの方々がみえます!
ざわめきが広がる。二人に集まっていた視線が散り散りになる。
無言で見つめ合う二人。
やがて目を閉じたのは圭だった。
「――――時間だ。健闘を祈るぞ、マリスタ」
マリスタの横を通り過ぎ、圭が魔法陣へ向かう。
「……………………私は、」
――並び立つのが嫌で。
「そんな
マリスタは、速足で圭に追いついて、
◆ ◆
「
義勇兵コース実技試験では、彼らが各ブロックに一人ずつ付き、プレジアの教師と共に試験の
当然、彼らの
『…………!』
息を
やってきた四人。
その中に、アルクスの「
一人は
もう一人は対照的に、一見
堂々とした足取りで
ガイツ・バルトビア。ペトラ・ボルテール。
プレジアが誇る「盾の義勇兵」アルクスの、最大戦力と目される二人である。
それに付き従うようにして歩く義勇兵二名にしても、その
その歩みは、
無数に切られる、
「……戦う理由は問わない。この
ガイツの言葉が、ただ場に響き、
「いち義勇兵となる君達に強制することがあるとすればただ一つ。それは『自分の命を自分で左右する』ことだ。……人に己の運命を決めさせるな。死さえも己の意志で選択しろ。そのための能力を測るのが、この実技試験だ。様々な観点から、君たちがアルクス足り得るかどうかを
ガイツが下がる。会場が
クリクターもニコリと笑い、
「それでは、さっそくトーナメント表を公開します。試験はこの後すぐに始まりますから、皆さん各々、準備を
クリクターの高らかな宣言に呼応し、羊皮紙ににじみ出るように青白い文字が浮かび上がる。
『!!!』
「――――――――――」
グレーローブ、ロハザー・ハイエイトの名前を。
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