3



 恐れか高揚こうようか、知らずこぶしにぎめたマリスタは、周囲にロハザーの姿をとらえる。

 ロハザーは一瞬マリスタと目を合わせたが、すぐに目を閉じ、視線を外した。

 マリスタは笑う。



(――相手にとって不足なし、ね!)



 となると、マリスタが気になるのは圭の場所である。

 一縷いちるの希望と不安を乗せて目を動かしたマリスタは、そう苦労せずケイの名を発見する。

 それもそのはず。

 ケイ・アマセの名は、マリスタの真横の組にあったのである。



(――勝ち上がったら、二回戦でケイと当たる――――!!)

「楽しみ?」

「うひ!?……ってもう! ヴィエルナちゃんまたおどかして!」

「ケイ、近いね」

「無視かい!……まいいけどさ。うん、確かに近いよ。あいつと私、お互いに一回勝ったらあたる――あれ、そういえばヴィエルナちゃんはどこ?」

「あそこ」

「んー?……何言ってんのさヴィエルナちゃん。隣のブロックには名前、ないみたいだよ。もー私と同じで緊張してるのぉ? えへへ」

「違うよ。あっち」

「え――」



 ヴィエルナが静かに指差す先を、正確にとらえるマリスタ。

 そこには確かにヴィエルナ・キースの名前があり――果たせるかな。



「わ……私達と同じとこじゃんッ?!?!」



 第二ブロック第四試合。

 ヴィエルナの名前は、圭の二つ隣の組み合わせにきざまれていたのである。



「えっ、ちょ……こんなに知り合いが集まってることってある!?」

「ないよ」

「ない……よね。普通ふつうね」

「うん。……普通なら、ない」

「え。まさか」

「そう。この、第二ブロックの、組み合わせ…………操作、されてるんだと思う」

「…………うっそでしょ。マジでそんなこと出来ちゃうの? あれ、てことは私って」

「完全に、ターゲット」

「うっそ!?!??!」

「ろっくおん」

「オンじゃないよ!?! 迅速じんそくにオフして!! うっわ……『もしかしたら』程度に思ってたけど、まさかホントにこうなるなんて。あれっ、ってことはケイの相手は――――」



 あわてて圭の一回戦における対戦相手を確認するマリスタ。

 先ほどは視界にすら入らなかったその場所には、ビージ・バディルオンの名前が書かれていた。



「バディルオンくん……って、誰だったっけ」

「図書室の、前で。ケイと、ケンカしてた……人」

「んん……? ごめん、あいつケンカしすぎててちょっとどんな人か思い出せない……」

「・・・マリスタも、だいぶ……ケンカ、してたけど」

「え?! む……ムカつく奴?」

「分からない、けど。…………彼とよく、一緒にいたよ」



 もうすぐ二ヶ月ほど前の話になるとはいえ、あれだけの言い争い(※第9話参照)をした相手を毛ほども覚えていないマリスタに突っ込みたくて仕方なかったが、ヴィエルナはつとめて冷静に――――の名を口にする。



「テインツ・オーダーガード君と」



「て――?」



 予想だにしなかった名前に面食らい、ポカンとするマリスタ。



「あ……あ、ああ! テインツ君の友達ね! 急速に思い出したわ」

「よかった。……やっぱり、まだ。来てないの? オーダーガード、君」

「あ……そうだね、ちょっとやっぱ、その。――――うん。全然来てない」

「……ケイ、大けが。した日から、ずっと?」

「……うん。ティアルバー君に止められて、風紀ふうき委員いいんに連れていかれてから、ずっと」



 当時の教室は、しばらくその話で持ちきりだった。

 ベージュローブ、貴族きぞく至上しじょう主義しゅぎかかげるオーダーガードの一人息子が、大貴族によって制裁せいさいされた――うわさはあっという間に学校を駆け巡り、そして風紀委員による指導・・を受けたテインツは、以降まったく学校に姿を見せなくなってしまったのである。

 とはいえ、プレジア魔法魔術学校ではこの騒動そうどうをキッカケに学校に来なくなってしまう生徒が続出していくことになる。そのため彼一人に注目する者もいなくなり、今となっては、表向きにはほとんど気に留める者もいなかった。



「ウワサじゃ、もう学校も辞めちゃうとか。もう辞めちゃってる、とか」

「……そう。……ごめんね。変なこときいて」

「う、ううん! 全然そんなことないよっ!……――」



 ぶんぶんと手を振ったマリスタの脳裏のうりに、年少クラスの少年の涙がよぎる。



「マリスタ?」

「……全然、変なことじゃないよ。うん、全然変じゃない。……おかしいよね、そういうの。やっぱり」

「……うん」

「私も。だから、もしも……もしもよ? もし私の力で、そんな空気をほんの少しでも変える手伝いが出来るんなら……私に変えられるなら、やってみたいって思うの」



 ヴィエルナの目をまっすぐ見つめ、マリスタが言う。――そんな言葉を聞いたヴィエルナはうんともすんとも言わずに、ただ無表情でマリスタを見つめ返した。



「……あれ。え、えーと。あの、ヴィエルナ……ちゃん?」

「…………」



 無言。

 恐らくは十数秒足らずの無言の間だが、会話の最中さなかのそれは重圧。

 ついにマリスタが発言を取り消したほうがいいのかしら、どうゴマカしたら爆笑かしら、などと逡巡しゅんじゅんし始めたとき――ヴィエルナはようやく反応を示して視線を落とし、小さく笑った。



「……いいね、それ」

「あ、ありがと……ちょっと長い、かなぁ反応までが」

「ごめん。びっくり、しちゃったみたい」

「び、びっくり??」

「うん。……ねえ。私もそれ、一緒にやっていい?」

「え……い、いやそんな! アハハ、やってもいいかなんて聞かれるほどのことじゃ、」

「マリスタと一緒なら、私、出来ると思うから」

「わ……私と?」

「うん。今まで、どうしても勇気……でなくって。でもね。マリスタ、いてくれるって思ったら……なんか、力、いてきた気がして」

「……ヴィエルナちゃん」

「お互い、頑張ろう。勝ち上がれる、ように」

「……もちろん! うふふ、なんか恥ずかしいなぁでも」

「当たるときは、決勝。だね。私達」

「うーわ棄権きけんしよわたし」

「それがいいよ」

「そこは引き止めるとこでしょー!?」

「ふふふ……でも大丈夫。なかなか、起きないよ。ホラ」



 ヴィエルナが再度組み合わせを指さす。

 その先には、マリスタもよく知らない名前と――――ナイセスト・ティアルバーの名が刻まれていた。



「・・・・・・むり」

「…………現実、的じゃ。ないよね」

「ぜっっっったい決勝は棄権するからワタシ!!!!!!」

「さっき、カッコいいこと、言ってた。のに……」

「いやいやいや、これは『引き際』だって。マジで。アルクスの隊長さんも言ってたじゃん、『引き際を見極めて自分の命くらい守れ』ってさ。一ヶ月の努力でホワイトローブに追いつけるなんて、そんなワケないし……ヒェ調子乗ったらホントに殺されそう」

「死の危険、は。どの試合も、一緒」

「だけどティアルバー君はヤバいって! 致死ちしりつが振り切れるって!」

「わかった、わかった」

「え? ていうか、アレ? じゃあヴィエルナちゃん、一回戦勝ったら――」

「……うん。ナイセストと、当たるかも」

「だ……ダメだよ! 危ない危ない!」

「まぁ、基本的に風紀委員、ナイセスト相手には棄権、だから。暗黙あんもく、ルール」

「死んじゃう――え。あ、そうなの?」

「うん」

「な……なぁ~んだもう、ビックリした……おどかさないでよね。待ってよ、てことは……うんうん! じゃヴィエルナちゃんは私の準決勝、しっかり見れるってことよね! しっかり見といてよ、私がケイに一発カマしてるとこ!」

「…………うん。ケイとも、あたるといいね」

「ええ。ふんだ、あいつったらホント融通ゆうずうきかないというか、ガンコ者なんだから。準決勝まで勝ち上がってきたら目にもの見せてやるわよ――――あ、そうだったその話だった! げっ、私完全に思い出したんだけど、バディルオン君ってあのおっきい人でしょ!? 大丈夫かなケイったら、ちゃんと勝ち上がってこれるの……?」

「大丈夫だよ。きっと」

「始まってみるまで分かんないじゃん、そんなのさー!」

『では監督官かんとくかんは所定の位置についてください! 受験者・及び観覧かんらんしゃは各演習えんしゅうじょう観覧かんらんせきに移動をお願いします――――試合を始めてください!』



 放送ほうそう委員会いいんかい腕章わんしょうを付けた学生が、魔石ませきによる拡声かくせいを用い、だい演習えんしゅうじょう全体に告げる。



 実技試験は、唐突とうとつに幕を開けた。



「…………始まるね。ケイの、試合」

「……うん。よしっ、早速見に――」



 アマセェェエエエェエェァァァアアアアアアアッッ――――!!!!!!!



『!!?』




◆     ◆




 対戦カードが発表された。

 第二ブロック第一試合。相手はビージ・バディルオン。

 第二試合はマリスタ対ロハザー。第三試合にはナイセスト・ティアルバー。

 そして第四試合にはヴィ――



「ようやくこの時が来たな。『異端』!」



 ……人を押し退けるようにして現れたベージュローブ、ビージ・バディルオン。



「……自分から話しかけてくるなんてな。ご丁寧ていねい壁の崩壊アンテルプ・トラークまで使って……お前は俺がきらいなんだろう」

「ハッハ、いくらでもほざいてろよ。あと数分後にはテメーは、この学校にいねぇんだからよ!」

「何?」

「頭のりィ野郎だな相変わらず――終わりだっつってんだよ。テメェが大物ぶって学校の中心でふんぞり返っていられる時代はな!」

「何かと思えばまたその話か。俺を中心にしようとしてるのは報道ほうどう委員いいんの連中だろうが。俺は全く関与かんよしてない」

えろ吠えろ。クソまみれゲロまみれの血まみれにして叩きのめしてやっからよ!」

「ゲロ……」



 下劣げれつな奴だ、と返そうとしてビージを見て――俺は、その行動が無駄であろうことを早々そうそうに悟った。……正面から見たビージ・バディルオンの顔。彼はすでに、怒り狂って俺に襲いかって来た時と大差ないほどに興奮していたのだ。



 腕をふるわせ、歯を鳴らすようにして破顔はがんし、全身に魔波まはみなぎらせているその姿は、俺以外から見ても異様いようなものだっただろう。何度かこいつともモメたが、経験上、こうなったこいつにはもう何を言っても通じない――こいつから嬉々ききとして話しかけてくるわけだ。



「言葉もねーか。そりゃそうだ! そもそもレッドローブとベージュローブじゃ、天と地ほどの力量差がある! 『平民』風情ふぜいと貴族じゃ、天と地ほどの格の差がある!! テメェが勝てる道理は万にひとつもねぇんだからな!」

「………………」

「おォ? お得意のだんまりか? りねぇよなテメェも。そんなことしても、我々の怒りの火に油を注ぐだけだってことがまだ分からねぇか!」

「…………そういえば最近、一緒にいた眼鏡の男を見ないな。どうしたんだ?」

「アァ? チェニクのことかよ? さあな。いつの間にか、別の奴と行動するようになっちまってよ」

「…………そうか。ついにあいつもか・・・・・・・・

「あ?」

「早く気付け、ビージ・バディルオン。自分が既に『我々』ではなくなってることに」

「…………あ?」



 ビージがピタリと動きを止め、次いで周囲を見、腕の腕章わんしょうを見て、俺に視線を戻す。



「……馬鹿か? 何のことを言ってやがる」

「お前、いくら何でも俺に執着しゅうちゃくし過ぎだ。何がそう気に入らないのかいまもっわからないが、それがお前の人間関係を壊してることくらい、俺にも解る」

「…………人間関係が、コワれてる?」



 再度ビージの動きが止まる。



 ……こいつもきっと、どこかで解ってはいるんだ。



「…………何言ってんだテメェは――――めてんのか?? ナメてんだろ俺達をッ!!」

やかましい、この距離きょりさけぶな。舐めてなんかない、ただただどうでもいいだけだ」

「こっちにとっちゃどうでもよくなんてねェんだよッ!!」

「お仲間はそう思ってはいなかったようだぞ」

「テメェ――テメェテメェてめぇてめぇてめぇテメェェェェェェエッッ!!!」



 ビージの体がまた一回り大きくなる。

 ビリビリとした空気を真正面から受け止め、すさまじい圧力を以て迫ってきた丸太のような腕を――――つかみ止める。



今度は・・・そう簡単に投げ飛ばせると思うな」

「なんンッッ――――アマセ、アマセ、アマセアマセアマセェ!!!!! だァれの手を掴んでいやがるテメェェェェッ!!!!」

お前・・だよ。ビージ・バディルオン」

「ッ――――――――ァ――――――――――――アマセェェエエエェエェァァァアアアアアアアッッ――――!!!!!!!」

「ッッ!?」



 ビージの力が――――ただ力が数段も、何倍にも、どんどんふくらみ――――



 ――――突然、背後から羽交い絞めにされた。



『!?』

演習えんしゅうスペースの外で何をしてるんだお前達はッ!!』



 とんでもない力でわきを固められ、足がわずかに床を離れる。ビージを止める教師は数人がかりだ。

 俺をめ上げている者――――視界のはしに辛うじてとらえたその姿は、よく見知った黒髪の長身ちょうしん痩躯そうく



「っ、トルトか」

「お前さんらほんとにカンベンしろ。余計な仕事を増やすんじゃねぇ」

「向こうに言ってくれ。俺は何も――」

「どけ『平民』教師共ッ!! テメェらなんかが触っていい相手だと思ってんのかッ!」

『お前――いい加減にしなさいバディルオンッ! そんな態度でいいのか風紀ふうき委員いいんが!』



 ビージを押さえる黒ローブの教師達の顔が険しくなる。

 視界の端に、ざわめく野次馬たちが集まってくるのが解る。

 面倒な――――それなら、いっそのこと。



「トルト。あいつ、試合をさせて大丈夫なのか?」

「あ?」

「あいつのあの状態、価値かちかん、キレやすい性質……どこをとっても義勇兵ぎゆうへいとしては適格てきかくだとしか思えない。あれをアルクスに入れたりしたら、任務の遂行に支障を来すんじゃないか?」

「何だとコラアマセッッ!!」

『止まりなさいバディルオン、止まれ!!――お前もき付けるようなことを言うなアマセッ!」

「それはお前さんの考えることじゃねぇ。いいから黙ってろ」

「アルクス失格はテメェだアマセェッ!!! アァァァァアアアアア!!!!!」

『ッ!!?』



 ビージが拘束こうそくを力尽くで外し、教師たちが弾き飛ばされる。

 その隆々りゅうりゅうとした巨躯きょくに更に筋肉を盛り上がらせ、奴は自らの腕から――――風紀委員の腕章わんしょうを剥ぎ捨てた。



「! ビージ、お前――?」

「いるかよこんなモン!!!もうどうでもいいどうでもいい貴族きぞくも『平民へいみん』も何もかもどうでもいい!!!!!アマセアマセアマセアマセアマセアマセェッ!!!!殺してやる殺してやる殺してやる!!!!俺はこの試合でテメェを殺してやるッッッ!!!!!!!」

「いい加減にしろベージュローブ。他の学生のモチベーションに差しさわる」



 りんとした声が、ビージを背後からし貫く。

 声の主はアルクス兵士へいしちょう――――銀髪ぎんぱつ碧眼へきがんのペトラ。



なンッ……だ、てめえは」

随分ずいぶんな怒り狂いようだな。義勇兵としては致命ちめい的だ。感情に突き動かされれば冷静な判断が出来なくなる――言われずともわかっているはずだが?」



 けもの威嚇いかくのように、静かな鋭い眼光がんこうでビージを見据みすえて歩み寄るペトラ。

 ビージは先程さきほどまでの荒れようとは打って変わって黙り込み、わなわなとその両腕を震わせるだけ。

 ……俺はしみじみと、常人じょうじんには遠く及ばない実力をつけることの重要性を再認識した。



「それに、お前はこっちの小僧こぞうと共に第一試合だろう。……こんなところで小競こぜり合うな。さっさと行け。そして終わらせてこい。お前達の死合しあいを」

「……………………。それもそうだ」



 ビージが低い声でそうつぶやき、演習スペースへと歩いていく。

 スペースには階段状に観覧席が付いており、まばらではあるもののすでに何人かの人がいる。



 ――急に、自分がすごく小さな存在に思えた。



 ざわつく会場。

 あふれる熱気。

 めた空気。



 俺を見ている者。

 見ていない者。

 声。



 ――知らず、生唾なまつばを飲み込んだ。



 笑みがこぼれる。

 なんだ。緊張しているのか、俺は。

 俺の世界むこうにいた頃、武道などでもかじっておけばあるいは、こうした緊張にさいなまれることもなかったのかもしれないが――



 ――馬鹿め。

 無い物強請ねだりは思考停止の証拠しょうこだぞ、天瀬圭あませけい



 ローブの色にまどわされるな。

 戦う前から空気にまれるな。

 大丈夫だ、お前は――――出来得できうる限り全てのことをやってきたのだから。

 あとは雑念を振り払うだけ。

 物事をべて、フラットに考えるだけ。

 


 杞憂きゆうは要らない。

 恐怖も無い。

 引き返すべき道もなくていい。

 ただを進めて、ただ倒すべき相手を――



〝見極めさせてもらうぞ、圭。お前がこの先を戦っていける男なのかどうか〟



 ――ナイセスト・プレジティアルバーア最強を、目指せ。

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