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 不意に、視界に赤色――マリスタが映る。

 ヴィエルナも一緒だ。



「――――――、――――……――――――!!」

「――――、――。――、――――」



 ……その雑音ざつおんを、胸によぎった仮初かりそめ安堵あんどと共にめ出す。

 声援も祈りも、俺を勝たせてはくれない。

 力はせい一杯いっぱい、身に着けた。後は勝つための戦略。戦略を成すための戦法。

 明日に響きかねない疲労や傷を残すわけにはいかない。

 魔力まりょくれもダメージも、極力けた上で勝利しなければならない。



 どうする。



 スペースに足をみ入れる。

 少ない観衆が、一斉いっせい身動みじろぎしたのが分かった。



 ゆっくりと目を開け――――敵を認識する。



「ハァ――――――ッッ!!!!!!殺してやる殺してやるぞアマセェッッ!!!思い知れ思い知れ貴族きぞくとカス共の天と地の差をそのふざけた態度の隅々すみずみにまで叩き付けてやるアアアァァァァァ――――――――!!!」



 対面たいめん十数メートル向こうでビージ――いな猛獣もうじゅう雄叫おたけびが聞こえる。



 ……猪突ちょとつ猛進もうしん

 だとしたら。



 視界の上を影が横切る。

 ペトラとトルト――第二ブロックの監督官かんとくかんが、観覧席のふちに立つ一際ひときわ高い石柱せきちゅうの上に降り立ち、俺達を見下ろす。

 スペースに設置された複数の魔石ませきから障壁が出力され、目に見える魔力の揺らぎがスペースを球状きゅうじょうに包み、俺と相手を観覧席から、外界がいかいから完全に遮断しゃだんする。



 …………目を閉じた。肩の力をもう一度、抜いた。



 いよいよ、逃げ道はない。



「それでは、第二ブロック第一試合――――」



 この目を開けた時には。戦いが。



「――――始め!」








 全てが、終わっている。











◆     ◆




「それでは、第二ブロック第一試合――――」



 ざわめきが、鼓動こどうを止める。



 開戦の一瞬。

と同時にそれは、勝負の大勢たいせいが決してしまうかもしれない緒戦しょせんの一瞬でもある。



 緒戦の勝利は、当人とうにんや共に戦う者の士気しきふるい立たせる。

 その勢いのまま、みるみる戦況がかたむいてしまうこともある。

 ゆえにこの実技じつぎ試験しけんにおいても、始まりの一瞬は「出バナ」という名を付けられ、観覧かんらんしゃ達の間でも特に注目が集まる一瞬なのだ。



『ッ――――、』



 マリスタが、パールゥがかたく両手を組み合わせ、にぎめ、



(……アマセ君)



 システィーナ達が余裕よゆうのないひとみで画面を見上げ、



(……ケイ)

(お前さんの力がどんなモンか――)

(見せてもらうぜ……!)



 トルトが、ロハザーとヴィエルナが静かな目で見つめ、



(ケイ……!)



 別ブロックの監督かんとくかんつとめるシャノリアが耳だけをそばだて、



「…………、」



 記録石ディーチェを構えたナタリーが肉眼にくがんでスペースをとらえ、



「……相変わらずだな。そのかわいた目は」



 ナイセストが圭を見据みすえ、



 誰もが息を殺し、「その一瞬」を見逃すまいと、静寂せいじゃくに身をひそめ――――



「――――さあ、見せてみろ。けい



 魔女が、



               どうか、無事で。



 笑った。



「うrrrrッッッォォォォオオアアアアアアアアアッッ――――!!!」



 ビージがえる。

 途端とたん、その体に満ち満ちた魔力まりょくが変質し――――魔法まほうへと変換される。

 その巨躯きょくに詰め込まれた筋肉という筋肉が戦慄わななき、おのが魔力を受け入れ。ビージの肉体はより強固な肉のよろいと化す。

 英雄の鎧ヘロス・ラスタング――充実した魔力が、ビージを文字通りの「獣」へと昇華しょうかさせていく。

 濃い魔波まはは光と風となり吹き荒れ、圧はその一瞬で障壁しょうへき外にも及ぶ。この魔波だけをとってみれば、ビージはとうにベージュローブの実力のいきえている。

 マリスタが、身を固くした。

 この男は、見かけだけではない――



 ビージはこれ以上ないほどに顔をわらわせ、咆哮ほうこうの一瞬で英雄の鎧ヘロス・ラスタングを発動、瞬時しゅんじに足へ魔力を集中、くだけるほどに床をみしめる。

 数瞬後すうしゅんご四散しさんしたけい脳裏のうりに浮かべ、万が一この出バナの一撃を回避したどんな反撃も打ち返し返りつ自信をまとい、血走った眼で眼前がんぜんの敗者をとらえ――――――――――――







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――どこだ?







◆     ◆




「……は?」



 ナタリーが、この上ない不快をともなった声色で言う。



 会場は静まり返っている。食堂も――――戦場でさえも、同じだ。

 目の前で起きたことを、誰一人処理しょり出来ていない数秒。



「――ほォ?」



 ようやく、トルトが一声をあげる。

 その声で息を吹き返したかのように、会場が、食堂が、ざわざわと蠢動しゅんどうを始める。



 皆が一様いちように目を見開き、見つめる先。

 つい数秒前に第二ブロック第一試合が開始された、その試合会場。



 そこには――――金髪の魔法使いと、頭部から肩にかけてを完全に氷でおおわれ、地に倒れした筋肉の姿。



 ざわめきが極々ごくごく小さいものであったのは、それをどう・・受け止めてよいのか、観覧かんらんしゃには判断がつきかねたからだ。



 一人はあの「貴族きぞくクラブ」の異名いみょうも名高い風紀ふうき委員会いいんかいの一員。中でも特に義勇兵ぎゆうへいコースのベージュローブ――それもビージ・バディルオンとなれば、性根に難はあれど風紀の中でも十本の指に数えられる、アルクスの候補生こうほせい足りる実力を備えると認められた者でもあるのだ。



 対するのはレッドローブ。



 それだけでも勝敗は決したような組み合わせだが、その最弱の証にそでを通しているのは、おろかにも風紀ふうき委員いいんと衝突を繰り返し、異例いれいくしではあれど、その度にさんざん痛い目にあい続けた「異端いたん」だ。



 加え、その人物はプレジア魔法まほう魔術まじゅつ学校がっこうの門をくぐってわずかに二ヶ月。

 うわさによれば、魔法まほうのまの字すら知らぬまま入学したにも関わらず無謀むぼうにも義勇兵コースを志望したという、正気を疑われても仕方ないほどの経緯けいいの持ち主。



 その上で、過去の経歴は一切不明の美少年。極めつけには友人とはほとんど交流を持たず、放課後も延々とひとり自室か訓練くんれん施設しせつにこもり、勉学と鍛錬たんれんに打ち込むという始末。

 「魔法を知らず人と関わらない、戦えないのに風紀にたて突く義勇兵コースのなぞのガリ勉美少年」――――それがプレジア中等ちゅうとう所属しょぞくする学生達の、ケイ・アマセに対する大半の認識である。



 ゆえに決着は数分、あるいは数秒。

 そう予想した者がほとんどだった。



 なればこそ、大衆たいしゅうは眼前の光景を理解出来ない。



 いな、理解した者もごく少数だが存在した。

 マリスタはヴィエルナの腕を取り、めるようにして小さくさぶっている。

 ヴィエルナはそれに気付きながらも演習えんしゅうスペースの中に釘付くぎづけ。ナタリーや映像の前にいるパールゥ達も、ただ言葉を忘れて会場を見続けている。



 彼女たちは、たまたまけいが「大半の認識」とは少し違う人間であることを知っている者達だ。

 たたかいの行方はまったく分からない、どちらが勝ってもおかしくない。そうした可能性を感じていた。



 ――彼女が沈黙ちんもくを破るのに足りなかったのは、ただ確信。



 何が起こり、どう作用し、そしてどうなったのか。今この状況を、どう表現すればいいのか。

 それを明確に告げる者の存在を――――監督官ペトラとトルトを全員が待ち、息をひそめ、見つめていたのである。



 ペトラが少しだけ目を閉じて笑い、トルトを見る。

 視線を受けたトルトはすでに無感情。細身な体で小さく息を吸い、小さく告げた。



「ビージ・バディルオン戦闘せんとう不能ふのう。勝者ケイ・アマセ」



 ――――歓声悲鳴が、巻き起こった。



 それは決して歓声かんせいなどではなかった。

 貴族とおそうらやまれる者達の驚愕きょうがく

 「平民」とさげすまれる者達の狂喜乱舞きょうきらんぶ

 およそ純粋じゅんすいな勝ち負けによる一喜一憂いっきいちゆうとはかけ離れた次元の声が、そこには多分たぶんに含まれていた。



 解除される魔法障壁。

 スペースに降り立つトルトとペトラ、ひかえていた医療班。

 けいは彼らとすれ違いながら、ゆっくりとした足取りでスペースを出ていく。



『………………』



 ――――衆目しゅうもくが圭へと注ぐ視線が、それまで・・・・のものとは明らかに変わってきていた。



 好奇。

 嗜虐心しぎゃくしん

 侮蔑ぶべつ

 疑念。

 怨嗟えんさ

 嫉妬しっと

 決して友好的ではなく、貴族からも「平民へいみん」からも遠ざけられていた金髪のレッドローブを射抜いぬくそれら悪意の視線は、この瞬間嘘のように消え失せていた。



 代わり向けられている眼差しは、畏怖いふ羨望せんぼうか。



 誰もがおののいていた。

 あのレッドローブは何者だ、と。



「勝っ…………ちゃっ、た?」

「……そうだね」

「勝っちゃった!!!」

「?! うみょ」

「びえるなちゃんびえるなちゃん!!! 勝った勝ったケイが勝った!!!」

「ま、マリスタ。くるしい」

「はっっ?!?! ごめん!」

「い、いい。けど」

「でもすごい。すごい! ホントに勝っちゃった! レッドローブなのにベージュローブに! 二ヶ月なのに!! 私と互角ごかくだったのに!!! かっっこいい!」

「ふふ……そうだね」



 飛びねるマリスタにヴィエルナが苦笑する。



「でも、ホントに何が起こったんだろ。ヴィエルナちゃん見えた?」

「うん。見えた。英雄の鎧ヘロス・ラスタング、使ってたから」

「えっっずる?!?! なんで教えてくれなかったのさ!」

「わすれ」

「ンがーくやしいな! そっか、身体強化使っとけば目も良くなるんだ! 知らなかったな~もー!……それで?」

「?」

「? じゃないよ可愛い顔して! 見てたんでしょ全部。さっきの試合で何が起こったのかってこと!」

「あ。そういうこと。やってたことはカンタン、単純たんじゅん瞬転ラピドだよ」

「ら……らぴど???――――あっっ!!」

「そう。足の裏に魔力まりょく、集中・爆発させて。強化された脚力きゃくりょくと合わせて使う……高速移動術こうそくいどうじゅつ

「あったあったそんなの!! あいつ前に私と戦ったときあれ・・の速さに乗せて私の顔面ブン殴りやがったのよ! 乙女おとめの顔を何だと思ってンのかしらあのバカは」

「……たぶんそれ、私がケイにやったのが最初」

「教えたのあんたか! バカ!」

「いつの間にか……真似まね、されてるし。くやしい」

「学ぶ力も真似まねぶ力もあるというわけですね。つくづく不快な男です」

「あ、ナタリー! ここで見てたの?」

「誰が余暇よか使ってまであんなかんさわる男の試合を近くで見たいですか。報道ほうどう委員いいんの仕事ですよあくまで」

「……いい絵、れた? コーミレイ、さん」

「私と奴の関係性を知っていてその台詞せりふだとしたら相当性格がひねくれていらっしゃいますね風紀委員会のキースさんっ☆」

「? ごめん」

「……反面はんめん、そういう純粋じゅんすいな性格のせいで、記事にしてもそんなに話題にならないんですよね、貴女あなたは」

「すごかったでしょ、ケイのやつ! あの瞬転ラピドもすごくすごかったし!」

「興奮で語彙ボキャが死んでますよマリスタ。そして私にそれを聞かれたところで、何とも答えようがありませんね。体得たいとくしているキースさんにいたほうがいいかと」

「あ、そっか。ヴィエルナちゃんも使えるんだっけ、瞬転ラピド

「うん……でも、あそこまで瞬転ラピド、上手く使える、人。そうそう、いないと思う……『飛び』も『り』も、すごく綺麗きれい、だった。並の練習じゃ、あそこまで、静かに出来ないから」

「認めたくありませんが、それは同意ですね。素人しろうとですが、確かに今迄いままで見てきたどんな瞬転ラピドより静かで、記録石ディーチェからは予備動作が全くつかめませんでした。そりゃ足の裏の皮ベロベロになるわけですよね」

玄人くろうとになると、筋肉の動きのクセだけで、技の使用、見切られたりするから、ね。極めるの、大事。私もずっと練習中」

(ふたりがなにをはなしてるのかわからない)

貴女あなた瞬転ラピド大概たいがい極められてると思いますけどね。瞬転ラピドに関して言えば、プレジアナンバーワンは間違いなく貴女ですよ。きっと貴女の足の裏の皮はゴリゴリにかたいでしょうね」

「え、そうなの?」

「おとめの、ひみつ」

「そしてひとつ、未確認の情報があったので確かめたいんですが。キースさんあなた、実は今回の試験にひっそりホワイトローブへの昇格かってるでしょう」

「ぎく」

「え!!? そなのヴィエルナちゃん!?」

「ど……どうでも、いいよ。私のことは」

「どうでもよくないじゃん! うわーすごいな、ホント雲の上の人だわ。頑張ってね! うわ、ティアルバー君と同じになるんだ! うわすご!」

「き。きんちょうしちゃう。う」

「あぁゴメンっ! 平常へいじょうしん!」

「すぅ。はぁ。平常心」

「貴女方いつの間にそう仲良くなったんですか……? それにしても、相手の筋肉きんにくダルマには失望しつぼうの一言ですよ。あれだけキレ散らかしていれば、相手が見えなくなるのは道理だというのに。そんなこともわからないくせにベージュローブ、それも風紀ふうきで十本の指に入る力とは。底が知れるというものです」

「バディルオン君、カッカしやすいところ、あるから。あれがなければ、もっと強いと思うんだけど」

「あれに伸びしろがあるようには思えませんけどねぇ。まぁ今回に限っては負け犬にも勝ち犬にも興味はないです――――用事を済ませましょうかね。マリスタ」

「え、私?」

「ええ。今ぐにリタイアしてください・・・・・・・・・・

「――――、」



 ナタリーは笑顔だ。

 それまでマリスタが接してきたナタリーと、何ら変わりのないいち・・仕草。



「な、なんて?」



 ゆえに、マリスタは混乱こんらんした。

 聞き違いではないかと、我が耳を疑った。

 そうくるであろうと、きっとナタリーも予測していたのだろう。彼女は、



棄権きけんしてください、と言ったのです。この試合を、実技じつぎ試験しけんを戦うことなく、諦めてください、と言ったのです」



 誤認ごにんしようのないほど分かりやすい言葉で、マリスタに告げた。



「――……ありがと、ナタリー。でも、私はりないよ。言ったでしょ、私ケイのとなりに立って歩きたいんだって。だから――」

「関係ありませんよ。いいから棄権きけん――」

「ナタリー聞いて」

「聞いてますよ」

「聞いてたらそんなこと」

「言いますよ。貴女を守るために」

「頼んでないってそんなこと」



 知らず、マリスタの語気が強まる。ヴィエルナは二人を静かに見守るばかり。

 演習えんしゅうスペースでは、顔周辺を凍結とうけつされたビージへの応急おうきゅう処置しょちが進んでいる。他ブロックの試験も次々に開始され、時折どよめきが起こっている。



 マリスタの試合。第二ブロック第二試合はこの後、すぐなのだ。

 この直前になって、今まで静観していた者が、何を言うのか――――



早過ぎる・・・・んですよ、マリスタ」

「早過ぎる? へぇ。義勇兵ぎゆうへいコースとして戦うのがまだ早いって言いたいの? ナタリーは」

「いいえ。だって貴女は頑張っていましたから」

「…………」

「私はずっと貴女の頑張る姿を見てきました。そりゃ転科てんか自体からして私は反対でしたし、今もそれに変わりはありませんが。それでも、貴女の努力、そして実力を過小かしょうとらえることなどありません。ですがそれを加味かみしても、あなたにロハザー・ハイエイトの相手は荷が重すぎます」

「勝手に決めないでくれる? 悪いけどそういうの、マジでウザいから」

「いくらでも言ってください。貴女の命には代えられません」

「まーたバカにするっ。多少の大ケガなんて私も承知しょうちの――」

「聞き落としましたか? 私は命には代えられない・・・・・・・・・と言ったのですよ、マリスタ」

「…………いのち?」

「――――」



 ヴィエルナが目を閉じる。

 ナタリーの顔から笑みが消えた。



「今の貴女に、ロハザー・ハイエイトはあまりにも早すぎる。ハッキリ言います、マリスタ。この試合に出れば貴女は、確実に命を落とす・・・・・・・・



 ナタリーの切迫せっぱくを、マリスタが肌で感じ取る。



「そろそろ第二ブロック第二試合を始める。マリスタ・アルテアス。ロハザー・ハイエイト。中に入れ」



 監督かんとくかんの声が、無慈悲むじひに投げられた。

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