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「ったく。……ま、彼が文句を言いたくなるのも分からないではないけど。それくらいには、妥協だきょうなくあなた達を追い詰めてきたと自負じふしてる。本当にごめんなさい――そして、付いてきてくれて本当にありがとう」



 シャノリアが、充実した笑顔を見せる。

 それはいつも見せるはかなげなそれとは違う、溌溂はつらつとした力を感じさせる笑みだった。

 本当に好きなんだな、芝居しばいが。



「今できる、最高のものが仕上がったと思います。責任は全部取るから、あとは舞台で思い切り楽しんでおいで。その姿を、きっと観客も心待ちにしてる」

『はいっ!』



 ビリビリと空気を震わせる声を受け止め、シャノリアが円陣の中央へ手を差し出す。

 ……そういうのは好きじゃないんだが、ここまできて皆の士気を下げられない。観念して手を重ねた。

 すぐにパールゥが手を重ねてくる。俺の視線に、彼女は笑って応じた。



「――――やるぞッ!!」


 シャノリアの一喝いっかつ

 鞭打むちうたれたかのように応じる生徒達。



 円は収束し、そして――舞台裏に散った。



「よろしくお願いします!!」「っしゃァ!」などといった声が散り散りに聞こえる。

 そこまでの熱意は持てないが――どこか鼓動こどうは、早い気がした。



「頑張ろうね、ケイ君っ」

「ああ」

「色々あるけどっ……今だけは忘れて集中してこーねッ!!」



 駆け寄ってくるパールゥ。

 バシンと俺の肩を叩き、去っていくマリスタ。

 これから数十分は、舞台裏での待機時間。このかん客入きゃくいれを行うのだ。



 パールゥと共に、薄暗い舞台裏へと引っ込む。



「……ドキドキする?」

「ああ、少しな」

「ケイ君でも緊張するんだ」

「そりゃあ」

「ふふ。あ、小道具こどうぐ確認しとかなきゃ」



 薄い板と角材、垂れ下がった布などにはさまれた舞台裏。

 所謂いわゆる大舞台のような緞帳どんちょうは無く、役者は皆舞台セットの間に忍ぶようにして、客の熱気と気配を感じ取り、静かに一喜一憂いっきいちゆうする。



 主に役者が持ったり、身に付けたりする小さな道具――小道具はそんな役者達の足元にまとめられており、舞台裏は意外とごちゃごちゃしていた。

 


「ケイ君は、ちゃんと剣持ってる?」

「ああ。中盤ちゅうばんまで不要だから、向かいのぐちにかけてある」



 ぐち、というのは舞台ぶたい上で、役者が舞台セットの表と裏を行き来するための通路のこと(鬼監督おにかんとくが専門用語でしか指示を飛ばさないこともあり、必然的に生徒たちは用語の習得を余儀よぎなくされたのである)。

 小道具の位置、シーンごとの、舞台上に出た時の立ち位置。どれもらさず頭に入っている。



 ――残る、懸念けねん事項じこうは。



「じゃあ……呪いは?」

「……分からない」

「さっき……イベントの時は、なんだか劇の練習の時より動けてたよね。好きな子と一緒にいると落ち着いたりするのかなもしかしてっ」

「いきなりくな。どういう理屈だ、そんなもんでおさまるわけ無いだろ」

「じゃあ……ホントにあの時は、どうして動けてたの?」

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