20



 久しぶりに聞く、素のトーンのパールゥの声。

 そんなもの、俺がきたいくらいだ。



「それが分かれば苦労しない。でも……」

「でも?」



 目を閉じる。

 意識を内へ、呪いへと集中させる。



 ケイミー、アトロの二人と戦った時。

 あの時感じた、何にもしばられない高揚感、開放感を――――何故か今は、微塵みじんも感じない。



 分かっていたことだ。

 分かっていたことだが――



「――呪いはまだ、きっと生きている」

「!」

「だからこそ。……今度こそ、血眼ちまなこで探さなきゃな」

「え……」



 ほんの数時間前まで、呪いは完全にりをひそめていた。

 実技試験じつぎしけんからこの二ヶ月、絶え間なく俺をさいなみ続けていたほどしつこい呪いが、だ。



 何かわけがある。



 思い出せ。

 あの時あの瞬間――痛みの呪いを押さえる条件が、まさに整っていたに違い無いのだ。



 逃してなるものか。絶対に。



「大丈夫なの? もし劇の途中で――」

「ケイ」



 声に振り向く。

 なぜか役を持たないシャノリアが、舞台裏にやってきていた。



「? シャノリア、あんたは――」

「ん」



 俺とパールゥに視線を送り、後ろで一つにまとめた、こんな暗い場所でもなおにぶく輝くブロンドの髪を揺らして。

シャノリアは、小さな拳を俺とパールゥの前に突き出した。



「……何の真似まねだよ、そ――」

「はいっ」



 パールゥが、その拳に拳を合わせる……のを見て、俺にもようやく意味が分かった。



「ホラ。時間ないんだから、急いで」

「……あいよ」



 拳を握り、パールゥにならう。

 と――シャノリアは急に拳を開いて、俺のこぶしをそっと握った。

 パールゥの顔が険しくなったのが気配で分かった。



 だが発しようとした言葉は、



「これはたかが・・・劇よ」



 シャノリアの強い声音こわねに、押し戻されて消えていく。



「……だから、発作が起こったときは。無理だと思った時は、必ず自分の身を守りなさい。みんながカバーしてくれる。つないでくれる。それを忘れないで」

「…………ああ。ありがとう、先生」

『!!』



 一瞬きょと。としたシャノリアが、茶目っ気のある笑顔を浮かべ、俺の前を去る。

 かと思えば、ほど近い場所にいた、別の生徒に向けて拳を突き出していた。

 あれみんなにやって回ってるのか。



 過ぎた監督かんとくだ、全く。



『本日は、「英戦えいせん魔女まじょ大英雄だいえいゆう」にお越しいただき、誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、いくつかお願いが――――』



 ナタリーのアナウンスが鳴る。

 開演五分前の合図だ。



 視線をさ迷わせる。

 探した人影はすぐに見つかった。



 奴も視線を返してくる。

 薄闇うすやみの中にあっても、なお燃え上がるような赤色をしたその瞳。



 ギリート・イグニトリオは、笑っているようだった。



『間もなく開演いたします。もうしばらくお待ちください――――』



 幕が、上がる。

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