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 ――叫び、周囲の白い目にハッと身を縮ませたのはテインツである。



 「『平民』を風紀委員長に」。

 そんな、プレジア創立以来二十年、誰一人として考えなかったあまりにも、あまりにも突拍子とっぴょうしない提案は、当然風紀委員室を紛糾ふんきゅうさせた。

 その上――



「……なんだよっ、『候補者こうほしゃの当てはない』ってッ! デカい口叩くんならせめてもっとこう、ちゃんとした勝算を持ってからっ……!」



 ――叫び、持っていたコップから服へとジュースをこぼしたのはテインツである。



 何度目か知れない白い目をやり過ごしながら、彼はとっくにキャパオーバーしている頭でまたも思案顔に戻る。

 元来打ち込んだら一筋な性質タチなのだ。



 しかし肝心の思案内容が迷走していては、彼の一途もまた酩酊めいていした放浪者ほうろうしゃのごとく定まらない。



「……でも、理にはかなってたんだよな。『貴族が貴族の為』で失敗して、『貴族がプレジアのため』も求められてないってんなら、『「平民」がプレジアのため』に動く組織に変えていった方がいい……でもさぁそれってさぁ!? リベラルすぎない!? ある程度スタンスっていうか、ボーダーラインは引いとかないと伝統は守れないんだけどっ!?」



 ……壁に頭を打ち付けて悩むテインツ少年の周りを、人々は大きく迂回して通り過ぎていく。

 せめて風紀委員ふうきいいん腕章わんしょうだけでも外して動けばいいものを、キャパオーバーした彼の頭はその思考に行き着かなかった。



「………………はぁ」



 ……否、「行き着かなかった」というのは間違いだ。



 事件捜査そうさの主導権をアルクスに奪われ、かねてより委員会で計画していた警備任務さえもアルクスによって禁じられ。



 その事実に、彼なりの抵抗ていこうを示すため――。

あてどない暇潰ひまつぶしに見える現在の一人歩きも、今もって彼の腕についているその記章きしょうも、そんな心ばかりの「行動」なのである。



万策ばんさくくれば億策おくさく練るべし!!! by《バイ》私!!!〟



「……アルテアスさんは、もう二つも三つも行動を起こしてる」



 父君、学長代理がくちょうだいりへの直談判じかだんぱん

 学祭の中止を、劇の中止を阻止した大規模だいきぼなデモ。

 「無血むけつ完勝かんしょう友情ゆうじょう大作戦だいさくせん」の提案。



 敗色濃厚な状況の中にあって、たった一日と数時間でこの行動力。



 比して、今の自分はどうか。



「ッ…………ん?」



 習性と言うべきか、いつの間にかテインツが向かっていたのは見回りの・・・・持ち場。

 そんな第二層の片隅かたすみ――――人気ひとけも少ない薄闇うすやみの突き当りに、彼は何やら言い争う複数の人を認めた。



(あれは……確か、)



 ぢんまりとした模擬店もぎてん。その中に座る、これまたちんまりとした少女。

 それに対するのは――



「キモッ!! すみっこで何売ってんのお前!?」

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