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「あ! そうそう、せっかくだから、今度の実技試験と同じ形式でやろうよ」

「………………」

「えっと? 確か、試合時間が十五分。引き分けはナシ、決着は降参こうさんと、試合が不可能となった全ての場合……気絶、と、……死んじゃったときか」

「そうだ。死も含まれる」

「怖いね」

「怖い? そんな甘いことで――」

「でも、それはケイも一緒か」

「――………………」

「あ……怒った? そんなつもりじゃないんだけど」



 そんなつもりじゃない、か。



〝何かさ。目的とか、思い出したんじゃないの。実は〟

〝助けるべきじゃない人間なんていないッッッ!!!〟

〝一人で立ちたいならせめて心配されないようにしたらどうなのッ!〟

〝どうして私達を遠ざけるの、どう思って生きてるのよ。教えてよ、ねえ――――答えてよっ!!〟



「……そうやって」

「え?」


 そうやってお前は、無粋ぶすい無遠慮ぶえんりょ浅薄せんぱくに、歯に衣着きぬきせぬ発言を無自覚に繰り返して――



「お前は俺を、いつもイラつかせる」



 無神経。身の程知らず。空気を読めない。空気を読まない。

 直情的ちょくじょうてき。お調子者。軽薄けいはく。馬鹿。



「俺は嫌いだ。お前が。お前のような馬鹿が」

「ば――バカって何よ!」

「言ったはずだ――俺とお前の世界は違うと。マリスタ・アルテアスと天瀬圭あませけいが並び立つだと? そんな『異世界』を――」



 英雄の鎧ヘロス・ラスタング



「俺に押し付けるな」

「!!」



 狙うは顔面ど真ん中。

 いっそ鼻でもへし折ってやれば、きっとこいつは逃げ出す――――



 強化された拳を、マリスタが無駄のない動作で・・・・・・・・避けた。



「!?」

「ちょ、まだ『はじめ!』とか言ってないんですけど!」



 ひとびし、マリスタがスペースの中央に陣取じんどる。

 まだ安定しきっていないのか――マリスタの動きに振り回された水の棒は、形状けいじょうこそ保っているもののポタポタと水滴すいてきこぼしている。

 焼刃やきばだが、使いこなしている。

 この所有属性武器エトス・ディミも、恐らく――――英雄の鎧ヘロス・ラスタングも。



 そう、こいつは英雄の鎧ヘロス・ラスタングまで使っている。

 でなければ、つい先日まで魔術師まじゅつしコースだったこいつが英雄の鎧ヘロス・ラスタング下にある俺の拳を、あんな最小限の動きで避けられるはずがない。



「まったく、ほんと勝手なんだから……こほん。じゃ、改めて……試合開始ね! てやぁっ!」



 低く跳び、水飛沫みずしぶき散らしながら真っ直ぐに棒を突き出してくるマリスタ。

 俺は難なくその棒を避け、左手で棒をつかむ。



 掴めなかった。



「!? な――」

「もう一発!」



 横にがれた棒を体をかがめて避け、今度は俺が中央におどり出て回避かいひする。

 体を回転させ、マリスタを再度視認しにんし――――もう三撃目が目の前だった。



「くっ!?――ッ!」



 棒自体はかわしたが――バシャリ、と目に水飛沫みずしぶきがぶち当たる。

 視界を奪われたまま、俺は先の攻撃法だけを頼りに体を屈め、前に飛ぶ。

 頭上を棒が走り抜けたのが、風の音でわかった。



「あンもう、また外した!」

「そんなワンパターンが通用してたまる――」

「もういっちょ!」



 またも早い追撃。



「軽々と――――!」



 腹部を狙って飛んでくる棒を紙一重かみひとえで避け、そのままの勢いで跳躍ちょうやく、スペースの物理障壁ぶつりしょうへきを駆け上がり、天井近く、マリスタの真上へと体をおどらせる。



 あの速さ――英雄の鎧ヘロス・ラスタングを使っているとはいえ、まるで武器の重さが無いようだった。所有属性武器エトス・ディミ――色々と確かめてみる必要がある。



 自分だけの武器……熟練じゅくれんすれば、応用範囲おうようはんいは広い気もする。



「逃がさないわよっ!」



 マリスタが棒を俺に向けると――棒の先端せんたんが、急速に俺へと近づいてきた。

 伸縮しんしゅくも可能なのか。なら――



 手から琥珀色こはくいろの弾丸を放つ。



「えっ」



 その声と同時。

 棒と激突した魔弾の砲手バレットぜ――――伸びていた棒を端微塵ぱみじんくだき飛ばした。



「うわきゃっ!? ま、またただの水になっちゃった――このぉっ!」



 散った水がマリスタの手元に集い、形を取り戻していく。だがその回復は、



「遅い」



 下降し、マリスタへと真っ直ぐ手を伸ばす。胸倉むなぐらつかみ、組み伏せてしまえばこちらのもの――



「っ、そう簡単に――いくもんですかっ!」



 ――マリスタをおおう魔力の動きを感知。



「チッ」

展開てんかい完了っ!!」



 閃電せんでんを伴う高い音。

 咄嗟とっさの判断で手を引っ込め、両足で着地・・

 マリスタの周囲に張りめぐらされた障壁を足場に、跳躍ちょうやくし後退、奴が振った棒を再度かわす。

 こいつ、兵装の盾アルメス・クードまで――!



「ふーっ、ふー……はぁっ、ほ、ホントに息するひまもない!! けどっ……私。ケイ相手に案外やれてんじゃん! すごっ」

「………………」



 …………この週末の間に、一体どんな鍛錬たんれんを。



 棒の扱いといい、無詠唱むえいしょう英雄の鎧ヘロス・ラスタング兵装の盾アルメス・クードといい――どう見ても戦いれした誰かの入れ知恵ぢえがある。



「………………、」



 四大貴族よんだいきぞくという極上の家柄。

 故に持つ抜きん出た才能。



「な、なにさ。そんなにらまなくたっていいじゃない。これは正真正銘しょうしんしょうめい、私の力――」



 ……俺は今睨んでいるのか。あいつを。

 解ってはいたが。いざ現実を目の当たりにしてみると、やはり気に入らない。

 イロハを少しかじっただけで、こうも俺と互角にやり合えているこの異世界人いせかいじんが。



「――や、違うか。私がスゴいんじゃなくて、シャノリア先生がスゴいんだよね」

「――シャノリアか。あいつがよく義勇兵ぎゆうへいコース入りを許可したな」

「分かってくれた? 私の決意を」

「ますますがたいな。お前がそうまでしてここに来る必要は微塵みじんもない」

「ホラまた決めつけ。私には大アリなんですー」

「何を望む? 義勇兵になって何を成す? 何の為に力を、」

「は、恥ずかしいんだから何度も同じことを言わせないで。私がこのコースに来たのは、ケイと並び立つためよ」

「まだそんな冗談を口にするのか」

「冗談じゃないったら」

「ああ、冗談にもならない。お前みたいな馬鹿が俺に並び立てるか」

「あーまた馬鹿言った! ムカつくなぁもう……じゃあ、ここまで私と互角で試合してるように見えるあんたは一体何なわけー?」

「そうだな。だから俺は、あの時の言葉を実行するとしよう」

「え……」



 魔力回路ゼーレに魔力を充実させる。

 魔波まはが起こり、俺の髪を乱れさせた。



「もう加減は無いぞ、マリスタ。今の俺のすべてをけて――――お前を殺してやる」

「――――!」



 叩き潰す。徹底的に。

 「俺と並び立つ」だなどと、二度と言えないようにしてやる。



 瞬時に肉薄にくはく



「ッ!!? っ」

凍の舞踏ペクエシス



 マリスタが咄嗟とっさに半歩下がり、凍の舞踏ペクエシス詠唱えいしょうから放出までの数瞬すうしゅん障壁しょうへきを展開する。魔法を防ぐ障壁――兵装の盾アルメス・クードと対を成す魔法障壁、精霊の壁フェクテス・クードか。



 だが。



 凍気とうきの波動は障壁にはばまれ――氷のまくとなり、マリスタを氷の球体きゅうたいに閉じ込めた。



「ッ!? ちょ、見えな――」



 障壁を解き、氷の膜を破壊するマリスタ。



 不用意ふようい



「――――――え、っ」



 マリスタが目を見開く。

 俺は背後に滞空たいくうさせていた、数十発の魔弾の砲手バレット掃射そうしゃした。



 マリスタの悲鳴を飲み込み、炸裂さくれつし続ける琥珀こはくの弾丸。

 程無ほどなく、再び精霊の壁フェクテス・クードが展開されたのを感知し、背後に装填滞空させていた弾丸を消して――いまだ魔力の残滓ざんしきりがかった中に居るマリスタへと瞬時しゅんじに接近し、腹部へ――――渾身こんしんの拳を叩き込んだ。



「ぁ――アァッ……!?!」



 マリスタの悲鳴が千切ちぎれ飛ぶ。



 ――――何か、疼痛とうつう



「……? ッ、」



 痛みは無視。

 腰を折るマリスタの首を――なぐった右手でそのままつかみ上げ、締め上げる。



「ぁ、うぅあ、ァああ……っ!!!」



 疼痛とうつう



「ッ……凍の舞踏ペクエシス!!」

「ひぅうっ!!?? ぁあァ、ぁぃや、や……ァぁああ……ッ!?!!」



 ペキペキと、放たれた凍気が人の肉に張り付いていく音が鳴る。

 マリスタの首と――俺の右手が霜に覆われ、火傷やけどのような痛みと共に凍り付いていく。



「終わりだ、マリ――」



 いよいよ凍結が頭部までかった時。

 突如とつじょ、マリスタが持っていた水の棒が伸びて俺の腹部を強く突き抜いた。



「ぐぅッ――っ!!」



 口を突く呼吸。衝撃で、マリスタの首と共に凍結されていた右手が離れてしまう。

 俺は体をひねって伸びる棒の先端から脱し、距離をとった。

 前を見ると、そこには呼吸も覚束おぼつかない様子で激しく動揺し、首の凍結部位とうけつぶいを洗濯機のように回転する水で包んでいるマリスタの姿。以前シャノリアが使っていた――――恐らく温水おんすいだろう。

 あれではやがて氷もけるか。仕留しとそこなった。



「っ、ふぅっ、ふっ、ふっ、ぅっ、っ……!!!!!!!」

「……………………、」



 息を整えながら我を取り戻し、俺の目を見てくるマリスタ。



 疼痛とうつう



 ……俺はたまらず、胃の辺りを手で押さえ付けた。



 なんだ、この胃袋いぶくろ辺りの痛みは。



「……どうして追撃ついげき、しないの」

「――何?」

「さっきまで容赦ようしゃなかったじゃん。急にカワイソウにでもなったワケ?」



 ――――五月蠅うるさいな。



「もしかして、私が女だから?――ナメないでよ、私を! 私は手加減をされるためにケイに勝負を挑んだわけじゃっ」

「ハッキリしたというだけだ。お前では俺の相手にはならん。少し本気を出しただけでお前は死にかけたじゃないか。死を前にしたお前の叫び声、お笑いだったぞ」

「…………あんた、そんな悪そうな顔する人だったっけ。どうにも違和感いわかん拭えないのよね」

「俺を知りもしないお前が違和感などと抜かすな」

「私を知りもしないあんたが相手にならんとか抜かすなっ」



 ……………………こいつ。



「おっ、そんな顔もするんだね。また新しい違和感だ」

「……お前と俺の歩く道は違う。こんなことをしても俺は何も変わらない、お前自身の体を傷付けるだけだ。とっとと魔術師コースに戻れ。そして二度と俺に関わるな。血迷いもそこまでだ」

「だから私のコースを勝手に決めんなっ!」



 マリスタが怒り、立ち上がる。

 彼女の首元をおおっていた氷が水と共に弾け、質量ごと霧散むさんした。



「あんたと私の、歩く道が違うって。勝手に決めないでよ」

「……心底ウザい奴だな、お前。どうしてそこまで俺にこだわる?」

「何度も言わせないでって言ってるでしょ。それとも、この言い方じゃあんたには伝わらない?…………だったら言いえてあげる。もう! 出血大サービスだから感謝しなさいよ」



 マリスタが何やら恥ずかしそうに咳払せきばらいをする。

 目を閉じ、大きく深呼吸して――大真面目な顔で、また俺を真っ直ぐに見た。



「私は、あんたの友達になりたい」

「……それだけ構えて出てくる台詞せりふか? それが」

「そうだね。こんなクサい言葉、軽く聞こえて当然だって分かってる。でも、何回だって言ってやるわよ。私は、あんたと友達になりたいの。ケイ」

「そうか。俺はなりたくないな」

「いいわよ。私が勝手に思ってくだけだから」

「そんなものを友達とは言わない」

「うん。だから、これからなるんだよ」

「ならない。これまでもこれからも、俺とお前はただの他人だ」

「なる。これまでは置いてもこれからは、私があんたの友達になる!」

「お前が何を言いたいかさっぱり分からない。――何がしたいんだ。どういうつもりなんだ。俺に――」



〝けいにーちゃん〟



「……何を求めてるんだ」  黙れ。

「別に。何も?」

「お前がわからない」     今騒ぐな。

「分かるわけないじゃん。分かろうともしてないんだから」



 ……堂々巡どうどうめぐりだな。

 不毛ふもうに過ぎる。



「……無駄だ。無駄だぞマリスタ。お前が何をしようと、俺はお前と共には歩まない」

「別にいいって。私が一緒に歩くから。これはその一歩目になるの。だから、私は――」



 目を閉じ、息を吸い込み。



 再び開いたその瞳は、晧月こうげつのように青く。



「あんたに――復讐なんてさせないっ!」



 風が巻き起こる。

 青みがかった光を伴った風は――魔力まりょくうずを巻き、マリスタの周囲で荒れ狂う。



 バシン、と音をたて。

 赤毛の背後に、複数の弾丸が現れた。



「!!」



 瞬時に展開された水の弾丸アクアバレットが、俺の障壁しょうへきに多数ぶつかる。障壁を震わせる衝撃と共に水滴が散り、障壁の周りを水浸しにしていく。



 脇腹に衝撃。



「づっ――――!!?」



 床を転がり、壁に激突する。起き上がると、そこには腕を振り抜いたらしいマリスタの姿。



「なるほど。魔弾の砲手バレット牽制けんせいとか誘導ゆうどうに使えって先生にも散々言われてたけど、こういうことなんだね。勉強になったわ」

「お前……ッ」

「休ませないよ。まだまだっ!」



 水の棒エトス・ディミが襲い来る。



「チ――!」



 下手に触ると痛い目を見るな。

 水滴すいてきに触れないよう大きく距離をとり、棒を、マリスタの動きを観察する。

 マリスタの動きには、ほとんど「重いものを振り回す」といった様子が感じられない。英雄の鎧ヘロス・ラスタング込みの動きだとしても、あそこまで質量を感じさせない動きなど出来るはずがない。



 するとやはり――所有属性武器エトス・ディミの特性か。



 所有属性武器エトス・ディミはその名の通り、自らの所有属性エトスを武器の形状に押しかためたものだが、一口に魔法だと定義することは出来ない。

 所有属性エトスによって錬成れんせいされるものだ、当然精霊の壁フェクテス・クードなどの魔法まほうを防ぐ障壁によってさえぎられるが……所有属性武器エトス・ディミにおいて特筆とくひつすべきは、魔法でありながら透過不透過とうかふとうか意志一つで自由に・・・・・・・・切り替えられる・・・・・・・ということ。

 所謂いわゆる実体化じったいかが可能なのである。



 実際、マリスタは水の棒をつかんで操ることが出来ているが、俺は掴むことが出来なかった――――その機能を指して、所有属性武器エトス・ディミは「実体魔法じったいまほう」であると言われる。

 自然界に存在する水とは違って術者じゅつしゃの魔力が練り込まれているため、恐らく質量を調節することも出来るのだろう。あれだけ軽々と振り回しているのはそういう訳だ。

 しかし……質量変化にしろ、イメージするタイミング通りの実体化にしろ、それなりに集中力を要する筈だが。どうやらだいぶ師匠シャノリアしごかれたらしい。

 


 ……厄介やっかいだ。風紀委員などよりも、ずっと。

 つまり俺は現状、精霊の壁フェクテス・クードで受ける他に所有属性武器エトス・ディミを防ぐ方法がない。



 こんなところで、何の戦闘の術理じゅつりも知らない半端者はんぱものに、つまづいている訳にはいかないのに。



「……嫌になるな。自分の無知が」



 何度繰り返したか知れない自傷じしょうが口を突く。



 だからこそ、たなければいけない。こいつにだけは。



「おいつめたっ――もう逃げ場はないよ、ケイッ!」



 こいつは俺を高みへと導く助けにならない。こいつは――



〝けいにーちゃん〟     黙れ



 こいつは――俺の歩みを止めようとする、最も許せない敵だ。



 やっと歩き始めた俺を。       これ以上、

 やっと前へと進める俺を。        俺を惑わせるな

 まるで大義たいぎであるかのように、使命であるかのように独善それを振りかざし、歩みを――歩む心を叩き潰そうとするお前などに、俺は決して負ける訳にいかない。



〝ずっとずっと、俺が守るよ。父さんも母さんも、メイも!〟



「ッ!! これを避けるなんてっ」

凍の舞踏ペクエシス」     守れなかった



 友達だと?          決意の言葉になんか、



「!? ウッソ棒がこおっ――――」



 ……何も求めていないだと?           何の力も宿らない



凍の舞踏ペクエシス――――ッ!」



 …………復讐ふくしゅうなんてさせない、だと?          俺はお前に、



「!? 自分の手を――あ、兵装のアルメス・クー――――」



 ――――――――何も知らねぇくせに、テメェ。      何も与えられない。



「ッ――――消えろォオオオオォォォオォォォォッ!!」



 障壁しょうへきを突き破り。

 マリスタの顔に、氷のグローブが深々と叩き込まれた。



 轟音ごうおん砂埃すなぼこりが舞い、コンクリート片が足元に散らばる。

 それを見てようやく、それが自分の拳の威力であることを思い知った。



 途端とたん鮮明せんめいになる右手の焼けるような痛み。

 右手首を握り締め、氷をこうと意識を集中させ――――



 また胸に、疼痛とうつうが走った。



っっ――――たいなぁッ!!」

「ぐグッ――――!!?」



 視界が一瞬、ブラックアウトする。



 眉間みけんにとてつもない衝撃。脳が割れそうな重さ。眼球が陥没かんぼつしてしまいそうな圧。回転、そして――耳をつんざく、肩が砕けるような巨大な崩壊ほうかいの音。

 俺はマリスタに殴り飛ばされ――背を打ち付けた壁を破壊していた。



「ぅあァ――がは――ッ……!!」



 頭からジワリと染み出た大きな痛みが、体中を駆けめぐる。

 英雄の鎧ヘロス・ラスタング下にありながら、これほどまでにダメージが大きいとは……!



「はぁ……はぁっ。ふふっ、痛かったでしょ。同じくらいの魔力放出ちからでなぐったもんね。あたたた……」



 マリスタの右の額から、一筋の血が流れている。俺も右瞼みぎまぶたに流血を感じ――――そこでようやく、自分の右目がほとんど見えていないことに気付いた。



 目がつぶれたような痛みは感じない。一時的にれているだけだろう。



「っ……うわ!?!? 血ィ出てる!!?」

「……ひたいは一番出血しやすい部分だろ。そう気にすることじゃない」

「うぅ、クラクラしてきた気が……って。うわケイも出てんじゃ――――」



 マリスタがピタリと動きを止め、無言で血をぬぐうと、神妙しんみょうな顔で俺を見た。



「ごめん。ちょっち取り乱しすぎた。義勇兵コースなんだから、このくらい当然よね」

「……………………」

「やは、でも、……声の震えは取れないなこれ、あはは。カッコ付かないや、笑わないでね」

「…………お前。ホントになんでだ」

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