第13話 魔王VS勇者

1

 戦闘訓練の相手には困らない……はず、だったんだが。

 むしろ義勇兵コースの訓練中、風紀の連中は誰一人として俺の相手をしなくなった。

 相変わらず憎々にくにくしげな視線は感じるが、それだけだ。俺をたっぷりと睨みつけた後は、何事もなかったかのように去っていく。先週とは打って変わった対応である。



 推測のいきを出ないが、ここまで声をかけてこないとなると……風紀委員会全体に、ケイ・アマセと接触せっしょくするな、というたぐいの組織的な指示でも出ているのではなかろうか。何が目的かは全く解らんが。



 おかげ可哀想かわいそうな目で俺を見るヴィエルナに「私には声をかけていいぞ」と言わんばかりのオーラを何度か出されたが……結局、その日はクラスメイトを適当に捕まえて訓練を終えた。

 ヴィエルナなら戦闘の相手としては十分だが、痛み・・で思うように動けない現状であいつと闘っても、そう大した経験にはならないような気がする。時間は最大限有効に使いたい。

 しかし、この怪我けが……一応不恰好ぶかっこうながらテーピングはしたものの、痛みはわずかに緩和かんわされたのみだ。長引くだろうな、これは。

 いっそ回復魔法でも練習して、とっとと――



「どうしたの、ケイ。随分ずいぶん変な歩き方だけど」



 HRホームルームを終え、教卓の前を通り過ぎようとした俺にシャノリアが声をかけてくる。

 女性らしいフェミニンなブラウスにデニム生地のズボンという、オフィスカジュアルにしては砕け過ぎな服装の上に、教師の証であるブラックローブを申し訳程度に羽織はおったその立ち姿は、先生でなく学生と言われた方がしっくりくる者が多いだろう。若々しくて大変結構なことだ。

 ……そういえばこいつ、一体いくつなのだろう。いつか言っていただろうか。



「歩き方、ですか? シャノリア先生」

「あれ、気付いてないの? 何というかこう、……面白い歩き方よ? 今のあなた」

「……面白い?」

「そ、そんなに怖い顔しないでよ、馬鹿にしてるんじゃないんだから……そう、なんか……ヒョコヒョコしてない? 歩き方が。もしかして、先週の傷が尾を引いてるんじゃ」



 ……ああ、なるほど。この痛み・・のせいか。

 しまったな、そんなに目立つ歩き方をしていたのか。道理どうりであのナタリー・コーミレイパパラッチがやたら盗撮とうさつをしてくると思った。何故なぜ気付けなかったのか、間抜けめ。

 外聞がいぶんなどある程度どうにでもなるとはいえ、流石さすが醜態しゅうたいさらし続けるのはよろしくない。

 ……とはいえ、話したところで解消する痛み・・でもない。これをシャノリアに話すのは無意味だな。



「いや、そんなことはないですよ。先生の気のせいですね。それでは」

「……いやあの、さすがに今まさに目の前でヒョコヒョコ可愛く去っていく姿を見せられて『あっそうだね気のせいだね、私ったらぁ』とはならないんじゃない? どれだけ節穴ふしあななのよ私の目は」

「え」



 …………俺、また今ヒョコヒョコしていただろうか。可愛いとか言うな。

 仕方無い、ここまで注目させてしまっては理由を話――



〝一人で立ちたいならせめて心配されないようにしたらどうなのッ!〟



「…………ちょっと訓練のし過ぎで。心配はしなくていいですよ、筋肉痛みたいなものですから」

「え、ちょっと、ケイ!」



 シャノリアの声を無視し、自然な歩き姿を心掛けながら教室を何かに盛大につまづいた。



「?!」

「あらあら、何もないところで転ぶなんてーひどいケガみたいね、どれどれ見てあげましょう~」



 両手でなんとか受け身を取り、即座に起き上が――――――?!?!??!??!



「あら、ごめんなさ~い、足の裏を見ようとしたら図らずも逆エビ固めになっちゃったわー」

「~~~~~っ?!??! う、ん、んん……??!」

「パ、パーチェ先生ッ?! な、何やってるんですかこんなところでっ!」



 …………起き上がろうとした時。

 うつせになった俺の上にまたがったそいつは、俺の両足を左右の腕でそれぞれ抱え、逆向きのエビ――しゃちほこか何かのように、俺の体をひん曲げやがってくれている。

 床に押し付けられる肺が圧迫され、ろくに呼吸も出来ない。そしてパシャパシャとカメラ――もとい、記録石ディーチェの音がする。覚えてろよピンクニット。



 というか、逆エビ固めってプロレスの技だろ。貴様という奴は全体ぜんたいどこでそんな言葉と鮮やかな技とを覚えやがったのか、この―――



「ま、……っじょ……!!!」

いやだ。おい、何かウワゴトを言それは禁ってるわこの子。句だろ。よっぽど不用意に悪いのね口にするな

「一度に二回話しかけるな、こ、の……ッっ!!」



 うつせているから声しか聞こえないが――意識に直接聞こえてくる声で、それが魔女リセルであると確信した。後でホントに覚えてろよ、このアマ。



「そ……それパーチェ先生がシめてませんかッ?! ちょ、とにかく離してあげてください!!」

「あらやだ、ごめんなさいね。私ったらてっきり。てへぺろ。ではこの足だけ失敬しっけいするわね――って。あら、このくつも酷い。こんなに大きく破けちゃって、もうなんか足に突っかかってるだけの皮じゃないこれ」



 痛みと圧迫が消え、気道きどうが開通する。

 力無く廊下に伏せる俺を、ざわざわと周囲が見ているのが解る。お前は何がしたい、このクソ魔女。――などと考えていたら、程なく片足からスルリと靴が消えたのを感じた。

 ……「傷」が見たいなら最初からそう言ってくれ。頼むから。



「ハイシャノリア先生、くつ」

「は、はい……うわ、ほんとにパカパカに――って。ぱ、パーチェ先生。靴を脱がせて何を……」

「いえね、私こう見えて校医こういなので。悪いところはすぐに解ります。ホラ、これも取るよー」



 そのままスルリ、と靴下までも脱がされる。

 普通に消えたい。もうどうにでもしてくれ。



「く、くつしたまでぬがせて…………って。わあ」



 シャノリアの声が途切れる。

 ……まあ、確かに俺も初めて見た時は少しギョッとした。



「あらら。綺麗きれいにムケてるわね、きもいー」



 魔女がせせら笑う。お前の性根はひん曲がっている。

 とはいえ、この傷の状態は「キモい」と言わしめるに足るのも事実。

 シャノリアとリセルが見ているであろう俺の足の裏は、全体的にベロリと皮がけてしまっているのだ。



「……いつまで眺めてるんですか。人前なんですけど」

「あらごめんなさいね今写真撮られてるから少し待って。ホラシャノリア先生、ピースピース」



 貴様。



「パーチェ先生っ!! ふざけるのもいい加減にしてくださいっ。コーミレイさんももう撮らないのっ!」

「あやや、これは申し訳ありませんでした。では、明日のプレジア学生新聞をお楽しみにぃ」

「コーミレイさんっ!!」

「あーあ。天瀬君これ、傷口に直接テーピングしてるでしょう」



 リセルがテーピングした箇所かしょを指先でつつきながら言う。

 ひりつくような痛みが断続的に足を襲う。



「……それがなんですか」

「うわ怖い顔、せっかく治療してあげようっていうのに。そんな君にはこうだーベリベリっ」

「??!!?」



 激痛。



「ちょ、何やってるんですかパーチェ先生?!?!」

「それ二回目ですよシャノリア先生」

「あなたが言わせてるんです!!! ダメでしょう、傷口を塞いでるものをそんなに一気にがしちゃ!!」

「傷口に直接テーピングしてるこの子が悪いんですよ。ちゃんとガーゼだかスポンジだか挟んでないと、誰がいだってどの道激痛でしたよ」

「こ、の、……ぉ前……!!」

「ホラ動かない、ちゃんと処置してあげるから。まったく、せ我慢せずに朝イチで私のところに来ればいいものを。少し酷くなってるからちょっと時間かかるわよー。そのいましめを含めての、公衆こうしゅう面前めんぜん治療ですから」



 嘘をけ。



 不意に、足だけが水にかったようなひやりとした感覚が走った。恐らく治療魔法ちりょうまほうだろう。

 朝一で来い――確かにリセルの言う通りだが、テインツ戦後あのとき以来どうも医務室から足が遠のいている。くそ、多分全部お前のせいだぞ魔女。



「あ、あの……先生方。アマセ君、どこか悪いんですか……?」

「あら、実はずっと隠れて天瀬君を見てたフォンさんじゃない。写真が欲しいならさっきの報道委員さんに言っておいで」

「へっ?! え、あの、私そんな……」

「パーチェ先生!!」

「冗談だってば。半分」

「はんぶ――」

「さて、それで傷の様子ですけどシャノリア先生。天瀬君って、義勇兵コースでしたよね?」

「え、ええ」

「だったらこの足の裏、原因は想像つくんじゃありません?」

「原因って…………あ。そういうことか」



 シャノリアがポンと手を叩く。――リセルの奴、最初からお見通しだったという訳か。

 というか、俺がこうして意識で考えていることはどれくらい奴に伝わっているんだろう。医務室で体感した分だと、筒抜つつぬけという程でもなさそうだったが。

 いずれにせよ、早急に解決しておかねばならない問題な気がしてきた。このままこいつに思考やら生活やらを読まれ続ける、読まれていると感じ続けるのは精神衛生上悪過ぎる。



「だから足の裏を痛めてたのね。……にしたって酷い傷」

「ま、修行に集中してる時は痛みに鈍感どんかんになりますし。予想外に痛くなって困ってたんだと思いますよカワイイ~」

あはは黙れ。

「焦らなくてもいいのに。遅れは仕方ないことだし、実技試験までまだ二カ月もあるのよ?」

「ふふ、よっぽど高い目標でもあるのかしら。でも順調にいってるみたいですよ。ホラ。ちゃんと足の裏の、一か所しか裂けてない・・・・・・・・・・

「あ、そういうば……そうですね。そうそう、これ、ちゃんと練習出来てたらこうなりますよね。って、パーチェ先生良く気付かれましたね。もしかして、経験がおありなんですか?」

「まあ、それなりに?」

「へえ……」

「あ、あの。結局アマセ君はなんで足の裏を……?」

「ま、そこは実技試験を楽しみに待ってなさいな、フォンさん。魔術師まじゅつしは、そうやすやすと己の手の内を明かさないものなんだから」



 含みを持たせてリセルが言う。もう聞かない。こいつは俺で遊びたいだけだ。

 治療は進んでいるんだから、礼以外はこれ以上何も言う必要がない。もう勘弁してく――



「うわ何その足。グロ」



 ――――思うに、今日の俺には女難じょなんそうでも出ているんじゃなかろうか。



 もうこんなに近くで聞くことはないと思っていた声が、真上から。



〝――これで解ったろ。お前達とは、生きる世界が違うんだよマリスタ――――マリスタァッ!!!〟



 ……嫌なことを思い出してしまう。

 どうしてこいつは、あんなことがあった後でも平然と話しかけてこれるのか。



「マリスタ。まだ教室にいたの?」

「アルテアスさん、チャンスよ。この子の足の裏なんておがめるの、今しかないわよ~」

「なんで私が足の裏なんて見たいんですか……私はケガを心配してるだけですからっ。パーチェ先生と違って」

「あらやだ。私もこんな汚い足の裏に興味は無いわよ」

「好き放題言いやがって……」

「今後は人前で醜態しゅうたいをさらす真似をしないことね。――ハイ完治。これで痛みは感じないはずよ」



 足を解放され、すぐさま立ち上がる。カバンを拾い上げ、これ以上おちょくられないよう、シャノリアの手から靴と靴下を素早く奪取だっしゅする。



「ありがとうございます助かりましたパーチェ先生では」

「そんな一息で言わなくてもいいじゃない、もっとお話ししましょ? イケメンの天瀬君」

失礼しますくたばれ

「あっ、ケイ! 待ってよ」



 ……マリスタが、進行方向に回り込んでくる。



「実技もあるけど、一カ月と少しでホラ、筆記試験もあるでしょ? どうせケイもこれから図書室だろうし、私一緒に勉強していい? 分かんないとこ多くて」

「誰だったかな、君は。――ああ、マリスタ・アルテアスさんか。ごめん、気付かなかったよ」



 俺は構わずわきを抜け、



「あんなことがあった後でも話しかけてくるなんて、思わなかったものだから」



 れ違いざま、それだけつぶやいた。



「……ケイ!」



 シャノリアの声が怒りを帯びている。聞こえてしまったか。

 でもいい。あの時散々言ったのに、それでも話しかけてくるお前が悪――



「ふふっ! それでも話しかけるのがマリスタさんなのさ。ねえってばケイ、私まだ返事をもらってないんだけど?」



 ――こいつは。



 構わず移動する。足を速め、人込みにまぎれたりもしてみたが、声は遠ざからない。いつもならもうけてもいいはずだが、今日はどうしたことか。



「待ってってばケイ。もしかして無視で通そうとしてるわけ?」

「………………」

「そんなことされると、逆に燃えちゃうなぁ、私としては」

「……………………」

「あ、そうそう。聞きたいことっていうのがね、さっきやってた算術さんじゅつの問題なんだけどさ。公式とかの応用ばっかりで全然分かんなくって――」



 ……進路変更。



「あれっ? ケイ、図書室じゃなかったの? ねぇケイってばー」



 エントランスから魔石ませきを乗り継ぎ、図書室のある生活区せいかつくでなく、第二十三層――訓練施設くんれんしせつへと足を運ぶ。

 マリスタも付いてきているようだが――この先、魔術師まじゅつしコースと義勇兵ぎゆうへいコースの生徒が演習スペースを一緒に使うことは許可されていない。数時間もここで鍛錬していれば、こいつもそのうち諦めてどこかへ行ってしまうはずだ。

 足の傷も治ったことだ、カンにぶらないうちにもう一度動きを反復しておこう。



 受付に学生証を見せ、スペースを借りる。

 後ろで足止めされているはずのマリスタには一切視線をらず、そのままスペースに入り、



「あっ! おばちゃん、私もあの人と同じ場所でいいですっ。うん、はい学生証!――はーい、気を付けまーす!」



 ……なんだと?



 無意識に振り返ってしまう。

 そこには、俺と同じ場所にかばんを置き、「よっしゃ」などと気合を入れ、その長くつやのある赤毛をまとめ直しているマリスタの姿。

 奴は髪のゴムひもを結びながら俺と目を合わせると、ニカリと微笑ほほえみなどを寄越よこしてきた。

 ……どうして義勇兵コース魔術師コースお前がスペースを共有出来る?



 ――――冗談じょうだんだろ。



「……マリスタ、もしかしてお前――」

「ほんっといい性格してるわねケイってば。自分が話しかけたくなったら、さっきまでの無視なんてどこへやらだもの――ま、いいけどね別に。あんたが私のことお構いなしなのは、これまでもずっと同じだったし。よしっ!」



 首元にある一つだけのゴムボタンを取り、ローブの前を開けるマリスタ。

 見るとその下の服装はまさしく、これからの動きに備えた軽装けいそうで。

 俺はヴィエルナと相対あいたいした、数日前を思い出した。



 ちょうど奴と俺は、このくらいの距離で対峙たいじしていたから。



「義勇兵コースの新人、マリスタ・アルテアスです。初の模擬戦もぎせんの相手、どうぞよろしくお願いします!!」



 ――――あの時感じた刺すような殺気は、微塵みじんもないが。



「……ふざけてるのか?」

「そう見える?」

「そうとしか見えない」

「でしょーね。あなたは私なんて見てもなかっただろうし」

「どうしてだ。何故なぜ急に義勇兵コースに鞍替くらがえした」

「ちょっち思うところがあってね」

「ふざけるな。義勇兵コースここがどういう場所だか教えてくれたのはお前だろう。死と常に隣り合わせで、こんな危ないコースに」

「所属するのはごく少数。言ったね、確かに言った」

「だったら何故。まさか、俺に対する当て付けというだけじゃあるまいな」

「てへ。半分はそうかも」

「半分だと? お前――」

「義勇兵コースって、入る前にあんな『誓約書せいやくしょ』書かされるんだね。何が起こっても自己責任…………なんか、心臓がキュッてしたよ。体が重くなった感じ」

「……そうだろう。あれが命の重みなんだろうと、今はわかる」

「すっかり義勇兵コースの人だね。まだ二週間くらいなのに」

「二週間もあれば人は十分まれる。一つのことに打ち込んでいれば尚更なおさらだ。いつまでも部外者面ぶがいしゃづらしてる奴の方が、俺には理解出来ないね」

「部外者ね。でも、迷って決めきれないことってあるじゃない? だから染まることが出来なかったりとか」

「迷い?」

腕のストレッチをしながら、「うん」とマリスタが続ける。

「最初から、この道で行こうとか、これ一本で頑張ろうとか、そう思えてる人って少ないと思うの。でも、だからっていつまでも決められなかったら動けないでしょ? 時間はどんどん過ぎてくし、誰も待ってはくれない……だからとりあえず、飛び込んでみるの。何の確証かくしょうもない場所に、何の覚悟も持てないまま、飛び込むしかないんだよ」

「…………」

「だから迷うし、不安なんだよ。入ってからもいっぱい迷う。ここで良かったのかなとか、このままでいいのかなとか、失敗したらどうしようとか、たくさん考えちゃうの。そして――いちばんは、」



 マリスタが、真っ直ぐに俺を見つめた。



「自分の前を歩いている人との差を思って、どうしてこんなに違うんだろうって、苦しいの」

「決まってる。弱いからだ」

「弱い?」

憶測おくそくおびえて立ち止まる。大した努力もないのに『成果が出ない』と現実逃避する。お前達がそんなことをしているから差は開く」

「ケイは考えないの? 負けたらどうしようとか――死んじゃったらどうしようとか」

「じゃあお前は死んだらどうするんだ」

「ど――どうするって、」

「そうだろう? どうしようもない。死んだらそこまでだ、全部終わりなんだよ。だったら『死んだらどうしよう』と想定して立ち止まることに何の意味がある。そんなことを考える者はな、本当は最初から前に進む気なんて無いんだ。怠惰たいだむさぼることで感じる、罪悪感ざいあくかんから逃れる言い訳が欲しいだけなんだよ」

「違うよ。不安には立ち止まっちゃうのが人間ってものでしょう?」

「そしてその言い訳に他人も巻き込んで、仲間を見つけた気になって、安心する。まさに今お前がしていることだ、マリスタ」

「…………そうだね。やっぱすごいな、ケイは。どうしてそんなに頑張れるの?」

「逆にきたいな。どうしてお前達はそんなに頑張らずヘラヘラしてられるんだ」

「不安だから。一度死んじゃったらおしまいで、怖いから。今だってすごく不安だもん。――ケイに届かなかったらどうしようって気持ちで、いっぱい」

「俺に届く……?」



 …………何が言いたいんだ、さっきから。



「まだ私の質問に答えてないよ。どうしてそんなに頑張れるの? 結果は出ないかもしれないのに」

「俺は不安なんぞに負けないからだ」

「そう。どうしてそんなに強いの」

「ふざけろ。俺が強いんじゃない、お前が弱いんだろ。俺が頑張ってるんじゃない、お前が頑張れてないんだろ。俺を言い訳に使うな鬱陶うっとうしい。お前がそこでレッドローブその服を着て立ってるのは他の誰でもない。お前だけのせいだ」

「――――――そっか。そう考えればいいんだ」

「いい機会だ。解ったなら消えてくれるか、今後一切・・・・。弱い奴の戯言ざれごとに付き合ってられる時間なんて、一秒たりともないんだ」



 言い放ち、以降奴を無視してストレッチを開始する。

 何が言いたいのかは結局解らないが、解る必要もない。こいつはあの時から以後、俺の人生に何ら関係しない存在になったんだ。

 解らなくていい。関わらなくていい。知らなくていい。

 マリスタ・アルテアスという存在は、俺の前から消えていい。

 


 だから、早く消えろ。



「…………ちょっとだけ貸りるね。その強さ」

「――何?」



 マリスタが大きく息を吸い込む。――と同時に右手をくうかざし、その手に……魔力を収束させ始める。

 何の魔法だ、あれは――



「これが、ケイの為になるかは分かんない。根本的な問題は解決しないし、ケイの気持ちだって踏みにじってしまうってわかってる。飛び込んでは見たけど、不安でいっぱいだった――だから、最後の一押しに、あんたの言葉を借りるね、ケイ――――『戦士の抜剣アルス・クルギア』ッ!!」

「!」



 水色にあい色に光る魔力が弾け、水のしぶきを空間に舞い上げる。

 硝子ガラス細工のような透き通った鮮やかが、マリスタの手の中で――――細長い棒を形作る。



 戦士の抜剣アルス・クルギア

 魔力で、個々人ここじん所有属性エトスに応じた様々な武器を創り出す、形状独立けいじょうどくりつ実体魔法じったいまほう――こんなものが使えたのか、こいつ。



「私、今だけは不安に負けない。今だけは言い訳しない。今だけはめちゃくちゃ頑張ってみる。私は――――いつか必ず、ケイと並んで、歩けるようになりたいからッ!!」

「な…………」



 それは、まるで――――魔王に挑む勇者のように。



「義勇兵見習い、マリスタ・アルテアス。義勇兵見習いケイ・アマセに、尋常の勝負を申し込みますッ!!!」

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