3



 ロハザーが視線を上げる。

 られて背後を見ると、そこには試合開始から倍にもなった人だかり。

 好奇こうきの目が、奇異きいの目が、残らず俺とロハザーに降り注ぐ。



「…………これが『負けたの世界』か。なかなかどうして、悪くねぇじゃねぇかもな」

「……俺が思い知らせただと?」

「ああそうだ。だからこそ――俺は負けを選んだんだ。そんで思った。この先で話す・・・・・・べきは俺じゃなくお前だ、ってな」

「は――」

ほこれよ。お前はこの俺様に――負けを選ばせたんだぜ、クソヤローのアマセ」



 ロハザーが背を向ける。



「…………ッ!」



 視線にさらされるのが心地悪くて。

 俺は、奴を追い抜くようにスペースをけ出た。



 そうして――通過したスペース出入り口で、ヴィエルナとれ違う。



「ありがとう」

「!?」



 ――――お前まで、何を。



「――――っっ」



 よしやがれ。



 俺は俺の為だけに戦っている。

 礼を言われるようなことは、何一つしていないんだから。




◆     ◆




 ロハザーは足早にスペースを出ていく圭をのんびりと見送り、今出入り口に差しかかる。

 そこには、試合前と同じくヴィエルナ・キースがいた。



「…………」

「…………」



 特に言葉を交わすこともなく、たがいを見つめる。

 話したいことも、特になかった。

 試合の内容は見たままであるし、互いの技も日頃の鍛錬たんれんでほとんど知り尽くしている。

 こうした無言の時間さえ苦ではないほどには、二人はお互いをよく理解していた。



 ヴィエルナが小さく、満足げな笑顔を浮かべる。



「あなたの、そんな顔。見たかったの」

「…………ハッ」



 ロハザーが心地よさそうに苦笑を浮かべ、わずかに顔をうつむかせた。



「……勝ち続けていた時の方が、ずっと怖かった」

「……うん。私も。それじゃあね。また、後で――」



 通り過ぎようとするヴィエルナ。



 その腕を、ロハザーは強く強く、つかんだ。



「…………」

「…………」



 彼らはお互いをよく理解している。



 ゆえに、言葉は要らなかった。



『準決勝第二試合を始めるわ。ナイセスト・ティアルバー。ヴィエルナ・キース。特に無ければスペースの中へ入りなさい』



 ロハザーの左手に、更なる力がこもる。

 己の左腕を捕らえる心配に、ヴィエルナは右手を重ねることで返す。



 左腕を掴む手をゆっくりとがし、ヴィエルナはスペースへ進む。

 中に入り、そして気配を感じて振り返った。

 再び向き合う二人の灰。



「今のあなたと同じだよ」

「……?」

「私も、自分の心に従って戦うの」



 少女が背を向ける。

 着古きふるした様子のグレーローブがれ、凛々りりしくなびく。



 ロハザーはその背を、不安の眼差しで見送り――ヴィエルナよろしく、今居るスペースの入り口を戦いを見届ける場に選んだ。

 ここにいれば――



「…………」

「…………」



 ――ナイセスト・ティアルバーも、必ず通るであろうから。

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