追憶――――彼が生きていた世界




◆     ◆




 父は、権威けんい主義しゅぎを絵に描いたような人だった。



〝勝ち続けろ。そして得続けるのだ、テインツ。あらゆる力を〟

〝負ければ、お前は全てを失う〟

〝すべて、すべて失うんだ!!!!〟



 力や権力を持たない者を、それが摂理せつりであるかのように迷いなく差別さべつし、さげすんだ。

たとえ親族であろうと、肉親にくしんであろうと。



 だから――――事業じぎょうに失敗し、辛うじてしがみ付いていた貴族きぞくの威光を失った母を……父は、ゴミ同然と侮蔑ぶべつし遠ざけ、家から追放した。



 玄関先げんかんさきで大声でめる父と、母。

 身着みきのままで、母を家からり出す父親。

 そんな父の足にしがみつき、蹴られて血塗ちまみれになった顔であらん限りの悪態をく母親。



 父のようにも、母のようにもなりたくはなかった。



 ただ――――腕の中でふるえて泣いている妹を守ることができれば、それでよかった。



 だから、がむしゃらに力を求めた。

 プレジアの中では、初等しょとうに入学したての頃から常に上位をキープした。

 そして世界には、思ったより「父のような」人が多いことを知った。

 だから、ごうに従った。

 力のある人に取り入るため、何だってした。

 同じ貴族の仲間を作り、力のない「平民へいみん」との人間関係を切り。

 彼らの差別さべつだって進んでやった。



 その中で結局、忌避きひした父と同じ権威けんい主義しゅぎかたむいていくことになろうとも。

 オーダーガードを、妹を守る力を得るためなら、僕はどこまでも頑張れた。

 そう、たとえ似ていようとも、僕は父とは違う。

 僕にとって一番大切なのは権威けんいなどでなく、たった一人の心優しい妹だけだったから。



 一番になろうなんて気はなかった。

 いや――――なれるはずはないと、わかってしまった。



〝見ろ、テインツ。あの方々が「大貴族だいきぞく」だ〟



 初等部に入ったころから、大貴族たちかれらはすでに雲の上にいた。

 実力でも、地位でも――僕はいっ生涯しょうがい、彼には勝つことはない。いや、勝ち負けを語る必要も生じない。そう、強く強く思わされた。



 だから僕は、その他大勢の貴族達と同じように――その目の届く所に、息のかかる範囲に、僕の居場所をこしらえることに必死になった。



 力を求め、びへつらい、力無き者を見下すことで自分の地位を確かなものにして。



 継続は力なり、とはよく言ったものだ。

 仲間、力、地位、居場所。気が付けば、僕はすべてをとりあえず手に入れていた。



「中等部か――かましてやろうぜ、テインツ!」

「ああ、ビージ」



 そうして、僕は子どもなりに基盤きばんを整え、中等部に進学する。

 そこでも僕は、順風じゅんぷう満帆まんぱんに道を進み――いずれ父をも支配する。そのはずだった。



 気をおかしくした「母親だった者」が、家を襲撃しゅうげきしてくるまでは。

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