追憶――――彼の目に焼き付いた異世界



 すでに押収おうしゅうされてしまったあの魔装具まそうぐが、一体どんな効力を持っていたのかは分からない。

 でも、その一打で――――父の頭部は、僕の目の前で地を転がった。



 僕にせまる母だった者。

 僕の前に立つ妹。

 僕は何かを叫んで、妹に飛びついて物理ぶつり障壁しょうへきを展開して――――障壁を破壊され、妹と一緒に吹き飛んだ。



 ――――体は動いた。

 妹を見た。

 妹は――ひたいに血をたらして、目を開けたまま動かなくなっていた。



 僕の守りたかったもの。

 そのために、僕が積み上げてきたもの。



 僕の夢が、音を立てて崩れていく。



 僕を突き動かしたのは、怒りと憎しみ。

 愛や悲しみなどではなかったと思う。



 今や「平民」の身でありながら、僕の幸せを奪ったこと。

 もう夢を果たせないこと。

 妹を守れなかったこと。



 だから、殺した。

 血だまりに沈む父の剣、炎帝えんていけんヴュルデ。

 それをがむしゃらに振るい、家が崩れ落ちるほどの大火災を起こし。

 母だった者を貫き、血にさせた。



 命の限り、かつて母だったモノは父の面影おもかげを持つ僕を殺そうとした。

 僕もそれ・・を許す気はなかった。



 燃え盛り崩れ落ちていく家の前で、我に返ったとき。

 僕は妹の身体を抱きかかえ、足元にはもう人だったかどうかも分からない炭クズが転がっていた。

 父は燃え尽きた。



 人体のあぶらが、体中にへばりついてとれなかったのをよく覚えている。



 その後の調べで、僕の罪は正当せいとう防衛ぼうえいとして処理しょりされたけど、違う。



 僕は母だった者を殺した。

 憎しみと、怒りをもって、自分の意志で殺したんだ。



 夢も何も無くなってしまった人殺し。

 父の死と事件により、オーダーガード家もその地位と力をほとんど失った。

 そんな僕に、もう生きる意味は無いと思った。



 でも。



〝君の妹は生きている〟

魔女まじょの国の医療いりょう技術ぎじゅつさえあれば、助けられるかもしれないのにね……〟



 ――――神が僕に、生きる理由を与えたとしか思えなかった。



 もう一度、守りたいものを守るチャンスをくれたのだと。



 僕は疎遠そえんだった叔父おじ夫婦ふうふの家に引き取られた。

 おとしいれられ、弟だった父に家督かとくを奪われたに等しかったのに、叔父さんと叔母おばさんは僕を息子のように迎え入れてくれた。



 それまで以上に、守りたいものが出来た。



 僕はいっそう、力を手に入れるために頑張った。

 仲間を増やし、力無き者を遠ざけ、学校に地位を築き、力をたくわえ。

 とうとう、だい貴族きぞくに近づくための足掛あしがかりさえもつかんだ。



 この圧倒的な力の下にいれば、僕もどんどん力を得られる。

 そして、その力はいつか必ず、いまだついていない魔女の国との戦争に向けられるだろう。

 そこで、魔女の国を征服することが出来れば――――妹は、きっと。



  物言わぬ妹の前で、僕は誓いを立てた。



 「きっと兄ちゃんが助けてやる」と。

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