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 どんな借りの返し方をすれば、彼女はゆるしてくれるのだろうか。



〝ただ学祭めぐってるだけでケンカなんかしたくない〟



 ただ学祭巡りをしている。シータはテインツにそう言った。

軽食を御馳走ごちそうしたことも、彼女にとっては借りを返したことにならないと言った。



(メルディネスさんは……どうやって借りを返すか、決めてるワケじゃないのか? だったら、それを決めるのは……)



 ――目の前の牛串を頬張ほおばるテインツ。

 香草の香り高くスパイシーな旨味うまみが、口の中を満たす。



〝どう? 改めて考えても――今の状況って全部、あなたのせいじゃない? あなたは思い上がりで人を傷つけて、家の名にも風紀委員の名前にも泥を塗った。だから裁かれ、相応の結果が訪れた。そこには何の不条理ふじょうりもない〟



 ――あの日の、暮れから。

テインツは、「貴族」という存在はこれから変わっていくのだと、希望を感じていた。



 「貴族至上主義きぞくしじょうしゅぎ」に傾倒けいとうし、当然のように他者をしいたげてきたむくいを、自分は受けるだろう。

 でもだからこそ、今度こそ誰にでも顔向けできる「立派な貴族」を目指そうと。

 このプレジアを、今度は自分たちが変えていこうと。

実技試験じつぎしけんの混乱後、そうした未来をビージやチェニクらと語り合った。



「貴様等にそんな資格はもう無い」。

そんなことを思われているとは、つゆ知らず。



 許されると思った。

 つぐないのチャンスを、与えられると思っていた。



 それ自体が致命的ちめいてきおごりであったことを、テインツは――風紀委員ふうきいいんたちはその後の二ヶ月で思い知る。

 故にペルドは、風紀委員会の消滅を考え。

 風紀の面々は、アルクスから学祭の警備を外されようと、押し黙っていた。



〝散々血を見せた元凶、諸悪しょあく根源こんげんが今更生まれ変わろうがどうなろうが知ったことかよ。プレジアの総意はただ一つ、『消えろテメーら』なんだよ〟



〝ドンゾコなんだよ、お前らの信頼は。信用してくれると思うこと自体がおこがましい〟



 ――考えれば考えるほど、当然で。

 考えれば考えるほど、思考は絶望に沈む。



 テインツはもはや、ただ目の前のそうした感情に向き合うだけで精一杯せいいっぱいになっていた。



(……ペルドの言う通りかもしれない。だってそうじゃないか。僕らなんてもう、誰にも――)



「『僕らなんてもう、誰にも必要とされちゃいないのだわ』、みたいな顔やめてくれる? メシがマズくなるのだけど。風紀委員ふうきいいんさん」

「え――――うわっ!?」



 顔を上げたテインツに向け、牛肉を平らげた竹串たけぐし無造作むぞうさに放るシータ。

 回転した竹串はテインツに当たり、彼の足元に転がった。



「っ、危ないな、目にでも入ったらどうするんだ! 危ないしポイ捨てだし、ほんと君――――」

「あんたがいてくれてよかった。これからもいて欲しい。だから必要じゃないなんて思わないで」



 ――――テーブルの下をのぞきこんだテインツの耳に。

聞きなれた声で、聞こえるはずの無い言葉が届く。



 竹串のことも忘れ、体を戻すテインツ。



 テーブルの向かいには、組んだ手で顔を隠すようにして目を背ける、耳まで真っ赤なシータの姿があった。



「――――へ?」

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