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 去っていくギリートから視線を移し、ヴィエルナとパールゥを見る。

 パールゥは少し離れた椅子から少し身を乗り出し、ひざの上でにぎめられたヴィエルナの拳に手を置いていた。じっと彼女を見つめるパールゥの視線にも応じず、ヴィエルナは顔を上げない。

 俺の視線に気づいたパールゥが小さく首を横に振り、そしてうなずいた。

 よくわからないが、恐らく……俺は退散たいさんしていい、ということだろう。

 何より、こんな時なんと言っていいのかわからない。



「……じゃあ、今日はこれで戻る。元はと言えば、俺が居眠りをしたのが間違いだったな。悪かった。芝居しばいの会議の時間はまた作ろう。俺から二人を訪ねるよ」

「ふふ、やっぱり居眠いねむりしてたんじゃん。……わかった。じゃあおやすみ、アマセ君」

「ああ」



 少し鼻に落ちた丸眼鏡まるめがねの奥で笑い、ひらひらと手を振るパールゥに見送られて、談話室だんわしつを後にする。

 男子寮りょうと女子寮を分ける灰色がかった桃色の廊下ろうかを渡る。

 男子寮への入り口を示す大きなプラスチック看板かんばんに突き当たり、右に折れた先に男子寮がのきならべている。



 気温的には、春先はるさき

 屋内とはいえ夜気やきを感じながら、ぼんやりと自室へ歩く。



 ……ナイセストはもういない。

 俺だって、奴に訊きたいことは山程やまほどある。

 だからきっと、ヴィエルナはそれ以上に。



 だけど、もう届かない。

 今の世界が激変するような何かが無ければ、ヴィエルナ一般人ナイセスト死刑囚が再会することは、まず無い。



 先が無い。

 もう何も、知ることが出来ない。



 その地獄は……がたいものだ。



「ん、おかえり。ごめんね、なぐさめてきてくれたんだろ? 彼女」

「ああ」

「ちょ、そこは切り返してくれないと困るよ。僕がヤな奴みたいになっちゃうじゃないか」

「ああ」

「……そこもヤな奴だろ、って返して欲しかったんだけどな、僕としては。なんか随分ずいぶん生返事なまへんじだねえ。もしかして、ティアルバー君のこと考えてるの?」

「……ああ」

「やっと返事に火が通った。奇遇きぐうだね、僕も同じこと考えてたんだ」

「同じ?」

「うん。…………言ったでしょ。君にはまだ話しておきたいことがあるって」



 テーブルに寄りかかり、こちらをむいて意味ありげに微笑ほほえむ茶髪。

 こいつの動きは一々いちいちこう、鼻につく。

 もっと普通ふつうに出来ないのだろうか。



 ギリートの目がわずか、細められる。



「……『ティアルバー』は逮捕たいほされた。じゃあそれで、万事ばんじ一件いっけん落着らくちゃくなのかな? 『無限むげん内乱ないらん』は」

「は?」

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