第6話 異世界すくーるらいふ

1

「はぁぁああぁああぁぁああ~~~~~~~。もう、あいつ、もう……もー!!!」

「ど、どうしたのマリスタ。なんだか、随分疲れてるみたいだけど。週明けから」

「そりゃ疲れてますともよ、システィーナさん。この三連休の間、やっと羽伸ばしたり補修にかこつけてシャノリア先生んちのゴチソウ食べられる―とか思ってたのにさ。それなのにさ」

「な、何かあったの……?」

「詳しくは言えないけど! 言えないんだけど! あーもー!!! はぁぁあああ~~っ」

(言えないならその何か聞いてほしそうな態度、やめてくれないかしら……)



 マリスタが机に突っ伏し、もう十数回目を数えるめ息を隣席の学友、システィーナ・チェーンリセンダにらした。システィーナは睫毛まつげのの長い目を細めて苦笑いする。

 早朝、プレジア魔法魔術学校、SHRショートホームルーム前。

 マリスタは、これからやってくるであろうケイ・アマセ――マリスタの楽しい休日を散々引っき回した挙句、魔法も一切使えない状態で義勇兵コースを志願した美形の少年――が、全体どんな自己紹介をするのかと頭を抱えていた。

 マリスタがチラ、と斜向はすむかいの席を見る。そこには、先日さっそく圭と静かな対立を繰り広げた茶髪の少年、テインツ・オーダーガードが、朗らかに友人と談笑だんしょうしている。――当然、彼の学友も例にれず、貴族である。

 マリスタは、彼のこれからの毎日が不安で仕方ないのだ。ついでに、自分の平穏無事な学生生活も。他に、イケメンと友好的な関係でいられるかどうかも。その他にも、色々。



「自殺行為だよ、いきなし義勇兵コースなんて……記憶が混乱してたんじゃないかな、あいつ……それにあいつ……」



〝……無言で見つめるな。何か話があるのか〟

〝…………無理して話さなくてもいいだろう。俺のことなら気にするな〟



「……分かっちゃいたけど、あいつってきっとコミュ障だよね。初日から孤立こりつして、ぼっち安定コースまっしぐらなタイプだよね。こりゃあ、私が面倒見てやるしかないじゃんかまったく……うふひひ」

(……気持ち悪い……)

「あ! なぁによシスティ、今の可哀想かわいそうな人を見る目は!」

「え、ええと。確かに可哀想だなぁと思ったけど」

「否定してよ?!?!」

「その。……もしかして、転校生来るの?」

「え」

「いやだから。転校生」

「なんで」

「なんでって……今言ってたじゃない。あいつが初日からぼっちとか、なんとか」

「言ってた??!! うっそ?!」

「じゅ、十秒前の自分の言葉くらい覚えとこうよ、マリスタ……」



 マリスタとシスティーナの下に近付いてきた、眼鏡をかけた桃色の髪の少女が言う。少女は数冊の重そうな本をドサリと傍らに置き、マリスタとシスティーナの後ろの席に腰かけた。



「いいのいいの。私は過去にとらわれない人間だから」

「マリスタはこないだの魔法理論まほうりろんの小テスト、どうだった?」

「赤点だったの!!!! ほんともーサイアク!!! 一週間はヘコんでる!!」

(とらわれまくってるじゃない……)

「あんたはどうだったのさパールゥ。あんただって理系科目と魔法科目高くないクセに」

「私は赤点じゃないし……システィーナはどうだった?」

「私はいつも通りかな」

「ふーんだ。頭も体も完璧女めっ」

め言葉でけなさないでよ……どう反応していいか分からないでしょ」

「ふんだ。ん、そういえばパールゥ、ナタリーは?」

「え? 私、一緒じゃなかったよ?」

「あれ、そなの? なぁんだ、てっきり一緒かと思ってた」

「今日は図書館にも来なかったから。……あ、そうそう。昨日ね、図書館にすごい人が来てたんだよ」

すごい人?」

「何がそんなにスゴいの? 有名人?」

「ううん、そうじゃなくて……借りてく本の冊数が凄い人がいたの。ほとんどたな一列、貸出冊数ギリギリまで持ってきて借りていくんだよ」

「ゲ、なにそれきんも~。どんだけ本の虫なのよ」

「それはすごい人ね……何を借りていったの? 漫画まんがとか?」

「それが違うの。私が受付したんだけど……世界史とか国史とか、魔法の基礎とか、外国人用のリシディア語のテキストとか」



 ――マリスタの背に、確信めいた悪寒が立ち上った。



「ね、ねぇパールゥ。その男の子、もしかして金髪じゃなかった?」

「う、うん。そうだったけど……どうして男の子だってわかったの?」

「え。なんで男の子だって分かったの」

「ついに五秒前の言葉まで忘れたわね、マリスタあなた……」

「えっ?!?! 私また?!」

「ま、マリスタ……ちゃんと卒業できるの?」

「す、するわよ卒業くらいっ」

「それで? その金髪男子の転校生を、どうしてあなたが知ってるの? マリスタ」



 黒髪を耳にかけながら、楽しそうに問うシスティーナ。三度マリスタが目をぱちくりさせる。



「えっ、なんでその男子が転校生だって……」

「だって、あなた普段男の子と付き合いないじゃない。そんなマリスタが気にかける男子となると、これは同じく気になってる様子の転校生かな、って」



 マリスタは何か言いたそうに口をぱくぱくさせていたが、やがて諦めて机に突っ伏した。システィーナとパールゥはそろってため息を吐き、苦笑いした。

 こうした光景も、彼女たちにとっては日常茶飯事にちじょうさはんじである。



「……んでも、なんであいつはまた、そういう目立つことをするかな……ただでさえ風当たり強くなりそうなのに……」

「貸出冊数ギリギリ、ってことは、二十冊近い本を借りていったってことでしょ? 貸し出しの期限は二週間だし……何かこう、研究でもしてるのかな。本はそのための参考資料とか」

「それにしては、借りていった本が『浅く広く』すぎる気もするよね……ジャンルも全然違う本だし。特に、リシディア語の初級テキストなんて……」

「外国人なのよ、あいつ。顔見たらわかったでしょ」

「は……はっきりとは、覚えてなかったから」

「ま、とにかく。その男の子が転校生なのはホントよ。そしてその男子の世話は、シャノリア先生からワタシが全部任されてるのよ!」

ほこらしげ……)

「ど、どうしてマリスタが?」

「ふふふ……色々と人に言えない事情があってね!」

(すごく言いたそう……)

「ほらそこシスティ! またそういう目で私を見る! そんな目で転校生を見たら、逆にジロリと睨み返されちゃうんだからね!」

「え、ええ? 睨み返して……くるの?」



 パールゥがこわごわとたずねる。マリスタが大袈裟おおげさうなずいた。



「そうよ。ホントにもンのすごぉ~く気難しくて無愛想ぶあいそうな奴だから。フツーに話しかけても『ナンノヨウダ!』とか『オレニカマウナ!』とか、まー突っぱねられる突っぱねられる」

「えええ……?!」

(盛ってるわね、これ……いちいち大袈裟だからなぁ、マリスタは)



 まるで眉唾物まゆつばものなお化けの話をするようにマリスタが語っているところに。

 扉が開き、眼鏡を掛けたシャノリアが入ってきた。



「おはよう、みんな!」



 そろわない挨拶あいさつもそこそこにシャノリアが教卓きょうたくへと辿り着く。後ろに行くほど席の位置が高くなる、勾配構造こうばいこうぞうの教室を一望したシャノリアが、生徒たちを眺めて微笑ほほえんだ。

男子生徒の一部からはどこか、感嘆かんたんにも近いため息が聞こえる。マリスタは顔をしかめ、その目はシャノリアの肢体したいへジトーっと流れる。

 腰まで伸びた光るブロンドの髪。ほどよい身長とあどけない顔立ち、そして何より、相手の心の壁を解きほぐしすぎて越えてはいけない最後の一枚一線さえ溶かしてしまいかねない柔和な笑顔と、温かなたたずまい。

 その上、実力は現役の傭兵ようへいにも匹敵するとくれば――――密かにシャノリア・ディノバーツファンクラブが結成されているのも、無理からぬことである。



 お前たちは単純すぎる。と、常々マリスタは思っていた。



(――って、私ももう人のこと、言えないけど。いや、だってさ? 実際ケイのルックスすごくない? 整いすぎじゃないアレ? 先生んちで顔のぞき込んだ時死ぬかと思ったし私。高嶺たかねの花、ただし標高一キロ、って感じじゃない?? は? むり)



「新しい一年が始まったばかりだけど、みんなに転校生を紹介します。彼はとある小国から家庭の事情でやってきた外国人で、この国の言葉を知らないし、魔法のことも一切知らないわ。どうか親切にしてあげてね――それじゃあ。みんな、悪いんだけど通訳魔法つうやくまほうを準備してくれる?」



 シャノリアの言葉に、マリスタがガバッと机から体を起こし、期待の面持ちで通訳魔法――――壁の崩壊アンテルプ・トラークを準備する。



「〝――取り払え〟っ」



 ケイの態度が不安な反面、楽しみでもあったのだ。

 あれだけクールな態度をとり続けた美少年が、一体どんな自己紹介をかましてくるのか、どんな顔で挨拶あいさつをするのかと――――



「………………ダレ????」

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