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◆     ◆




「わざわざ通訳魔法を使ってくれてありがとう。初めまして、ケイ・アマセっていいます。よろしくお願いします」



 マリスタが俺に向かって何かつぶやいた気がしたが、にわかに生まれた教室内のざわめきによって掻き消えた。問題ない。十中八九どうでもいい言葉だ。

 ……しかし、ここまで騒がれるのもなんだか懐かしいな。高校入学以来の騒がしさかもしれない。

 まあ、当然か。俺は今、接し方が分からない外国人であると同時に、魔法が使えないという常軌じょうきいっした未開拓者みかいたくしゃなのだから。きっと、未開の地の原住民を見つけたような感覚な者がいるに違いない。

 シャノリアが困惑気味に笑いながらも場のざわめきを収め、再び教室中の視線が俺に注がれる。



「それじゃあ、少しだけ時間あるし。質問タイムにしようかな。あ、でも家庭の事情があるので、出身についての質問はひかえてあげてね。何かアマセ君に質問がある人!」



 シャノリアが余計なことを言う。質問タイムそんなもの、職員室で交わした段取だんどりにはなかったはずだろ。

 ……ともあれ。自己紹介とは、人を真正面から観察するいい機会だ。

 クラスメイト達に視線を移し、一通り巡らせてみる。

 顔をしかめている男子生徒達。真っ先に手を挙げた女生徒達。この状況を楽しんでいる者、そうでない者様々だが、それよりも目を引いたのは――――その場にいた全員が、それぞれカラフルなローブを身にまとっているということだ。



「それじゃあ、パールゥさん」

「は、はいっ。え、ええと、初めまして。私、パールゥ・フォンと言います。よろしくお願いします……えと。アマセさん……は、本が好きですか?」



 第一陣に数歩遅れ、こわごわと手を挙げた桃色髪ももいろがみの女生徒が、ずり落ちる丸眼鏡を掛け直しながらそう言う。――見覚えがあると思ったら、図書室で受付をしていたあの少女だ。俺はニコリと最大限の営業スマイルを浮かべ、質問に応じる。



「ああ。あんな風に、一気に何冊も借りてしまうくらいには、よく読んでるよ。昨日は図書室で、どうもありがとう。それと……クラスメイトなんだし、変に敬語なんか使わなくていいよ。こちらこそ、これからよろしく」

「は、は、は、はい……。。。。」



 業務的笑顔に影響を受けてくれたのか、ほうけた顔で脱力し、座り込むパールゥ。席の近い者と興奮気味に話す女生徒達。男子生徒からの目は一層厳しいものになった気がしたが、女子のざわめきにも、男子の刺すような視線にも……先と同じく、懐かしさを感じてしまう。どこに行っても人間は変わらないのかもしれない。



「じゃあ、次は……はい。システィーナ」



 シャノリアが次の者を指名すると、パールゥよりも幾分いくぶん背の高い女子が立ち上がった。臀部でんぶにまで届きそうなたおやかな藍色の長髪と、母性の強調されたひどく女性的なシルエットが印象的な女生徒だ。



「初めまして。システィーナ・チェーンリセンダといいます、よろしく。アマセ君は、友達が多い方? 少ない方?」



 |あたりさわりのない問い模範的だが、そう聞かれると少し困ってしまう。

 問いそのものよりも、どこか俺がその質問にきゅうしていること自体に興味津々なように見えるのは……気のせいなんだろうか。

 そんな半分本気な苦笑を浮かべつつ、システィーナに応じる。



「友達は多い方じゃないかな。同年代が少ない場所に住んでいたから……だから、こうして同い年くらいの人が多い学校に転入することが出来てすごくワクワクしてるよ。こちらこそよろしく、システィーナ。……みんなにも迷惑をかけると思うけど、仲良くしてくれたら嬉しい」



 不自然でない限りに、リップサービスを振りまいておく。反応を見るに、成果は上々だろう。

 マリスタの顔は一段と険しくなっている気がするし、何人かはうさん臭さに気付いているようだが、これで教室での「顔」は大体完成したはずだ――学校生活に支障がない範囲で。

あとは黙々もくもくと日々を過ごすだけだ。



「ほかにも手は挙がっているけど……時間の関係もあるし、質問はここで終わりにしましょう。それじゃあ、アマセ君の席は……ナタリー。あなたの横、空いてるわよね?」

「あ、はいっ。アマセさんっ、こちらですよー」



 指名された、ピンクのニットぼうをかぶった女生徒がにこやかに応えつつ、手を振ってくる。俺は片手に持った茶色の皮の鞄を持って移動し、ナタリーと呼ばれた生徒の横に腰かけた。



「よろしく、ナタリー」

「ええ。よろしくお願いします、アマセさんっ」



 ニコニコ顔のナタリーにこちらも笑顔で返し、机と向き合う。

 幸い使い辛さのない机で、座っても特に不都合はない。ひとまず落ち着いて集中できそうだ。――通路をはさんだ隣の席からの圧力さえ解消できれば。



 視線を向ける。システィーナの隣の席、そこにいるのは、不信の権化ごんげのような顔をしているマリスタ。会釈えしゃくで圧力を返し、前を向く。



 頼むから、俺の学生生活に妙な干渉をしてくれるなよ。



「さ……さあ。それじゃあ今日も一日頑張っていきましょう。新学期が始まったばかりだけど、来月にはさっそく中間筆記試験、そして義勇兵コースの皆さんには、二か月後に実技試験もあります。油断せず準備していくように――」

「アマセ君。君、所属コースはどこなの?」



 シャノリアの声をさえぎる声。聞き覚えがあったその声の主、先日俺を平民だなんだと面倒に巻き込んだ茶髪の少年――テインツ・オーダーガード。

 先日一悶着したんだ、もうあいつの方から関わってくることはないと思っていたんだが――考えてみれば、俺はあの時、奴に格好かっこうの獲物として認識されただけだったんだろう。

 俺が目を合わせると、テインツはこの上なく楽しそうに笑った。



「ごめん、的外れな質問だった? 君はリシディアどころか、魔法自体も始めてなんだよね。そりゃあ魔術師コースだよね」



 見れば、テインツの周囲にも嫌な笑顔を浮かべてこちらを見ている者達がいる。あの見るからに居丈高いたけだかたたずまい。きっと貴族だろう。

 ……どういう展開を期待しているかは明白だったが。俺の興味を引いたのはむしろ、今の状況に対する他の生徒達の反応だった。

 もちろん、迷惑そうにしている生徒はいる。だが、大勢たいせいの顔にはどこか――気後れのようなものを感じるのだ。テインツらを、そう――恐れてでもいるような。



「あれ? どうしてそこで黙るのかな? そんなに答えにくい質問だった?」

「先日は世話になったね。ありがとう、テインツ。もちろんあの時言ったように、義勇兵コースに所属してるよ」



 ざわ、と。



 誰の目にも明らかなほど、教室中がざわめいた。

 テインツが肩をすくめてまわりに視線を投げ、取り巻きが人目を気にする様子もなくせせら笑う。



「そっか。僕の助言をまっすぐ受け止めてくれたんだね、アマセ君は。……僕も義勇兵コースなんだ。『平民』にほどこしをするのは貴族の責務。何か分からないことがあったらいつでも聞くと良い。これからよろしくね」

「ああ。胸を借りるつもりでいるよ。よろしく――――お話をさえぎってすみません、ディノバーツ先生。続けていただいて結構です」

「……ええ。テインツ君も、余り勝手なことをしないでちょうだいね」



 大貴族の・・・・シャノリアにそう指摘され、一瞬顔を険しくしたが――テインツは、やがて一言謝罪をして席に着く。

 太く高い鐘の音が聞こえる。

 もう何度か聞いた、始業のベルだった。




◆     ◆




 リシディア王国は、やはりアメリカではなかった(半分本気で疑っていた自分に笑ってしまう)。三方を国、一方を山脈に囲まれた内陸国ないりくこくで、俺も利用した転移魔石などの魔石産業が盛んな、そう大きくはない王国だ。

 それも、これまでの戦争で他国に領土を削られてきたせいのよう。

 北の大国アッカス帝国、西の軍事国家バジラノ。友好的な関係が築けているのは、シャノリアの話にもいつか出てきた東国のタオだけであり、他二国とは不可侵条約を結んでから二十年、まともな国交が築けていない状態だ。

 二十年。この数字が、ことリシディアではキーワードとなる。

 というのも――



「二十年前――このクラスは現役生ばかりだから……お前らが生まれる数年前だな。それまでも魔女の一族と人間の対立はあったが、この時からは様子が一変したわけだ。『無限の内乱』と呼ばれる大乱……お前らの理解を確かめたい。誰かこの内乱を、自分の口から説明できる奴はいるか?」



 明らかに教師でなく土木作業員が似合いそうな気配を全身からただよわせる歴史教師、ファレンガス・ケネディがぐるりと教室を見回す。が、誰も手を上げる気配がない……こういうところは、万国共通の風景なんだろうか。



(ケイ、ケイっ)



 通路を挟んでいるというのに、マリスタがぐぐぐと体を伸ばして俺に話しかけてくる。あの目がキラキラした顔。何度も見たことがある表情だ。何か教えたいことがあるんだろう――というか、キツいだろその姿勢は。体が震えてるぞ。



(あのね、今はね、近代史の勉強をしてんだけどね、)



 そんなことは歯牙にもかけない様子で、マリスタは一生懸命身を乗り出して話しかけてくる。これがファレンガス教諭にバレないのは、俺達の席が教室の端にあり、教師からは比較的見えにくくなっているからだろうか。それともこいつが見放されているだけだろうか。



(教科書のページはね、)

(……わざわざ言ってくれなくて大丈夫だ。もう解ってるから)

(は?)



 手を挙げる。ケネディが「ほお?」と意外そうな声を出した。教室中の目が俺に集中するが――そんな些事さじより、大切なことがある。

 リシディアの歴史書。この記述によるなら、あいつ・・・は。



「無限の内乱は、それまでも続いていた魔女と人間の小競り合いが激化したものです。引き金になったのは……魔女の国『マギア』の女王、タビア・メザーコードによる、リシディア王国第一王女、レイーダ・フォル・リシディア様の、両国の和平条約を結ぶ場での暗殺。これにより和平交渉は決裂、両国はこれまで経験したことのない未曽有みぞうの大乱状態となった……これを機に人間は、魔女の大量粛清しゅくせいである魔女狩りを行い、魔女らは国外に残らず追放され、もはや一人もリシディアに存在しない。魔女を殲滅せんめつし尽くす形で、無限の内乱は終結した……いや、ひとまず息をひそめた・・・・・・・・・

「……驚いたな、転校生。綺麗に説明してくれたな、その通りだ。……ええと、アマセ。だったか」



 ファレンガスが名簿と俺を交互に見ながら告げる。クラスメイト達から向けられる目がまた大きく変わった気がした。マリスタが絶句しているのが分かる。



「お前は何か、この内乱に対して思うところがあるか? 俺はそれを聞いてみたいんだ」

「……テキストには、魔女はもはや一人もリシディアには存在しないとあります。――例えば、リシディア国内に・・・・・・・・魔女がいたとすれば・・・・・・・・・。その存在が明るみになった場合……二十年後の現在、どういう処置がとられるのでしょうか」

「今現在も魔女がいると、か。……今ここにいるお前たちは、もう内乱を、魔女を知らない世代だ。魔女狩りはむべき悪しき行動だったと認識されているし、魔女に関する悪法なんかも存在はしない。が……さて。リシディアという、『魔女に王族を殺された』という傷を抱えた国が、その魔女かたきが目の前に現れた時……一体どんな反応を見せると思う?」



 ――「無限の内乱」の記述を歴史の教科書で見つけた時は、机上で頭を抱えて失笑してしまった。

 一介の高校生でしかないはずのこの天瀬圭あませけいが、一体どんな国家的規模の陰謀いんぼうに巻き込まれつつあるのだろうか、と。

 俺が初めて出会った魔法的存在である魔女。それは、ことリシディアという魔法世界においてはなんと、関係をおくびにも出してはいけない禁忌タブーだったのだ。

 シャノリアとマリスタとの出会いの場で、もし魔女のことを口走っていたらと思うと……随分ずいぶんとまあ、随分とまあ薄氷はくひょうの上を歩かされていたものだと思う。

 だがだからこそ、新たな疑問が生まれた。いや、元からあった疑問が更に大きさを増した、と言うべきか。

 王女の暗殺という、国家的大犯罪を、両国の平和への機運きうんが高まるセレモニーの中で行うという派手な自殺・・をやってのけた一族の、恐らく生き残り。

 なぜそんな大層な大層な一族の、大人から見れば年端もいかない少女が、全く無関係な世界の年端としはもいかない少年に接触し、あまつさえ唇を奪う必要などがあったというのか。



〝影に至るまで焼き尽くしてやるからよ――――!〟



 改めて、担任と俺を襲ったあの赤髪せきはつの男を思い出す。

 魔女とあの男は、明らかに俺のことを知っている様子だった。そしてその魔女は、無限の内乱という歴史的事象に関わっている可能性がある。

 ……その夜は、ほとんど寝付くことが出来なかった。

 あまりにも遅すぎたが。そこで俺はやっと思い至った。ようやく気付いた。



 俺の知らないところで、俺が関わっている重要な何かが、致命的に動き出している予感が急速にあふれだした。

 その推測は、俺が信じた自分の世界を、残らず刷新さっしんしてしまう可能性さえ持っていて。



 ――――あの魔女が、内乱に関わっていると仮定するなら。



 魔法世界。

 で起きた無限の内乱。

 に関わっていた魔女。

 が探していた俺。

 ――の両親。妹。

 を奪った、原因の分からない爆発事故。

 ――――を起こすことが出来る、魔法。そして魔法が存在する、魔法世界。



 もしかすると、俺は今――――家族を奪った犯人に、近付こうとしているんじゃないか?

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