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「リシディアに来て間もないみたいだけど、アマセ君さ――彼女がどういう人だか分かってる? リシディアには」

「四大貴族とかいう力のある一族がいて、マリスタはその家の人間、と言いたいなら、本人から聞いて知っている」

「いいや、君は何も解ってないね。もし本当に解ってるなら……知り合って間もない四大貴族彼女を気安く呼び捨てなんて、出来るはずがない」

「名前の呼び方が気安いかどうかなんて、当人間とうにんかん匙加減さじかげんだと思うがな。気になっているようなら本人から言ってくるだろうし、そんな気配がしたら俺からも配慮するさ。少なくとも、俺と知り合ってもない・・・・・・・・あんたから言われる筋合いは……一切、ないだろ? 申し訳ないけど、そうじゃないか」



 こういう話はつくづく苦手だ。言葉を慎重に選ぶなんて作業は、人生で最も徒労だと思う。

 つとめてけんがなく、上から目線でない言葉を選んだつもりだったが――



「誰に物を言ってるか解ってるのか。他国から来た『平民』の分際ぶんざいでさ」



 ――彼にとっては、上から目線でないたいとうな言葉遣いそのものが、きっとかんに障っていたのだろうと分かった。

 シャノリア、マリスタ。

 何が「既に廃れた貴族制度」なのか。



「ケ、ケイ。いいからもう行こうっ。あ、あはははは、ごめんねテインツ君、また今度――」

「おかしいな。マリスタ以外からも、貴族制度はずいぶん昔に無くなったと聞いたんだが。『平民』なんて身分があるのか」

「だから解ってないっていうんだよ、アマセ君。君は王様が王位を辞したからといって、その瞬間からただの一般人になるとでも思ってるの?」



 ……ああ。なるほど、理解した。そういう感じなのか。

 制度は消えた。だが、一度制度に縛られた人の認識や心は、そう簡単に変わらない。

 貴族制度が消えた今でも、一部に残ってるんだ。貴族をうやまい、そして――平民をけなす。大方、そんな風潮が。



「僕とアルテアスさんは貴族。そして君は聞いたところ『平民』で、何の力も後ろ盾も持っていない――――気安くアルテアスさ・・・・・・・・・んに並び立つなよ・・・・・・・・。誰をどう敬い従えばいいのか、わきまえなって、ちゃんとさ。そういうことがしっかり出来ないとアマセ君――あっという間に死んじゃうかもしれないよ?」

「……死ぬ、か。随分ずいぶん

大袈裟おおげさだって? つくづく解ってないな。君の国がどうだったか知らないけどね、ここでは君のように何の価値もない『平民』は、遅かれ早かれ殺すか殺されるかの世界でしか生きられなくなるんだよ。例えでも何でもない。狼は生き豚は死ぬ――僕らは生き、君は死ぬんだ。賭けてもいい。そのままじゃながくとも、君の命はあと一年・・だよ」

「――――」



 隠す気配もなく。

 堂々と、貴族しょうねん平民おれを見下し、神のように死を宣告した。



 ――その姿が俺の命を狙った赤髪の男に重なって見えた理由は、すぐに解った。



 忘れかけていた。ここが俺のいた世界とは違う、異世界いせかいであったことを。

 俺が今いる世界は、傭兵ようへいが街を歩き、学校の警備員が武装し、魔法陣でワープ移動しなければ魔物や盗賊に襲われる。そんな、ファンタジックな世界だった。



「あ、あのさあテインツ君! 私、そういうのやめよってこないだも――」

「僕も前に言ったでしょ、アルテアスさん。自分がどういう人間なのか考えて行動すべきだって。君が付き合うべきは平民でなく、僕らのような――」

「そうだな。あんたの言う通りかもしれない」

「…………え」



 マリスタが顔から表情を落として俺を見つめた。

 俺は彼女から、冷たい目をこちらに投げる少年に視線を移す。



「あんたは正しいよ。『郷に入っては郷に従え』、と言うしな」

「ご……何だって?」



 ひとまず、プレジアこの世界で生きることは出来るようになった。なら、もう大貴族マリスタやシャノリアに、わざわざこちらから接する必要もない。

 入学は決めたが、明日にもどうなるか分からない身だ。必要以上の接触は避けた方が、俺にとっても断然いい。

 だが。これだけでは足りない。



「これまでは彼女の手を借りないと生活もままならなかったが、落ち着いてからは分をわきまえて暮らすことにする。そして、前言を撤回させてもらおう。――俺は魔術師コースでなく、義勇兵コースに入る」

「!?」

「な――ちょ、ケイ!!? 何言ってんの!?」



 リシディアこの世界で一人で生きるには、きっとその、つまり――タタカウチカラ、が必要になる。

 傭兵となる人間が集まるコースだ。そこで研鑽けんさんを積めば、俺も……ツヨクナル、ことが出来るだろう。

 戦う。強くなる。こんな言葉を大真面目に使う日が来ようとは。



「転属の申請に行くよ。今日はありがとう、マリスタ」

「ちょっ……ケイ!? ケイったら!!」

「あんたも。教えてくれて助かったよ、オーダーガード。また会ったときはよろしく頼む」

「――――――――」



 マリスタの声も、テインツの気配も無視し、第四階層――職員室のある区画へ行く転移魔法陣に乗り――足から魔法陣へ、魔力を流し込む。



「!? ケイ、もう魔法陣が使えるように――――っ」

 白いベールに包まれ、職員室の区画にたどり着く。

 マリスタの制止を振り切り、淡々と職員室の引き戸をノックして、開く。一礼し、俺が辺りを見回す前に、シャノリアは俺へと近付いてきてくれた。



「どうしたのケイ、何か質問が――――どうしたの、マリスタ」



 マリスタのただならぬ気配を察したシャノリアが声をひそめ、俺達を廊下側へ促す。

 俺はマリスタに激しく肩を掴まれ、無理矢理振り向かされた。



「ちょっと――ねぇ。待とうよ、ケイ。落ち着いて? 前も言ったけど義勇兵コースは――」

「命の保証がないコースだって言うんだろ。承知の上だ」

「何言ってんの――何言ってんのさケイってば! 面白くないってその冗談」

「俺は貴族じゃない、魔法もゼロからのスタートだ。あいつの言ってたことは的を得ている――力のない俺がこの世界で生き抜くために、多少の力は必要だ」

「で、でも、来たばかりで何も兵士を目指さなくても」

「何も傭兵を目指すわけじゃない。義勇兵コースの中で、これからプレジアの外で降りかかるかもしれない火の粉を払う力を手に入れたいだけだ」

「……ちょっと待って、ケイ。義勇兵コースですって?」

「手に入れられっこない、外になんか出られない! ぜっったいに死んじゃうよ!」



 その切迫した表情から、マリスタの必死さが伝わる。

 肩が揺さぶられ、視界が揺れる。興奮したマリスタをシャノリアが抑え、俺の目を見た。



「……いい、ケイ? 義勇兵コースは、魔法が使える人だって、あまり所属したがらないコースなの。本物の武器での練習もする、試験で犯罪者と戦うことだってある。試験で死んだ子の話だってたくさんあるわ。何があったのか知らないけど……考え直したほうが良いと思うわ。ううん、考え直しなさい」

「ねえお願い、ケイ。やめよう、ねえ。悪いこと言わないからっ」



 すがるように俺の目をのぞき込んでくるマリスタ。

 というか……なんだってこいつは、会って間もない俺にそう食い下がってくるのか。



〝……この子は、私が守る。い、命に、代えても……っ〟



 ……いや。そんなものか。

 担任たんにんも俺が命を狙われた時、身をていして守っていた。

 友人を、教え子を危険から遠ざけたいと思うのは、普通のことだろう。



〝将来のこと、まじめに考えてるの?〟



 俺の将来は、消えてなくなってしまった。

 だが魔女を探す中で、降りかかる火の粉を払う力が必要になる可能性があるというなら……そういった世界を知っておくのも、決して無駄にはならないはずだ。



「先生! ケイは、テインツって言う男の子に挑発されて、ただ勢いで言ってるだけで――」

「……勢いで決めつけて話してるのはどっちだ。俺は至って冷静だよ」

「い、いや、でも、だから……」

「……シャノリア。義勇兵コースは、入るのに何か条件があるのか」

「いいえ。君は入学の検査を終えてるから、どちらを選ぶのも自由よ」

「途中での転属にリスクは?」

「転属は、一度だけ認められているわ。命を扱うコースだもの、そう簡単に行き来されたら困るからね……じゃあ、それでいいのね?」

「先生!」



 マリスタが声を上げるが、シャノリアは俺から目をらさず息を吐き、やがて目を閉じた。



「…………解ったわ。ただ覚えておいて。義勇兵コースに所属する人って言うのは、皆魔法が使えることなんて当たり前な環境で育った人ばかりよ。戦闘訓練では、魔法の使用を前提ぜんていとした授業が行われる……覚悟の上ね?」

勿論もちろんだ。転属の件、よろしく頼む」

「確かに受けました。それじゃあ、また何かあれば連絡するわね。――ああ、それと。コースを移ったからといってクラスまで変わることはないから安心して。あなたの担任は私よ」

「ああ、わかった。それじゃあ」



 シャノリアが職員室へと戻っていく。俺がマリスタに背を向けてその場を去ろうとすると、マリスタの声が聞こえた。



「……絶対死なないでよ。ケイ」



 静かな廊下から転移し、騒がしいエントランスに出る。更に魔法陣を乗り継いで、ドアの並んだ無機質な空間に出た。

 短く深呼吸し、自分の部屋へと歩き出す。



 初登校は、二日後。



 ……小さく小さく、体のうずく音がした。

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