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◆     ◆




 マリスタの言うことには今日は休日らしく、学校内にそれほど人は多くない……休日、ということでついでに暦法れきほうなども確認してみたが、恐ろしいことに太陽暦たいようれきとほぼ同じ――一日は二十四時間で、一週間は七日といった具合に――なようだった。地球のどこかに、リシディアという国があったんじゃなかろうか……と割と本気で思い始めている。



 転移魔法陣てんいまほうじんでの移動を繰り返しながら各施設をめぐりつつ、一応リセル魔女の姿も探してみる。記憶の中にある魔女の姿が、今思えば明らかに襲撃された者の格好かっこうだったことも多分たぶんに影響しているが――あの特徴的な薄金色うすきんいろの髪の少女は、差し当たってどこにも見当たらなかった。



 しかし、リシディアに三校しかない魔法学校だと言うだけあり、図書室はそこいらの図書館――といっても、今やそこいら・・・・に図書館など存在しない世界だが――よりはるかに多い蔵書量ぞうしょりょうほこり、当面勉強には苦労しなさそうだった。

 食堂も見慣れない食材こそ散見さんけんされたが、俺のいた学校とそう変わらない雰囲気とシステムだ。――これなら、明日以降の暮らしの計画にもそう苦労はなさそうだ。



「……!!」「……?」「……、……」「?!……っ」



「――――?」



 視線を感じ、振り返る。

 数人で固まっていたローブ姿の男女混合グループと目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。第二層、生活区画。食堂や図書室、医務室に売店等、プレジアの中で最も人の行き来が多い階層でのことである。

 よくよく辺りを見回してみれば、なんだか随分ずいぶんれ違う人たちに見られているようだった。



「マリスタ。俺は、何か常識外れな格好か行動をしてるのか? 妙に視線を感じる」

「い、今更ですか……? はぁ、仕方ないなぁ。今後のためにマリスタさんが教えたげるわ、ケイ君。ケイ君は、通りすがりの人が見惚れちゃうくらい、すんごぉーーく整ったお顔をしてるんです。イケメン指数無量大数むりょうたいすうなんです」

「いや、女子に注目されるだけなられてるからそう気にならないんだが」

「え何その余裕」

「余裕って……俺が言ってるのは、いやに男からの視線も感じるってことだよ」

「え……?」



 言われてようやく、マリスタがハッとした顔をする。今更なのは誰だよ。



 ……って、そうか。よくよく見れば、こいつ。



 言動や振る舞いでその魅力は半減どころか八割減程していると思うが、それを差し引いても、マリスタはそこいらの女子では比較にならない程整った顔立ちをしている。所謂いわゆる美少女というやつだ。

きぬのように滑らかなつやを放つ赤い髪、テキトーでありながら時折見せる気品のようなものや無防備な笑顔、細い体からは想像出来ない大袈裟おおげさなリアクション――つまりギャップ。

 パーソナルスペースにずけずけと踏み入る無神経さや、例えズレていようと他人と積極的に会話をしようとする姿勢も……マリスタ・アルテアスの可憐かれんさの前では、人を惹き付ける要素の一つでしかない、のかもしれない。



 閑話休題かんわきゅうだい



 何が言いたいかというと。こいつらは恐らく俺を見ているのではなく――――俺のような、見たこともない野郎と並んで歩くマリスタ美少女に興味を引かれているのだろう。



 四大貴族である上に、見る人の視線を釘付けにする美貌びぼうも兼ね備えている。

 大きな学校であれ、注目の的になるのも十分うなずけるというやつだ。



「……な、なるほどなるほど。なはは」



 何やら一人で納得し、苦笑いしているマリスタ。こいつもようやく、己の影響力を理解し始めたのかもしれない。マリスタはバツが悪そうに手で頭をかき、



「大変だね、ケイったら。男の子にも好かれるなんてさ。少し分かるわよその気持ち」

「どの気持ちだよ」



 何一つ理解していなかった。



「さてと! これで一通り案内は終わったかなぁ。あとは、外出した時にでも教えたげるよ。一応、近くに町もあるからさ」

「町か……外出も出来るのか」

「許可取ればね。といっても、ここだけで大体の生活はできちゃうから、あんまり出る人多くないんだけどね。登下校以外で」

「だろうな。……今日は助かった」

「お安い御用ですよ~、へへ。んでも、不安じゃないの? そりゃここは充実した設備がある学校だけど、中等部六年生に編入するとあっという間に卒業かもだし、勉強もテストもすっごく大変だよ? その後の進路とか、大丈夫なの?」



 進路、という言葉に一瞬、体がぴたりと動きを止める。

 担任に白紙の進路希望用紙を提出したのが、もう大昔のことのように感じられた。



「進路か……進路指導なんかも、学校であるのか?」

「そりゃあるよー。でもさぁ、今まで勉強して友達と楽しくやって、ってだけの毎日だったのに、いきなり将来のことなんて言われても現実味ないんだよね。私、五年生の最後にあった進路相談、『将来就きたい仕事』の欄、空白で出しちゃってさ」

「――――――」



〝将来のこと、まじめに考えてるの?〟



 ――急に、この世界での生活に現実味が増したような気がした。



 一年後。俺はこの世界で、一体どんな魔法使い・・・・になっているだろう。

 先行きは、これまでずっと白紙だった。

 ……いな。今も白紙なのには違いない。

 そう確信を持たなければならないからこそ――



〝――ごめんなさい、圭。ごめんなさい――――〟



 ――一刻も早く、この世界で生きる最低限の力を付け、魔女を探し、問いたださなければならない。

 「なぜ、俺だったのか」と。



「自分の適性を知る、なんて言うけどさ。所有属性エトスじゃあるまいし、そうそう適性なんて分かんないよねー。なはは、私の適正ってなんなのかしら、って感じ」

「そうだな」

「でも、家を継ぐってのも全然想像できないし、ていうかしたくないし。商売とか経営とか、聞いても全然分かんないし」

「商売……アルテアス家がやっているのか?」

「うん。うちの家、おっきい『ギルド』をやっててさ。それを継げって父さんがうるさいのなんの。プレジアの副理事長もやってるから、手が回らないみたいで。母さんにでも任せればいいのにさ」

「……副理事長・・・・?」

「え? あれ、言ってなかったっけ。私の父さん、プレジアの副理事なの。プレジアが立つときにお金出したんだって」

「…………」



 ……こいつが貴族のボンボンなのは把握した。



「親の言われるがまま、っていうのもなんかヤだし。かといって、特にやりたいことも思いつかないし。そんな感じでフラフラしてたら、あっという間に卒業の年が来ちゃってさ……アハハ。なっさけないよねぇ」

「そうだな」

「ちょ……そこはフォローしてくれるとこじゃないの?」

「気休め言っても何にもならないだろ。はたから見ればお前は情けないし勿体もったいない。大貴族の生まれで金持ちで――可能性は誰よりも持っていそうなのに」

「…………」



 どんな返答を期待していたのか、半笑いのまま片方の眉根まゆねを寄せて言葉を失うマリスタ。別段こいつに情けをかけてやる義理もない。



『やあ、アルテアスさん』



 そんな沈黙を破るように、人当たりの好さそうな茶髪の少年がマリスタに声をかけてくる。マリスタは生返事を返しながら彼を見て、一度目をしばたかせた。



「テインツ君じゃない。どうしたの、休みの日にいるなんてめずらしいね」

『ちょっと、風紀の仕事があってね。ところでさ――』



 テインツと呼ばれた少年が、左腕の腕章わんしょうを指して何やら言う。

――と。その目がスッと細まり、俺の方を向いた。



『その人、知り合い? アルテアスさんが、見かけたことがない人と歩いてたものだから気になって。ご家族の人とか?』

「ううん、違うよ? 彼は――えっと、そう、外国からの転入生なの。まだリシディア語も話せなくて。私が色々、お世話することになったの」

『……そうなんだ。アルテアスさんが直々に世話をするなんて――――もしかして、外国の名家の人とか?』

「あー……あのね、テインツ君」



 あくまでにこやかな少年に対し、なんとも居心地の悪そうな表情でほおくマリスタ。マリスタの言葉しか聞き取れないが……俺のことを話しているのは解る。そして、マリスタが何やら嫌そうにしていることも。



「マリスタ。彼に通訳魔法を使うように言ってくれないか。俺のことは俺が話すよ」



 苦笑いで会話を続けようとしたマリスタを手で制し、そう言ってテインツとやらの目を見た。その表情はマリスタと話していた時とは打って変わって無表情になる。マリスタの求めに応じ、テインツは指を光らせた。



「……初めまして。僕はテインツ・オーダーガード。君は?」

「初めまして。ケイ・アマセという。以後よろしく頼――」

「アマセ……聞いたことない名前だね。アルテアスさんとは親しいの?」



 ………………。



「……いや。つい先日知り合ったばかりだ、マリスタとは・・・・・・



 少年の目尻がわずかにり上がった。



 ああ。

 そういうこと嫉妬か、こいつ。

 だとしたら、とんだお門違かどちがいだ。



「ふーん、そうなんだ。もしかして君、義勇兵コースだったりする?」

「? いや、魔術師コースだが……どうしてそんなことをくんだ?」

「へぇ……とりたてて強いわけでもなくて、通訳魔法も使えないくらい魔法にうとい上、戦う力を身に着ける義勇兵ぎゆうへいコースでもない……何の力もないのか・・・・・・・・、君。だったらもっと感謝したほうが良いよ。アルテアスさんに」

「感謝?」

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