第18話 見ろ。

1

「ハッ! 気合を入れ直したくらいで戦況がくつがるんなら――誰も苦労しないんだよ!」

流弾の砲手アクアバレット!」



 マリスタの背後に、数多あまた水弾すいだんが現れる。



(! 多い――だがこんなモンなら障壁しょうへきで十分ッ)



 青の弾丸が矢継やつばやに空を走る。

 ロハザーは危なげなく精霊の壁フェクテス・クードを展開し、やはり微動びどうだにせず弾丸を完全防御ぼうぎょ

 弾けた弾丸が白いきりく残し、消えていく。



(チッ――――見えねぇ)



 即座そくざ魔力まりょく知覚ちかくへと意識を集中させ、周囲の魔波まはを探るロハザー。

 視界をつぶすほどの濃霧のうむの中、ロハザーはゆっくり自分へと近寄るマリスタの魔力をはっきり感知した。



(やっぱり知識不足だお嬢サマ。魔力を感知される可能性ぐらい考えてしかるべきだったな――!)



 手をかざし、間髪入かんぱついれずに魔力目がけて雷撃らいげきを放つ。

 紫電しでんはマリスタの魔力へと真っ直ぐに飛び――――そこにあった巨大な水泡・・・・・を破裂させた。



「ほォ、おとりかよ――――」



 ロハザーの背後で霧が突き破られる。しかし、



(予測できないと思ったか? だまし討ちなんて、実戦じゃ常套じょうとう手段しゅだんの一つなんだよ――!)



 瞬時しゅんじ兵装の盾アルメス・クード展開てんかいするロハザー。



 けむりを突き破って現れたは、障壁に弾かれて床へ落ちた。



「ッ!? くつ――」

「やあぁあッッ!!」



 ロハザーの真正面の・・・・霧を打ち払い、所有属性武器エトス・ディミを振りかぶったマリスタが現れる。



「っ、ぅ……ッ!!」



 ――魔力を乗せて放たれた一撃。

 顔面へと吸い込まれるようにして繰り出された一撃は、ロハザーが辛うじて上げた左腕に防がれる。

 水が弾ける。

 衝撃しょうげきたがい後退し、再び対峙たいじする赤とだいだい

 予想だにしなかった被弾ひだん、腕への衝撃と水をふくみ重くなった体。

 ロハザーは苦虫にがむしみ潰したような顔でマリスタをにらんだ。



 対する赤髪はしてやったりと微笑ほほえむ。



「動いたね。とうとう」

「!――……」



 水のぼうを防いだ衝撃で、ロハザーは数メートルながら確実に移動していた。

 きりが消えていく。

 観覧席かんらんせきの少女たちがどよめいていたのは言うまでもない。



「テメエッ……一発当てた程度で調子に乗るなよ!」

「お、あったあった。くつ」

(このクソアマ……!!)

「怒んないでよ。ちゃんと聞こえてるっつの」



 靴をトントンとき直し、マリスタはロハザーに視線を戻す。



「乗ってないわよ、調子になんて。――これからノッてくると・・・・・・・・・・ころなんだから・・・・・・・

「!」

「次は当てるわ。当ててみせる!」



 マリスタはそううそぶき、ぐるりと水の棒を回転させ、構える。

 同時にまた、彼女の背後に装填そうてんされる水弾すいだんれ。



「っ――――よくもそう次から次へと」

「言ったでしょ、まったくかなう気がしないって。だからやめたの、次の試合のことなんて考えるのは。――ペース配分は二の次よ。私に残ってるぜん魔力まりょく、全部あんたにぶちまけてあげるわっ!!」

「く――そがッ――――!!」



 掃射そうしゃ



 ごう、と音を立て、初歩の魔法まほうとは思えない圧をともなってせまった水流のつぶてを、ともかく精霊の壁フェクテス・クードで防ぐロハザー。



「バカスカ撃ちやがって、アホが……!」



 止むことのない轟音ごうおん、弾ける水。

 さながら暴風雨ぼうふううにでも巻き込まれたかのよう。



(……あせんな。この勢いの中じゃひとまずあいつも突っ込んでは来れねぇ。それに、ただの属性魔弾の砲手エトス・バレットっつってもこんだけの数を撃ってれば、もうあと数秒でガス欠になる。突いていくならそこだ、そのとき一発でケリを――――)



 水弾。水弾。水弾。水弾。水弾。



(……お、)



 水弾。水弾。水弾。水弾。水弾。



(終わらねェ、だと……!?)



 障壁しょうへきがひび割れる。



「ッ!!? ウッソだろおま――」



 ――複数の弾丸が破裂はれつ



 ロハザーが水の弾幕だんまくを飛び出したのと、精霊の壁フェクテス・クード効力こうりょくが切れたのとはほぼ同時だった。

 ロハザーの瞬転ラピドによってはらわれたきりがマリスタの姿をあらわにする。

 霧の中。

 しっとりとした輝きを帯びた赤毛の少女は、またもロハザーににかりと笑ってみせた。



「また動いた!」

「……バカな、」



(あいつ――疲れ一つ見せてやがらねぇ!?)



「さあ――まだまだよッ!」

「う――ぉっ」



 弾幕だんまくがロハザーを追い立てる。

 絶え間ない水弾すいだんは実に派手な音と見た目でスペースをかざり――ロハザーは余裕よゆうなくうなった。



「バカに――しやがってッ!」



 走りながらの雷撃らいげき

 広範囲を覆う紫電しでんが真っ直ぐにマリスタへ飛び、



「くらうかッ!」



 ――赤毛の声とともに発せられた魔法まほう障壁しょうへきに防がれる。

 弾かれた雷撃は障壁を縁取ふちどるようにして彼女の後方に流れび、スペースを覆う障壁しょうへきを中ほどまでのぼり、消えた。



「くそっ――」

「もうビリビリは受けない――マトモに撃つヒマだってやらないッ!」

「!! っ、」



 弾丸の雨は止まない。



 乱発される水の弾丸はロハザーを追うだけにき足らず、その進路さえふさぐようにしてグレーローブの周辺に振り続け――ロハザーは逃げまどう場所にさえ思考をかれていく。



(…………こんだけやってまだ息切れもしてねぇ。この魔力まりょくタンクが……だが、)



「……インターバル・・・・・・は終わったッ」

「ッ!?」



 再度さいど障壁をまとったロハザーが一転いってん、マリスタ目掛めがけて疾駆しっくする。

 障壁は数多の弾丸を突き破り――――ロハザーの右手が紫電しでんに包まれる。



「しま――もう障壁が使っ」



 精霊の壁フェクテス・クードくだけ、持っていた所有属性武器エトス・ディミも間に合わず、



「djふぃあぐッッ!!!」



 紫電しでんを帯びたこぶしが、マリスタに深々ふかぶかと突き刺さった。



「か――ァ、」



 目をくマリスタ。

 殴られた衝撃で彼女は遠くに、



「まだだぜ」

「!?」



 吹き飛ばない。



 突き込んだ拳で瞬時にマリスタの胸倉むなぐらつかみ上げたロハザーが不敵ふてきに笑う。

 拳に再び紫がちらつき、



「drつふゃふをいえおふgy7y9ぁああああああ!!!!!」



 ロハザーの体内で雷電らいでんへと変換された魔力が零距離ゼロきょりで、れた少女へと注ぎ込まれた。

 マリスタの震えをじかに感じながら、ロハザーが勝鬨かちどきを叫ぶ。



「どうだ――どうだコラァッ!!」

「jひy……f6ぎぇ……!!!」

「!?」



 マリスタをつかみ上げるうでに圧を感じ、ロハザーが視線を下げる。



「――――、」



 腕をめ付けるのはマリスタの手。



「テメェ……は……!!」



 ――このおよんで、まだ。



 ロハザーが手を離し、突如とつじょ解放されてふらつくマリスタの脇腹わきばらまわりを叩きこむ。

 小さなうめき声と共に吹き飛んだマリスタは地面を転がり、スペースのかべ激突げきとつ

うつ伏せで倒れ、動かなくなった。



「はァ……っ!」



 ――大きく息を吐いた自分に、ロハザーは驚愕きょうがくする。



(バカな。グレーローブの俺が、こんなザコに息を乱したってのか……!)



「…………ふざけろ。マジで、テメェ」



 ロハザーの目からは、マリスタの表情はうかがえない。

 しかし彼女は、震える手で地面をひっかくようにして再び起き上がろうとしている。



(どうしてだ)



「なんであんたは……俺は……!」



(あんたと――テメェごときとフツーに戦ってんだ?)



 苦悶くもんの表情を浮かべるロハザー。

 そうしている間にも、マリスタは壁で体を支え、震える足で立ち上がっていく。



(圧勝だろ、フツー。それが……残り数分? こんなワケねぇ。だってよ、これじゃあまるで――)



 青い瞳が、ロハザーをとらえ。

 少年は、自分が後退あとずさったような錯覚さっかくを覚えた。



(俺とこいつが、いい勝負・・・・でもしてるみてぇじゃねぇか――!)



「…………がむしゃらに頑張っただけじゃねーか、あんたは」

「ハァ……ハァ…………は?」

冗談じょうだんじゃねぇ。頑張るだけなら誰だって出来るんだよ。ロクに考えもしねーで戦う理由も曖昧あいまいなままでドリョクシタドリョクシタって、テメェはそれをみとめて欲しいだけじゃねぇか。承認しょうにん欲求よっきゅう満たしてェだけならヨソでやれよガキがウザってェ!」

「チッ…………うっせーわね、あんた……ハァ……!」



(――ああ、くそっ。止まんなさいよ、足のふるえっ)



 疲労は大したことはない。魔力まりょくにはまだ余裕よゆうがある。

 しかし、かみなりによるダメージの蓄積ちくせきは、確実にマリスタの体をむしばみつつあった。

 英雄の鎧ヘロス・ラスタングによってにぶくなったとはいえ、彼女の体の内側は常にひりつくような痛みをうったえてくる。

 この後魔法まほうを解除したら一体どうなるのか、マリスタは気持ちだけを身震いさせた。



 だが、むしばまれているのは、体よりも。



(……あんだけ「ビリビリは食らわない」、「撃つひまも与えない」って言っときながら……私、もうどんだけやられちゃったんだろ。全校に生中継なのよ、これ。穴があったら入りたい)



 これまでは、どれだけ悪目立ちしようと良かった。

 「自分は努力をしていない」。それがマリスタにとって、悪目立ちの免罪符めんざいふだったからだ。

 努力を一切せずにこの状態であったなら、マリスタの身体を重くするものは何もなかったであろう。



 だが、今は事情が違う。



 歩き出した少女には、容赦ようしゃのない重圧プレッシャーがのしかかっている――――



(…………勝てなかったら、どうなるんだろう。私)



 考えても仕方ない事ばかりが、顔をしかめた少女の脳裏のうりをよぎる。



「これまでマトモな努力をしたことがない怠惰たいだな奴が気まぐれにちょっと努力して、これまでとのギャップで『すごい』『エラい』ともてはやされる……テメェみてぇなのが一番腹立つんだよ! なまじ元々才能のあるやつがそれをやると、コツコツコツコツ努力してきたやつなんざ平気で追い抜いちまいやがるから始末がりぃッ!」



 負ける。

 嘲笑わらわれる。

 見放される。

 見限られる。

 負い目の中で、ずっと生きていく。



〝たすけておねえちゃん、たすけてぇ……〟

〝私がケイと一緒にいる! 私がケイと一緒に強くなる!〟



 ――その人生全てが、「約束を守れなかった」ものになる。



(――地獄じごく。嫌だ、絶対嫌だ、そんなの)



 思わず生唾なまつばを飲み込み、苦い顔になるマリスタ。



 敗北の意味を、その先のみじめを想像し、マリスタはますます体を固くする。



(どうすればいい? どうすれば私は――ハイエイト君に勝つことが出来る?)



 考える。



「テメェと俺にゃ雲泥うんでいの、天と地ほどの差があるんだよ! そもそも勝つこと、戦うことへのモチベーションが――」



魔力まりょくを集中して強力な一発を?確かに私にもアレが――いやダメだ、立ち止まって魔力を集中してたらまたあのチビかみなりをくらっちゃうもう体にダメージを重ねたくない)



 考える。



大貴族だいきぞくの自覚すら持ててねぇテメェが、ずっと義勇兵ぎゆうへいコース目指して戦ってきた俺に――」



魔弾の砲手バレットを撃ちまくる戦法も破られた。同じ手なんて使ったら、今度こそ電撃でんげきで――ああダメだ攻め方全然分かんないッ)



 考えれば考えるだけ体は固く重くなり、不安に支配された頭ばかりが空回りしていく。



(ケイはあんなにあっさり勝負を決めたのに。私はあいつに並び立つために、こんなとこで立ち止まってられないのに。あの泣いてた子との約束を守るために勝ち上がって、貴族きぞくと『平民へいみん』の対立を終わらせられるだけの説得力を持たないといけないのに)



 その重みはまるで、身のほどに合わぬ鎧のようで。



(勝たなきゃ勝たなきゃ勝たなきゃ……!!どうすればいい?どうすれば――)



「俺の話を聞いてやがンのかッ!!?」



 ――ロハザーの声など眼中になく。

 マリスタは無意識に、観覧席かんらんせきにいるはずのけいを探していた。



 求めた姿はすぐに見つかる。

 圭はただ静かな目で、彼女を見下ろしていた。



(ねぇケイ、私はどうしたら……)



 目が合う。

 それだけでひどくほっとした気持ちになる自分を、マリスタは否応いやおうなく認識にんしきし、



「      」

「――――――えっ」



 ――――その安堵あんどはさむように。

 何かを自分に語りかけた圭を、確かに認識した。



 考える間もなく、紫電しでん



「ッ!!」



 反射的はんしゃてき障壁しょうへきを展開し、飛んできた雷撃らいげきを防ぐ。



(!? ウソ、防げた――これまでは、攻撃が飛んできたときにはもう遅かったはずなのに)



 紫の雷が消えた先には、相も変わらず怒り顔のロハザー。

 しかし、今度はさしものマリスタも感じ取る。



(……どうして勝ってるあいつが、あんなに怒ってるの?)



 ロハザー・ハイエイトが、冷静さを欠いていることを。



「テメェごときに全力出してられるかよ。テメェごときと本気で戦ってられるかよ。俺はこれまでコツコツと積み上げてきた。これからもどんどんどんどん積み上げ続けなきゃいけねぇんだ。『この試合に全力を』なんて開き直りが平気で出来るテメェとは違ってな!」

「!! 私の全力を、言うにこといて開き直りですって!?」

こないだ・・・・と一緒だ! 結局テメェは感情でしか動けてねぇ! 何が『ゼンリョク』だ『自棄やけっぱち』ってンだよそういうのを!! そんなモンと俺の積み重ねてきた全力とを一緒にすんなレッドローブさいじゃくがッ!」

「ッ……ロハザー・・・・……!!」

道端みちばた砂利じゃりなんだよ、テメェなんざ。砂利如きが俺をはばんでんじゃねぇウザってェッ!! 砂利は砂利らしく文字通り水にでも流されてろッ! 流されてくだかれてそのまま世界うみへ出て、そんで消えろッ! 小さなその他大勢すなつぶに成り果てて海底に沈んで、二度と積み上げている者おれたちの前に現れんなッ!! マリスタ・アルテアスッッ!!!」

「ロハザー・ハイエイトォ――――ッ!!!」



 灰と赤が叫ぶ。

 魔波まはがぶつかり合い、ローブと髪を激しくらす。

 こんなに誰かが腹立たしいのは、マリスタにとって実に久しぶりのことであった。



 どうして私は、こんなにも目の敵にされている。

 どうして一歩を踏み出しただけで、こんなにも叩かれる。

 身に覚えのない小難しい努力の貴賤きせんかれ、発した言葉ひとつ ひとつを品定めされ、罵倒ばとうされ。



(――あれ?)



――そんな感覚に。



マリスタは以前いぜん、どこかで出会ったことがある気がした。



(そうよ。このイライラ、最近感じたことがある。自尊心じそんしんを真っ向から折りに来て、打ち勝てる言葉を探しても出てこなくて、苦しまぎれとかで言った言葉を二倍三倍にして返される。そんな会話お説教を、私はどこかで――――――)



〝俺は嫌いだ。お前が。お前のような馬鹿が〟



「…………あいつ・・・だ」



〝お前みたいな馬鹿が俺に並び立てるか〟

〝お前と俺の歩く道は違う。こんなことをしても俺は何も変わらない――二度と俺に関わるな〟



 脳裏のうり金砂きんさの髪を持つ少年が浮かんだ瞬間、次々とマリスタの頭に言葉のナイフが去来きょらいする。

 その言葉のどれもこれもが、マリスタの決意を――気持ちをくじき、否定する言葉だった。



(お互い力尽きてたし、結局白黒つかないまんまだけど……思い返してみても腹立つなぁ。……でも、やっぱそう。あの時のケイの言葉と今のロハザーの言葉は、どこかおんなじようなイライラを感じるんだ)



余所見よそみしてる暇がッ!」

「ッ!!?」

「あんのかって――言ってんだろうがッ!!」



 怒号どごうと共に瞬転ラピドで迫ったロハザーのみぎこぶしを、すんでのところで物理障壁ぶつりしょうへきが受け止め、ハッとするマリスタ。



(うっひゃ、我ながら今よく反応出来たわね本能!!? ってヤバ、魔法まほう障壁しょうへきさっき使ったばっかで発動できな――――)



 はなれようと、あわてて両足に力を込めたマリスタ。

 しかしすでに左腕を振り上げていたロハザーはその手を振り下ろし、



 二撃目のこぶしを、障壁に打ち付けた。



「、……!?」



 刹那せつな、放心したように目を見開き固まるマリスタ。

 拳にひび割れた障壁は、マリスタのいる空間に魔素まそ破片はへんを散り輝かせる。



 わされる。

 憎しみに染まった飴色あめいろの瞳。

 戸惑とまどいに染まった紺青こんじょうの瞳。



 マリスタは、初めてまじまじとロハザーの目を見た気がした。



(……戦ってたのに?)



 ほどなく手にいかずちを宿らせたロハザーを見て、マリスタはちょうどインターバルを終えた精霊の壁フェクテス・クードを発動、背後に装填そうてんした流弾の砲手アクアバレットを放ちロハザーを後退させる。



 ――瞳がちらつく。



 障壁しょうへきを叩く二撃目の拳。

 その時見せたロハザーの、怒りをまとった羨望せんぼう飴色あめいろ



〝私のコースを勝手に決めんなっ!〟



 それが、いつかの自分によく似ていたから。



〝私は、あんたの友達になりたい〟



 伝えても伝えても相容あいいれず。

 届けても届けても、その決意は決して受け取ってはもらえなかった。



〝勝手にすればいい。私も勝手にしますから。…………でも〟



 ゆえに少女は、返事を求めず。



〝ちょっとでも、こっち見てほしいな。ケイ〟



 決意と共に、少しの不満を訴えることにしたのだ。



(さっき、ケイは……なんて言ってた?)



 ――観覧かんらんせきの少年は、少女に言った。








〝ちゃんとろ〟








「…………あんたが言うな、ばーか」

(……笑ってやがる。とことんまで馬鹿にしやがって、ザコが)



 うつむいて笑っているマリスタを見て、ロハザーは憎々にくにくしげに舌を打つ。



(時間だ。さっきは初動しょどうが遅れて障壁しょうへきに防がれたが……今度はそんなヘマはしねぇ。終わらせてやるぞアルテアス――テメェのすべてを!!)



 ロハザーが静かに目を見開く。

 手に最後の紫電しでんを宿らせ、マリスタの障壁が消える瞬間に合わせて瞬転ラピドを――――



「――――? 、」



 ――思わず大きく息を吸い込んでしまう程の、巨大な魔波を感じた。



(バカ言え。このおよんでまだ魔波まはが上がってやがるだと……!!?)



 マリスタの魔波が、ロハザーの圧を残さず飲み込み、食い尽くす。

 大挙たいきょした魔波がロハザーを正面から襲い、目を開けていることさえ許さない。



「ぐッ……!!」



 腕で顔をおおい、彼はかろうじてマリスタをとらえる。



ひるむな、ロハザー……! 調べは付いてる。あいつは瞬転ラピドを使えねぇ、だから不意打ちを受けることはねぇ。距離きょりも十分開いてる。まだ一撃だって食らってねぇ。あの腰抜こしぬけがで攻撃でもしてこねぇ限り、俺の勝ちはるがない――――――)



 ――――マリスタが一歩近付く・・・・・・・・・・



「――!!!? テメェ、」

「わたしッ!!」



 魔波の嵐の中心で。

 を進めながら、マリスタはロハザーを視た・・



「最後まで、あんたとここに居たい!」




◆     ◆




「あ――あんたとここにいたいって、あいつ……どういう、その、どういうこと?!」

「じゃ、邪推じゃすいのしがいがある発言ね……これはまた」



 エリダが動転しているのを見て、システィーナが苦笑いする。

 その他も大体たりったりな反応を示している中で、ナタリーだけがするどく俺を流し見た。



「ケイさん。さっきあなた、一体何をマリスタに吹き込んだのですか?」

「? 何の話だ」

「とぼけないでくださいますかっ?☆ あの子がああしてみょう蛮勇ばんゆうに駆られているときは、だいたい貴方の差し金と相場は決まっているんです」

「どんな先入観だそれは……俺はあいつの師匠じゃないんだぞ」



 スペースを見る。

 滾々こんこんと湧き出るき水のようにき通った色をしたマリスタの魔波まはが場を満たし、ロハザーの魔力まりょくの気配を完全に押しつぶしている。



 周囲を見る。

 観覧席かんらんせき人気ひとけはやはりまばらだが、その数少ない目の群れは、皆一様いちようにスペースに、その中央でグレーローブを気圧けおしているレッドローブに釘付くぎづけになっている。



 やられるたびに、より強くなって立ち上がる。



 その姿はまるで、いや、まぎれもなく――――秘めた力に覚醒かくせいした主人公のようで。



「……あれって、マリスタ……なんだよね?」

「んにゃ? 何言ってんのさパールゥ、バカになったの??」

「馬鹿はあんたよパフィラ、パールゥはそーいうこと言ってるんじゃないの」

「???」

「うん……私も、同じことを思ってた。あそこに立ってるマリスタは……」

「全然、弱そうには見えない……わよね。ムカつくけどむしろ……強そう」



 リアの言葉をシータがぐ。パールゥがうなずいた。

 そう思うのも、無理もないな。



「なんで笑ってるんですかあなたは気持ち悪いですねぇ、バッチリ映しましたからねっ☆」

「不思議だよな。あいつらの実力差ははっきりしてるのに」

「…………………………」

「え。でもアマセ君、こうして見てても、あの二人の力は」

「同じに見えるって? まさか。細かい魔法まほう知識ちしき戦闘せんとう技能ぎのう圧倒あっとうてきにロハザーが上だ。実力は違い過ぎている――――マリスタがロハザー相手に善戦ぜんせん出来ているのは、あいつらが似た者同士だからだよ。理屈りくつより感情かんじょうで動くタイプだ」

「でも実際に今、マリスタはハイエイト君と互角ごかくで――」

「ああ。そうだな」

「言いたいことがあるなら勿体もったいぶらずにさっさとおっしゃっては如何いかがですかねー気持ち悪いふくみ笑いなんか浮かべてないで」



 実につまらなさそうにナタリーが言う。

 そっちの顔の方が似合ってるな、お前は。一生ぶすくれてると良い。



「テインツやヴィエルナ、上位のローブを持つ学生達……圧倒的に実力差があると思った相手でも、いざ戦ってみると互角ごかくの戦いになったりすることが何度もあった」

「私と互角……?」

「ほらキースさん、どうどう」

「ずっと不思議だったけど、場数をんでみて解ったよ。実力だけが戦いのすべてじゃない。ことなる実力を持った二人がゆらぐ・・・、決着はその狭間はざまにある。――――弱そうに見えなくて当然だ。今このときのあいつは、まぎれもなく強いんだから」



 ……周囲の奴らがポカンとしている。

 俺はまた、何を長ったらしい講釈こうしゃくを。出来た身分か、馬鹿め。



「……――――頑張れーーーーッ!! マリスタぁーー!!!」

「!?」



 パフィラが突然大声を張り上げ、声援を送る。

 エリダが鼻息はないきあらく意気込み、リアが居住いずまいを正し――パフィラと同じく、スペースへ向けて声を張り始めた。



「っしゃぁ、行くのよマリスタッ! グレーローブなんかぶっ飛ばしちゃいなさいッ!!」

「マリスタッ!」

「……ま、マリスタっ!」

「頑張って、マリスタッ」

「…………さあ、応援しましょ。ナタリー」



 次いで動き出したパールゥとシータを見てニコリと笑ったシスティーナが、依然いぜんしかめっ面のナタリーの顔をのぞき込む。

 目をらす先もなく、一瞬無為むいに視線を彷徨さまよわせたナタリーだったが――



「……ああもうっ。そら皆さんどいてくださいっ真ん中は私の場所ですよ! やーもう、ここまで来たら野となれ山となれですっ! 残り数分、走り抜けてくださいマリスタッ!! が――がんばってくださいーーー!!!」

「その意気ね、ナタリー。さぁ、応援するわよーっ!!」

「おー。!」

「わっ、キースさん!?」



 ――やがて諦めたのか、釈然しゃくぜんとしない面持ちながらも声援の輪に加わるナタリー、そしてシスティーナ。精一杯のノリで加わっていくヴィエルナ。



 腹の奥からやってくる、何だかよく分からない笑いをそれなりに頑張ってこらえつつ、スペースを眺める。



 マリスタは再び所有属性武器エトス・ディミ錬成れんせいし、なおも魔力を高めている。

 障壁しょうへきしに感じる魔波は――少し認めたくないが――これまで戦ってきたプレジアの学生の誰よりも大きく。



「いくわよ。ロハザー!」



 行け、マリスタ。

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