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◆     ◆




「マリスタは水属性。対するロハザーは水に強い雷属性――予想通りの劣勢れっせいだな」

貴方あなた……そうしてよく冷静に実況していられますね。私はもう先程さきほどから胃が痛くて痛くて……」

「そうか、大変だな。いい機会だから口を閉じていたらどうだ」

(こンの男……)

「マリスタ……他の属性の、魔法まほう。使えないの?」

「分からんが……あいつはついこの間まで魔術師まじゅつしコースだったんだ。所有属性エトスに応じた水属性の魔法さえ、そう使う機会はなかったに違いない。使えない可能性はあるだろう」

「……その場合、対抗たいこう手段は無属性むぞくせい魔法まほうだけになるわけですね」

「ああ。だが無属性魔法に直接相手を攻撃するようなものはそう多くない。魔弾の砲手バレット精々せいぜいだ――――つまり現状だけを見れば、マリスタが奴に勝つためには魔弾の砲手バレットを当てるか、物理的に奴を叩くしかない」

「……そしてたぶん、ロハザー……それ、分かってる」

「あぁ、考えるだけでしんどいです……そこだけとっても勝率はゼロじゃありませんか。反撃の目が一つもない」

「加えて、魔法に関する知識もロハザーの方が数段すうだん深そうだ。この実技じつぎ試験しけんでの戦いにもある程度ていどれを感じるよ。あいつは魔力まりょくの消費を極力おさえるようにして戦っている。マリスタを転ばせているあの攻撃……奴の知識と技術の賜物たまものだ。恐れ入ったよ」

「分かるの?」

「あやや。意外ですね、キースさんは彼があの戦法を使う所、見たことが無いので? あれだけ一緒にいらっしゃって?」

「う――うん。コーミレイさんも、分かるの?」

「ええまあ。私は天才ですからねっ☆」

「あれはつまり、手足を動かすために送られている電気信号を、奴の一瞬の雷撃らいげき阻害そがいあるいは打ち消しているんだろう。電気信号を狂わされた筋肉には神経から信号が送られず、自由に動かすことが出来なくなる」

「起こそうとした行動が一度、完全にゼロになる……使いようによっては極悪の魔法ですよ。加えてそれが雷速らいそくで発動される……つまり、人間にはほぼ防げない速さだということです」

「秒速百五十キロの速度で迫る、即効性の神経しんけいどくによる瞬間的な麻痺まひ、ってところか。………………」

「あやー。ハイエイトさんの見た目からはまったく想像出来ない陰湿いんしつな戦法ですね。あれが彼の本質なのでしょうかねえっ」

「分からない……ロハザー、普段ふだんは、もっと。派手な、戦い方。なんだけど」

(………………)



 けいが、戦いの行方を見守るヴィエルナを見る。



(……などと持ち上げはしたものの。実際の所、ただの障壁しょうへきで防げてしまう魔法なら、障壁の持続時間に気を付けながら戦えば、そう脅威きょういになるわけでもない。相手がマリスタだからこそ、それ一つで翻弄ほんろう出来ている、というだけの話だ。それに、)



〝私、風紀委員会の中でも、ちょっと強いから。だからよくセットにされるの。私と、ロハザーと、ナイセスト〟



(そう。それだけ一緒にいて、あの魔法を全く見たことがない・・・・・・・・・というのは、少し妙だ。……例えば、あの「毒」の魔法をヴィエルナが使われていたとしたら。障壁を展開することが出来ないヴィエルナはあの雷速らいそくの毒を防げず、ほとんど何も出来ないかもしれない。――あの技、対ヴィエルナ戦を想定したロハザーの隠し玉だったんじゃないか?)



 圭の視線が移る。

 次にとらえたのは、試合開始から一歩も動かず、ただ魔法に翻弄ほんろうされるマリスタをにらみ続けるロハザー。



(その隠し玉を、どうしてこのタイミングで使ったのか…………もしかするとあいつ、落ち着いて見えるのは見かけだけかもしれない。……さてマリスタ。お前はどうする?)




◆     ◆




 ああダメダメダメダメっ、何も思い付かない!



「ぅわくっ!?」



 出した障壁しょうへきに、雷が思い切りぶつかる。



 もうすっかり慣れてしまった、視界が閃光せんこうに包まれる一瞬。

 なのにその衝撃が伝えてくる魔物まものの叫びのような音と恐怖にはちっとも慣れず、届かないと分かっているのに顔をおおって目をつぶってしまう。



 一度体験した雷の恐怖が、頭から離れない……!



「っ、近付いてもダメ、でも離れてもダメ……」



 障壁しょうへきを出してかみなりを防いで突撃しても、物理ぶつり攻撃こうげき魔弾の砲手バレットも障壁で防がれる。

 そうこうしている内に私の障壁の方が切れて、あの体が動かなくなるやつをやられる。

 そうなったら、今度こそあのかみなりに……



「っ…………!! ダメよマリスタ、ダメ……気持ちが折れたら、本当に勝てなくなる!」

「心配しなくても勝てねぇよ。あんたは」

「っ……うっさいな!」



 お腹の底からき上がるムカムカをなんとか押し止めて、感情任せに突っ込みそうになる足を止める。

 そりゃ今すぐにも突っ込んでド派手に吹き飛ばしてやりたいけど……これはトーナメント。次の人と戦うヨユウも残しておかないといけない。あいつだって温存しながら戦ってるらしいし。

 ほんと、最初から一歩も動かないなんて……



 ……待って。なんで動かないんだろ、あいつ。



 そうだ、考えてみればすごく違和感がある。

 いくらなんでも、試合が始まってから一歩も動いてないなんて、そんなこと――



「ボケっとしてる場合か? 切れてるぜ、精霊の壁フェクテス・クード!」

「!? しまっ――ぁう!」



 何発目かも分かんない、体の力が抜ける雷。

 またひざがガクンと折れて、べしゃりとこける。アゴが痛い。

これももう、何度目か分からない。



 雷の音。



「!!!」



 正面のハイエイト君を見る前に精霊の壁フェクテス・クードを出す。

 やっぱり飛んできた雷弾の砲手サンダーバレット数発が障壁に当たって消えた。



 見る。

 やっぱり、ハイエイト君は動いていない。



「……そろそろ諦めたらどうだよ。何回ずっこけてんだあんた。観覧席の奴らや記録石ディーチェ通して食堂とかから見てる奴らが、どんな目で試合を見てるか簡単に想像できるってもんだぜ」

「っ、こけさせてるのはあんたでしょうがっ! 英雄の鎧ヘロス・ラスタング使ってても痛いのは痛いんだからね! ていうかあんた、初めからなんで人を転ばせたり魔弾の砲手バレット撃つぐらいしかやらないの!? 私相手には体力温存ってわけ!?」

「当たり前だろ。それでなくてもかみなり属性ぞくせいは、基本きほん五属性ごぞくせいの中で一番スペックが高い分消耗しょうもうしやすいんだ。せっかく動かずに済む相手なんだからそりゃ温存するだろ」

「っっ! 何よそれ……私は眼中にもないってこと? ムカツク!」

「あってたまるかよ、アンタみたいな才能にかまけて大した努力もしてきてねぇ奴。考えてもみろ、俺の次の相手は――あのケイ・アマセだぞ? 少なくとも、あんたよりはよっぽど警戒けいかいしてしかるべき相手だろ」

「――――――っ、!!」



 今ちょっとだけ、ケイがめちゃくちゃにくかった。



 目の前のハイエイト君を――いいえ。ロハザーを、強く強くにらみ付ける。

 奥歯おくばこすれる音が聞こえてきそうな気がした。

 ああ。もうガマン出来ない。



「私が……私が大した努力をしてないですって!!?」

「そうだろうが。何が違うんだよ」

「何もかもよ! 確かに私はこれまでグウタラで何もしてなかったけど、一カ月前から」

「あのなぁ、」



 ――ため息にこめられた怒気どきに。

 私は、無意識に言葉を切っていた。



 私と同じように、ロハザーが私を強くにらみ付けてくる。



「一ヶ月一ヶ月って、それが何だよ。張り合う気なんかサラサラねーけど、時間で言うなら俺はもう十二年近く努力してんぞ、あァ? 一ヶ月だと? そんな俺と比べたらカスみてーな時間で、なんでテメェは俺と同じ舞台ぶたいに立ってんだ。なんでいっぱしに俺と対等なつもりでいやがるんだよ」

「一ヶ月でも努力は努力よ。あんたの努力が十年だろうが二十年だろうが、私は私を、そしてあんたをフラットに見るだけ」

「ハッ、だがそのフラットを見つめる目は節穴ふしあなだな。……努力の量でだけ物事を見て、質のことは少しも考えやがらねぇ」

「質?」

「一ヶ月も時間があったくせに、なんで俺の所有属性エトスに対策しなかったんだ。なんで俺相手にみず属性ぞくせいで挑むなんてバカ丸出しの行動を恥ずかしげもなくできんだよ。その点だけとってもあんたのドリョクが見当違いなのは明白じゃねーか」

「そっ、それはっ、だから……」

「あんたがちゃんとした相手に教えてもらってたなら、当然そのことについて何か言われてるはずだ。今言葉にまってるってことは、そんな指摘してきすらもらってねぇってことだな」

「っ……」

「担任はディノバーツ先生だったか? 試験で忙しかったとはいえ、声かけりゃ協力してくれない先生でもねぇだろ。――つまりあんたはこの一ヶ月、自分の無知を自覚してたくせに誰の教えも受けず、ただただガムシャラにガンバってただけ。そんなとこじゃねぇのか」

「あ、あんた以外にスルドいわね!! なんでそこまで――」

「読めんだよ、テメェみたいな――――頭の足りねぇ奴の考えくらいなッ!!」

「!! ゎゎわっ!?!」



 足元をいかずちが走る。

 バチバチという高い音と一緒に弾けたむらさきの光がヘビみたいに足元をのたくり、私はピエロみたいにヒョコヒョコとけることしか出来ない。

 体が大きくグラついた。



「オラ上半身ガラ空きだぞッ!!」

「っ!!あqwせdrftgy!!!!!!ぁ!ぇ!drftぎゅじうgtでswせftgy!!!!!!!」



 目が。目が。、目が、弾け、熱いアツい熱いいぶるぶるぶるぶるぶるぶいい熱い!!!!!!



 ……また地面に倒れた。まばたきが痛い。

 ヤバ。電気の直撃くらっちゃったっぽい。うーわ、立つ気力きりょく根こそぎ持ってかれてる。

 筋肉きんにくが全部ちぢこまって、体が中から熱くてたまらなくて……ああ、ホント私のバカ。なんであのヒョコヒョコしてるときに障壁しょうへきくらい展開しなかったのか。自分の機転きてんの利かなさ加減に腹が立つ。



「マリスタ!!!」



 ……誰か呼んだ? 今。



 意識がボヤっとしてる。

 脇腹わきばららへんが焼けるように痛熱いたあつい。

 これまさか体の内側から火傷やけどしてる? うわグロすぎなんですけど。



〝そうそう適性なんて分かんないよねー。なはは、私の適正ってなんなのかしら、って感じ〟

〝家をぐってのも全然想像できないし、ていうかしたくないし。商売とか経営けいえいとか、聞いても全然分かんないし〟



 …………何でこんなことしてんだっけ、私。



「!!!」



 ――遅刻した時の寝起きみたいに、一気に意識が覚醒かくせいした。



 やばいやばい。私ってば、何を考えてるのか。頭の中が戦いからどんどん離れていこうとしてる。

 立つのよマリスタ。今試合中なのよ。たった十五分しかないのよ。

今何分たった? もしかして私、もう負けの判定下されてない?



 立つの。とにかく立つのよマリせtふゅいjんvcぜくじょcxrdt!!!!!tfgkヴぃぐ!!!!!!



「……それもテメーのその努力ひとりよがりは、結局アマセの猿真似さるまねだ。自分の頭で何一つ考えてやがらねぇ。アマセに影響されガキに同情して俺にキレて、振り回されてるだけじゃねぇかアンタ。テメェには自分のしんになるモンが一つとしてありやがらねぇ」

「ゎ……たしは、どりょく……!!!」

「もういい、うるせえ。焼き切れろ・・・・・雑魚ざこ――――!!!」



 紫、



     が、



 立こphfdrytfひじょjkっぎぃうおjふぁぐおぎじゃえgじぇgふぃごじゃbふhぢじぇrばうろふぁえrう??!!!!?!L!?ろおあふぇbうほrふぁえbwkじゃdshふおあいjsdfgほあえrjdgほいぱえj;dgbふぃhywt4j;ぺfgtq絵f非djがじぇろいfsdfgほあえじょfsでょあえgjぽ;trkfぢれおいあhふぁえうぃおfjろえう?!hてあpjふぉいhろあうwぺ4てょげるyfw!ぽjれfひあwごrうぇいpふぁwせftgyふじうhytfれ!??!?すぁwsdrgy5??43えあdskじゃほちあうぇjfsでょあtじぇんrjdふぃあえんを!??!?fhjんlw!!!!!!!!!!!!!――――――――




◆     ◆




「止めてッ!!! 試合を中断してください監督かんとくかんさんッッッ!!!!!!」

「こ、コーミレイさん、」

「馬鹿げているッッ!!! あの子はまだ義勇兵ぎゆうへいコースに入ってたったひと月なのですよ!!? それをこんな戦場に放り投げて静観せいかんして、貴方あなたがたそれでも監督役ですかッ!!! 責任を果たしてください!!! 試合を止めて、マリスタを助けてッッ!!!!!」

「コ――」



 …………監督官は動かない。

 いや、わずかには動きを見せている。トルトと女アルクスは視線を飛ばし合い、試合を止めるべきかいなかの判断を下そうとしているようだ。――この状況に至っても、いまだ。



 スペースから閃電せんでんとなってはし雷撃らいげき残滓ざんし。マリスタに降り注ぐおびただしい紫電しでんは、今尚いまなおマリスタの体を貫き、焼きがし続けている。



 この試合では、過去に死者も出たことがあるのだという。

 雷に打たれた人間が死ぬ確率は、約七割にも及ぶという。

 勿論もちろん俺自身にそんな経験は皆無かいむだ。加えて、最大で十億ボルト二十万アンペアにまで達するというかみなり威力いりょくに、ロハザーが発する雷撃がどの程度ていどせまっているのかも分からない。

 消耗しょうもうが激しいかみなり属性ぞくせいの攻撃を、全力で放っていられる時間はそう長くあるまい。ロハザーの攻撃は随分ずいぶん長く感じられる。一見派手だが、威力いりょくはそうないのかもしれない。



 ……雷に打たれた人間が死ぬ確率は、約七割にも及ぶという。

 ……この試合では、過去に死者も出たことがあるのだという。



「監督官ッ! 耳付いてるんですかあなた方ッ!!! 監督官ッッッ!!!!!」

「………………」



 ……目を閉じる。



 きっと今頃、システィーナ達は血相けっそうを変えてこの試合を見つめていることだろう。

 いや、もしかすると――



『マリスタッ!!!!!!』



 声。



 いの一番に観覧かんらんせきへと駆けこんできたのは、パールゥ・フォンらしかった。



「マ――マリスタ。マリスタっ!!」

「ナタリー、どういう状況? 監督の先生は?」

「奴らまだ動きませんっ、システィーナ、エリダ達も手伝ってください!!――状況が分かってるんですか、ねぇッ!!? なんとか言ってください、監督官ッ!!!!」

「そうよ監督官ッ!!! どういうつもりよこんな試合を続けさせてッ! 止めなさいよッ!」

「マリスタ死なないでっ! うがーーーーヤンキー電気、ちょっとは手加減しろー!!!」

「リア、私他の先生呼んできてみる!」

「待ってシータ、私も行く」

「……アマセ君?」



 パールゥの声が俺を向く。

 目を開け、改めてスペースを見た。

 雷撃はまだ降り続いており、雷によって生まれた小さな衝撃波が、バチバチという音をともなってスペースを荒れ狂っている。

 マリスタは撃たれっぱなしだ。

 全身をらせるようにして硬直こうちょく痙攣けいれんしている。



「…………」



 みんなが見ている。

 みんなが見ているぞ、マリスタ。お前の姿を。



 やはりおじょうさまでは駄目だめだったと。

 マリスタ・アルテアスが義勇兵ぎゆうへいコースなんて、やはり大貴族だいきぞく道楽どうらくに過ぎなかったのだと。

 それなのにあれだけ手酷てひどくやられて、それはそれで可哀想かわいそうではないかと。

 いい気味だ、そのままつぶれてしまえと。

 近しい友人をのぞくすべての者達が、お前に落胆らくたん失望しつぼう、同情や嫉妬しっと眼差まなざしを向けている。

 これらはきっと俺に言われなくても、ずっとお前自身がかげで感じてきた視線に違いない。



〝私は、このプレジアでただの劣等生れっとうせいだった。家柄があるだけ目立っちゃって、白い目で見られることもあった。でも仕方ないなって思ってたの。だって本当だったから。私は出来損ないで、大した努力もしないで。だから、当たり前じゃんって思ってた〟



 これまでのようにオブラートに包まれていない、き出しになった感情だ。

 一度あらわになった感情を、人はそうそう引っ込めようとはしない。

 一度かれた牙は、そう簡単にはおさめられることはない。

 もう後戻りは出来ないぞ、マリスタ。このまま試合に敗れれば、お前の世界は――――悪い意味で一変いっぺんしてしまうことになるだろう。

 お前は自他じたともに認める劣等生れっとうせいとして、うとまれさげすまれ遠ざけられ、肩見せまく居心地悪く、残りの学生時代を――もしかすると、その後一生を――過ごすことになる。

それも一つの結果だ。甘んじて受け入れるべきだろう。

たぶん、負けるっていうのはそういうことだから。



 だが、それはお前が一歩み出したからこそ動き出した運命・・だ。



 グウタラなサボり魔だったマリスタ・アルテアスが、遅かれ早かれ向き合わなければならなかった運命。

 それがやってくるのを待つのではなく、お前は自分で近付き対峙たいじした。

 「出るくいは打たれる」。お前は今散々さんざんに打たれ、地にうずもれようとしている。



「……さあ、マリスタ」

「アマセくん――どうして、笑ってるの?」



 ……だが、お前はゆらぐ・・・



〝アンタは私の恩人おんじんなの。そんな大事な友達と、私は並んで立ってたい。一緒に歩いていきたい。道を間違えてる時は、止めてあげたい! そんだけ!!〟



 知っているぞ、マリスタ。

 自分の中に絶対の大義名分もくてきを見つけたお前が、どれほどバカげた力を発揮はっきしやがるのかを。



ゆらげ・・・。まだ立つことが出来るなら」



 出る杭は打たれる。

 だが一度ひとたび出過ぎたくいは、打つことすらもままならなくなる――――




◆     ◆




 ――――――――――うん?



 体が動かない。

 体もなんだか全身熱くて、どうもコゲくさい。



 ぼんやりと目の前を見る。

 少し遠いところに、小さく波打つ魔力まりょくまくと銀髪の女の人が見えて、――――ようやく私は、自分がロハザーと戦ってる途中とちゅうだったと思い出した。



 ……うわ、やば。

 もしかしなくても私、意識飛んでたのか。

 というか死にかけてた?



 急激きゅうげき背筋せすじが寒くなる。あれだけ電撃でんげきをくらったんだから、心臓しんぞう止まってたっておかしくない。

 ジョーダンじゃない私は生きるわよとばかりに心臓の音がうるさく聞こえだし、急に視界と意識がハッキリしてくる。でも体はどうにも熱くて痛くて、呼吸でさえムネのあたりが痛む。

 私、鏡で見たら黒コゲになってるのじゃないかしら。まさかね。



「…………」



 ……ちょっと待ってみたけど、監督かんとくかんがかけ寄ってくる気配はない。

 どれだけこうして倒れてるのか分からないけど、たぶんまだ試合は続いてる。



 起き上がらないと。



「ッッ!! っく……!!」

「おい聞いてんのか、監督官ッ! どんだけ傍観ぼうかんすんだよ、こいつはもう気絶して――――」



 女兵士さんとザードチップ先生に叫んでいたロハザーが、急に黙りこくった。

 たぶん私を見てるんだ。視線を感じる。



 何とか起き上がろうとするけど、てんでダメ。

 今にも火を吹きそうなほどに体が熱くて痛くて、たまらない。



「……なんでまた起きてんだ、てめーは」

「は、ぁ……ッ」



 通る空気が多すぎて、ノドにまで痛みが走った。



 参ったな。もう立ち上がれないじゃん、私。



 すってんすってん転ばされ、電気で死ぬ目にあわされて、倒れていま、コレ。



 だってのに私の頭はサエサエで、いやにクリアだったし、冷静れいせいだった。

 状況をのんきに把握はあくしてる場合じゃ、絶対ないはずなのに。



 ……ひょっとするとこれが、「あきらめの境地きょうち」ってやつか。



 くやしい気持ちも負けたくない気持ちも、あんまりなくなっている。

 私が立たなきゃと思ったのは、たぶん……人前で無様ぶざまに倒れ込んでる姿を見られたくないからだ。



 観覧席かんらんせきにはヴィエルナちゃんにナタリー、そしてケイもいる。そしてきっと食堂では、去年みたいにパールゥとかエリダとか、みんなが集まって映像を見てるに違いない。

 ここが映ってるかは分かんないけど、映ってたら……みんな、死んだように倒れてた私が動き出して半泣きだったりするかも。なんて。



『マリスタッ!!』



 そうそう、そうやっていい感じに悲痛ひつうな――――――って。あれ。



「マリスタッ!! 生きているのですか、マリスタッ!!」

「だ――大丈夫なのっ、マリスタ!」

「動けるなら試合放棄リタイアしたっていいのよ、マリスタっ。アルクスの人も『まず自分を守れ』って言ってたじゃない。誰もあなたを責めないわっ」

「何言ってるのよあんたたちはっ! マリスタぁ!! あんたそんなやられっぱなしでいいってワケ!?」

「ぶちかませぇ~!!! マリスタ!!」

「ま、負けても勝ってもどっちでもいいからっ。ちゃんと生きて帰ってきてよね、マリスタ……!」

「――頑張って!」



 口々に勝手な応援をしてくれる友達たち。

 そして、その横にはヴィエルナちゃんと――――



〝これからは私がいるからッ!!!!〟



 ――――私を静かな目で見つめている、ケイの姿。



「ッ! てめ――――」



 目を閉じ、魔力回路ゼーレに意識を集中。



 体は痛いけど、精神ゼーレはやられていないみたい。

 当然よ、私はほとんど魔力を使っちゃいないんだから。



 英雄の鎧ヘロス・ラスタングを発動し、体を強化する。

 期待通り体の痛みはニブくなって――――私にまた、立ち上がるだけの力をくれた。



 むらさきが来る。



 展開てんかいした障壁しょうへきかみなりを受け止める。

 手の中に素早すばや所有属性武器エトス・ディミを作って体を支え、体にヤバいところがないか確かめる。



 ――うん。大丈夫。

 たぶん。



「……どういうつもりなんだ、マジで。オメーは」



 雷で出来た魔力まりょくきりが晴れて、ハイエイト君ともう一度視線がぶつかる。

 受けた攻撃こうげきのせいか少し動かしにくい顔の筋肉を使って、私はせい一杯いっぱい笑ってみせた。



「あんた強いね、ホントに。正直、まったくかなう気がしなくなったわ」

「……あたりめーだろ。それで? そこまで分かってなんで立ったんだあんたは。降参こうさんするためか?」

「ジョーダン。私はたたかうよ」



〝私がケイと一緒に強くなる!〟



「たとえ一方的だったとしても、約束は約束。だったら守れるように、最後まであがくわ。――手も足もまだ動く。残念だけど、私の限界はまだ先よ! ロハザー・ハイエイト!」

「――――」



 音が聞こえてきそうなほどに。



 ロハザーは、怒った顔で奥歯おくばんだ。気がした。



「…………いいぜ。試合時間はあと五分くらいだ。せいぜい足搔あがいてみせろザコが。今度は体だけじゃねぇ。その厄介やっかい精神こころもバラバラにヘシ折ってやる……!!」



 魔力の風が、私をぐ。



「……よっし!!!」



 次の試合なんて考えるな。

 相手は途方とほうもなく高い壁。

 当たってくだけるくらいしか、私に勝ち筋・・・なんてないんだから――――!

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