6



 彼女は、これまでのような単なる拒否きょひで傷付いているわけじゃ無い。

俺が進んでした行いが、彼女の心をこれほどまでに傷付けたのだ。



悪いのは、完全にお前だ。屑野郎くずやろう



わかってる。説明しなくてもっ……、いい」

「いや、ちゃんと説明させてくれ。誤解ごかいがあるなら解いて――」

「解ってるってばっ。私をっ……あなたの罪悪感ざいあくかんの解消に、使わないでッ」

「ッ……!!」



 ……ぐうの音も、出なかった。

 いや、これでいいのだ。

 お前には何の言い訳をする権利も無いと、遠回しにでもそう言われた方が、今は気安い。

 呪いの奴は、幸か不幸か完全に鳴りをひそめてしまっている。

 まるで、今この状況そのものが呪いであるかのように。



「…………っ」



 ならば、打ちひしがれていよう。

 ただ、この状況の流れるままに動いてみよう。



 今このときは、パールゥ・フォンが最優先だ。



 口を閉じ、黙る。

 パールゥも何も発さない。いや、発せない。

 零れ落ちる涙をはしからぬぐい、声にならない嗚咽おえつらして鼻を鳴らしている。

 しばらく、その音だけが楽屋に響いていた。



「……大丈夫。私、傷付く覚悟……っ、決めてたから」



 言葉と共にぶり返しかけた泣き声をみ殺しながら、パールゥがそう口にする。

 彼女の言葉がそれ以上続かないのを確認してから、口を開いた。



「覚悟?」

「っ……ぅん。私は、君の為ならどんなに傷付いてもいいって、決めたの。どんなに君に傷つけられてもいいって決めたの。どんな形だって、君と関係をつないでいられる、ことがっ……私の幸せだから」

「……それは俺を好きだからか?」

「っ……答えないよっ。ずるいよ、こんな状態のときにそんな」

き方を変えよう。それは本当に、恋や愛ゆえの行動か?」



 パールゥが目をこすっていた腕を下げ、上目うわめづかいにこちらを見る。

 抽象的ちゅうしょうてき過ぎたせいか、やはり何が言いたいかは解らなかったようだ。

 俺は居住いずまいを整え、言葉を変えて告げる。



「恋や愛と、献身けんしんは違う。献身と自己犠牲じこぎせいなおちがう。俺に好き勝手されて、それでお前は泣いていて…………それは幸せじゃない。ただ辛いだけだ。そのやり方を、その状態を幸せだなんて言――」

「ユニアは幸せだったと思う?」

「うな――――ユニア?」



 予想外の単語に言葉が止まる。

 パールゥが俺をキッと見た。



「ユニアはクローネが好きだった。でも、タタリタとクローネが好き同士だって分かってた。だから、戦力的にもいい相棒あいぼう同士だった二人のために身を引いて、二人の導く世界を、少し離れたところから見守ることにした――――私はそんなユニアが嫌いでたまらないの。この物語を読んだ時から。今だってそう」

「……最初は、タタリタを希望してたよな」

「うん。だって報われない恋なんて幸せじゃないから。誰だって報われたい、自分に振り向いて欲しいって思うものでしょ? それがこの子は、ずっとそばながめているだけで終わる。タタリタがいなくなっている間でさえ、ユニアは二人の仲にみ込もうとはしなかった。在り得ないよ、って思った」



 涙をぬぐい切り、すん、と鼻を鳴らして、パールゥが俺を見る。

 話が見えず、俺はしかつらをしていたはずだ。



「……でも。今日、改めて。やっぱり違うな、って思ったの」

「? 違う?」

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