18



 プデスが叫ぶ。

 と同時に、彼の手の中で――ごく小さな石ころが生成され、空間の中央へと飛んだ。



 あんな魔法が、本当に存在したかは分からない。

 分からないが――――その魔法の持つ魔波まはに対面したクヲンは、これまでに無い程顔を狼狽ろうばいさせた。



「チィッッ!!」



 クヲンが手を引き、そこに空間がゆがむ程の魔力まりょくを収束させ、放つ。

 光の波動は小石とその後ろに居たプデスをあっさりと飲み込み――――弾き消された。



「ッ!!?」



 頭程の大きさに巨大化した・・・・・、小石によって。



 否。それはすでに岩石と呼ぶべき大きさだ。

 弾かれ後退し、体勢を立て直したクヲンの前で――舞台上でその岩石は、更に、更に大きく膨張ぼうちょうし――――



 ――クヲンは確信する。

 この障壁しょうへきの内側、空間そのものを岩で埋め尽くそうとしていると。



「っ――――ンのおッ!!!」



 クヲンがプデスへ駆ける。

 岩が空間を蹂躙じゅうりんする前に、何としても術者を止めなければならない。

 しかし――



「う、わっ……!?」



 まるで山がるように、不規則に膨張していく岩石がクヲンの行く手をさえぎった。

 次々と道を変えプデスへと迫ろうとする金髪の少女。しかし岩石は、意志を持つかのごと妨害ぼうがいを繰り返し――――いつしかクヲンの視界は、半分以上が岩に覆われていた。



「クソっ!!! 何考えてんだプデス、こんなことしたらお前も生き埋めだろうがッ!!」



 クヲンがプデスを見る。

 プデスは鋭い目で彼女を見つめるばかりで、答える様子は無い。

 それまでの多弁はすっかり鳴りをひそめ、まるで別人だ。



 故に、これからの一分は――――エリダ一人の独擅場どくせんじょうと、ならなければいけなかった。



 俺の横に居るマリスタが、身をかためた気配がする。

 向かいの舞台セットの間の出捌ではけ口から見ているリフィリィ、パールゥも、固唾かたずんでエリダを見守っている。



 この劇で一番手こずっていた殺陣たてが、始まる。



「っ――――ぁあああああああッッッ!!!」



 エリダが地をる。

 と同時に、突き出て迫った岩石を――光の波動で吹き飛ばし、穿うがたれた穴に体をすべり込ませた。



「ッ!?」



 これには腹を決めたプデスも目を見開く。

 そうしている間にもエリダは岩を波動で削り、プデスへと迫りつつあった。



「プデス――――ッ!!!」

「――――甘いわッ!!!」



 削り取った岩が。



 一瞬で、復活した。



「なっ――――!!?」



 質量や生成時間など、世界の法則をまるで無視した「魔法」。

 クヲンは――エリダは歯噛はがみしながら急に足を止め、――――まだ進める余地のある場所へと一足飛びに走る。



 エリダは魔術師コースの人間だ。

 普段から体を鍛えている訳でもなければ、瞬転ラピドが使える訳でもない。

 当然、あの光の波動も――――裏方うらかたの、魔法演出まほうえんしゅつ担当による工夫と努力の賜物たまものだ。



 音と光と、動きを合わせ。

 縦横無尽じゅうおうむじん舞台ぶたいを駆けめぐる手順を、一つもたがえず。

 無軌道むきどうな動きに耐えられる身体を、維持し。



 百以上に及ぶ練習返しの経験も、疲労も。



 今のエリダには、その全てが蓄積ちくせきされている――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る