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◆     ◆




〝兄さん〟



 強い光を浴びせられでもしたかのように、視界がかすんでいる。



〝兄さんは……いつでも私を守ってくれた〟



 耳鳴りが遠く、どこか心地よく俺の手のしびれと共鳴する。



〝安心して〟



 呼吸はみっともなく荒れ、それを隠したくて口を閉じた結果、何とも気色の悪い不規則な鼻息をさらしてしまっている。

 だがそんなもの、まったく、気にならないほどに――



〝これからは、私がいつも一緒だから〟



「……愛依めい

「……どなた、ですか?」

「!?」



 ツインテールをらし、きょとんとした表情でそう告げる少女。



「誰って……俺が解らないのか? 愛依ッ」

「……メイ? あの、あなたは…………あ。思い出した!」

「!!! め――」

「ケイ・アマセさん!」

「――――――」



 ――何を言ってるんだ、愛依。

 俺は、俺はケイ・アマセなんかじゃなく――



「ッ!?」



 ガバ、と背中側から羽交はがめにされる。

 見るとどこかで見かけたことがある、背の高い筋肉質な男。恐らく教師。

 邪魔だ。凍のペク――



「ケイッ!!!」

「!!」



 視界のすみに鮮やかな赤色が飛び込んできて。



〝お前は意図的に人の心をたぶらかしてもてあそんでる不誠実なクズ野郎なんだよ〟



 ようやく、俺は我に返った。



「…………マリスタ」

「……どうしたの、一体」

「聞こえているのか馬鹿者ッ! 何をするつもりだったのだお前はッ!!」



 ようやく鮮明に聞こえてくる教師の声。

 すまなかったと応じ、改めて前を見る。

 だがやはりそこには、目をぱちくりさせながらたたずむ愛依の姿。



 夢幻ゆめまぼろしでも、他人の空似そらにでもない。

 天瀬あませ愛依めいは、間違いなく俺の目の前に存在していた。



「……すまない、もう一度かせてくれ。お前……君は、本当に俺のことが分からないのか?」

「? あの……ケイ・アマセ君、だったよね。同じ六年生の」

「同じ?」

「もー、ちょっと何言ってんのケイってば、しっかりしなよっ。俺を知らないのか、なんて自意識じいしき過剰かじょうもいいところよ」

「うふふ……見てたよ、実技試験じつぎしけんでナイセスト君をやっつけたカッコいいところ。でも、今まで特に面識なかったし、君がわたしの名前を間違えるのもしかたないよね」

「名前を、間違…………君の、名前は」

「……初めまして。わたしは、リリスティア・キスキルっていいます。よろしくね」



 俺の背後に目配せをして、手を差し出してくる愛依めい

 俺を捕らえていた拘束こうそくが緩み、彼女の前で再び自由に動けるようになる。



 だが、まったく動く気力が起きなかった。



 リリスティア・キスキル?

 初めまして?



 天瀬愛依の姿で、天瀬愛依の声で。



 何もかも俺の妹なままで、お前は一体何を言っていやがるんだ――――

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