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「名前だよ。お前の名前」

「は? なんのつもりだテメェ、ウザ――」

「お前の言葉を忘れないために。お前の言葉を風紀ふうきの――僕のいましめとして、刻み込んでおくために」



 テインツは、頬に付着したつば手で・・ぬぐい、



「!、? テメ――」

「――――」



その手をそのまま、風紀委員の腕章わんしょうへとこすり付けた。

小さくたじろぎながら、男子生徒はテインツから目を離せなくなり――――体を背けることで、無理やりに視線をらした。



「…………シラけた。キメえんだよ二度と話しかけんな。おいデカブツ。連れてくならとっとと連れていけ。忙しんだこっちは」

「チッ……誰にモノ言ってんだコラ、俺らの手ェわずらわせてんのはテメーだろうが。さっさと魔法陣まほうじんまで歩けボケ共」

「…………」



 テインツが顔を下げ、目を閉じる。

 まぶたの裏に映るのはかつての己。

 力ある者としての立ち居振る舞いを続けていた、つい数か月前の自分。



 その頃のような爽快感そうかいかんは無い。

 むしろ学生生活の中で、今が一番閉塞へいそくしているとさえ言ってよかった。



 支配とは、心地のいいものだと思っていた。

 上に立つ者は、そこからの景色に酔いしれることが出来るものだと思っていた。



〝どんな世界で生きていたらそういびつになれるんだ。お前〟



 だが覚めた目で、らした目で見つめたいただきは氷山の一角に過ぎず。

 今のテインツは、



(……「我々」が生み出したようなものじゃないか。こいつのような存在を)



 ただ後悔と無力感に――――果てなき能力ちからへの渇望かつぼうに、打ちのめされている。



(僕らがしてきたことは、一体――)

「ラントだ」





「………………え?」





「『え』じゃねーよクソがッ。ラント・ローフォーク、俺の名前だ! 二回も言わせんじゃねぇ変態野郎」

「…………ありがとう」

「っ!? だ――ッから気色りィっつってんだろーが! くそが!」

「! オイ待てコラ、逃げる気かッ!!」

「逃げねーよ!! そこの茶髪がキモすぎて付き合ってらんねーっつってんだ!!」

「置いてくなよ~ぉ!」

「あ――ビージ、僕も――」

「オメーはココに残れ! その店のケアは任せた、確かオメーの巡回じゅんかい範囲はんいだったろ!」

「え。え? あ、ビージちょっ――――」



 ビージが男子生徒二人と共に去っていく。

 テインツが振り向いた先には、同じく彼を見て立ち尽くしているシータの姿。



 辺りが、急に静かになった。



「も……もー、先生呼んだのにどこ行っちゃったんだろ! 人多いから途中ではぐれたのかな、シータごめん私呼びに行ってくるわー!」

「ッ??! ちょ、や、今のタイミングで呼び行かなくても…………!?」

「……」



 ――言外げんがいに別の意図も多分に含みながら、シータの友人が大通りへと去っていく。

 テインツとシータは、今度こそ二人だけになった。

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