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 耳をつんざく怒声どせいが、けもののような叫びが――簡易かんいベッドに仰向あおむけに寝かされたまま、怒りに体をらせ白目をいて叫ぶ友人から発せられている。

 眼前の現実を理解するのに、彼はまた少しの時間を必要とした。



 ビージ・バディルオンが短気であったことは、彼にとってもよく知る事実である。

 しかし、それも人間として限度のある程度での話だ。



 眼前にいる叫ぶ肉は、ただの畜生ちくしょうも同然の状態だった。



 体中の血管という血管を浮き震わせるように力みくし、あごが外れんばかりに口を開いてよだれらしつばを飛ばしながら、エビらせた上半身を痙攣けいれんさせわめき散らす、肉塊にくかい



「――――――」



 ――彼は急速に、どこへもようがない激情怒りと悔しさが、涙と共にこみ上げてくるのを感じた。



(……我々が……)



 け寄る。

 声をかける。

 既にわれも理性も忘れ、呼吸すら忘れそうになりながら声をらす狂人きょうじんと成り果てた友人に、その両肩に触れて揺さぶる。



(……俺達・・が何をしたっていうんだ、神よ)



「邪魔だアアアアアァァァァッッッッ!!!」

「ッ!?」



 一気に盛り上がった筋肉の鎧が、彼の両手をける。



「ビ――ビージお前、英雄の鎧ヘロス・ラスタングまで――」

「アマセェッ!!!!アマセアマセアマセアマセアマセェェエエエェエェェゥェアアアッッッ――――!!!!」

「お――落ち着け。落ち着いてくれって、なぁ――」

「ショック療法りょうほうが有効ね」



 ――ぐわ、と半身を起こした筋肉きんにく達磨ダルマひたいに、か細く白い人差し指が置かれる。

 首から遠く、筋肉の力が及びにくいその一点を押され、クン、とあっさり上を向くビージの顔。

 自然、押した手の真下に来たビージのあごを――――猫の手のように握り変えられた細腕ほそうで掌底しょうていが、真っ直ぐ下に撃ち抜いた。



「かォ――――ッッ!!、!?」

「な――」



 白目をき、外れたあごをガバリと開けたまま、意識を飛ばしてベッドに沈む獣。



 呆然ぼうぜんとたたずむ少年の目の前で、一撃にして猛獣もうじゅうしずめてみせた小柄な女医じょい――――魔女リセルパーチェ・リコリスが小さく息を吐き、打った手を一度だけ振る。



 その視線が、彼をとらえた。

 知らずのうちに、少年は身を固くしてしまう。



「あら、誰かと思えば。久しぶりね――――彼なら大丈夫よ。顎は治療するし、軽い脳震盪のうしんとうで気絶してるだけだから。多少荒っぽくなっちゃったけど、あのまま怒り狂って頭の血管が切れでもしたら致命傷ちめいしょうだったから。……ま、心の方はすでに致命傷を負っているかもしれないけど」

「こ、心?」

「ええ」



 校医こういは涼しい顔でそう言い、患者かんじゃの見開かれた目と口を手で閉じていく。



「あなたの友達は精神をんでいる。試合を始める前だって、今とそれほど様子は変わらなかったって聞いてるわ」

「試合の……前から?」

「ここ最近は、ずっと一人で行動していたようだし。孤独こどくっていうのは人間にとってはどくのようなものだもの。彼はじわじわとむしばまれていた」

「ず、ずっと一人って――どういうことですか? こいつは一人になんて」

「彼は一人だったわ。友を不登校ふとうこうに追いやったとある少年・・・・・固執こしつし、それ以外すべてを投げうったせいでね」

「……何を言って……」



 絶望に顔をゆがめる少年。

 校医こうい魔女まじょの顔をのぞかせて薄笑うすわらいを浮かべる。



「一人しか居ないわよね。一度負けかけただけで不登校になったひ弱なんて」

「ッ――――何が、」



〝負ければ、お前は全てを失う〟



〝すべて、すべて失うんだ!!!!〟



「何も……何も知らないくせに!!」

「……あなたもまだ、えていないのね。『致命傷ちめいしょう』」

「ふざけろ!! 俺は、俺はあんな奴に致命傷なんて」

「そうよねぇ。だってあなたはあの時、勝ったんだもの・・・・・・・

「!、?」

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