3



 言葉の一つ一つに翻弄ほんろうされる少年。

 魔女はそれをわかっていて、なおも彼をき乱す。



「結果はあなたも覚えているはずよ。アマセ君の練ったさく一時いっとき君を捕らえはしたけど、それは十秒にも満たなかった。あなたはすぐに策を破り、まだ身体強化さえ使えなかった彼の後頭部を、身体強化を使った状態で壁に何度も叩き付けて――――そして、その行為をだい貴族きぞくとがめられた」



低劣ていれつにも程がある。恥を知れ〟



「!!!!!」



 少年の体がビグリと強張こわばる。

 魔女は続ける。

 続ける。



「さて、その時ティアルバー君はなんと言ってたんだっけ」



(やめてくれ)



「――そうそう。確かこう言ったのよね」



(やめて)



〝お前のそれはほこりなどではない。ただの思い上がりではないか、恥晒はじさらしが。お前は今、貴族きぞく風紀ふうき委員いいん、その名を背負う全ての者にどろったんだ……ってね」



 ――滝のような汗を流し、過呼吸かこきゅうのような息に小さな悲鳴をり交ぜながら、少年はなんとか意識を保ち、目の前の校医を見る。



 なんなのだ。

 どういうつもりなのだ、この女は。



「どう? 改めて考えても――今の状況って全部、あなたのせいじゃない? あなたは思い上がりで人を傷つけて、家の名にも風紀委員の名前にも泥を塗った。だから裁かれ、相応の結果が訪れた。そこには何の不条理ふじょうりもない」

「やめろ……!」



 魔女が目を細め、のびた大柄おおがらを見下ろす。



因果応報いんがおうほう自業自得じごうじとく。でもあなたはそれに向き合えず学校から逃げ、彼はそんなあなたでも大切に思い恨みを晴らそうとし、結果孤独こどくに狂った――いえ、狂うしかなかった。あなたが逃げず彼と一緒に居れば、少しは違ったでしょうにね。全部あなたのせい」

「やめろやめろやめろ!」

「でもひどい話よね、同情はするわ。……色々言ったけど、はて? 我々あなたたちが敵視している『彼』って、一体今の『酷い話』のどこに顔を出したのかしら?」

「黙れッ!! もう黙ってくれッ!!! さもないと、貴様――」

「居るわけないわよね。だってあなたは以前も、今も――ケイ・アマセを一方的に、ストレスのけ口にしているに過ぎないんだから」



 少年は治療器具ちりょうきぐの置かれていた簡易机かんいづくえを蹴り飛ばした。



 机が小さく吹き飛び、包帯ほうたいや消毒薬が散乱さんらんし、薬品の入った小瓶こびんが割れる。

 少年は散らばった治療器具を少し見たが、すぐに目を怒らせて眼前の女医をにらんだ。

 校医こういはただ冷静な眼差しで、少年を見るばかりだった。



「すごいわね。そう・・なったのも、あなたをきつけた私のせいだって言いたいの?…………………………どんな世界で生きていたらそういびつになれるんだ。お前」

「!? 、」



 呼吸が止まる一瞬。

 声色に確かな威圧いあつを感じ、少年は後退あとずさった。



 校医がゆっくりと一度、まばたきをする。

 割れたびん破片はへんが、少年の靴底くつぞこをえぐった。



「……あなただけを責めても仕方のないことよね。忘れて。起きてしまった不幸の原因を探したって、ただ不毛なだけだもの」



 校医が人差し指をクン、と曲げると、呼応するかのように机が、治療器具が浮かび上がり、元の位置へ、元の状態へと戻っていく。

 彼はその様子を、ただながめ立ち尽くす。



「あなたはこの子と違って狂わなかったんだもの。その命を大切にして、息をひそめて生きていくのも悪いことじゃないと思うわ――――友達はしばらく目を覚まさない。これからどんどんケガ人も増えてくるわ。あまり長居はしないでね」



 そう言い残し、校医パーチェ・リコリスは救護スペースを出る。



「ああそうだ、」

「……?」

「あなたはあの時アマセ君に勝ったけど、見ての通り、彼もそれなりに強くなったみたい。今日はティアルバー君とアマセ君の戦いも見られるかもしれないわね。貴族と『平民』の全面戦争に決着がつくって、プレジア中がいているわ」



 動けない少年。

 パーチェは含み笑いを残し、その場から去っていった。

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