第4話 魔力、こころの鏡
1
シャノリアの言葉通り、広大な
ディノバーツ家の――もはや城というべき――
門の前には、地面と一体化するほどに風化した古びた円形の
「あ。アマセ君、
「……この足元にあるものか? すまない、覚えていない」
「そう。じゃ、今回は私があなたを連れていくわね」
連れていく……きっとこの転移魔法陣とやらの発動にも、
シャノリアが目を閉じる。金の髪がふわりと舞い上がったかと思うと魔法陣が光り、足元から立ち上った白いオーロラに包まれるように視界が染まって、数秒のちには――目の前に、年季の入った
門の
俺やマリスタとそう年齢は変わらなさそうだが、
ちら、と二人の腰を見る。門番なんて初めて見たが――やはりというべきか、そこには剣、武器らしきものを下げているように見えた。
「……
「実際物騒だしね。というかアマセ君、それも忘れちゃってるの?」
「ああ、そうみたいだ」
「それじゃあ、当分外出は控えたほうが良いわね」
真面目なトーンでシャノリアが言う。
「……どんな危険があるんだ?」
「魔物、
「都会なところでは、遠いとこへの移動は大体魔法陣で済ませちゃうんだよ」
正直、俺は少し面食らった。が、考えてみれば別に変なことでも何でもない。
魔法といえばRPGのようなアクションに用いるものばかりだと思っていたが、そもそもその認識が
「魔法ってのは、世界で当たり前に使われている技術じゃないのか。田舎には無いと?」
「そういうところも少なくないわ。確かに、魔法の存在は世界中の人が知っているけれど……全員が全員、魔法が必要な仕事に就くことはないでしょう? それに魔法を学んでいる人でも、自分の仕事に必要な、どこか一分野に特化した魔法を集中的に身に付ける程度で、すべての人が魔法のエキスパートとはならない。だから、魔法学校に通わずに、地元で一般の学校や、
「というか、魔法を専門に勉強する人の方が少ないよ? じゃなきゃ大きい魔法学校が全国に三つとか、少なすぎじゃん?」
「それじゃあ、魔法学校に通う者が目指すのは」
門を通る。石柱と鉄柵に囲まれた敷地の中に、シャノリアの家で見たものとは比較にならない大きさの魔法陣が敷いてある。こちらは比較的新しく作られたのか、風化はそう見られない。
俺の言葉に、シャノリアが小さな笑みを作った。
「言った通り、魔法使い――魔法の
「でも、魔法学校の中でプレジアだけは特殊なの」
「特殊?」
「ふふ、それはね――」
再び白い光に包まれる。
次に視界に飛び込んできたのは、先程とは打って変わった光景と――
目の前にある巨大な入り口には鉄製と思われる一続きのアーチがあり、その奥の床――恐らく転移魔法陣だろう――は、
「セントラルエントランスって呼ばれてる場所だよ。ここから行きたいとこに転移するの。そして、私が言ってた『特殊』っていうのは――」
俺達と入れ違いに、校門へ
振り返り、消えていく集団を見る。彼らは門番と同じ、金の刺繍が入った藍色のローブを着ていた。
あれが、この魔法学校の「特殊」――なのか?
「『アルクス』……この学校が育ててる、お抱えの
「義勇兵?」
「『盾の義勇兵』、なんて呼ばれてたりもするわね。この学校には魔術師コースの他に、彼らアルクスを育成する『義勇兵コース』っていうところもあるのよ」
「簡単に言えば
「……そんなに求められてるのか。その、戦う力ってやつが?」
「そうね。この世界では武装は当たり前に行われているし、
シャノリアが目を伏せて言う。
俺は何となく、この魔法世界がどういった状況なのか見えてきた気がした。
RPGのように、戦い
「大丈夫大丈夫、心配しなくても、私達には関係のない世界から。あんな危ないコースに所属するの、ごく少数の人たちだけだって」
「そうなのか?」
「そうね。少なくとも、アマセ君には縁のない話だと思うわ。選ぶ自由はあるけれど、アマセ君はとにかく魔術師コースに入りなさい」
「義勇兵コースも選べるのか?」
「ふっふっふ。あのねぇ。アマセ君」
マリスタが
「さっきも言ったけど、義勇兵コースって危ないんだよ。どうしてか分かる?」
「……怪我の危険か?」
「ノンノン。怪我なんてもんじゃないよ――――
「多少はコース生にも、
「そんなとこに、進んで入ってく人なんて
やはりどこか得意げにマリスタ。そのいかにも教えてあげてる感
「……そうだな」
……まあ、ここはその通りか。
ここにいるのも、そもそも情報収集が目的なだけだ。別に腰を落ち着けるつもりもない。
俺に必要なのは魔女を探す為、プレジア内を自由に動き回れることだ。魔法も学校も、そのついでに過ぎない。
……と言いつつ、魔法に多少興味を持ち始めている自分に、少し自己嫌悪した。
◆ ◆
プレジア魔法魔術学校。
ここは、空間が転移魔法陣によっていくつもの「階層」に分けられていて、それぞれの層ごとに教室、職員室、医務室、食堂、中庭など、様々な役割を持っている。
魔法陣以外で層を行き来する方法はない。転移魔法陣とは言わば、階段と同じようなもの。そう考えれば、特に目新しさもない。
石材をベースにして作られた校舎の中は
そんなプレジア校内の第四層、「職員区」と呼ばれる場所の一室に、俺は案内されていた。
「失礼します」
読めないプレートが付けられた
一礼して続いた俺の目に入ってきたのは、振り
「――あ、お話し中でしたか、校長先生。失礼しました」
『いや、構わんよディノバーツ先生――おや』
背の低い白髪の男が、眼鏡を下げて俺を見る。校長と呼ばれた
『……ディノバーツ先生、その子は? 見たことがない子だね』
「入学希望者です。ホラ、アマセ君」
「……言葉は通じるのか?」
『む。外国の子か』
事情を察した様子で校長が歩み寄る。歩み寄ってくる校長の指先が光るのを、俺は見逃さなかった。恐らくはあの、通訳魔法。
「はじめまして。私はクリクター・オース、この学校の校長をしている。君は?」
「ケイ・アマセです。シャノリア・ディノバーツ先生の紹介で、このプレジア魔法魔術学校への入学を申し込みに参りました。受け取っていただけますか」
そう言って、シャノリアから渡された封筒を両手で差し出す。校長はしわだらけの顔で人の
その場で丁寧に封を破り、眼鏡をずらして中の紙に目を通すと、俺へと視線を戻す。
「――もちろん。君に魔法を学びたいという意思がある限り、プレジアはそれを受け入れよう。ようこそ、プレジア魔法魔術学校へ」
「ありがとうございます、校長先生!」
「……ありがとうございます」
シャノリアと共に頭を下げる。
入学試験のようなものがあるのではと身構えていたが……こんなにあっさり許しが出るとは思わず、少々面食らっ――
「では……ザードチップ先生。丁度いい、君がディノバーツ先生と一緒に、彼の
――マホウジュツ……
「え?……私がですか?」
「今、君の頼みを受け入れたところじゃないか。ギブアンドテイクは嫌いかね?」
わざとらしい笑顔でそう返す校長に、嫌そうな気配を隠そうともしない
「トルト・ザードチップだ。今からディノバーツ先生と一緒に、お前さんの魔法術検査を担当する。ま、ほどほどによろしく」
「……はい。よろしくお願いします、ザードチップ先生」
「はいはい。じゃ、ディノバーツ先生……私ゃ先に行ってるんで」
「はい。ありがとうございます、先生」
「いいですって。……たった今これも仕事になったから」
トルトは扉に向かいながらひらひらとシャノリアに手を振ると、大きな
「では、失礼します。アマセ君、行きましょう」
「シャノリア……先生」
「ふふ、呼びにくいならシャノリアでいいわよ。会った時もそうだったものね」
「ああ……ありがとう。これから、何を検査するんだ?」
「別に変わったことをしたりはしないわ。魔法術検査……名前の通り、あなたの魔法の
――――は?
「――――は?」
心の声が、そのまま口に出てしまう。
「そう緊張しなくて大丈夫だってば。魔力を練ったり、
何でもないことのように言い、ニコニコと笑うシャノリア。
俺は「記憶を失った」などという、考えてみればあまりにも安直で
魔力を練る。ぜえれとやらに異常がないか確かめる。
…………どれもこれも、一体何のことなんだ。
◆ ◆
「……字も書けねーのか? あいつぁ」
「彼、記憶を失っているようなんです。自分の名前以外は、ほとんど忘れてしまっていて」
「記憶喪失ねぇ……」
「うん、これでおっけー! 大変だね、記憶をなくしちゃってるってのは。字も書けないんだから」
「……助かったよ」
マリスタの助けを得て、検査に必要な書類をなんとか記入し終わり。
ようやく、検査の準備をしていたらしいトルトとシャノリアが俺の前に現れた。
「さて。さっさと済ましちまおう。お前さんの魔法の実力、見せてもらうぜ」
「……これで何かが決まるんですか?」
「質問を許した覚えは……」
「
そう
「今、マリスタが赤いローブを着ているでしょう? あれは学校から支給された制服みたいなものなの。中等部の生徒は、成績の差でローブの色が違ってくるのよ。レッド、グリーン、ベージュ、グレー、そしてホワイト……この順で
「そうか。成績か……」
……待てよ。ということは、マリスタのやつ……最下位の色じゃないか。
マリスタへと顔を向ける。同時にマリスタが顔を逸らした。
こいつ……
「同じ授業でも、
「つまりこの検査は、差し当たってお前さんがどの色のローブを着ることになるかを見るためのモンだってことだ。ホレ」
トルトが、顔程の大きさもある
「さ、スタートだ。魔力
「魔力とは何ですか?」
俺にとっては
しかしそれが、
『……………………は?』
不思議の国の住人たちにしてみれば、こんなにも
「…………あのな坊主。誰が今冗談言えっつったんだ。面白くねぇからさっさと魔力込めろ」
「真面目に言ってるんですが」
「ま、真面目に言ってんの、それ……?」
「だからそう言ってる。きっと記憶が――」
「……アマセ君。よく聞いて?」
黙っていたシャノリアが、言いにくそうに口を開く。
俺はそのシャノリアの様子に――ようやく、自分が「記憶喪失」では片付かない間違いを犯したのだと理解し始めた。
「魔力ってね、理論的に言うと難しい話になっちゃうんだけど……魔力を出したり込めたりっていうのは、人間が成長する過程で、当たり前に出来るようになることなの。……君が言った『魔力とは何ですか』っていうのは……『どうやったら足で立てますか』って言ってるのと同じことなのよ」
――やっぱり、そういうことか。
魔力を操る力。それはこの世界の住人にとって、種族として本能的に習得すべき――ハイハイや母国語、立つ、歩く、食べるなど――、持っていて当然の力だということだ。
ああ、くそ。
知らないことが、余りにも多すぎる。
「……シャノリア先生。本当にこいつ、記憶をなくしてんですかい? 記憶障害についてはちょっとかじってますが、これじゃこいつ、そのうち息の仕方でも忘れそうですよ?」
「わ、私も確かなことを知っているわけじゃないけど……知らないと訴えかけてくるこの子の目は本物でした。……きっと混乱しているのだと思います。まだこの子がやってきて一日足らず――」
シャノリアが、失言だったと言葉を切る。だが、それは少し遅すぎる。
「…………シャノリア先生。あんたこいつ、どっから連れてきたんですか。どうも私にゃ、その辺の
「あ、あの。それは――」
「……突然現れたんだ。この人の家の、庭の上空に」
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