第54話 今私が入るべき蚊帳へ

1

開場かいじょう直前になって忙しすぎるんですけどォ!!」

「ふふ。ありがたい疲れだね」

「ホントにねーまったく! ふふっ」

「おや。誰かと思えば二組と四組の人達ですか。廊下は走ってはいけませんよ」

「あ――マーズホーン先生っ!」



 大きな荷物を持ち、廊下ろうかを駆けていた女生徒が急停止し、向かいからやってきたアドリー・マーズホーンに深々と頭を下げる。

 少し遅れ、同じく大荷物を抱えたリア・テイルハートも彼へ頭を下げた。



「ありがとうございます、アルクスに交渉こうしょうしてくださって。おかげで調練場ちょうれんじょうを、会場として使えるようになりました」

「ホントに! 実は権力者ですよね~マーズホーン先生って!」

「礼には及びませんよ。あなた達の劇は、それだけの大人気になったということですから」

「はは……まあ、話題を呼んだのはあのデモで、キスキルさんが宣伝してくれたからかもしれませんけど」

「そう謙遜けんそんせずに。初演しょえんを観ましたが、私も思わず見入ってしまう出来栄できばえでしたよ。見た人の口コミもなければ、ああも予約者は増えなかったでしょう」

「ホント、ただの学生劇に人集まり過ぎですからね!?」

「ね。もう予約め切ってたのに、あのデモから今までの間に予約者がそれまでの十倍以上きて、急遽きゅうきょ会場変更なんて――――プレジア史上初らしいよ」

「ははは、話を聞くだにとんでもない数ですね。お客が十倍以上とは」

「プレジアの全校生徒数以上ですよ!? もー笑えちゃうんだから! なっははは――あっ、マーズホーン先生はもう『関係者席』にご招待しょうたいしちゃうんで、ゼヒゼヒ! 見に来てくださいね!!」

「ええ、うかがいましたよ。ありがたくご招待に預かるとします。お客の数がそれだけ違えば、役者の演技も一味違ったものになるでしょうしね」

「あぁっ、そうです先生!! 役者の奴ら――――マリスタさんとか見てませんか!?」

「え? 見当たらないのですか? この直前に?」

「そうなんです!! 何度かなめの御声ネベンス・ポート使ってもつながらなくって困ってるんですよ! それも何人も!!」

「ふーむ。かなめの御声ネベンス・ポートに必要な魔石ませきを落としでもしたのでしょうか。とにかく見ていませんね」

「しかも役者だけじゃないんですよ、連絡取れないの! シャノリア先生もちょっと指示出してすぐいなくなっちゃったし! この忙しいのに――――おととと」



 ――突然、少女が頭をぐわんとらし、よろける。

 とっさに、リアが抱えた荷物でそれを支えた。

 アドリーが神妙しんみょうな顔をする。



「……確かに、ひどく疲れているようですね。ちゃんと休憩きゅうけいできていますか?」

「だ、大丈夫です大丈夫です! いや、うーんでも疲れてんのかなー、流石に。なはは……なんか今朝からずっと頭がボーっとしちゃうんですよね」

「それ言ってる子、周りに多いんだよね……まあ、裏方の頑張りどころかな。私達は舞台には上がらないし」

「……ホントに頑張ってるのですね。その頑張りを、役者の方を見かけたらしっかり伝えるとしましょう」

『ありがとうございます』! じゃあ行こリアさん!」

「失礼します、マーズホーン先生」



 抱えた荷物をガチャガチャいわせ、いそいそと去っていくリアと女生徒を、アドリーは微笑みで見送り、ひとちた。



「…………順調なようで、よかった」

「やっと見つけた。どこほっつき歩いてたんですか、マーズホーンさん」

「ん?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る