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『なっ……』



 俺とペトラの困惑は、誰に聞こえることもなくざわめきの中に消えていく。



 第二十二層、調練ちょうれんじょう

 二ヶ月前にナイセストと戦った、一層まるごと訓練場となっていたその時の光景とは打って変わって――――眼前に現れたのは、期待と熱気に満ちた、幾重いくえにも曲がりくねる長蛇ちょうだの列だった。



 見渡す限りの人、人、人。

 しかしその向こうには、確かに見慣れた舞台セットが立っているのが見て取れる。



 この人数が……ホントにいち学生の演劇えんげきを見に来た客だっていうのか。

 リリスティア・キスキル様様だな。



「『キスキルさん効果』だけじゃないみたいだよ」

「え?」

「前回の劇を見た人が、面白いよってオススメしてくれたんだろうって。何人かリピーターの人もいるみたい」

「リピーター?」

「もう一度、に来てくれてる人がいるってこと。さ、舞台裏に急ごうケイ君――――兵士長さんはここまででいいですよね」

「ああ。後は関係者席から監視かんしさせてもらうとするよ」

「は? あんたが関係者席?」

「お前を見張るのが私の役目だ、既に関係者から承諾しょうだくも得ている。一般客にまじってのんびりと並ぶと思ったか」

「いや、というか……観るのかよ、あんた」

「見たくて見る訳じゃ無い……と言うと語弊ごへいがあるが。目的はあくまでお前の監視だ。結果的に観劇することにはなるが、みょうな真似をすれば劇中でも容赦ようしゃ無く拘束こうそくするからそのつもりでいろ」

「……そうか」



 ――ペトラの妹、エリダ・ボルテールもこの劇のメインキャストだ。

 任務であるとはいえ、観たくない訳ではないのだろう。「語弊がある」ということは。



「ねえ、あれアマセ君じゃない?」「あっ、ホントだー!」「その後ろにいるのってアルクスだよな、あの藍色あいいろのローブ」「出してもらえたんだねアマセ君ー!」「劇楽しみにしてんぞ!」「見てるからねアマセくーん!」『アマセせんぱーい!!』「横にいる子アレだよな、魔女ユニア役で出てる」「あの子普段ふだんメガネなんだ、可愛いじゃん」「アルテアスの横にいるから目立たねーけどな」「他に出てる子たちもみんな可愛いんだよ~!」「はやく裏いかねーと始まっちまうぞー!」「がんばってねー!」

「わ、わ……し、失礼しますっ! 通りますッ! 早く行こ、ケイ君」

「あ――いや、もう少し――」

「待ちなさいケイ・・ッ!」



 ――――会いたかった・・・・・・その声に、パールゥが手を引くのにも構わず立ち止まり、振り返る。



 果たして人混ひとごみから現れたのは、予想通りの破廉恥はれんち少女しょうじょ――ココウェル・ミファ・リシディアだった。

 当然その背後には黒の騎士きし、アヤメがいつもの能面のうめんで張り付いている。



「っ……! ごめんなさいね今ケイ君にはあなたに構ってるヒマはないから――」

「まくし立てんな負けポジいんキャクソメガネ、会話に割り込むな。――――ケイ、もういいから行きまし・・・・・・・・・・? あんだけヒドい目に合わされて、」

「!!!」

「もうプレジアに義理立てするひつ――」

「この劇までやり切らせてくれッッ!!」

「ッ、!?」

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