こんなにも行きたかった異世界 -最弱の少年は、ただ復讐のために魔女の手を取り力を求む-
はっとりおきな
第1章 〝圭〟
第1話 触れる唇、つながる体はかの者の名を
1
少女の唇が、か細く激しく、俺の唇を奪う。
荒い鼻息。長い
飛びあがる心臓。逆立つ神経。体を
重ねた唇へ、少女の
ほんの数秒前まで、俺は――――死を目前にした、ただの子どもだったというのに。
光が覆う。
少女の体が光の
それでも少女は唇を離さない。
ただ切に、切に――――その口付けで
やがて、光が俺を運ぶ。
体は
そして、
◆ ◆
子どもは体中傷だらけだ。
泥だらけの服は破れ、所々は
酷くみっともない姿で、ひっきりなしに
「あんなに体の大きな高校生に飛びかかっていくなんて。あなたはまだ八才なのよ? 下手したら、もっと大きなけがだって――」
「だって……メイがあぶなかったんだ」
嗚咽を
少年の視線は母親に寄り
少女も目に涙の
母は床を見つめる娘の頭を
「……私とそっくりね。あなたはお母さんと同じ……いいえ。お母さんよりも大きい、大きい優しさを持っている。それがお母さんは、たまらなく嬉しいの。ありがとう、
母の手が、少年の胸に触れる。
少年は涙の流れる顔で
そんな兄と母の様子に、
「ありがとう、けいにーちゃん」
――家族が、少年の
「うん。いいんだよ。任せて、メイ。母さん」
――家族が、少年の生きる理由だった。
「ずっとずっと、おれがまもるよ。父さんも母さんも、メイも!」
――家族が、俺のすべてだった。
「やくそくするから!」
◆ ◆
「約束したでしょう? その金髪、三年生になったらちゃんと黒に
「そうでしたっけ。忘れました」
「
いつもずれている
高校三年になるが、この人の凄味の無さは変わらない。
担任が
「あのねえ、圭君。もう何回も言ってきたけど、二年生秋までの成績見てたら、十分いい大学狙えるんだよ? 部活後に追い上げてくる人もいるんだから、もう一度しっかり頑張って、」
「言ったでしょう、進学はしないって」
「いくらなんでも冬から成績が落ちすぎ。意図的にやってるとしか思えない」
「やってます」
「素直か! じゃなくて、あーもー……そして、これは何?」
担任が机を示す。
そこには白紙のままの、進路調査用紙。
「ちゃんと書いてたじゃないですか。突き返してきたのは先生ですよ」
「バカにしないで。もう二年間も担任してるのよ? あなたが警察官になる気なんて
「…………」
考えた。
考えた結果、何も書けなくなった。
俺の「将来」はもう、消えて無くなってしまったから。
「――帰ります。これ以上続けても不毛なの、
「あ、ちょっと圭君! 話はまだ終わってないよ!」
「行かないと。友達と会う約束があるので」
引き戸の取っ手に手をかけた時、彼女の声のトーンが変わった。
「……じゃあ最後に一つだけ。ちゃんと付き合う友達は選びなさい。友達多いんだし、二年間一緒のクラスだったんだから、分かるでしょう」
「友人は選んでますよ。失礼しました」
引き戸を閉め、担任の姿が見えなくなる。
間もなく声を掛けられた。
「オイおせーよ、あんま待たせんなよ」
「先に行っててくれって言っただろ」
「お前をイクミちゃんと二人っきりにしておけっかよ」
「どういう意味だ?」
「ちっ、イケメンめ」
「ジゴロ野郎がよ……さあ、はやく行こうぜ」
「あー、彼女欲しー」
廊下で待っていた、いかにもな
周りから見れば、俺も立派な同類なんだろう。
◆ ◆
「
「何を考えてるんでしょう、あの子。二年担任してますけど、いまだに
「成績優秀、
「二日前も、女生徒に告白されていましたよ。にべもなく断っていたようですが」
「二日前も、ですか? なんとまぁ……私は十日くらい前にも見ましたがね」
「でも、最近は成績がガタ落ちなんですって?」
「はい……去年の冬から一切勉強をしなくなったみたいで。そのくせ……見てくださいコレ!」
「どれどれ……ははは! こりゃ面白い。全教科きっちり赤点プラス一点じゃないですか」
「器用なのか不器用なのか……おちょくってるとしか思えません」
「ああ見えて、構ってほしいだけかもしれませんね。彼って確かもう、
「は、はい。高校入学と同時に」
「ああ、知ってます。施設長がずいぶん止めたらしいですよぉ、高校卒業までは居ていいって。あの年頃の男子が一人暮らし三年目……辛いことはあるでしょうね」
「でも、構ってほしいだなんて」
「しかも火事で家族をみんな亡くしてるんですよね? 十年前ですっけ……きっと愛情に飢えてたり、まだ傷が
「……そうなんですかね、やっぱり。十年前の」
「こう言うと
「外から眺めてる分にはねぇ」
「そうですね。でもだからこそ、少しでもあの子を……」
(…………あの子の内側を……いいえ、
◆ ◆
「いいじゃねえかコレ。デュナミスのネックレス欲しかったんだよ。貰ってもいいんだよな? 友達だもんな?」
「おい、何かしゃべれよ。口ついてんだろ? 新入生くんよ」
「んだよその目は。やんのかテメー」
駅前のゲームセンター。その付近の
人通りの少ないこの場所が、こいつらの居場所。
同じ高校の下級生らしい男子が
ネックレスを奪い取ったそいつらは得意気に顔を見合わせ、倒れたままの男子を
背にある壁の冷たさをシャツ越しに感じながら、俺はその光景から目を
いつかと逆だな。まるで逆。
妹の髪を引っ張る高校生。妹の声。込みあがってくる怒り。
髪を引っ張り、
〝ありがとう、けいにーちゃん〟
そうやって得た達成感。安心感。家族の笑顔。
そうやって得ていた自己肯定感。自尊心。俺の居場所。大切なもの。
――それが、目の前で
〝一人だけ生き残ったらしいわよ。かわいそうに〟
〝
〝はじめまして。君はこの場所を、本当の家だと思ってくれていいんだよ〟
だが、あれは事故なんかじゃない。
炎に包まれ消えていく家族。父。母。妹。そして俺。
それを空から眺め、立っていた――爆炎に映る、長い髪の、人間のシルエット。
〝出火原因? ああ、調べてはいるが……とにかくすべてが燃え尽きていてね。ガス爆発の線が
〝警察になるの? いいじゃないか、お前ならきっとなれるよ。先生、応援するぞ〟
〝犯人がいたって言ってきかないんだよ。きっと混乱しているんだ。この話題は、あの子の前では避けるようにしてくれ〟
――違う。違う。
あれは事故なんかじゃない。俺の家族は、殺されたんだ。
だから俺は警察になる。警察になって、俺から家族を奪った犯人を――
――犯人を?
〝気持ちはわかるわ、圭君。でもね、いい加減現実を見ないと――犯人なんていないのよ〟
〝その年でここを出てどうしようというんだ。例の犯人に、復讐でもする気なのか?〟
〝解らないガキだなお前も! もう警察はあの事故に関わらない。十年も前の事件性の無い「事故」なんかにはな!〟
〝犯人が分かったぜ。お前の家族自身だ、自殺だったんだろきっとな!! じゃなきゃあんな
警察は、もうあの事件を事件とも思っていない。
警察になったところで、俺の願いはもう叶いはしない。
俺のすべては、もう戻らない。
雨が降り出す。不良達は我先にとゲームセンターへと避難していく。
俺は顔を伝う
現状を変える力も無い、逃げ出すことも叶わない、無意味な人生だ。
〝将来のこと、まじめに考えてるの?〟
考えた。
考えた結果、何も描けなくなった。
俺の「将来」はもう、消えてなくなってしまったから。
犯人はワルいワルい、マジョ。
そう思わなければ、とてもやっていられなかった。
男子が起き上がる。
「――――」
口を大きく開き、歯を
霧がかった視界に、小さなナイフを光らせる。
もがいても更に、
だったら沈み尽くして、いっそ消えてしまえばいい。
家族が待ってる。
終わりに向き合う。
男子が体を硬直させるが、それも一瞬。
少年が肩で息をして。
震える両手でナイフを握って。
雨を
そして――――――――そして、唐突に地面に倒れた。
――
男子の後ろに立っていたのは、
その体はいつかの俺のようにボロボロで、ローブだったらしい
眼前の光景を受け入れられない俺の体は、
少女は俺の肩に腕を回してしな
「――――ッ!!?」
柔らかな感触。
血管を
地面が
唇は唐突に離れ、互いに大きく息を吸い込む。
俺も少女もただ雨の中、何を言うこともなく見つめ合ったまま荒い呼吸を繰り返す。
そうしている間に光が消え、体に冷たさが戻る。
世界をまた、雨音が支配していく。
どれだけの間、
互いの瞳に
初めて動かすかのように重い唇を、やっとの思いでこじ開ける。
「――――」
確かめなければいけなかった。
「――――『リセル』」
――
「――ごめんなさい、圭。ごめんなさい――――」
少女は顔を
場には倒れた少年と、立ち尽くした俺だけが残った。
◆ ◆
「……え?」
その教師は、帰路に倒れる少年を目にとめる。
彼女が
「君、大丈夫か? おい、君!――あなた関係者? この子の」
「と、通りすがりです。でも、この制服はうちの高校の――」
教師の視線の端に、何かが映る。
顔を上げる。
少年を
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