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「はは。『あなた』って、そこまでかしこまらなくったっていいでしょ」

「い、いえ。あの……お久しぶりです、会長・・

「うん。所有属性エトスの授業以来だね。久しぶりだ」

「今日は……どうして?」

「それもおかしな質問でしょ。僕もこのプレジアの学生なんだから……でも、そうだね。考えてみれば、ちょっと奇妙きみょうなタイミングだよね」

「……もしかして、試験に参加を?」

「ふふ、ホントは間に合わせたかったんだけど……残念ながら、今回も未参加だよ。家の仕事の方がひと段落したから、遅れてでも顔見せしておこうと思った――ん、だけど」



 ホワイトローブの茶髪がチラ、と、運ばれていくマリスタを目で示す。



「びっくりしたよ。アルテアスさんが義勇兵ぎゆうへいコースに移ってるんだから――まあ、あれが評価されるかと言われたら、評価されないだろうけどね」

「……そう思います」

「うん。これはアルクスへの適性てきせいを見る試験だから。目の前の相手を倒すだけの戦いじゃない。あんな無茶をしてちゃ、到底とうていアルクスとして戦場には出られないだろうね。それはハイエイト君も同じ」

「…………」

「でもさ。燃えるよね、ああいうのは」

「え」

「戦いをおさめた身としてはね。ちょっとだけ憧れるよ、ああいうたたかいには」

「……そうですか」

「そうじゃないって顔だね」

「! そ――そんなことは」

「大丈夫だよ。僕はティアルバー君みたいに厳しくはしないから。それとも、君にはこう言った方が通じるかな。『素直に言ってくれた方が、僕は好き』」

「……」



 少年は一度口をつぐみ――やがて、ゆっくり開いた。



「……評価されない戦いですよ。おっしゃっていることは分かりますが、僕には無意味にしか思えません」

「君は、『戦い』と『闘い』が、どう違うのかわかる?」

「え」

「実力が拮抗きっこうしてるとか、体が練習通りちゃんと動くとか、色々要因はあるんだけどね。いいたたかいは、ただ相手を殺すことだけを目的にする『戦い』とは違って、心の対話になるんだ。さらけだされた精神と精神がぶつかり合って、たがいを理解し合っていく。その一瞬一瞬が自分を、相手を、時にはそれを見ている人さえ燃え上がらせることがあるんだ。感動ってやつだね」

「……そうですね」

「ほら、また隠した。そうは思えないんでしょ、ハッキリ言っていいんだって」

「い――いえ、別にそんな」

「もー、だからそうかたくならなくても大丈夫だってば……ま、やってみればわかるよ。君にもね――――ん? そういえば、君はどうして試験に参加してないの?」

「!」



 沈黙ちんもく

 ホワイトローブが目を細めた。



「……それに今回の試験、参加者もだいぶ少なく見えるよ」

「…………」

「学校に入ったときから、何か雰囲気ふんいきがおかしいとは思ったけど。やっぱり何かあったんだね。知ってること、聞かせてくれるかな」



 茶髪の目が、少年をとらえる。

 少年は、しばらく何も言えなかった。



〝どんな世界で生きていたらそういびつになれるんだ。お前〟



「……いや。僕は何も知りません」

「そうは見えないけど。今言いよどんでたし」

「僕の言葉はっ」



 卑屈ひくつが、彼ののどを突く。



「…………僕の言葉には、偏見へんけんが混じりますから」

「またおかしなことを言う。そんなの当たり前じゃないか」

「え――」

「人の言葉に偏見があるなんて当たり前さ。大切なのは、『自分の言葉には偏見がある』って、ちゃんと自覚していることだよ。君みたいにね・・・・・・

「!!――――」



 面食らう少年の前で、ホワイトローブが微笑ほほえむ。



「……知ってることだけで構わないよ。プレジアで何があって、今どういう状況なのか。教えて欲しい」

「……実のところは、僕もよく知らないんです。この二ヶ月ほど、学校に行っていなかったので」

「……もしかして、それも今の状況に関係があるのかい?」

「…………」



(偏見を、自覚して――)



「……二カ月前。うちのクラスに、一人の転校生が来たんです」

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