困惑――――闇のない男

 ゆえに、私は奴を殺し損ねた。

 死に至らしめるほど決定的なものが、見つからなかった。



 作り話だと、疑った。

 何もかも嘘でり固められた男に違いないと、そう思った。

 でも、奴の口かられ出る言葉は、



〝努力が出来る。努力した分だけ、報われる可能性がある。こんなに……こんなに喜ばしいことが他にあるか?〟

〝二度と逃げない。二度と諦めない。家族の命を奪った者を影も残さずなぶり殺しつぶし尽くすまで。例えこの身がどんなにむごたらしく醜悪しゅうあく破滅はめつしようとも〟



 ことごとく、奴のそれまでの行動によって裏付けが取れるものばかりで。



 その首尾しゅび一貫いっかんは、奴を動機をはかるに十分で。



 つまり、奴の言葉はマリスタ達を――――納得させるだけの、説得力を持っていた。



 その場にいた誰一人、その言葉を疑うことはしなかった――――忌々いまいましいことに、この私さえ。



 屈辱くつじょくだった。

 この私が獲物えものを取り逃がし――負け犬のように、悪態あくたい遠吠とおぼえることしか出来ないなんて。



 奴は力を求める。

 それは誰のためでもなく、自分の為だと言う。

 ゆえに俺には他人に分け入ることはなく、他人が俺に分け入る余地よちはない、という。

 そんな言葉を語った口で――成すべき大望たいもうは、復讐ふくしゅうだという。

 家族のかたきを、つことだという。



 ……わかっているのだろうか。



 自分の言葉が、根底こんていから矛盾むじゅんしているということに。



 だってそうではないか。

 何を差し置いても力を求める利己りこ

 だが、その果てにお前が成そうとしているのは利己のようでその実――――究極の利他りたではないか。



 決定的な出来事が欲しかった。

 奴がプレジアに居られなくなる出来事。

 奴のような寄生きせいちゅうを、今後一切再起さいき不能ふのうにする出来事が。



 そう思って、その後はなお一層いっそう徹底てっていてきに奴の周囲を洗い、探った。

 しかし――見えてくるのは、どれもあの夜の言葉を更に裏打うらうちする行動ばかり。

 その上、しかも、更に悪いことに――



 ――閑話かんわ休題きゅうだい



 つまり嫌な話だが、私は奴に張り付いていた。

 少しでも独善どくぜんが過ぎれば、一息にるし上げて殺してやるつもりで。



 そんなような経緯けいいで、私は――忌避きひしていた貴族と「平民」の争いに、意図せず分け入っていた。

 そして……気付いてしまった。



 追っていたものよりよっぽど鼻につく悪臭あくしゅう

 ナイセスト・ティアルバーの「幼稚ようち」に。

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