4
聞き慣れない耳障りな声が、
少女は
「同じ人間であることだけは信じて言うんですが。貴方、ちゃんとマリスタやシャノリア先生が自分と同じ人間に見えてますか?」
「誰だお前は?」
「名乗る気すら起きませんよ。どこまでいっても
「ちょ……ナタリー?」
「誰なんだと聞いてるんだが」
「け、ケイもちょっと待ってってば」
「貴方、人を自分に都合の良い
「……………………」
……ダメだな、この
「シャットアウトしましたね今、私を。関わるだけ無駄だとでもお思いになりました?」
――!?
「何ですその顔は。
「ナタリー、もういいから」
「人がモノにしか見えないそのフィルターを
「……………………」
――
ああ、くそ。体が動けば、さっさとこの場から消えてやるのに。
「そ、そこまで言わなくてもいいのよ、コーミレイさん。ケイは事情が事情だし、人と違って魔法にも慣れていないわ。きっと焦ってるのよ」
「随分と好かれているようですね。一体どうやって何人もの女性を
「ナタリーもうやめてってば」
「こんな風に言ってくれる方々の好意に甘えに甘えて、今の貴方があるような気がしてならないんですが、私。――いえ、もっと正確に言い直しましょうか? 貴方はこうして人がよかれと思って向けてくれる好意を全て自分に利するものとして利用しかしていない。まるで人を養分とする
〝――私、君が測れなくて、怖い〟
……よくまあ、ここまでヴィエルナと同じことを言ってのけるものだ。
「ナタリー、」
「人間を
「ああ、そうだな。すまなかった。以後
いつか風紀委員にしたように謝罪し、頭を下げる。
それ以外、俺から出来ることは何もない。
「……ケイ」
「…………これだけ言われて
「悪かったと思ってるんだ。でも、俺は今とにかく力が欲しい。だから」
「どうして力が欲しいの?」
黙っていたシャノリアが会話を
……
もう二度と動けなくなるようなヘマはしないと誓おう。
「あんたには言ったはずだぞ、シャノリア。俺はこの……リシディアのことを知らない。魔法のこともだ。だから」
「違うわ。……きっとそれは違う」
「……
「知ってるわよ。……私はずっとあなたの近くにいたのよ? リシディアに来てからのあなたの行動を全部見てきた。だから思うの。あなたの行動は、ただの知識欲じゃ説明がつかないことが多すぎる。先生を見くびらないで」
――こいつ。
「何に説明がつかないだと?」
「……例えば、寝たり食べたり以外の時間を、全部勉強と修行に
「それは説明しただろ。俺はこのリシディアのことを知りたいだけだ」
「人との交わりを最小限にしているところもよ」
「そんなもの人の
「それも意図的に。交わりたくても出来ない人たちとは違う。あなたは交われるのに、自分から壁を作って離れていく――――私も、きっとマリスタだって、多少なりともそう感じていると思うの」
「そのくせ勉強や修行に必要な時は、何事もなかったかのように自分から部屋に呼んだりする訳ですね、ああ末恐ろしい」
「お前、なんでそんなことを知って……」
「
「全部お前達から吹っ掛けてきたケンカだろ。降りかかる火の粉を払ったまでだ」
「違う。私、見てた。から。あなたは……
…………何だと?
「なにを馬鹿な――――」
「私もあの場に、居た。はっきり見た――――君は笑ってたの、ケイ。オーダーガード君に、向かい合って」
〝――どういうつもりなの、それ。ねえ。アマセ君〟
〝おいおい、早く止めろよザードチップ先生! あいつ、きっと頭がイカレやがったんだ。早く止めねぇと何するか分かんねぇぞ!〟
――そういえば、そんなことを奴らに言われた記憶がある。
その時俺は、まさか……笑っていたのか?
「……どうやら、自分がどれだけ
「今回も、確かめた。吹っ掛けたの、確かに私だけど……断ることも、出来たはず。でも、そうしなかった。あなたはまた、笑ったの」
……なんて間抜けだ、
体の筋肉の前に
「ああそうか、その通りかもしれないな。確かに戦いに
「白々しい。
――おいおい。
頭の中が白く
おかしい、こんなことは今まで無かった
……自分の脇の甘さを思い知ると同時に、これほど呪ったことはない。
「……
「自己紹介で言ってたんですがね。これだけの
「……そうなの? ケイ。あなた……本当は記憶を失ってなんかないの?」
「お、俺は……」
「目的は何なの? ケイ」
足が床を叩く音が近付き、眉を
「マリスタ!?」
「それだけ無茶して、私達を無視してさ。あんたは何がしたいワケ――――何が目的でリシディアに、シャノリア先生の家に現れたワケ?」
「先生の家に――――
「マリスタ、それを言うのはまだ――」
「答えてケイッ!!!!」
キン、と耳が遠のく。
音圧に目を閉じ、開くとそこには――――涙を
「……なんで」
俺の声。
どうしてお前がそんなに必死で、涙なんかを浮かべる必要がある。
「最初はさ。私も多分、イケメンだからって理由でしかあんたを見てなかった」
……やめろよ。
どうしてこんなことで、こんな時に、涙が流せるんだ、お前は。
「でも、すっごい努力して頑張ったりとかさ。風紀委員とケンカしたりとかさ。そんなあんたを見てて、なんか……ほっとけなくなって…………ほっときたく、なくてさ」
やめてくれ。
そんな涙を、
「なのに声かけても、あんたはそっけないし、無視するし。……でも、あんたの気持ちも
〝けいにーちゃん〟
「うるさいなっ!」
突き飛ばす。
倒れたのは、俺の方だった。
「け、ケイっ」
「寄るなっ!……自分で立てる、っ……」
ガクガクと
「何がウルサイよ――一人で立ちたいならせめて心配されないようにしたらどうなのッ!」
「!!」
「マリスタっ」
「それだけ無茶してあれだけイジメられて、それで心配するな俺に近寄るなってのが無理な話でしょ!? 心細くないかな過ごしにくくないかなって思うでしょそのくらいも分かんないの!? それでうるさいとかうっとうしいとか、はぁ!? 意味分かんないんですけどッ!」
「――黙れよ、」
「黙るべきだったのはあんたよ!! 魔法のまの字も知らないくせに風紀委員に立ち向かったりして、ば――……馬鹿じゃないの? どうして逃げなかったのよ。わざわざ
「黙れと言うんだ――――――
……
マリスタの怒り顔に小さな動揺が
ナタリーの目が
台無しだ。
行動を指摘され、動揺を悟られ、無意識を探られ。
…………神にでも、なりたい。
「け、ケイあなた」
「……
「まさか、ホントに」
「……殺すですって? やれるもんならやってみなさいよ――――あんたは一体何者なの、ケイ・アマセッ!!!」
ああ、ああ、あああ、もう。
言ってしまえ、もう。
――そう思い切ってしまえば、後は気楽なものだった。
笑いが込み上げる。今度は確かに、自分が笑っているのが認識出来た。
「そうさ。俺は殺す為にここに来た。家族の
言葉が場に
マリスタは先の勢いを一転させ、目を見開いて黙り込む。
静寂を破ったのはシャノリアだった。
「魔術師に、家族を……!?」
「ほほぉそれはそれは。
「何とでも言え。俺はこの世界でそいつを見つけ出し、必ずこの手で殺す」
「嘘も休み休み言ったらいかがですか。寒すぎて笑いも出ませんよ」
「お前らには解らないだろうな」
「解るわけないでしょう。これだけ貴方を心配しているマリスタの前でまだそんな笑えない身の上話を
「違う。――――俺は、逃げることしか出来なかった」
「は……?」
犯人も
原因も解らず。
真実を追求する力も無く。
ただただ、家族が死んで、もういないという事実だけが、俺の現実だった。
「もっと前から、こうして動いていたかった。でも何も出来なかった。俺の前に道は無かった。いっそ全てを諦め切れていればどれだけ良かったか。折れない気持ちを持たされたまま、ただ逃げることを強いられ続けて――――でも、」
そんな人生が、
〝――――「リセル」〟
目の前で、まるで魔法のように、一瞬にして切り
その上、あいつは。
〝――お前にはこれから、こことは違う世界に行ってもらう〟
俺を決して逃がしはしなかった。
〝あの炎、爆発は間違いなく魔法。そして――その時お前が見た人影こそが、私が追いかける「敵」だ〟
敵を示してくれた。
〝お前の家族に起こった出来事、あれは――こちらの世界の何者かが関与したものでしか在り得ない〟
確信を与えてくれた。
〝――お前はどうしたい。圭〟
生きる理由さえ、与えてくれた。
「俺は今、ここにいる」
〝――――ごめんなさい、圭。ごめんなさい――――〟
だからあんたは、謝る必要なんかない。
〝――ありがとう、リセル。俺をここへ連れてきてくれて〟
お前のお
「魔法を勉強することが出来る。力を付けることが出来る。真実を追求することが出来る。この一歩が、確実に俺だけのものになって、俺を前へと進めてくれる。――――努力が出来る。努力した分だけ、報われる可能性がある。こんなに……こんなに喜ばしいことが他にあるか?」
全員が、黙ってしまっている。
いいじゃないか。
ここまでさせたんだ、もう少し――この
「逃げろだと? 諦めろだと? 死んだ方がマシだ。
ごぼ、と。ダムが決壊するように、俺は血を吐き落とした。
「!!?」
「ケイっ、もういいわやめなさいっ」
「ごヴ――――必ず手に入れてやる。力を。絶対の力を――――これで解ったろう。お前達とは、生きる世界が違うんだよマリスタ――――マリスタァッ!!!」
「!!」
マリスタが体をビクつかせる。
その目にはありありと未知への恐怖が浮かび、人型の魔物でも見るかのよう。
そうだ。それが俺とお前の、正しい距離だ。
「ごぉ――ォ、ヴがぉェえ――――――ッ!!!!」
「ダメよダメッ!!! それ以上
体が
血が止まらない。吐き気に従い口が巨大に開く。手で受け止める。目が涙で
真っ赤。
真っ赤。
真っっっ赤だ。
ああ。
俺は今――――こんなにも、生きている。
大丈夫だ、こんなもの。
こんなものは――――
「先生。回復魔法っ」
「くっ――疲労を回復する魔法は時間が――――ケイ!!」
「―――っ、―――、」
死ぬもんかよ、こんなところで。
これからなんだ。全部、全部。
「…………
「コーミレイさん今はもうやめなさいッ!!」
「カナラズコロスだのニゲルコトヲシイラレタだのナブリゴロシツブシツクスだのカッコいいつもりですか? よっぽど今、
「ナタリーやめてッ!!」
「が…み…、…神っ……」
視界が、吐き広げた赤で染まる。
ごぼごぼと、
――ふざけろ。
「――――神なんか、」
俺の家族を残らず見捨てた、神なんか。
「神なんか、超えてやる」
赤に黒が混ざる。
心地の良い色に、意識が沈んでいく。
嬉しい。
俺は今、
待望し
こんなにも行きたかった、異世界に。
◆ ◆
「酷い有様ですねぇ。いっそそのまま安らかに逝かせてあげてはいかがでしょうか?」
「冗談でもそんなことを言うんじゃ……」
「冗談? ご
回復魔法の準備にかかりながらナタリーを
「先生も聞いたでしょう? この男の目的を。そしてこの男は無意識でなく、意識的にマリスタや先生達を遠ざけ、目的の為だけに
「……『今勉強に向いてるケイの意識が、別のものに向いたらどうなるか』って言いたいの?」
「
「ど、どういうことナタリー」
「
「――――ぇ……?」
「そ……んなこと、あるわけ」
「無いですか?……無いとは言い切れないでしょう。というか、つい
〝――殺すぞ、お前!!〟
マリスタが、顔を血まみれにして倒れた圭へと視線を移す。
その目に映る確かな恐れに、ナタリーはほくそ
「改めて言いますよ、マリスタ。この男は、いつか必ず貴女に災いを
「っ………………」
「先生もですよ? まさか人殺しの手助けをするおつもりで?」
「……あなたなら一度言えばわかると思ってたわ、コーミレイさん――冗談でもそういうことを言わないで」
シャノリアがぴしゃりと言い放つ。ナタリーは小さく
「おお怖いですねぇ。私は良かれと思って忠告差し上げたつもりなのですが。差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした。……ですが、私は友達だけは自分の手で守りますのでどうぞ、
ナタリーの姿が消える。
圭がシャノリアの魔術によって
(……求められてもいないのに近付いて。結果嫌われて、あげくもし、殺されたとしたら……それは、なんか。すごく、バカみたいじゃない)
〝――俺は殺す為にここに来た。家族の
(無理だよ)
〝――お前達とは、生きる世界が違うんだよマリスタ――――マリスタァッ!!!〟
(あんな強い意志に……私なんかが、立ち入るスキなんてあるはずない)
――そう思った瞬間、マリスタは走り出していた。
とてもそんな気持ちで、この場にいることは出来なかった。
後ろから投げかけられる声など、今のマリスタには届かない。
マリスタは、圭から離れることしか出来なかった。
「……マリスタ」
「先生。彼をどこに運ぶ?」
「え?」
「医務室? だったら私、パーチェ先生。叩き起こし、ます」
「ぱ、パーチェ先生は日中しか学校にいらっしゃらないの! だから叩き起こせないわ」
「そうなんですか。むむ。どう、しますか」
「寮の管理人の方に頼んで部屋を開けてもらうわ。訓練施設の夜間利用中に起こった
「……そうでした。知ってました」
「……知らなかったのね」
「?!?!??!」
「な、何をそんなに驚いてるの……? 訓練施設の夜間利用も、初めてだったんでしょ?」
「?!?!」
「いやいや、だから。推測できるでしょ今のあなたの言葉から」
「?!……」
「ま、まあいいわ。そういえばキースさん、どうしてケイと闘ったりしたの? あなたの実力なら、レッドローブなんて相手にもしないはずでしょう?……やっぱり、ティアルバー君の指示なの?」
「……違います。彼が、何考えてるか。知りたくて。それ、分かれば。勝っても、負けても。どっちでも、よかったです」
「
「がんばりました」
「あはは……でもそれじゃあ、
「……ごめんなさい。ここまで、追い詰める、気は」
「大丈夫よ。あれは、圭の
「……先生。この話、学校には」
「誰にも言わないから安心して。今回の件は、単に力の無いいち生徒が、魔力切れの中で混乱して、あることないこと口走っちゃっただけです。責任能力が疑われるレベルだし、実際に何をしたわけでもない。コーミレイさんも、彼の言葉だけじゃそうそう動けないはずよ」
「……
「ん。――そろそろ動かしてもいい頃だわ。それじゃあ、私は回復魔法を
「了解」
「ありがと。ごめんね、訓練で疲れてるでしょうけど」
「大丈夫、です。かたいので」
「そ、そう……?? それじゃあお願いね」
「了解」
シャノリアが指を振ると水泡が薄くなり、圭をぴったりと
誰もいなくなった訓練施設。
マリスタらの一団とは違う
「……ありがとう。圭」
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