第12話 宣戦布告

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 風紀委員会に復讐心を抱いたケイ・アマセ異端が、風紀委員の女子の中でも穏健派おんけんはであるヴィエルナ・キースを狙い、予想外の戦闘能力にボコボコにされながらも、命乞いのちごいで油断を誘い、道具を用いた何らかの大魔法・・・・・・・何らかの痛手・・・・・・を与えた。



 ……それが今現在、プレジアに蔓延まんえんしているうわさ概要がいよう



 それに枝葉えだはがつき、やれヴィエルナは既に異端いたんの手にちただとか、実は素性の知れない俺は伝説の大魔術師だいまじゅつし血縁けつえん愛弟子まなでしであるだとか、魔女の血筋ちすじでリシディア人に復讐を目論もくろむ殺人鬼であるだなどとか……



 ……ここまで見事に作り話が真実として跋扈ばっこしているのを見ると、俺の世界もそうだったんだろうなと悲観してしまう。

 というか音声付きの動画まで出回ってるらしいが、そんなことが出来るのはあの場に居た四人だけだ。というかあのナタリーとかいう女だけだ。

 あのパパラッチは、一体何を考えてそんなことをしていやがるのか。

 ただただ鬱陶うっとうしい。



 無様にも魔力を切らし、血を吐き散らし、シャノリア他人らに介抱かいほうされて今に至る雑魚ざこ

 どんな嘘が垂れ流されようと、それだけが俺にとって真実なのだから。



 現在は翌日。

 数時間眠り、体はなんとか日常生活を送れる程には回復しているようだった。



 魔力切れによる疲労困憊ひろうこんぱいであるとは一口に言っても、血を吐いたということは物理的に内臓が傷付いているはずだ。食道か、あるいは胃か、腸か。血の色を覚えていれば色々判断もついただろうが、生憎あいにくあの時の記憶は今でも曖昧あいまいなままで――



〝――教えてよ、ねえ――――答えてよっ!!〟

 



 ――曖昧あいまいなままで。



 HRホームルーム中にも、マリスタは一切話しかけてこなかった――ナタリーパパラッチは相変わらずの笑顔を向けてきた。あれほど不愉快ふゆかいな営業スマイルを持つ女もそうそういないだろう――。結局昨日の出来事であいつに何が起きたのかは俺には知るよしもないが、現状を見るにお互いにとって非常にいい方向に転がったのだろう。

 そのままフェードアウトして、ただのクラスメイトになることを祈る。



 さて。



 また血を吐くわけにもいかない、流石さすがに今日の肉体訓練は見送るべきだろう。となると、今日は座学に集中出来そうだ。

 機神の縛光エルファナ・ポースの効果範囲といい、調べたいことは山積さんせきしている。実技練習にいて短時間で最大限の成果を出すためには、座学による適切な知識の吸収が第一だ。

 実践じっせんに向け、各種魔法も練度れんどを上げ、更に修練を積まなければならない――



 肩をつかまれ、無理矢理振り向かせられる。



「おう。こないだはヴィエルナが世話になったな。『異端いたん』」



 そこには、煮えたぎる怒りを両目にたたえたソフトモヒカンの男――グレーローブのロハザー・ハイエイトの姿があった。




◆     ◆




「これ……多分、というか、確実に……ナタリーだよね? ったの」

「さあ、一体何のことやらさっぱりです。ああっ、今痛そうな一撃がホラ、アマセさんにっ!! ああ、平気そうにしていますが、これは奥歯の一本や二本や十本折れているかもですねぇっ☆」

「お、奥歯は十本も無いと思うよ……」

「いやですねぇ、パールゥったら。今のは単なる願望ですよぉ」

「が、願望……??!」

「答えてナタリー。あなた、アマセ君とキースさんが闘う現場に居たんでしょう? 私やパールゥにまで隠し事をするなんて酷いじゃない。ついでに、私は学校で流れてる噂もあなたが出所でどころなんじゃないかと踏んでるんだけど」

「だからその場には居ませんでしたってばぁ、信じてくださいよぉ~それに仲が良いのと隠し事がないのとは関係のない問題ですってぇ」

「はぁ……ナタリー。私はあなたのことも心配して言ってるのよ? ほどほどにしとかないと、ホントに後が怖いんだから」

「何がですか? そしてどうしてですか?? ひぃ恐ろしいっ、無関係なことで身が危険にさらされるなんて。私ってばどうしたらいいんでしょうっ」

「ほんと、アマセ君とどっちが芸達者げいたっしゃなんだか……」

「ちょっと聞き捨てなりませんね今の。私とあんなのを比較ひかくしないでいただけます?」

(あんなのって……でも、これは明らかに)



 システィーナがチラ、と、教室の自分の机に座っているマリスタに視線を送る。



 頬杖ほおづえを突いたマリスタが覇気はきのない目でシスティーナと視線を合わせ、すぐにらす。

 逸らしたとはいえ、特に何を見ているわけでもない。普段は活発に揺れているポニーテールをだらりと下げたまま、マリスタはただ漫然まんぜんと時を浪費ろうひしていた。無意識に、システィーナの体もマリスタのポーズにならって動く。



一杯いっぱい、毒を盛られたと見るべきよね。ナタリーから、主にアマセ君関連で。あんな顔してるマリスタ、見たことないし)

「じゃ……じゃあ、マリスタはどうしてあんなにしょげちゃってるの? 私、これもきっとその。ナタリーとかアマセ君が何か知ってるんじゃないかなって」

「さあ。生理前では?☆」

「な、なたりーっ」

「あやや、割と真面目な返答のつもりだったんですがねっ☆。でもまあ、そうでないならきっとアマセさん関連でしょう。大袈裟おおげさですよねえ、死に別れた訳でもないでしょうに」

「ナタリー……何か知ってるんじゃないの?」

「だから知りませんてばぁ。ですが、最近のマリスタの動態どうたいから察するに、何かあったと見るのは容易よういです。きっと、アマセさんに近寄ってこっぴどく突っぱねられでもしたんですよ。あの方、マリスタを相当けむたがっていた様子でしたし」

「よく知ってるのね。アマセ君のこと」

「知りたくもないですけどね。記録石ディーチェを仕掛けてるので、見たくないものも見えてしまいますっ。あやー困りましたぁ☆」

盗撮とうさつを堂々と公言しないでよ……?!」

「あ、パールゥ。貴女あなたにだったら格安で情報をお売りしてもいいですよ。あなたとアレ・・がくっつく分には私、全力で応援させていただきますのでっ☆」

「お、おお応援理由に邪念じゃねんが宿りすぎだよ! さりげなく有料だしっ」

(へえ。大きく動揺したわね、パールゥってば)

「ま、そんな与太話よたばなしはさて置いて。私はあの程度で済んで、むしろ良かったと思ってますよ。これ以上深入りしたらもっと、心身ともに傷付けられていたでしょうから……まったく。だからアレには近寄るなと散々忠告したのです」

「それでいて、今朝見たアマセ君が普段とまったく変わらない様子だったのがまたすごいわよね。色んな意味で」

「また礼儀れいぎ正しい方のアマセ君だったよね。……あれを部屋で毎日練習とかしてるんだと思うと、ちょっと可愛いかも…………あっ、うそです。なんでもなぃです」



 集まった二人の視線が、パールゥのゆるい笑いを一瞬で引っ込ませた。



「毎日練習してあのザマですかぁ。きっと一流俳優はいゆうになれますねっ、九十年後くらいに☆」

「うーん……ていうかただ突っぱねられただけならあの子、落ち込むより烈火れっかのごとく怒りそうなものだけどね。『うがー』とか言って」

「よっぽど酷い言い方をされたのかもしれません。『胸の贅肉ぜいにくが頭にいってる』とか『赤毛なのに水属性』とか『遺伝子しか本気出してない』とか。あぁっ、可哀想かわいそうなマリスタっ」

「ナタリー、実はマリスタのこと嫌いなの……?」

「あややとんでもない、私はあの金髪の方の心を代弁しただけですってばぁ」

「この距離だからきっと聞こえてると思うんだけど……」



 三人がマリスタを見る。

 マリスタは一層クマの酷くなった目で三人を一瞥いちべつした後フラフラと立ち上がり、足取りも重く教室を出ていった。



「……ナタリーのせいだ」

「ナタリーのせいね」

「アマセさんのせいですね。あぁケイ・アマセ、なんて酷い人。今のうちに縁が切れてホントによかった」

『………………』

「……お二人してそういう目をしますけどね。既にあの子は、貴族と『平民』との無益な争いに巻き込まれているのですよ? その上『異端』だのと言われる厄介な相手と交流していて、……果てに、私にさえもどうにも出来ないことが起きてしまえば、それこそ取り返しが付かなくなってしまいます」

「…………んーー。まあ、そうとも言える、のかな」

「システィーナまでっ」

「貴族と『平民』との争いは、もう学校に居られるかどうかってところまで来てるから、それを考えるとね……友情をとって命を亡くしたり、社会的な立学校にいら場がなくなるれなくなるなら、私は付き合いをやめちゃう……かも」

「そ、そんな……」

「パールゥの気持ちも分かるから、余計にしんどいんだけどね。……何か、契機けいきがあるといいんだけど。貴族と『平民』の争いに決着をつける、キッカケみたいなものが」

「きっかけ……」

「切っ掛けと言いましてもねぇ。それだと、全面戦争の火蓋ひぶたでも切ることになってしまいそうですねぇ」

「う、うーん。そういうことになる……のかしら」



 システィーナは、改めてマリスタが去っていった教室の入口へと視線を移す。

 彼女が一人でフラフラと向かった先など、これまで放課後、ほとんどの時間をマリスタと一緒に過ごしていたシスティーナには考えつかなかった。




◆     ◆




 今日はもう部屋に帰って休もう。

 あんなことがあった翌日で、学校にちゃんと来て授業受けただけでもえらいわよ、私。



〝――努力が出来る。努力した分だけ、報われる可能性がある。こんなに……こんなに喜ばしいことが他にあるか?〟



 ……私みたいな低い意識じゃ、絶対ケイには届かない。

 努力できることは喜ばしいこと。そんな風に考えたことなんて、今までなかった。

 それだけでも違う世界にいるんだなーって実感できすぎるっていうのに。その上――――フクシュウ? 圧倒的なチカラ? カミを超える?



「…………ケイは、異世界いせかいにいる」



 私達が住んでる場所とは明らかに違う、異質な世界に。

 もしかしたら、ケイの世界にはあんな人がいっぱいいるのかもしれない。

 勉強熱心で頭の回転が速くて、休みの時間なんて気にせずに努力し続ける人たちばかりの国から、やってきたのかもしれない。



「………………、」



 そういえば、あの時はいっぱいいっぱいで聞けなかったけど。



 記憶喪失が嘘だって言うなら、ケイは……自分の生まれをちゃんと、理解してるってことなんだろうか。

 ってことは、ケイは自分のことを隠してたことになる。

 て、そりゃ隠して当たり前か。だってケイは、自分の家族を殺した人たちを探して、フクシュウ……つまり、殺そうとしてるんだから。



「……んぅ?」



 でも、あいつがここに来たのは偶然ぽくなかった?

 だってシャノリア先生の庭にいきなりふってきたんだよ?

 あんだけはっきりと復讐なんて目的を持った人が……あんなテキトーな場所に、しかも魔法に対する知識がゼロの状態で、思い立ってやってくるかしら。

 やってくるにしても、もうちょっとこう、後ろ暗い場所から出てこようと思うんじゃないかしら。暗い裏路地とか。悪そうなやつらが集まるバー的なとことか。



「……ゎぬ?」



 ん?……ちょっと待って。なんだろこの違和感。私は何がひっかかってんの?



 ケイがこの世界にやって来た時のことを知ってるのは、私とシャノリア先生と、あとザードチップ先生だけだ。他の人はケイのことを家庭の事情で、よく分からないけど魔法を知らない場所出身の転校生だと思ってる。

 それで、ナタリーやヴィエルナちゃんは、ケイの目的が殺人……そう、人殺しらしいと知っちゃったと。

 てことはナタリー達には、ケイは「最初から復讐を果たす目的でここへやってきた人」に見えてる……んだよね。



「む……?」



 でも、そうなるとやっぱおかしい。

 魔法のこと知らなかったりとか、現れたのがシャノリア先生の家だったりとか。



 よくわかんないけど、なんか魔法使ったワープに失敗したとか?

 いや待って、実はシャノリア先生が復讐の相手だったりとか?

 ……なわけないか。だったら寝込みでも襲ってるわ。

 いやでも、私たちってそのとき確か、魔法の練習中だったよね。そのあとすぐに、シャノリア先生がプレジアの教師だと分かったんだから……シャノリア先生の力を知って、ケイはシャノリア先生を超えることを目標にして、それで、魔法の練習をしてるって可能性も……?



 ……あたまがこけむす。



 まとめなさい、マリスタ。よくわかんないことをテキトーにまとめるのは十八番おはこでしょうが。

 そう。あんだけカシコそうで努力家なケイが、復讐なんて大変そうなことをやるのに、細かい計画を立てないなんてオカシイってことよ。



 まだ何かある。ケイの話には、まだ裏がある。……裏の裏、的なやつが。それじゃ表だけど。

 てかそんなことを思ったところで、私には何にも出来ないんだけど。

 しょせん私は魔術師まじゅつしコースで、あいつは義勇兵ぎゆうへいコースだし。そうよ、私にできることなんて……



「あ」



 魔力を転移魔法陣てんいまほうじんに送り込んで、考えから頭が離れた瞬間に、私は乗っている陣がりょうへ続くものじゃないことに気付いた。

 気付いても、後の祭り。目の前はあっという間に真っ白になって第三層だいさんそう、図書室に続く廊下ろうかにつながった。

 ああ、つくづく自分ってバカだなぁ。

 ドロ水に沈むような気持ちでため息をついて、もう一度魔力を送り……



 ……なにあれ?




◆     ◆




「まさかキースさん、あんたが一番槍いちばんやりだとはな」

「僕らも驚いたよ。まさか詠唱の出来ない君が、真っ先にあの『異端いたん』の鼻を明かしてくれるなんてね」



 ヴィエルナ・キースは、聞かずとも耳に入ってくる二人の風紀委員――ベージュローブ、大柄のビージ・バディルオンと、眼鏡のチェニク・セイントーンの声に、表情には出さずともげんなりして、解放されている図書室のとびらをくぐった。



 プレジア魔法魔術学校図書室は、開架かいかされている図書だけで百万冊に上る蔵書量ぞうしょりょうを誇る文化施設ぶんかしせつである。

 教本や小説、写真集に絵画、新聞、映像、果ては漫画や創作造形そうさくぞうけいなど様々な資料が閲覧えつらん観覧かんらんでき、文化的な気質きしつを持つ生徒にとっては楽園となり得る場所だ。



 内部も洒脱しゃだつ整然せいぜんとしており、中央にある吹き抜けからは三階まで行き来できる内部を天井まで見上げられ、その圧巻あっかんは初めて訪れたものをれとさせる出来栄できばえだ。



 ヴィエルナは一階から三階と、あちこちをせわしなく歩き回ってみせたが、風紀委員達は彼女の思いなどつゆ知らぬ様子で付いて回る。

 すべては「異端」の排斥はいせき、そして彼らの鬱憤うっぷんの解消のため。



「しかしあの『異端』、まさかキースさんにまでボコにされるとは思ってなかったんだろうな。その時の『異端』の顔を想像するだけで笑いが出るぜ」

「グレーローブという称号しょうごうを持つ者がどれほど優れた戦闘能力を持つか、知らなかったんだろうね。恐らくテインツをたまたまひるませたあの一件で調子に乗っていたんだろう。全く、事あるごとに愚行ぐこうを繰り返すやつだよ」

「ああ。そして始末の悪いことに、それが愚行だってことが未だに分かっちゃいねぇ。誰にも教えてすらもらえてねぇ」

あわれだよねー。家柄がないせいで、誰にも気に留めてもらえない奴ってのはさ……キースさんもそう思わない?」

「……わからない」

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