2

「……わからない」

「最近では、アルテアスさんも彼から離れたって話だよ」

「むしろ遅すぎるくらいだろ。アルテアスの奴も、ようやく自分の立場を理解したって感じだ」

「上から目線が過ぎるよ、ビージ。不敬ふけいだ」

「おっとそうだった。いけねぇいけねぇ……ついあの『異端』と同列に見ちまう。本来、あの人はそんなうつわじゃねぇんだ。俺ァ分かってたよ」

「そろそろ、学校中の人間たちが気付いてくる頃だと思うよ。『平民』狩りも加速してる、先生たちも何も言えない。僕らは確実に官軍かんぐんになりつつあるんだ」

「そして最後に、『異端』ぞくぐんは我々の聖域から確実に排除――いや、淘汰とうたされるってわけだ。ははっ、そりゃ胸がきそうだ」

「そう遠くないと思うよ、その未来はね。キースさんは知ってる? 今から二カ月と少しで始まる実技試験――――どうやら、『異端』の相手は全て風紀委員になるそうだよ」

「!」



 寝耳ねみみに水な情報に、ヴィエルナは本の山の端から顔をのぞかせた。ヴィエルナが示した興味が心地よかったのか、チェニクは満足気に眼鏡のフレームを押し上げる。



「あくまでウワサだけどね、そんな情報が出回ってる。ティアルバーさんは御父上おちちうえがプレジアの理事を務めているし、信憑性しんぴょうせいは高いと思うよ」

「腕が鳴るよなぁ……もし本当にそんな話が出たら、俺はあの野郎と一回戦で当たるように願い出るぜ」

「今からさかるなって。恨みつのってるねぇ、ビージ」

「ったりめーだろ。あのクソ野郎、公衆の面前で死ぬほど無様な負け姿さらさせてやるぜ」

「彼の、相手が…………全員、風紀に?」

「ビビりあがっちゃうかもね、奴がこの噂を聞いたら。今日にも魔術師コースに転属てんぞくしたりして」

「ああ、そういう可能性もあんのか。つまんねぇな、男なら最後まで意地を張り通せってんだ」

「もちろん、実技を受けない可能性もね。そういう選択も、残念ながらできてしまうから」

「その時は認識を改めてやんなくちゃな。身の程をわきまえるだけの常識が、あの野郎にも備わってたってこったからよ!」

「……それ、確かなウワサなの?」



 下卑げびた笑い声の中に響く、赤毛の少女の声。

 マリスタは消沈しょうちんした顔に戸惑いを浮かべながら、「ねえ」と続けた。

 ビージは弱っている彼女を見て、どこか満足気まんぞくげに笑って口を開く。



「おお、アルテアスじゃねぇか。ああ、風紀の幹部やってるダチから聞いた話だから間違いねぇぜ。ホントにそうなるかは置いとくとしてもよ」

「……どうして?」

「どうして? どうしてって、そりゃあの異端いたんに聞いてくれよアルテアスさん。あいつがどうして、大して良くもねぇ頭さえ低くして過ごせねぇのか、俺達でも理解出来ねぇんだからよ――って、そうか、もう聞けねぇか! 今やあんたも、あいつとの縁を切ったんだからな。さぞあの勘違いクンもショックだったろうぜ」

「ようやく、あなた自身のうつわを理解してもらえたんだね、アルテアスさん。改めて自己紹介するよ、僕はチェニク――」

「たぶん、この状況を。彼は……歓迎かんげいする、よね」



 唯一、マリスタの言葉を正確にとらえることが出来たヴィエルナが、言葉を返す。



「……自分を、鍛えることが出来るから」

「ね。ねえ……ちょっと。聞いてる?」



 マリスタの言葉に、ヴィエルナがコクリとうなずく。



「……あいつ、ホントに神様より強くなるつもりなのかな。その――――目的のために」

「たぶん、そうだと思う。それ以外、関係ないし、興味もないんだよ」

「目的? おいおいあんたら、何を話してんだよ? 全然分かんねぇぞ」

「……関係無くないよ。状況考えたら分からないかな? あいつこのままじゃ、ホントに学校に居られなくなっちゃうかもしれないのに」

「きっと、それでも。関係ないって、言うんだろうね」

「意味分かんないっ。だって、そんな……人は一人じゃ生きられないんだよ? なのに……誰とも関わらなくていいとか、そんなのさ。おかしいじゃん。人の生き方じゃない」

「彼はたぶん……人であろうとは・・・・・・・してない・・・・

「人だよ! 人だからこそあいつは、ああして……大切だったもののために、何もかも捨てて『フクシュウ目的』に向かっていこうとしてるんじゃん! でもそれは人間としておかしいし、あんな風に誰も寄せ付けないように振る舞ってたらあいつ、最後にはっ、 、」



 マリスタが止まる。

 ヴィエルナがわずかに視線を下げ、その言葉を繰り返す。



「…………最後・・

「…………あいつ。『目的』を果たした後は、どうなっちゃうのかな」

「ねぇアルテアスさん、キースさん。何なの、何の話なの? 僕らにも分かるように話してよ。悩みなら聞いてあげるからさ」

「そうだぜ。俺達はもう仲間なんだからよ!」



 圭の行く末に待つ闇を悟り、マリスタとヴィエルナが言葉を切る。ヴィエルナは目の前の本の山に頭を預けるようにうつむき、やがてマリスタを見た。



「……マリスタ。私、『誰かの味方』になりたいの」

「へ?」

「だから、義勇兵コースなの」

「お、おおう……?」

「きっとケイ、止まらないよね」

「う、うん」

「あなたは、彼と一緒に居たい?」

「へっ? あぃや、あの。ヴィエルナちゃんさっきから、どういう意味で質問――」

「私は、一緒にいたいと思う」

「ひぇっ?! そ、なン、びえるなちゃん?!」

「でないと、彼。本当に、復讐目的を果たしちゃう気がするの。……私は彼を、悪者にしたくない。させない」

「…………」

「あのままじゃ彼、きっと世界に牙をむく。だから誰かが、止めてあげなくちゃ。そのために――彼と一緒に、並び立つ人、必要だと思うの」

「……並び立つ・・・・?」



 ヴィエルナが再び、コクリとうなずいた。



「……おいおい。まさかそれ、『異端』の話か?……ちょ、ちょっと待ってくれよ、アンタら。一緒に居たい? 世界に牙をむく? 『止めてあげないと』だと?」

「…………そんなの、」



 無理だよ、私には。



 喉元のどもとまでせりあがった言葉を押しとどめ、マリスタがうつむく。



 圭と一緒にいて、そしていざという時は止める。ヴィエルナがそう言えるのは、彼女が実際に圭と戦うだけの力を持っているからだ。

 マリスタにはそんな大層なことが言えるだけの力など、まったくりはしない。



(……大体、私は魔術師コースだし)



 両親に認められるため、アルテアス家を背負って建てるようになるため、マリスタはプレジアへとやって来た。

 彼女にとってそれは人生において割と至上しじょうの使命。それを無かったことには出来ない。



 だが。



(……あれ)



 実感の持てない使命と、たった今芽生えた、ただの衝動に近い思い。



 それらは不思議なほどに矛盾むじゅんを抱えず、彼女の手の中に在った。



 ――故に。



「…………そっか」

「?」

「ヴィエルナちゃん。私も、ケイと並び立ちたい」



 マリスタは、くるりときびすを返して図書室を後にする。



 その目に灯ったほのおを、ヴィエルナは確かに見た。



「あ、アルテアスさん? どこ行くの、話はまだ途中で――」

「答えろってんだよキースッ!! テメェら、一体あの『異端』の何を知ってる!? まさか、ホントにあいつに洗脳されてやがるってんじゃ――」

「……洗脳されてるのは、もしかして。彼の方なのかも」

「は!!!??」

「ビ、ビージ落ちついて」

「だとしたら、」



 声を荒げるビージを押さえるチェニクを置き、ヴィエルナは図書室のカウンターへと移動していく。

 その顔は、小さく小さく微笑びしょうを浮かべていた。



「解いてあげなくちゃ。ね、マリスタ?」




◆     ◆




「……何だと?」

とぼけんな。大人しそうな女を狙って夜討ようちをかけるなんてな。どこまで性根がくさってればそんなことが出来るんだ、テメェ」



 肩をつかむ手に力を込めながらロハザー。

 よく見れば彼の周囲には、風紀の腕章わんしょうを付けた十人近い連れがいて、皆一様いちよう義憤ぎふんに満ちた目をしている。……すっかり悪役だが、負けたのは俺の方なのだ。

 そして、あの一見か弱そうなヴィエルナ・キースも……世界で一番小さなゴリラみたいな女だったぞ、あれは。こいつら、本当にヴィエルナの実力を知ってるんだろうか。



 閑話休題かんわきゅうだい



 何はともあれ、こいつらもナタリーの流した嘘にさんざっぱら翻弄ほんろうされてここまでやって来たのだろう。最早もはやろうねぎらってやりたい。ナタリー・コーミレイあのパパラッチ、逆にあいつをなんとか社会的に殺せないものか。



 そういえばあいつといい、こいつといい。ご丁寧にちゃんと壁の崩壊アンテルプ・トラークを使ってくれているのか。俺と話が出来ているということは。

 ……意外と配慮の行き届いた奴らなんだろうか。

 まあ、大方まだ俺が使えないと思ってるんだろうが。



 だから閑話休題かんわきゅうだいだ。



「……あれはデマだよ。俺は突然ヴィエルナさんに勝負を挑まれて、一方的にボコボコにされて負けたんだ。上級者と試合が出来るまたとないチャンスだからと、魔力切れまでねっばったけど結局負けた。俺はあの子に傷一・・・・・・・・つ付けられてないよ・・・・・・・・・

俺はあの子に傷一・・・・・・・・つ付けられてない・・・・・・・・だと!? テメェ女狙っといて大口叩いてんじゃねぇぞ! 調子乗ってんなッ!!」

「え。あ、無傷なのは俺だとそう取ったのか今。いや違うそうじゃない、無傷なのは俺じゃなく」

「アァ!? ワケ分かんねーこと言ってんじゃねーぞ!」



 ……面倒な。



 こいつ、図書室の前の時は結構理路整然りろせいぜんとした話し方をしていたんだが……よほど頭に血が上っているのか。

 こいつにとってヴィエルナとは、そういう存在なのかもしれん。



 しかし、なんというか……どうも俺自身に緊張感がない。難癖なんくせをつけられすぎて耐性が出来たのだろうか。

 人の心の機微きびうといことは自覚しているから、これが更に助長されてもまずいな。困りはしないが、あまり人の気持ちが解らなさすぎると、こうやってどんどん悪人呼ばわりされて、ひいては鍛錬たんれんに支障を――――



〝お前は魔王になるんだ、圭〟



 ――馬鹿め。

 この好機こそ利用しろ・・・・・・・・・・



「……もういい。邪魔だ、貴様等きさまらは」

「……ァ?」



 そうだ。



 今俺に必要なのは、「訳分かってもらうこと」じゃない。



「ウンザリだと言ったんだ。貴様等馬鹿共の相手をするのはな」

「な――――何だと?」

真偽しんぎを確かめもせず、誰が吹いたかも分からない大法螺おおぼらに無様に振り回されて俺の前をチョロチョロチョロチョロと……いい加減目障めざわりなんだよ。女一人守ることも出来ない腰抜けぞろいの貴族クラブの分際で」

「――――――、、」



 どうせ悪なら、とことん悪くなれ。



「もう容赦ようしゃはしない。叩き潰してやるよ。お前達、風紀委員会を」



 !!!!!!!!!!??????



 ――一体、どれだけの人数が聞き耳を立てていたのか。

 プレジア魔法魔術学校、エントランス。学校の各層へと移動する転移魔法陣が複数存在するこのエリアの空気が、一瞬にして緊張と驚愕きょうがくに包まれたのが、刹那せつな向けられた視線の数で解った。



 はは。

 随分ずいぶんなお膳立ぜんだてじゃないか。



 もっと邪悪に。



「お前達が何を画策かくさくしているかは知らんし知りたくもないが、全て俺の手の上だ。烏合うごうしゅうが考えること等全て想像がつく」



 もっと高らかに。



「全員で来ると良い。全てぶつけてこい。俺をここから追放してみろ。家柄を鼻にかけるしか能のないお前達出来損ないに、そんなことが出来るものなら」



 魔女と結び、文字通り「世界」を壊す、最大最悪の悪党。

 人々を恐怖と怒りに包む、絶対的強者。



〝影に至るまで焼き尽くしてやるからよ――――!〟



 魔王となれ、天瀬圭。



「あの女は手始めに過ぎんぞ、貴族クラブ共。この俺を怒らせたんだ、誰一人助かると思うなよ。丁度ちょうど数か月後に実技試験があったな――――末端まったん枝葉えだはから中枢ちゅうすうみきまで。害虫におかされて腐りに腐った大木を、木の葉の一部も残さず根こそぎ焼き払ってやるから覚悟しておけ。羽虫はむし共」



 てめえええぇぇぇぇぇええぇェェェエェエェェェェエエッッッッ!!!!!!!



 俺の息の根を止めんと突っ込んでくる怒り狂った腕、腕、腕。



 ローブの袖部分が引き千切ちぎれていく、音がした。



 腕は俺の胸倉むなぐらをそれぞれにつかみ上げ、俺の体を持ち上げる。

 野次馬の中から悲鳴が上がり、いつかのように風紀委員を、教師を呼べという声が聞こえてくる。

 模範的もはんてき姿を求められる風紀委員が俺を殴れるはずもなく、引き裂かんばかりにローブを握り締めた手と、射殺さんばかりに俺をにらむ目だけが、憎悪を燃やして震え続ける。

 例にれず、ロハザーもだ。



「テメェ……分かってんだろうな。今後ひと時たりとも、この学校で安息の時間があると思うなよ。『異端いたん』ッ」

「……存外浸透ぞんがいしんとうしてるんだな、その呼び方。だが甘んじて受けよう。俺とお前達はこれから、晴れて敵同士なんだからな」



 笑う。視線がぶつかる。

 もうすっかり慣れてしまった、殺気という圧。



 これで、練習相手には永久に困るまい。



「おい、何をやってんだお前達ッ!!」



 黒いローブの下に、茶色の服装がよく似合っている男――歴史担当のファレンガス・ケネディ教諭だ――が俺とロハザーの間に割って入り、たった一人で十人近い集団と俺とを引きがす。

 俺はローブを整えてきびすを返し、りょうへと続く転移魔法陣へと乗り込む。



「おい待て、アマセ」

「解消の無い小競り合いです。落ち着いて話したところで解決しませんよ。失礼します」

「何が解決しないだ悪魔が!!!」「恥を知れ!!」「覚えていろこの借りは億倍にして返してやるッ!!「テメェ逃げるな今すぐに俺と闘えッ!!」「生きて実技試験を終えられると思うなよ貴様「お前は風紀だけではない、ナイセスト・ティアルバーにも宣戦布告したのだ!!」「勘違いもいい加減にし「穏便おんびんに話してやってたら調子に乗りやが「お前が俺達にかなう訳ねェだろうが雑魚が「アアァァァアァアアアァァァアァァァァアアァァッッッッッ!!!「殺してやる!! 一族郎党いちぞくろうとう根絶やしに「何の後ろ盾もない「魔法も使えぬ「テインツとキースの借りは必ず「首を洗って「待っていろよ「ケイ・アマセエェェェェッッッ!!!!!!!」



 ――――心地よい雑音は、すぐに静寂せいじゃくに変わる。



 り付けていた、精一杯の邪悪な笑顔が落ちる。



「……顔、引きってやがる……」



 手でローブの袖下そでしたに触れてみる。意外と大きな穴が空いていた。

 胸倉を掴まれ引っ張られたことで、過度な負担がかかったのだろう。

 直すのはそう手間じゃない。普通にしていれば、そう目立つこともない。



 まったく。



「……上等だな。一歩踏み出した証としては」



 一筋縄ひとすじなわではいかないな、魔王道まおうどうというやつは。



「……精々利用させてもらうぞ。風紀委員会」




◆     ◆




「……今、なんて言ったの? マリスタ」

「も、もうっ! 何度も言わせないでくださいよ先生っ――私は、」



「マリスタ・アルテアスは、義勇兵コースへの転属てんぞくを希望します!!!」

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