5



 抱きしめていた両手でパールゥの両肩をつかみ、力任せに引きがす。

 元々、中腰ちゅうごしのような不安定な体勢で抱き合っていたのだ。その一手で俺はあっさり体勢を崩し――――図らずも、パールゥを組み敷く形になってしまう。

 ああ、神様。



「――――――」

「あ――ぁあ、わ、悪いっ。すぐ退――」



〝兄さん〟



「――退くからっ」



 ――また俺は、どうして夢で見た妹の姿などで我に返っているのだろうな。



 ガタガタな体の感覚をどうにか叩き起こして、今にもパールゥの上に崩れ落ちてしまいそうな自分を抑制よくせいからまった糸から逃れるようにして体を起こす。



 しかし、まだそれが精一杯せいいっぱい

 俺は上体を起き上がらせた勢いのまま今度は後ろに倒れそうになり、どうにか尻餅しりもちを着いた。

 見ればパールゥも状態を起こし、床に腰を落ち着けている。

 俺が彼女を見たのと、彼女が俺を見たのとは、ほぼ同時だった。



 薄闇のせいか、こんなに近いのに感情の読み取れないパールゥの目。

 でも彼女のおかげで、なんとか症状は落ち着――――



〝お前は意図的に人の心をたぶらかしてもてあそんでる不誠実なクズ野郎なんだよ〟



 ――――――なんて考えてる場合か、屑野郎くずやろう



「ごめん」



 言葉と同時に、頭を下げる。

 まだ少し頭痛がしたが、無視する。

 そんなことより、今は――――勝手に彼女をなぐさものにしたことを、ただ謝らなければならない。



〝俺はお前と、むにまれず『恋人ごっこ』をしていただけだ。お前の気持ちを汲む義理も義務も何一つ無いだろうが〟

〝一人舞い上がって勘違かんちがいを重ねるな。痛い・・ぞお前〟

〝俺はお前と学祭を回らない。それ程の借りを作った覚えは無い〟



 一体彼女の想いに、どれだけの拒絶を突き付けてきたと思ってる。

 それなのに、俺は自分の都合で彼女の気持ちと体をもてあそんだのだ。

 屑以外の何者でもないではないか。



 パールゥは何も言わない。それだけで、胃にずっしりと重りが乗ったような気持ちになる。

 俺は更に続けた。



「普段あれだけこばんでるのに、こんな時だけ……本当にごめん。弁解の余地は微塵みじんも無いが、一応説明はさせてくれ。さっき俺を襲った『痛み』は――」

「いいよ」

「…………え?」

「謝らないで。私、今……すっごくうれしいんだから」

「う。……嬉しい?」

「うん。だって、アマセ君が私を抱き締めてくれたんだよ。こんなうれしいこと無いよ」

「…………」



「そうか」と。

じゃあ、これ以上を気をかけてやる必要は無いな、と。

そう切り捨ててやりたかった。

それがこれまでの天瀬圭あませけいとして、一番合理的な言葉だと解っていた。



「…………そんな辛そうな表情の奴から出る言葉か。それが」



――――そんな言葉がかけられるものか。

俺の行いで、こんなにも大粒おおつぶの涙を流している少女に向かって。

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