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「へー…ぇ、アマセ君って結構けっこう肩幅かたはば広いんだね。あ、腕、もう少し曲げてくれる?」

「……当たってるぞ」

「え?…………あ、ごめん。でも、も少し待って……はい。終わり」



 ……肌色の思考を打ち捨て、布に集中できるシスティーナが異端いたんなだけなのだろう。この場合。



「うーん……前から思ってたけど、この髪切ったりしないの? 伸びは遅い方だと思うけど、編入へんにゅうしてきた頃と比べてだいぶ伸びてるよ。ほら、このへん」

「ッ?!?」

「わ、痛かった? ごめん。でもほら、この肩甲骨けんこうこつのとこまで伸びてきてるってことだよ。切った方がいいとおもうけどなぁ、私としては」

「い、いきなり背中をなぞるなこのッ……!!」

「あ、あら。そんな刺激しげき強かった?」

「言い方、」

「背中弱いんだねぇ」

「言い方!!」

「うふふ、ごめんって。さ、じゃあ続き測りますよー」

「チッ……無駄話はいいから、早く終わらせてくれ。さっきから鬼がこっちをにらんで――」



 ――――そこにあったのは、怒気とも絶望ともつかない、瞳孔どうこうの開ききった目。



 シャノリアではなかった。

 いや、シャノリアもこちらを見ている。視界の中央で、横道にれて……その、はたから見たら多分たぶん乳繰ちちくり合っているようにも見えたであろう俺達を鬼の形相ぎょうそうで睨んでいる。

 だが、そんな鬼監督かんとくの視線がかすむほどに…………パールゥ・フォンのまばたきを一切しない目は、俺の心臓をザワリとわしづかみにしていた。

 それでいて口元には微笑びしょうが張り付いてやがる。

 シンプルにこわい。



 恋は盲目もうもく

 パールゥはきっと、今自分がどんなオーラを放ち、周りからどんな目を向けられているかなどまるで見えていないのであろう。



 それほどに、実技じつぎ試験しけん以後いごこのところ……パールゥ・フォンという少女の心は、ケイ・アマセにご執心しゅうしんのようだった。



「ん? どうしたの、かたくなってるよ?」

「言い方ッ!!! 何度言わせるッ」

「や、体の強張こわばいてくれなきゃ測れないってば。ほら、腕少し曲げて」

「…………ハァ」

「もしかして、鬼監督がすごく怒ってるとか?」

「鬼が増えてる」

「は?」

「なるだけ離れて、かつ迅速じんそくに済ませた方がいいぞ。お前にも飛び火しかねん、システィーナ。いや、衣裳係いしょうがかり

「……? りょ、了解」

「っ?!?! だ、だから当たっているとッ……!!」

「え、あいや、ごめ……でも急ぐんだったら早くしないと」

「ゆ、ゆっくりでいいから」

「どっちよっ。あーもう、一体何が鬼だって……ん……」



 チラ、と振り返り。

 ガバ、と体を戻すシスティーナ。

 瞳孔どうこう開くほど怖かったか。

 恋敵ではないがどうしてもそう見える存在射抜いぬく目は、また俺に向くそれとも違ったのだろう。攻撃力が。



「……じっくり時間をおかけしますわ。ミリもれないように」

「……ああ、頼む。丹念たんねんに時間をかけて、慎重しんちょうにな」

「クローネッ!!! いつまで時間をかけてるのっ、あなたの稽古けいこをしたいのよ!!!」



 鬼監督の怒号も、どこか遠かった。

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