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生徒たちの談笑が消え、数多の目線が音の発生源――――食堂中央のテーブル、二人の風紀委員と一人の生徒の元へと集中する。
「……騒ぐな、ここは公共の場所だ。話は指導室で聞かせてもらう。リースベット・ローダン、お前を『平民』の貴族への敵対心を
くせ毛の強い短髪の少女が、何か言いたそうにグッと口元に力を入れながらも、大人しく風紀委員に連行されていく。
マリスタが立ち上がろうとする気配を察知し、それをシスティーナが静かに押さえつけた。
マリスタの
風紀委員の姿が消えたころには、マリスタの体からも力は抜けていた。
システィーナとパールゥが、ゆっくりと手を放す。
「あんな光景、最近になって何度も見たことがあるでしょう、マリスタ。貴族と『平民』の対立、そして『平民』への風紀委員会の弾圧。それが、これだけ堂々と行えるような場所に、プレジアはなってきてるってことです」
「……私の違うクラスの友達も、先週から学校に出てこなくなっちゃって。きっとあれも、風紀委員の人たちのせいなんじゃないかって、友達のクラスの人から聞いてる」
「ど、どうして学校に来なくなっちゃうのよ。いじめのせいで?」
「違いますよ、マリスタ。決まってるでしょう? 貴族――特にティアルバー家の力を
「あ、あつりょ……!?」
「ティアルバー君の家――大貴族の影響力を使った圧力で、一族や、家族の社会的立場なんかを人質に取られた『平民』達が、学校に来られなくさせられてる。ってことね」
「な……なによそれっ!? そんなことがあって言いワケ、」
「それがあるのが、今のプレジアなんですよ。マリスタ」
「せ――先生たち!! 先生たちは何やってんのさ! 私今からシャノリア先生に――」
「そうですね。シャノリア・
「だったら――」
「でも、ディノバーツ先生一人ではどうしようもないのです。ディノバーツ家と同じく、ティアルバー家も、このプレジア魔法魔術学校の、
「出資者――――あ」
「確か、マリスタの家も出してたわよね?」
「た、確かに父さんは副理事長をしてるけど……え。ティアルバー君と、シャノリア先生のとこも?」
「ええ。アルテアス、ティアルバー、ディノバーツ、そしてイグニトリオ……プレジア創立の際、四大貴族はどの家も競い合うように学校に資金を提供しています。ですから現在も、学校の運営方針に口を出せるほどの影響力を持っているのですよ」
「……ティアルバー君のお父さんが、今のプレジアを認めてるの?」
「
パールゥがよからぬことに気付き、顔を険しくさせる。
「あ……だから貴族の人たちって……マリスタに」
「そっか……四大貴族に対抗できるのは、同じ四大貴族だけ。そんなマリスタが『平民』とか、それに近しい
「
「………………貴族の時代とかって、もう昔のものだと思ってた。私」
マリスタがそれだけ告げ、コトンと横を向いて机に突っ伏す。
「昔ですよ。昔の世界に執着しないと生きられない、世界の
「……転校とか。考えた方が、いいのかな。嫌だな」
暗い表情でパールゥ。黙り込むマリスタとナタリー。システィーナは否定も
パールゥの言葉が、ゆっくりとテーブルに浸透していく。
「……ケイに、言ってあげた方がいいよね。色々と、知らなさそうだし」
「そこでまた彼の話ですか。放っておきなさいあんなものは」
「ほっとけないよ! あいつ――」
マリスタがナタリーに反論しようと顔を上げた時。
「ケ――ケイっ」
ナタリーの無言の制止も無視し、マリスタは
声を背で受け止めた圭は振り向きこそしたものの、いつか教室で見せた営業スマイルを浮かべ、そのまま立ち去ってしまった。
「え……あ、しまった
通訳魔法を使っていなかったことを思い出したことも相まって、遠ざかっていく背中に、マリスタは声をかけられない。
ナタリーがため息を吐き、
「ハァ~~~~ぁ。何ですあの嘘臭さ
「まあ実際、私は図書室の騒ぎとマリスタの言葉がなかったら、気付かないままだったかも」
「び、びっくりしたよね。図書室で風紀の人たちとケンカしてる時の口調。まるで違う人だもん」
「それが
「……これ以上に、どんなネコを
「腹に
「だから、ケイはそんなんじゃ」
「そのお人好しは確かに
「わ、災いってそんな
「うーん……まあその、
「心配?」
「義勇兵コースの友達からの聞いた話なんだけど。アマセ君、最近は夜遅くまで訓練施設にこもってるらしいわ。
「訓練施設……」
マリスタの頭に、少し前のテインツ・オーダーガードとの騒ぎがよぎる。
彼女は当時の、ほぼ真実と
(夜遅くにって……そんな時間に使って、また同じようなことが起こるかもしれないって思わないのかな。あいつは)
その日のうちに完治したとはいえ、後頭部が裂け、
それをマリスタにさえ一切話そうとしない
そして、先ほどの
(……やっぱだめだ。待ってるだけじゃ、あいつは自分のことを話してくれそうにない……まったく。私がこんなに気を
マリスタは
〝――マリスタ、知ってる? 彼が何と、戦ってるか〟
〝私、
ふと。
そういえば、自分のほかにも一人、似たようなことを言っていた少女がいたことを思い出した。
ヴィエルナ・キース。義勇兵コース所属の、グレーローブの少女のことを。
(……聞いてくる、か)
マリスタが教室で見ている限りでは、圭とヴィエルナが接触している様子はなかった。
(まさかヴィエルナちゃん、ケイの部屋に行ったりとか……いや、それはないか。ケイに誘われたわけじゃあるまいし。なはは…………じゃなくて。そもそも、面と向かってケイが答えるなら、私だって苦労してないし……でもそうなら、ヴィエルナちゃんはどうやって)
圭が夜まで利用しているという、訓練施設。
その言葉が、いやにマリスタの脳裏にこびりつく。
(――もしかして。夜の訓練施設で?――え、ヴィエルナちゃん、何してるの?)
見当違いな方向に加速していく思考を必死で押しとどめ、マリスタは程よい熱を持った紅茶を
――
こうなれば、マリスタ・アルテアスは動かなければ気が済まない。
「ねぇ、システィ」
「ん?」
「ケイが訓練施設にいる時間帯とかって……何か、聞いてない?」
ぽかんとするシスティーナとパールゥ。
マリスタの決然とした表情から発せられた問いに、ナタリーは思いきり目を細めた。
◆ ◆
「じゅ、う……っ」
今日は順調だった。
生活に必要な行動も、授業も、合間の休憩も、全て予定していた時間通りに終わっている。
シャノリアやマリスタが絡んできそうな瞬間はあったが、それもすんなりと首尾よく
あいつらへの対応は――特にマリスタについては、以後一切これでいい。俺の
逆説的に言えば、俺とは
さて。何かを習慣づけるのに必要な時間は二ヶ月ほど。だから、あと六週間ほどを耐えれば、時間を分刻みで意識する必要もそう無くなってくるはずだ。
「じゅう、いちっ……!」
読書のペースも、体が覚えてきた。
読書の記録も、だいぶ
この調子でいけば、順当に知識は増えていくだろう。
「じゅうにっ……」
リシディア語も、
後は単語を覚えつつ、なるべく早く文法に着手して、
早くその
「じゅう、さん……っ、」
シャノリアの教えもあり、魔法の訓練も
今では初級の魔法書を読みながら、魔法の試し打ちさえ可能になってきた。――一度
あの疲労は長引くときは長引くもので、酷い日は一、二時間に一度は軽く吐血していた。ハロウィンの仮装でそんなことをしてる奴が居た気がする。笑えない。
別に病弱な訳でもないのにこのザマだということは、きっと
「じゅう……よっ、ん……!」
そして、いま最もネックとなっているのはこの……肉体訓練だ。
こればかりは以前の生活でも、完全にノータッチだった。
義勇兵として、また目的の為にある程度の筋力が必要になるとはいえ、
一応、肉体訓練の書籍……
武道でいう、技や型のような技術を教えてくれる者もいない――一度リセルに頼んでみようかとも思ったが、あまり一緒にいる場面を目撃されるのは好ましくないし、第一魔女のあの性格、もとい
義勇兵コースの演習授業にも、
魔法の力である程度は動けるのだから、参加しても良さそうなものだが、しっかりとした魔法の
つまり目下、魔法の訓練がやっと
だからといって、何もしないわけにはいくまい。
肉体は一度鍛錬を止めればすぐに負荷に応じた体へと
だからこそ、何をしていいか分からないというのが、何とも悩ましいのだ。
「じゅう、は……ちっ!! あァ――っ」
となれば、無知な俺はひとまず――こうして、
シュールな感じが
インターネットも存在しない異世界で、筋トレのやり方を地道に本で、貴重な時間をかけにかけて調べ上げる。なんとも
加えて俺の
「じゅ、う、く……っ!!」
頼むから多少なりとも、魔法を交えた戦いの助けになって欲しい。
「に、じゅ……っ、っ、……うっ!!!」
義勇兵コースの奴には一目たりとも見られたくないものだ、こんな
「っあ、っは――――は、はぁ、ハァ――――」
……眼前には、健康的な少女の
「ッ?!!」
「………………………………」
――情けないことだが、相当動揺した。
いや、というかアングルが悪い。ローブを羽織っているとはいえ軽装な上、履いているのはえらく布地の少ないベージュのホットパンツ。そんな格好で、しかも人の顔の前でしゃがみ
なんとか立ち上がり、改めて眼前の少女を見る。もうすっかり覚えてしまった無表情な顔、肩の高さの黒髪、スラリとした
調べた限りでは、
それが何だって、この女子はこの時間に、しかも俺の借りている演習スペースに立っていやがるのか。
「……こんばんは」
「…………ああ、こんばんは。風紀委員の、ヴィエルナ・キースさんだよね? 悪いけど今訓練中なんだ。出ててくれるかな、危ないし」
何が「こんばんは」だ。
「私。ヴィエルナ・キース」
「そう」
今言ってただろ。人をおちょくってるのかこいつは。
「何してるの?」
「訓練だけど」
今言ったばかりだろうが。訓練以外でここに来るか。……来てる奴もいるんだったか、そういえば。
そんなことは問題じゃない。
「そう。
「そうなんだ。ぜひどうぞ、
「ううん。ここがいいの」
「そう。じゃあ俺が移動するよ。良い訓練を。
ただでさえ、妙なアングルから鉢合わせた後でばつが悪いんだ。
ともかく
「手合わせの相手。欲しいと、思って」
――――一瞬にして、その場の空気がヴィエルナに
「――――――、」
思わず目を
目の前にいるのは、先程と全く変わらない、静かで緩やかな空気を
だというのに、受ける印象が明らかに違う。
「……あ。……相手、いた」
真っ直ぐ俺を
やはりその表情に変化は見られない――
「――――手合わせ。してくれる? ケイ・アマセ君」
これほどまでに穏やかな
「………………ハッ」
眼前の戦士に、意識を注ぐ。
次の相手にしては、これ以上ない適役じゃないか。
「……受けるよ。丁度、色々試してみたい所だったんだ」
「……そう」
ヴィエルナは構えの一つもとることなく、ただ真っ直ぐに俺を
上等だ。
食い尽くしてやるぞ、
「義勇兵コース、グレーローブ。ヴィエルナ・キース。いくよ」
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