第10話 少女、その静かなる目に闘志を宿し
1
少年は行き止まり――廊下の端へと追い詰められて
魚を捕る熊の腕章をした風紀委員の集団から、ベージュローブを着た背の高い端正な顔の少年が一歩前に出る。
「中等部四年A組カミロ・クレイテル。お前だな、貴族に対する不満を垂れ流し、『平民』共を
「……ふざけるな。貴族クラブめ、何の
「
「な――待て、そんなことは」
「……分かりやすすぎるぜ、クレイテル家のお坊ちゃま。こいつを風紀委員会の名の下に
長い
「しょ……証拠はどこだ! 証拠を見せるまで、俺は認め――」
「あんな貴族への
「!?」
「あ……あんたは報道委員会の――!?」
「さあ。さっさと連れていけ」
「おい待て、コーミレイ、おい! あんたまさか、俺の部屋の中に
「ホラホラ、抵抗するな。話は後でゆっくり聞いてやるからさ!」
「コーミレイ……コーミレイ!! お前、覚えていろよ。貴族なんかにつきやがって、絶対に許さ――」
「
「な――」
「絶対許さない? どうぞご自由に。どれだけ怒りを募らせようと、
「くっ……! そうやってこれからも、『平民』を次々ハメていくつもりか……外道が!」
「貴族だの『平民』だの。知りませんよそんなもの。勝手にやってください。ではお達者で」
「こ……の……離せっ離せお前ら!! 学校の中でこんなことが許されていいワケが……離せえェッ!!」
「何を勘違いしてやがるんだか。このプレジア魔法魔術学校は、とっくに
少年が
「おかげで風紀を乱す
少年が、少女の露出した
「…………は?」
状況を飲み込めない男子生徒に、ナタリー・コーミレイは顔を上げ、にっこりと笑いかけてみせる。
「結構ですよ。そうやって何人もの女生徒に手を出しているクソ野郎など願い下げなのでっ☆――さあ、みなさん。よろしくお願いします」
「?! お、おい待てよ。お前らどういうつもりで――――」
「…………確保の命令が出てます、マトヴェイ先輩」
「……は? 俺に、確保の? ちょっと待てよ、誰の命令だよ。大体、俺は貴族の中でも高名な――」
「あなた、私の友人であるマリスタ・アルテアスに
朗らかに殺意を織り交ぜた声が、マトヴェイと呼ばれた少年の耳に
「な……ンなこと」
「それも貴族だ『平民』だ、ということでもなく、自分の思いに彼女が応えないから、という身勝手極まりないストーカー気質な考えの下。いやぁ
「こ――コーミレイお前、まさか、」
「支配欲がお強くていらっしゃるんですねぇ、マトヴェイさんは。あんな姿の女子に
「て――テメッ、」
「あやや? 今私に『
「……っ!!」
「そのナい頭で、今後の身の振り方をよぉく考えた方が良いですよぉ。…………二度と《・・・》私とマリスタの視界に入らないよう、
「お前――――ッ!!!」
「では、後はよろしくお願いします。風紀委員さん」
「おっ、おい離せ、離せッッ!! テメェコーミレイ、こんなことして…………覚えてろ、覚えてろよお前ェッ!!」
「あやー、
「コーミレイ」
数人の風紀委員に
「やり方はともかく、今回は助かった。フェイルゼインの悪行には、我々もほとほと手を焼いていたんだ。奴の行為は学生の域を超えていた。近々、フェイルゼイン家そのものに捜査の手が及ぶことになると思う」
「そうですか。まぁ、私は私が気に食わない
「そうか。……これを機に、風紀委員会内の風紀をこそ正すべきかもしれないと、
グレーローブを
ナタリーはニコニコとその集団を見送ると、ニット帽を目深にかぶり直してため息を吐き、大きめのウェストポーチから小さなノートを取り出し、開くと――――「社会的デスノート」と
目的を終えた彼女の目は自然、現在ナタリーの中で最も大きな「
そこにあった名は、教室でナタリーの隣の席に座っている男子生徒――ケイ・アマセ。
「……はぁ。全く
ナタリーの
誰に対しても積極的にかかわりに行く姿勢は、昔から持っていた。だが、自分にとって悪いことが起こっても関わり抜く、などという姿勢は、少なくともナタリーは一度も見たことがない。
マリスタは先日、風紀委員会に三時間も
そして、それが彼女の
(……会ったらたっぷり教えてあげますよ、マリスタ。あんな得体の知れない男に、二度と関わらない方がいいと)
ナタリーは羽ペンを使い、ノートにある圭の名前を何度も丸で囲んでノートを閉じ、足早に食堂へと急いだ。
この時間なら、マリスタ達は必ず食堂で
◆ ◆
「……すごいわね、マリスタ。そのクマ」
「んー……。そう?」
「ね……眠れてないの?」
「んー……そうかも。うん。そうだ」
マリスタは気だるげに目をこすり、いつものごとく机に突っ伏した。
その目の下には深めのクマが出来ており、目もどこか
彼女の心労の一番は、いよいよ表面化しつつある貴族と「平民」の争い……に、やはり圭が絡んでいることだった。
「最近スゴいものね。貴族と『平民』とのゴタゴタ」
「私たちも、一応『平民』ってことになるの、かな。どっちにしても、いやだな」
不安げにパールゥ。
システィーナが苦笑で応じる。
「これまでも何もなく来れたんだし、積極的に関わらなければ、これからも何も起こらないと思うわ。安心して、パールゥ」
「そうだといいけど……」
「まあ、関わらなければ、の話だけど」
「……どういう意味よ、それ」
ジロリ、とシスティーナを見るマリスタ。
しかし彼女の無言の
「システィーナは
「あ……ナタリー?」
「おはよう、ナタリー……
「家が報道関係の大手じゃ、なかなかこうして会うことも出来ないものね。今日は家での仕事、なかったの?」
「大手といっても、
「ええ。すごーく元気よ。約一名を
「誰のことよぉ」
「貴女のことに決まってるでしょう。マリスタ」
にっこりと、ナタリーがマリスタに
「おはようございます、マリスタ。貴女、今日はまた
「え……ええまあ。それなりに眠れましたわよ」
「無理して下手な敬語使わなくたっていいんですよ、私達は友人なんですから」
「へ、下手って……」
「ナタリーも心配なのよ、マリスタ。あなたの体調が」
紅茶を飲みながらシスティーナ。
パールゥが苦笑いしてそれに
「うぅ~」
「ウーじゃないですよ、まったく……あ。でも少しだけ安心していいですよ、マリスタ。つい今しがた、あなたの心労の一つになっていた
「ヤ……?」
「ナタリー。毒。毒」
「あややや、私としたことが! ティーでお口を清めておきますねっ」
「な、何をしたのかはあんま分かってないけど……毎度ありがとね、ナタリー。私、あんたに頼りっきりで申し訳ないわ」
「だから、いいんですってば。水臭いこと言わないでください」
「んーん。私の個人的な問題なのよ。自分の力でもっと、色んな理不尽や権力? とかを跳ね
「誰にでも
「だって、それじゃ私はケイの役には立てないし……」
「ま、マリスタっ」
「……あ」
「ケイ」。
その言葉を口にした瞬間、テーブルを覆う空気が別のものへと変化した。
マリスタがゆっくりと顔を上げる。ナタリーの顔には、冷めきった笑顔が貼り付いていた。
「……またあの転校生の話ですか?」
「え、あいや、その。……ナタリー、怒ってる?」
「あや? 何を言ってるんですか、怒ってないですよぉ。いっやだー☆」
(怖い怖い……)
「あやや? 何か言いたげですねぇ、システィーナ?」
「いいえ、別になんでもないワ」
「な、ナタリー……お茶、お代わりとってこようか?」
「お構いなくですよ、パールゥ。……ハァ。マリスタ、あなたも
「い、言ってるけど……私は関わるのをやめるわけにはいかないの」
「シャノリア先生から任されているから、でしょう?……言ったはずです、マリスタ。そんなものは、あなたが進路にも響きかねないペナルティを食らうような理由にはなりません」
「う……」
おろおろと二人の間で視線をさ迷わせるパールゥ。すました顔でお茶を飲むシスティーナ。
マリスタはきまりが悪そうに縮こまるだけだった。
「この間の風紀委員会への
「あ、あんなこともう起こんないよぉ」
「でも、私が一番心配しているのはそんな
「い――――」
「いじめ!?」
テーブルに身を乗り出すようにして驚くパールゥ。
力なく目を見開いているマリスタを見て、システィーナは困った表情を浮かべてため息を吐いた。
「……やっぱり。そんなことなんじゃないかなぁって思ってた」
「思っていたなら、貴女もぜひマリスタに声をかけていって欲しいですね、システィーナ。いじめの
「笑顔が怖い笑顔が……でも確かに、その言葉には一理あるわよね。ごめんね、マリスタ。なんとなく察してはいたんだけど、声かけられなくって」
「い、いや別に……え? こ、これがいわゆる『イジメ』ってやつなの? 面と向かって何かを言われてるわけじゃないんだけど」
「社会のルールや世の
「えっ、それ、何で知って……」
「テインツ・オーダーガード、ビージ・バディルオン……あの辺は根っからの
(下半身男……言い得て妙ね。私も言い寄られたことあったな)
「ともかく、あれら
(――と言いつつ、連中の行動には、ケイ・アマセ《あの男》への
「し、しじょうしゅぎ……?」
難しい言葉に
「……また『貴族としての自覚が足りない』ってのが、マリスタ本人もちょっと気にしてることだっていうのが、チクチクくるポイントよね。クマが増えちゃうくらいに」
「ぐぅ……」
「な、なるほど……大変だね、マリスタ」
イジメの理由と方法、ついでに自分でちょっと気にしている悩みまでをキレイに分析されていることに
ナタリーが目を閉じ、ため息を吐く。
「まあ今となっては、別にマリスタだけに起こっていることじゃないのですけど」
「私だけじゃない? それって――」
ガタリ、と大きな音が食堂に響く。
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