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 烈火のごとく怒るマリスタがレッドローブの少年に歩み寄ろうとしたとき――――さほど遠くない場所で小さな雷鳴らいめいが鳴り、紫の電流が空気を伝った。自然わきに寄った群衆によってマリスタとレッドローブの少年まで続く道ができ、その先に――――いつか見た、ソフトモヒカンの風紀委員の姿があった。



「おいおい、一体どこの『平民』だよ。こんな騒ぎを学校で起こしやがってんのは」



 突き出した手に、なお断続的だんぞくてきかみなり残滓ざんしをちらつかせるオレンジ色の髪を持つソフトモヒカンは、グレーローブをはためかせ、静まり返った生徒達を前に不遜ふそんに笑う。



「ロハザー。『平民』だけじゃなくて、貴族も。報告聞いた?」

「聞いたよ。けど大事なのは、あの異端いたん引き下がろうと・・・・・・・はしなかった・・・・・・ってことだけだ。これだから世間知らずはよ」



 ロハザーと呼ばれた少年が俺を指して言う。黒髪の少女――あっちがロハザーなら、確かこっちはヴィエルナだ――が目を細め、ロハザーのすねを軽く……蹴った?



「どほっ?! お、おいヴィエルナ! テメーはいちいち力が強いんだっていつも言ってんだろ!」

「公平公正な目。め」

「公平だよ俺は。つか二回も言わなくたって分かってるっての」

「言葉が不公平。あと二回目の『め』は怒っただけ」

「なお余計だわ!! 恥かかすなよ公衆こうしゅうの面前で!……ゴホン!!」



 弛緩しかんしかけた空気を咳払せきばらいで無理矢理戻し、ロハザーは俺を睨み付けてきた。



「……訓練施設以外の場所で、その攻撃魔法は校規こうきに触れる筈だが」

「もう少し校規をよく見ておくべきだぜ。俺達風紀委員会は学内の風紀を正す為に、有事の際のみ限定的に攻撃魔法を使えるんだよ」

「『よく見ろ』はこっちのセリフだ。使えるのは限定的な防御魔法・・・・・・捕縛魔法だけ・・・・・・であって、攻撃魔法とは一言も書いていない。認められているのは相手の制圧を目的とした素手での攻撃のみだ」

「あ……あれ? そうだったか」

「そう」

「だからどっちの味方だヴィエルナてめーはコラ!!」

「私、ウソつかない」

「ぐっ……つか、そんな細けーことはいいんだよ!」



 うだつの上がらない様子のソフトモヒカンが強引に話を戻す。



「話は聞いてる。テメェ、テインツに引き続き我々おれたちに手出ししようたぁ、いい度胸してるじゃねぇか。ええ?」

「俺じゃない。俺は突っかかられた方だ」

「解ってるよ、んなもんは」

「何?」

「分かれよ、俺が言ってることをよ」



 ロハザーがガシガシと頭をかき、冷たくあきれの目を向ける。



「どっちが先だったかなんて関係ねぇ。お前が俺達のメンツを潰した・・・・・・・のがそもそもあり得ねぇって言ってんだよ。――無駄に波風立ててないで逃げろバカ野郎が。テメェがもう少し物分かりよくあたま低くしてりゃ、そもそもこんな騒動にはなってねぇっつってんだ」

「何言ってんのよ!!」



 またマリスタがえる。頼むからお前は黙っていてくれ。事態が悪化しかしない。

 しかし俺のそんな願いは届かず、興奮した様子でマリスタはまくし立てる。



「今回だってケイは被害者なんだよ!? そもそもそっちから突っかかって来たんだから悪いのは完全にその二人じゃん! 何言ってんの!? ハァ!?」

「だからんなこた分かってんだよ、アルテアス――――あんたもさすがレッドローブだよな」



 トントン、と、ロハザーが人差し指で蟀谷こめかみを叩きながらマリスタに告げる。暗に罵倒されていると気付いたらしいマリスタが目を見開いて顔を険しくした。



「――私のことは今関係ないでしょッ!!」

「だったら理解しろよメンドくせぇなあんた。……俺は現実の話をしてるわけ。実際問題、このリシディアって国で貴族の影響力は無くなってねぇ。それを無視してコトを平等に語ろうとするのが無理過ぎるんだよ」

「何言ってんの……? あなた、自分が言ってること分かってる? 横暴に泣き寝入りしろっていうの!?」

「だからげぇって。そりゃ横暴はもう許されねぇ。こいつらにも、あのテインツにも表立って騒いだ責任は取ってもらう。だが、貴族はいまだ実際に『平民』を支えてる。当然、『平民』にはそんな我々俺達に対する適切な姿勢・・・・・があんだろって話だ」

「貴族の義務なんてもう……」

「ま、アンタは知らねぇかもしれねぇけどな。――大した危機感もないままレッドローブを着続けていらっしゃる世間知らずの大貴族令嬢れいじょうサマはよ」



 ロハザーの目に、わずかだが怒りが灯った――気がした。



「な――」

「気楽なもんだぜ。道楽どうらくで魔法学校に通ってるアンタみたいな奴は」

「なンですってあんた――――もういっぺん言ってみなさいよッ!!!」

「ま――マリスタ駄目だめよ!」



 俺の横からシスティーナの声が飛ぶ。ロハザーに飛びかかろうとしたマリスタだったが――――奴の隣にいた黒髪の少女――ヴィエルナに即座に体をからめとられ、赤毛は床に倒された。



「ぅいたっ!?! ちょっと、離して――――いたたたたたたっ!?」

「落ち着いて、アルテアスさん」

「加減しろよ、ヴィエルナ。ただでさえ力が強くてキツいんだからよ」

「ロハザーの言う通りだ!! スッ込んでなお嬢サマ!!!」

「黙ってろビージ。お前は頭に血が上るといつもそうだろ、少しは反省しろ」

「だがよっ!」

「ナイセストにはちゃんと報告するからな。チェニクと一緒に、この後会議室だ。いいな」

「ッ……!!!」



 グッ、とビージが黙り込む。ロハザーが俺を一瞥いちべつし、未だ敵意の強い視線を向ける生徒集団へと目を向けた。



「改めて忠告しとくぞ、『平民』。お前たちがどんだけ貴族制度はなくなったとほざいてもな、実際問題俺達はお前らを支えてんだよ。この学校は誰の寄付金で成り立ってんだ? 通訳魔術つうやくまじゅつに始まる社会を変えた大発明は、誰の力と金で成された? 『無限の内乱』でリシディアが魔女共に勝てたのは誰のおかげだ? 国づくりの中心になったのは誰だってんだよ?」



 声にならない抑圧よくあつと抵抗が場を満たす。

 『平民』と貴族の視線があちこちで激突し、見えない火花を散らして空気を殺していく。



「教えてやろう……四大貴族、ナイセスト・ティアルバーが俺達に話した言葉だ」



 どうやら、俺は…………想像以上に厄介な問題へと首を突っ込んでしまったらしい。



「『大は小を兼ねる。強いものが弱いものを支配する。その当たり前に、感情だけで歯向かうことは許されない』――――まさしく今のお前らのことじゃねぇか、『平民』共。いっぱしに被害者意識ばっか振りきやがって、――あんたの責任でもあるんだぜ、アルテアス!」

「な――――なんですって?」



 首だけをロハザーに向けるマリスタ。ロハザーは冷たく激しい目でそれを見下ろす。



「あんたも今、感情論だけでそこの異端や『平民』に味方してる。あんたは本来そんな器じゃねぇんだよ――――四大貴族の一人なんだぞ、あんた。人の前に立つべきあんたがヘラヘラフラフラしてっから、その気安さにつけあがった『平民』共が勘違かんちがいすんだよ」

「わ――――私はッ……!」

「暴力に打って出るのは校規違反だ。風紀委員の名の下にあんたを拘束こうそくする、マリスタ・アルテアス――ヴィエルナ、頼んだ」

「わかった」

「テメーも今回までは厳重注意で済ませてやる、ケイ・アマセ。これにりたなら、もっとカシコく生きるこった」

「ケ、ケイっ」



 有無うむを言わせない圧を持つロハザーの言葉。

 何か言葉が欲しそうなマリスタの呼名こめい



〝ありがとう、お兄ちゃん〟



「マリスタ。……」



 ――――俺に、これ以上関係するな・・・・・・・・・



「……火に油を注ぐな。鬱陶うっとうしい」

「――――――ぇ」

「すまなかったな、風紀委員。これからは、もっと気を付けて生きよう。貴族でも『平民』でもないこの身の程は、十分思い知った」



 マリスタの顔から感情が落ちるのを目端めはしとらえながら、改めて本を集める。

 俺の返答が予想外だったのか、ロハザーは面食らった様子で目をしばたかせた。



「お――おう。分かればいいんだよ、分かれば」

「……………………いこう。アルテアスさん」



 視線を感じて、振り返る。

 そこにいたのは、能面のうめんのように無表情な黒髪のグレーローブ、ヴィエルナ。



「………………………………、」



 俺から視線を外したヴィエルナに連れられ、マリスタが廊下を去っていく。後を追うシスティーナ。

 俺はローブの汚れを払い、心配そうにこちらを見つめるパールゥに、本に対する謝罪の意を込めて小さく頭を下げ、足早にその場を立ち去る。



「かばわないのね。君を助けるために現れた女騎士ナイトさんを」



 ――生徒に呼ばれて来ていたのか。

 丁寧ていねいに丁寧にネコをかぶった魔女の言葉に、振り返らず立ち止まる。



 まったく嫌味な女だ。

 だが……マリスタをかばわなかった俺を軽蔑わらうなら、好きにすればいい。



「あいつは勝手に動いただけだ。俺も勝手にするだけさ」



 魔女を一切見ず、再び足を前へ。



 この騒動がなければ、もう三十分は魔術の練習が出来たろうに。

 ああ、勿体もったいない、勿体ない。







 魔女は、怪訝けげんな顔で少年の後ろ姿を見送る。



「……言ったろう。お前のことは精神を通して伝わると。……それだけあの子に無関心でいながら、お前――どうして自分の言葉・・・・・に、そうまで怒っているんだ?」




◆     ◆




 真四角のテーブルと簡単な丸椅子だけがある、風紀委員会指導室。

 八畳はちじょうほどの小ぢんまりとした窓のない部屋の引き戸が開けられ、ようやくマリスタはヴィエルナから解放された。

 ヴィエルナが明かりをつけると、白い壁に反射した光がマリスタの目を刺す。

 マリスタは一度ぎゅっと目を閉じると肩をすくめ、痛みを発する肩の筋を伸ばした。



「たたた……」

「ごめんね」

「あなた、見かけによらずすんごく力強いのね。ううぐ、肩が……」

「ごめんね。でも、今度は肩、外すかも」

「追い打ちで脅迫きょうはく?!? そんなおだやかなチョーシで!!」

「……でも、よかった。元気そう……ごめんね。ロハザーとか、みんな。悪い人じゃあ、ないんだけど」



 ヴィエルナは独特なしゃべり方でそう言うと、能面のうめんを崩して顔をシュンとさせ、肩より少し高い位置で黒髪を揺らした。

 マリスタはしばらくポカンとしていたが、やがてヴィエルナが風紀委員の横暴なふるまいを謝罪しているのだと気付き、笑いながら手を振った。



「ああ――いやいや。大丈夫だよ。むしろその……ありがとう。止めてくれて。私、カーッとなっちゃうとダメだからさぁ。いっつも友達に怒られるの」

「すごく、解るんだよ。アルテアスさんの、気持ち」

「あはは、そう言ってくれるだけ救われますなぁ――――えっと。ごめん、あなた、名前は……」

「ヴィエルナ。ヴィエルナ・キース」

「ヴィエルナちゃんね。私は」

「知ってる。有名人」

「たは、そりゃ光栄――でも、ちゃんと言わせて。こういうのってさ、知ってるとか知らないとかじゃなくて、心の問題じゃない?――――私はマリスタ・アルテアス。よろしく」



 手を差し出したマリスタをポカンとした顔で見つめるヴィエルナ。

 マリスタがニカリと笑うと、釣られるように笑みを返し、その手を取った。

 きゅ、と優しい圧がマリスタの手に伝わる。



「じゃあ捕縛ほばくしたので、聴取ちょうしゅ、行います」

「それはしっかりやるんだ……」

「成績に響きます」

「え?!?!」

「ふふ……冗談。実際に手、出してないし。口頭注意で、終わり」

「あ、よかった……この上生活態度まで評価悪かったら、実家に連れ戻されるところだよ」



 ヒヤヒヤ、と口で言いながら汗をぬぐうふりをしてみせるマリスタ。

 ヴィエルナは三度みたび笑い、マリスタと共に丸椅子に腰を下ろした。



「改めて。ごめんね、今日は。ちょっと前から、みんな。ピリピリしてて」

「うん、私も同じクラスだし、なんとなく感じてた。テインツ君のことが原因でしょ?」

「知ってる?」

「知ってる。だってテインツ君の相手の男子、私が面倒見てるんだもん」

「……面倒?」

「うん。ケイ・アマセ……知ってる?」

「うん。風紀委員で、調べてるから」

「調べてるって……ホントにそんなことしてるの?」

「私は、反対してるんだけど。委員長、命令だから」

「命令ねぇ……なんか会社ギルドみたいね。息苦しくないの?」

「ちょっと。でも、自分で希望した委員会だから。アルテアスさんは、」

「マリスタでいいって。もう友達なんだし!」

「友達は早いよ」

「そこ否定するゥ?!」

「ふふ。でも、そうだね。私も、友達になりたいから。じゃあマリスタって、呼ぶね」

「うんうん! もうズバズバ、呼んじゃってくださいな」

「ありがとう。……マリスタは委員会、何?」

「う。私は……環境委員会、かな?」

「……疑問?」

「あ、あんまり活動に行けてなくって……」

「……サボりは減点」

「ぁいや、ちが……ホント、たまたまだって!……その、居残りとか補習とかで、」

「なっとく」

(なっとくっや……)

「私、貴族だけど。学校のために、風紀を整えたいって気持ちが、一番だから。……みんなが言ってること、やろうとしてること。あんまりよく、解ってなくって」



 ヴィエルナが視線をテーブルに落とし、もじ、と手を動かす。

 マリスタはその仕草の女子力に若干感嘆かんたんしつつ、思考をヴィエルナの言葉にシフトさせた。



〝――アンタは知らねぇかもしれねぇけどな。――気楽なもんだぜ。道楽どうらくで魔法学校に通ってるアンタみたいな奴は〟



「………………分かんない、私も」



 違う、と声を大にして言いたかった。

 でもどこか、ロハザーの言葉を真っ向から否定できないマリスタがいた。

 プレジア魔法魔術学校に入学したのは、間違いなくマリスタ自身の選択だ。

 魔術師コースの選択も決して消去法的理由からではない。兄妹きょうだいのいない自分が、いつかはアルテアス家を背負って立つ人間になるためにと、幼心おさなごころながらそれなりに考えて下した決断だ。



(…………でも、私は出来てない)



 家を背負って立つ。

 いち少女が描く将来ビジョンとして、それはあまりにも現実味のない話。



 道標みちしるべもない茫漠ぼうばくたる「可能性」という世界を歩くのに、幼い少女の足はあまりにも頼りない。

 いかに大貴族の生まれであろうと。マリスタもまた、眼前に広がる可能性の広大さに飲み込まれ、目的を確かに定められない――――所謂いわゆる、「ふつうの学生」でしかないのだ。

 ゆえに彼女は、何を知ればいいか分からなかった。

 貴族制度変遷へんせん経緯けいいも。

未だ残る貴族と『平民』の根強い対立も――――何も知り得なかったのである。



「…………でもね、ヴィエルナちゃん。私今日、初めて『分かんない』って思ったの」

「……?」



 少女には、きっかけが必要だった。

 茫々ぼうぼうとした世界を歩くための指針ししん。己の道を見定めるための入り口。自分を動かしてくれる、てこのような出来事や、存在。

 そしてマリスタ・アルテアスにとって、それは。



〝火に油を注ぐな。鬱陶うっとうしい〟



(ケイ。あんたはどうして、そこまでして……貴族の人の相手をするの?)



「……なに?」

「……テインツ君だけかなぁ、と思ってたんだけど。貴族の人って、みんなあんな風にえらそうなのかな?」

「……ううん。一部の人だけ」

「なーんだ。じゃあやっぱただの感じ悪い連中じゃん、カンジワルー。ケイだってきっとそう思ってるわよ」

「みんな、不安なんだと思う。変わってく世界が」

「だって、もう貴族制度が廃止になって二十年だよたしか。それだけ時間があったのに、そんなにみんな、その……変わってけないものなのかな?」

「分からない。でも、こだわる人とこだわらない人、いて。大変なのは、事実。……そのゴタゴタに、転校生のアマセ君が困ってるのも、事実。だよね」

「困ってるというか……あそうそう!! ねえちょっと聞いてよヴィエルナちゃん! あいつね、私がヴィエルナちゃんにつかまったの見て、『ウットウシイ』とか言ってたのよ!? 何なのよそれ、もうちょっとこう、優しい言葉とかかけてもいいと思わない?! 心配して助けに来てあげたのに!! 私がいなきゃどうなってたか!!」

「……そんなこと、言ったの?」

「言ったの!! もーマジ腹立ってきた!! ちょっとイケメンだからって、いや、かなりイケメンだからって調子に乗って!!」

「アマセ君……助けてほしく、なかったって。こと、なのかな」

「え……あ。えっと。……そこ、私も今疑問に思ってて」



 予想外の返しに、マリスタの動きが止まる。



「自分だけで、切り抜ける。つもり、だったのかな」

「う、ううむむ……あいつ、テインツ君をのしちゃったらしいしなぁ。今回もそれでなんとかしようとしてたのかな」

「たぶん、違う。訓練施設以外での魔法、ダメだって、彼。知ってたみたいだから」

「ますますワケわからん……ハッ、女子に助けて欲しくなかったとか! うわプライドたかウザっ」

「アマセ君って。女子に借りを作ったり、とか。出来ない人?」

「え?…………あー。それは違う、かな。私、あいつにドでかい貸し、作ったばっかりだし」

「じゃあ、違う?」

「……かも……? ああもう、ますますワケわかん――――――」



〝無駄に波風立ててないで逃げろバカ野郎が〟



「……あいつ、結局最後まで逃げなかった、よね。たぶん。もしかしたら、あの人たちの理不尽なやり方に、負けたくなかったんじゃないかな?――って、それただの意地じゃん!?」

「意地……」

「だーもー、オトコノコってほんとメンドい!! すぐ意地の張り合いするし、バカだしナルシストだし! 振り回すなってのわたしをー!」



 ビージを相手に大立ち回りをした自分を完全に棚に上げ、立ち上がって髪をガシガシとかくマリスタ。ヴィエルナも生徒からマリスタの様子を一部始終報告を受けていたのだが、黙って受け流すことにした。



「……振り回されてるの?」

「私あいつを任されてるんで!! シャノリア先生に!!」

「ディノバーツ先生に?」

「ま、そこはいいの、そこは。――でも、ハァ。じゃあ、これからもあんな小競こぜり合いが起きるのかなぁ。ケイったら、ホントに義勇兵コースでやってけるのかしら。スッゴク心配、私」

「…………ほんとに意地。なのかな」



 ――ヴィエルナが初めて圭に注目したのは、これが初めてではなかった。

 始まりは、義勇兵コースの演習授業の時。テインツ・オーダーガードと文字通り「死闘」を繰り広げていた圭を、ヴィエルナはずっと見ていたのである。

 彼は、全く魔法を使いこなせていなかった。

 身体能力でも、技術力でも。あらゆる面で、彼はテインツに劣っていた。



(でも、)



 ――圭は、決して諦めなかった。

 ただひたすらに何かを見据みすえ、テインツを倒すことに全霊を注いでいた。

 圭が何を見据えていたのか、ヴィエルナには測り知れない。

 だがだからこそ、彼女の中である確信が生まれた。



(彼は――――一体、何に立ち向かおうとしているの?)



 ヴィエルナの確信。

 それは、圭が打ちとうとしているものが、初めからテインツ・・・・・・・・ではなかった・・・・・・ということだけ。



 自分の傷もかえりみず、また命をとるつもりもなかったであろう圭が、一体何を求めてそこまで勝利にこだわったのか。



(人が逃げない理由は二つだけ。逃げられないか、逃げたくないか。逃げたくないのは……彼が何かと、戦っているからだ)



 マリスタは、それを男の意地だという。

だがそれは、ヴィエルナが欲したような納得を与えはしなかった。

 そう思うにいたり――風紀委員ヴィエルナ・キースのなかに、ある使命感が生まれた。



「…………マリスタ、知ってる? 彼が何と、戦ってるか」

「へ?」

「……解んない、よね」



 自答するヴィエルナ。



 当然。彼女は既に――――答えを必要としていない。



「私、いてくるから。だから、待ってて」

「え? ちょ、ヴィエルナちゃん、それどういう――」

「あ。罰。反省文、これ。書いてて」

「注意だけって言ったくせに?!? あ、ちょっとヴィエルナちゃん、待って――ってば……」



 どこからか一枚の羊皮紙ようひしを取り出し、ヴィエルナはマリスタを置いて指導室を出ていく。



 彼女は能面のまま、手首の部分に小さな魔石のついた黒い革の手袋を、懐から取り出し。



「…………私、君を知らなきゃ。そんな気が、するの」



 それらに力強く、手を滑り込ませた。

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