第11話 〝Exceed God〟

1

「ちょ……!!?」



 マリスタ・アルテアスはいきなり臨戦態勢りんせんたいせいに入った二人――天瀬圭あませけいとヴィエルナ・キースを、演習場のかげから目をひんいて眺めていた。



(ま、まったまった。まさかとは思ってたけどヴィエルナちゃんの「確かめ方」ってコレ?! だーもう殴り合って何が分かるってのさマンガじゃあるまいし!!――――あっ)



 マリスタには視認しにんさえ難しい一撃が、しかし鈍く小さな音となって確かに圭の頬を打ち抜いた。



 細かいことはひとまず置き、「とにかく彼らを止めよう」と思い至ったマリスタは、物陰ものかげから魔術師コースでも習う初級魔法、魔弾の砲手バレットを準備して呪文ロゴスを――――



(こらっ。演習スペースの外で攻撃魔法を使っちゃダメでしょうっ)

(というか、スペース内には外から干渉出来ませんよ。物理・魔法両方に対する障壁がありますからね)



 声と共に、マリスタの頭がぽす、とはたかれる。

 同時に空中で小さく回転していた琥珀色こはくいろ砲弾ほうだんは、ぽしゅうと非力な音を立てて消えた。

 うっかり舌をみそうになったマリスタが誰よ、と叩かれた方角をにらみつけて振り返ると――そこには何故かシャノリア、そしてナタリーの姿があった。



(ナ――ナタリーとせんせふみゅっ)

(お、大きい声出さないのっ、聞こえちゃうでしょ)

(そうですよマリスタ。せっかくあの男が女生徒をいたぶっている現行犯の写真が撮れそうだというのに)

(げ、現行犯!? ていうかどうして先生たちが)

(あなたのことは何でも分かりますよ)

(何でも?!)

(わ、私はケイが夜中も訓練施設にいるからって言われて心配になって……というか、あのグレーローブの子……風紀委員のヴィエルナ・キースさんよね? どうして彼女がケイと……)

(そ、それはその……)



 マリスタがグ、と押し黙る。



〝私、いてくるから。だから、待ってて〟



 ヴィエルナは、確かにマリスタにそう言った。

 だがその言葉の意味を、マリスタは確信をもって口にすることが出来ない。

 拳で語り合えば理解し合えるなどという、御伽噺おとぎばなしめいたことを――当のマリスタでさえに落ちていないそんな言葉を口にしたところで、到底この二人を納得させ得る答えにはならない。



(痛いのはダメだ。でも――――この戦いを、ヴィエルナちゃんがやろうとしてることをみないのは、もっとダメだと、思う。わかんないけど!!)



 飛び出していきたい衝動を押し殺し、マリスタは二人を見る。



(……私にも、分かりません。だから見てましょう、ここで。ヴィエルナちゃんが、ケイが一体何をしようとしてるのか)




◆     ◆




 俺のほおをヴィエルナの拳が打ち抜く。

 胸元に迫る拳、その第二撃を俺は――――片手で受け止めた。



「!?」



 ヴィエルナの驚きが伝わる。

 この程度で、と腹が立たたないではなかったが、それも当然か。

 きっとこの魔法は、昨日今日魔法を学び始めた者が易々やすやすと習得出来るものではないのだから。



 だが――わかってはいたがめられたものだ。



英雄の鎧ヘロス・ラスタングも使わずに突っ込んでくるなんて――――俺程度、それで十分だと踏んだのか? ヴィエルナ・キース」

「!?」



 つかんだ拳を離さないまま、右手で後方に投げ飛ばす・・・・・

 吹き飛んだヴィエルナが空中で大勢を立て直し、前方の地面に着地しようとしている――――



 ――みえる。みえるぞ、全部。



 跳ぶ・・

 数メートル先の、着地しようとして床に視線を投げているヴィエルナに跳躍ちょうやく一つで肉薄にくはくし、左足から着地、全体重をかけて振りかぶった右拳を、ようやくこちらに視線を向けたヴィエルナの――――眼前で寸止すんどめた。



 ……入っていた。

 魔法の使えない悪漢あっかん程度なら、きっとこの一撃で終わっていた。



 体を高揚こうようが走る。

 追って風が吹き、俺とヴィエルナの髪をらす。俺は、――俺が、人知を超えた速度で物理法則を従わせたことを実感した。



「―――― っ ……!」



 ……げぇ。



 これが魔法。



 これが、……新しい、俺。



「……もう使えるの? 英雄の鎧ヘロス・ラスタング……しかも、無詠唱むえいしょうで?」



 ヴィエルナが眼前の拳から視線を外し、確かな驚きの眼差しを俺に送る。

 驚きこそすれ一切乱れてはいないそのたたずまいに、俺は深呼吸で興奮を無理矢理追い出し、その目を見返した。



 落ち着け。

 人相手に試したのは初めてだが、もう何度も練習した魔法だ。効果は十分把握しているはずだろ。



 そして、俺が向き合っているのは一般人の悪漢なんかじゃない。

 この学校で二番目に強いと認められている実力者の一人なんだ。

 ここからだ。まだここから――



 パシン、とあっさり拳が横に払われる。



解った・・・



 それを認識した時には――俺の体は、先程さきほどとは逆の方向へ宙を飛んでいた。



「ご、ほ……っ!?」



 視界には、右拳を突き出したヴィエルナが遠く映っている。

 既視感きしかん。これは――テインツに投げ飛ばされた時のものだ。



 吹き飛んだってことか。立った一発のパンチで。



「――ハッ……」



 ――いよいよバケモノじみてきやがった。



 背から衝撃が走り、体が波打って次は頭を打ち付け、地面に着地する。――ああ、これも既視感だ。壁にぶつかったのか。

 だが衝撃はあっても、痛みはほとんど感じない。

 体の動きがにぶる感覚もない。

 それどころか俺はいまことげに地面に着地し、ゆっくりと立ち上がってヴィエルナを視界に収めている。



「…………どうやって、使えるようになったの。無詠唱なんて」

「やけに大袈裟おおげさに言うんだな。本に載ってた。だから勉強した。それだけだろ」

「……この、短期間に?」

「ああ。短期間じゃ、満足に学べなくてな――だから嬉しいよ、ヴィエルナ。こうして実戦してみないと学べないことは多い――――今それを、嫌というほど実感してるとこだ。さあ」



 手を広げる。



 もっとだ。もっともっと、もっと。



「続きを始めよう。ヴィエルナ・キース」



 素早く手をかざす。

 顔程かおほどの大きさがある、数発の琥珀色こはくいろの弾丸が俺の背後に現れ――ヴィエルナ目掛めがけて真っ直ぐに飛んだ。



「! 魔弾の砲手バレットも無詠――」



 言い終わらないうちに、ヴィエルナは体をかがめて弾丸を避ける。

 床に着弾した弾丸が爆ぜ、魔力の残滓ざんしを残して煙のように消える。



 ――逃がさない。



 弾丸を絶やさず、ヴィエルナの姿を追う。だが――



「う、おっ……!」



 避ける。かわす。飛ぶ。走る。



 ――物静かそうな女が、どうしてホットパンツなんて軽装けいそうをしていたのか、ようやく解ってきた気がする。



 決して少なくない弾丸のつぶての中をすり抜けるようにして俺に迫ったヴィエルナが、姿勢を低くして拳を繰り出してくる。受け止めようと伸ばした手をが突如とつじょ開かれた拳によってつかまれ、引っ張られる。



「ぐッ……あがッ!?」



 迫るヴィエルナの顔をとらえた時には、もう片方の拳によって腹部への一撃をもらっていた。

 引っ張られた体と突き出された拳――とても一発の拳とは思えない衝撃を受けた体は、魔法による身体強化をもってしてもわずかに折れ曲がり――俺を引っ張っていた手の感触が消えたのを知覚した直後、その手による掌底しょうていが俺のあごを打ち抜いた。



 身体機能を理解した合理的な格闘技。

 もう疑いようもない。こいつは――



「ッ!!」

「――――」



 揺らぐ視界の中で放った拳をあっさりと避けられ、その腕を掴まれる。

 再度視界が反転、一本背負いの要領で投げられて宙を飛び、背中に壁の衝撃――――次いで放たれたヴィエルナのりが、吸い込まれるように俺の鳩尾みぞおちとらえた。

 空気のかたまりが口から飛び出す――――のを感じた瞬間には腹部をす足は引っ込み、代わりに横腹をもう一方の足で蹴り飛ばされ――――コンクリートの床に叩き付けられた。



「がハッ――くそっ」



 追撃の予感だけを頼りに、後ろへと跳ぶ。

 幸い壁際ではなく、俺は忘れていた呼吸と索敵さくてきを再開、ヴィエルナの姿を認識する。追撃はしてこなかったようで、ヴィエルナは壁際で何やらポケットから黒い手袋を取り出し、身に着けているところだった。



 見たところ、メリケンサックというわけではないようだが……ここは異世界だ、何が飛び出すか分かったものではない。近付くのはした方が賢明だろう。

 接近戦にがないことは身に染みて理解した。



 なら――魔法はどうだ?



「――『凍の舞踏ペクエシス』」



 手をかざす。



「ッ!?」



 粉雪のきらめきが、うずを巻く。



 距離を飛び越えるようにして接近するヴィエルナが、真正面から迫った冷気の波動に一瞬で方向転換し、凍結魔法を回避する。外れた白と水色の光は地面をうように進み、コンクリートの床にいびつな氷の突起とっきを形作った。



「凍の舞踏ペクエシス……氷属性の中級魔法・・・・詠唱破棄えいしょうはきで……」

「まだだ――」

「! っ」



 地面から渦巻くようにして現れた氷の柱に目を釘付けにされていた様子のヴィエルナへ、休む間を与えず弾丸バレットを乱れ撃つ。

 奴の回避ルートを先回りして弾丸を放ったつもりだったが、ヴィエルナはまるで軽業師かるわざしのような軽快けいかいな動きで弾丸バレットの間をい、軽々かるがると弾丸の包囲網ほういもうを脱してしまう。



 ――乱発は禁物。他の魔法での魔力消費も考えれば、撃てて精々せいぜいあと数十発だ。

 だが何故だ。何故あいつはあれ・・を使わ――



「――ッ!!」



 思索のすきにヴィエルナが迫る。



 最小限の動きで拳を構える黒髪の少女に、俺は手をかざす隙すら与えられず、故に――



「――『兵装の壁アルメス・クード』」

「!!!」



 ――稲妻が弾けるような音と共に。

 球形きゅうけいに俺をおおった対物理障壁たいぶつりしょうへきがヴィエルナの拳の威力いりょくと衝撃を吸収し、俺は障壁と共にボールのように吹き飛ばされた。空中で転回てんかいし、危なげなく床へと着地する。

 ひび割れ、薄氷はくひょうのように割れ消えていく障壁バリア



「……一撃でオシャカか」



 この訓練施設の天井から落下しても壊れなかった障壁だったんだがな……。

 あいつの拳は、一体どうなっていやがるというのか。



 しかし、やはりあの手袋を付けて威力が上がっている気がする。



「……英雄の鎧ヘロス・ラスタング魔弾の砲手バレット凍の舞踏ペクエシス兵装の壁アルメス・クード……すごいね。こんな短い間に、これだけの魔法。使えるようになってる、なんて――あのとき・・・・は、魔力を練る以外、何も。できなかったのに」

「もう一週間以上前のことだろう。それに、兵装の壁アルメス・クードなんて無詠唱むえいしょうで使えてナンボの魔法だ。それを詠唱破棄えいしょうはきしか出来ない時点でお察しだよ。大体、すごいねはこっちの台詞だこの怪力女。俺の物理障壁を拳一つで破壊するってのは全体ぜんたいどういうわけだ。英雄の鎧ヘロス・ラスタングを使っているとはいえ、俺の身体能力はお前ほど強化されていないぞ」

英雄の鎧ヘロス・ラスタングの強化レベル、術者の基礎きそ身体能力に大きく影響受ける、から。……きんとれ、がんばりました」



 ガッツポーズをするな緊張感のない。

 ……いや。ハナから緊張などしていないのか。

 流れるような格闘技。

 息一つ乱していない立ち姿。

 英雄の鎧身体強化の魔法以外、何ら魔法を使わない様子。

 こいつは、ヴィエルナ・キースは――俺という凡人が見る限り――文字通り、傭兵戦闘のプロなのだ。

 息をするように戦いに身を置く、異世界の住人――……



「……ついでにもうひとつ聞かせてもらえるか」



 ……であればこそ。やはりお前は不可解だ、ヴィエルナ・キース。

 それだけ傭兵ようへいらしくありながら、どうしてお前は――



「――どうしてお前は、魔法を使わない?」

「…………」

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