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 ヴィエルナが沈黙でこたえる。それだけで、言わんとしていることには察しがついた。

 少女がわずかに、肩に力をこめた気がした。



「……私。詠唱えいしょうが上手く、出来なくって。生まれつき、」

「答えなくていい」

「……?」

「悪かった。答えにくいことを聞いたな」

「……ううん」



 ヴィエルナが、今度は間違いなく微笑びしょうを浮かべる。



「大丈夫、だよ。もう、気にしてない、から。……英雄の鎧ヘロス・ラスタングだけは……すっごく、がんばったの」

「おい、それ以上はしてくれ。これから戦おうって時なのに、戦意ががれるとお前も訓練にならないだろう」



 ……確かに、魔法を使う素振りをまったく見せずに無詠唱むえいしょう発動していた辺り、英雄の鎧ヘロス・ラスタングに関してはよっぽど鍛錬たんれんしたに違いない。

 つまり、こいつは他の魔法を使えない。

 それでも、これだけ強くなることが出来るというのか。



「さあ、休んでないで続きをやろう。まだ決着は」

「ううん。もう続きはないよ」

「ついてない――――は?」



 ――続きは無い、だと?



「解ったから。




 ――あなた、絶対、私に勝てないって」




「ッ!!!!!! ぁ――――っ!!?」



 ――――ヴィエルナが、ブレた・・・



 叩き込まれた衝撃が、五臓六腑ごぞうろっぷで重く荒れ狂う。

 転倒し床に倒れ込んだ箇所かしょに激痛が走り、平衡感覚へいこうかんかくさえ砕け散り――まともに立つこともままならない。



「はが……ァ、あぁッ……!!?」

「……言った。でしょう?」

「お……まえ今、何をッ……!?」



 真横に立つヴィエルナの足元で、ただ臓器ぞうきを抱えるようにして倒れ込むしかできない俺。

 内臓ないぞうしびれるような痛みがいつまでも体に残り続け、立ち上がることを決して許さない。

 こいつの姿は、確かに俺の視界の中でブレた。かと思えば次の瞬間には、恐らく打撃――打撃だ。あいつは今、拳を握り締めて腕を折っている――を腹部に叩き込まれていた。

 単純な速さスピードか?

 馬鹿な。俺の英雄の鎧ヘロス・ラスタングはまだ切れてはいない。

 いまだ離されているとはいえ、身体能力で言えば奴とまともに戦える程度の舞台には立てているはずだ。



英雄の鎧ヘロス・ラスタングの強化レベル、術者の基礎きそ身体能力に大きく影響受ける、から〟



 ――そういうことなのか?

 待ってくれ。とすれば俺とこいつとの基礎身体能力の間には、一体どれだけの差があるっていうんだ。



「あなたがどうして、義勇兵コースに。入って。どうしてそんなに熱心に、勉強とか、修行とか、してるか。知らないけど……きっと、あなたは強くなりたい。んだ、よね?」



 …………ハハ。



 お笑いだな。俺は今、華奢きゃしゃな体つきの少女による、たった一発で地に伏している。

 この少女がそんな力を――実力を持っているなど……一体誰が、想像しるだろう?



「でも、あせってもきっと、体を壊すだけ。だよ? あなたのこと、心配でたまらない人、きっといるんだから……もっと、自分のこととか。……友達のこと、とか。考えてあげた方が。いいんじゃ、ないかなって思うのだけど、あなたはどう思う?」



 少女をあおぎ見る。

 魔石による照明に照らされ、まるで後光を背負った聖女のように見える。



「あなたが、どんな人生を生きてたか。私、知らないけど。……友達と一緒に歩くの、きっと楽しいと思う。だから、あせらないで。ちゃんと、みんなのことも、」



 だが、その見え方は俺にとって、まぎれもない真実だ。

 これまでも、数多くの義勇兵ぎゆうへい候補生こうほせい模擬もぎ戦闘を、この場で見てきたが……彼女の強さは、その中でも群を抜いている。



 この目でしっかりと見た限りでは、最も俺の理想に近い、強さ。



「だから、もっとみんなのこと、見てあげて。……マリスタなんか、すっごく。あなたのこと、心配してるん、だから。知ってた?…………」



 あんな風に魔弾の砲手バレットを避ける姿を見せられて。

 華麗かれいな動きで激烈げきれつに攻撃されて。



「……私をずっと、見つめてる、けど。どうしたの?」



 あこがれない訳が無い。

 うらやまない訳が無い。

 ほっしない訳がない。

 そして俺は、ああ、



「…………私の話。聞こえて、ないの?」



 ああ、なんてこった。



 このまま鍛錬たんれんを続ければ、俺は――こんな力をいつか必ず、手に入れることが出来るのか。



〝――将来のこと、まじめに考えてるの?〟



 ――今、俺はやっと、歩けている。



 琥珀色こはくいろの弾丸を創り出す。



「!!!」



 ヴィエルナの足が回避に動く。

 彼女の真横、倒れた俺の真上に発生させた弾丸バレットぜ――



「――っ!? ったい」



 ――足を動かした先にあった氷の床ですべり、ヴィエルナは盛大に転倒てんとうした。



「さっきの凍の舞踏ペクエシスの――――!」

「遅い」



 寝返りを打つ要領ようりょうでヴィエルナを視界におさめ、魔弾の砲手バレットを数発放つ。

 ヴィエルナが尻餅しりもちをついた姿勢で後転こうてんし、両手で体をちゅうね上げて弾丸をかわしていく。

 俺はようやく立ち上がることが出来た。

 ――まだ、完全には平衡感覚へいこうかんかくが戻っていない。英雄のヘロス・ラスタングは、こうした体の感覚も研ぎませてくれているのだろうか。

 まだまだ検証の余地ありだな。

 ヴィエルナの足が地をとらえる。

 さて、来い。もう一度あの「音速」を見せてみろ。



 少女のローブのすそたわんだ。

 両手を突き出す。



兵装の盾アルメス・クード――――」



 つぶやき、物理障壁ぶつりしょうへきを展開。

 体中を目にするようにして、「音速」を使おうとしているヴィエルナの、あらゆる動きに集中する。

 足の裏、床と接している部分で高密度こうみつど圧縮あっしゅくされた魔力が弾け、筋肉の動きと連動しているのが感じ取れた。

 先と同じく、ヴィエルナが一瞬で俺の前に現れ、り出されるこぶしが障壁に正面衝突しょうめんしょうとつして、



「ぐッ――!」

「っ……、」



 障壁がひびれる。



「……凍の舞踏ペクエシス!」



 割れて消えゆく障壁の向こうへ小さな吹雪ふぶきを放つ。

 しかし即座に後退したヴィエルナによってついでに・・・・こころみた追撃は失敗に終わる。再び生成される氷の柱。



「やっぱりカラクリがあったんだな。さっきの音速」

「見破っても、無駄むだ。使えないなら追いつけない――!」



 柱をはさんで真正面に立っていたヴィエルナが移動して再度俺の正面に姿を現した――今、なぜ移動した?――。また奴の体が沈む。



 ――まさか。



 テインツの時のように、回避のつもりで明後日あさっての方向に身を投げる。

飛び込んだ床面に激突した衝撃にこそ襲われたものの、英雄の鎧ヘロス・ラスタングでは微塵みじんも痛みを感じない。



 床をこするような音。



 振り返ると、そこにはやはり「音速」で移動してきたヴィエルナの姿があった。

足で床をこすったあとが、タイヤのスリップこんのように薄黒うすぐろく残っている。

 ……やっぱりだ。



「……猪突猛進ちょとつもうしん



 再度飛び迫ろうとするヴィエルナを弾丸バレット牽制けんせいし、腕の力で体を持ち上げ、起き上がる。爆風を突き破りなお肉薄にくはくしてきたヴィエルナと止む無く接近戦を繰り広げる――

 ――が、やはりいかに身体能力が同じだろうと素人と武道家では勝負にならない。防御ぼうぎょ隙間すきまって降り注ぐ無手むての弾丸に、たまらず奴との間に弾丸バレットを発生、爆風によって無理矢理距離をとる。ヴィエルナは――正面で、また「音速」の体勢を見せていた。



「どうなる――!」



 ヴィエルナがブレる。

 と同時に、奴の直線上の軌道きどうから体を移動させ――片足だけを残した・・・・・・・・



「!!! ッ――」



 足を引っかけられ・・・・・・・・て体勢を崩し・・・・・・たヴィエルナが、空中に身を投げ出す。

 残していた足にも相当の衝撃が走ったが、それよりも――やっぱりそうだ。

 あの技、「音速」は――――一度跳ぶと方向・・・・・・・転換が利かない・・・・・・・んだ。

 とすれば、ああして直線上に障害物を置いてやれば容易に超速での奇襲きしゅうを防ぐことも――



 ――体勢を崩したはずのヴィエルナが体をひねり、演習スペースをおおう障壁に着地するのが見えた。



 そんなものに気付いた時には、もう遅い。



「ガ――――!!!」



 頬骨ほおぼねくだかんばかりの衝撃。



 くうを飛ぶ感覚。

 俺は「音速」のヴィエルナの拳をもろに左頬ひだりほおに受け、派手に吹き飛んだ。



「ぐっ――!」



 きっと追撃が来る。手で床を叩くようにして体をね上がらせ、



凍の舞踏ペクエシス!」



 あんじょう接近していたヴィエルナへ氷の波動を見舞ったが――彼女はあっさり跳躍ちょうやく凍の舞踏ペクエシスの真上をかすめて俺へと――――?!?待てなんだそれh



 ――――――――耳鳴りがする。



 柔肌やわはだ湿しめこもった熱。暗転。浮遊感、そして衝撃。



 ――と、衝撃。主に精神的な。



「~~~~ッッ!!! ば、ぁ……おま……恥ずかしくないのかよ……!」

「なに、言ってるの? 私達今、たたかってるん、だからね? 恥より一撃」

「恥ずかしそうに言いやがって、この……!」



 ……口にするのも馬鹿馬鹿ばかばかしい一撃が、まだ脳と耳を揺らしている。

 この女、事もあろうに俺を……ふともも大腿はさんで床に叩き付けやがった――――!



 ――ツ、と頭から流れた血の感覚が、俺を冷静へ引き戻す。



 当然だ。英雄の鎧ヘロス・ラスタングまとった相手にあれだけの衝撃を与えられれば、それは頭も割れる。



 ――魔力スタミナから考えても限界は近い。



 あと三本・・・・……急がなければ――



「よく頑張ったと、思う。でも――ここまで。終わらせる、からっ」

「ごッ――ぶァっ!!?」



 蹴り起こされ、宙を飛ぶ。

 回転する視界、倒れる衝撃、俺は無我夢中で起き上がり、四つ目の・・・・予定の位置・・・・・まで移動する。



凍の舞踏ペクエシス!」

「むだっ」

「かッ……ぁっ――!!」



 波動はあっさりと避けられ、跳躍ちょうやくしたヴィエルナに後頭部をり抜かれる。英雄の鎧ヘロス・ラスタングってのはつくづく優秀な魔法だ。これだけタコ殴りにされてもまだ意識を保てている。



 つかまれる。殴られる。頭突かれる。吹き飛ぶ。移動する。



「ペ……凍の舞踏ペクエシス!! ぬぐ――っ」



 吹き飛ぶ。踏まれる。打ち込まれる。蹴り飛ばされ、移動する。解る。魔力が残り少ない。



凍の舞踏ペクエシス――――ッッ! ガ、ハ……」

「……どうして、あきらめないの? ばかの一つ覚えみたいに、凍の舞踏ペクエシス。ばっかり」



 わずかに眉根まゆねを寄せるヴィエルナの前で、うつ伏せに倒れ込む。



 鼻腔びくうに流れ込んでくる冷気。

 凍の舞踏ペクエシスを乱発した演習スペースは、床のほとんどが凍結されていた。



 武骨ぶこつに立ち上がっている、大きさも様々な氷の柱。

そんなスペースの中心に近い場所で、俺はヴィエルナに背を向けて転がっている。



 ――あと少し前・・・・・



「もう、魔力も底、つくはず。あんまり追い込みすぎるの、良くないと思うよ。体、もう少し気遣きづかってあげて」

「……………………」



 俺が中央ではだめだ。

 もっと――もう少しだけ、前に来い・・・・



「もう諦めて。いくら英雄の鎧ヘロス・ラスタング、使ってても。それだけダメージ受けたら、もたない。から」

「……悪いな」



 そうだ。そこで止まれ、ヴィエルナ・キース。



「諦め続けるのには、もう飽きたんだ」



 そこが、中心・・だ。



「だから俺はもう――二度と諦めない」



 呪文ロゴス完全構築かんぜんこうちく

 詠唱えいしょう全行程ぜんこうてい終了。



 唱えろ。

 残った魔力の、全てをして――――!



機神の縛光エルファナ・ポース

「!!?」



 俺の体から、魔力が等分とうぶんされ四散しさんしていく。



 分散された魔力は六つの起点へ――――凍の舞踏ペクエシス氷柱ひょうちゅうの中に隠されていた六つの魔法陣へと注ぎ込まれ、氷を吹き飛ばし、光の柱となって演習スペースを満たす。



「そん――まさかこれっ」

「もう遅い」



 閃光せんこうが陣の中心へ収束し――黒髪の少女を、稲妻のように乱れ飛ぶ光の縄に閉じ込める。光に締め付けられた少女がりきみ脱しようとするが、叶わない――最上級の・・・・捕縛魔法ほばくまほうに、かなうわけがない。



「終わりだ。ヴィエルナ・キース」

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